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B級殺人鬼異世界に立つ  作者: 蘇我烏
6/6

やっぱりヒロインは処女に限る

 この世界の夜は暗い。


 光石(ライトストーン)はこの世界ではちょっと高額な代物になる。先ほどのような憲兵騎士団の詰め所や冒険者ギルドなど、公的な施設であればまだしも平民の民家や大通りなどに配置されるものではない。


 それでも、ところどころの窓から漏れ出る炎の明るさや、どことなくいかがわしい熱気のある店の呼び込みなど、それらは本当の夜をほんの少しだけ遠ざける。


 トーリはリリィを連れて、後ろから追いかけてくる影がない事を確認すると静かにため息をついた。


「なんでこの世界にジェインソが……」


 トーリは異世界転生者である。前世は陰気なオタクの少女で、好きな漫画の最終回をみれずにトラック転生した。


 記憶を取り戻した当初は回復に鑑定と異世界系であればお馴染みの強スキルを手に入れたと喜んだものだが、どちらも経験を重ねなければ育たない遅咲きのスキルであり、本人の運動神経がよくなかったことも相まって俺TUEEEEEの展開は諦めたクチである。


 それでも冒険とかファンタジーの夢ばっかりは諦めきれなくて、冒険者として細々とやっている。

 そんな彼女の前世が愛してやまなかった物の一つがホラーである。


『31日の金曜日』はその中でもホラーファンならまず入門として通るスラッシャーものであり、ついでにいうならその知名度から続編が馬鹿程にも作られた結果B級もB級のおファッキン作品も多々存在するハイグレードからラズベリーまで総なめにした異色の作品だ。


 とうとう、異世界にまで、来たのか……。


 最新作では地下帝国に乗り込んでいったのは知っていたが、まさか異世界にまで乗り込んでくるとは思わなかった。


 一ファンとして感慨深いものがあるような来てほしかったようなそうではないような、どちらにせよ状況が好転どころか悪化した事だけは確定的に明らかである。


 なんせ悪徳騎士とはいえど騎士が歯を絶たなかったのだ。ホラー世界で頼れる軍人は仲間からはぐれて孤高の存在になっているか腹に一物抱えているか恋人を亡くしていて最後に怪物と一緒に自害してくれる奴くらいしかない。真ん中の腹に一物抱えているタイプは潜在的な敵かラストでラスボスになるかの二択なので実質ほぼ敵か役立たずの二択である。


 兎にも角にも、頼る先として微妙、というのがトーリの意見だ。


 一番最初に接してくれたマルトノとかいう騎士であれば話を聞いてくれるかもしれないが、ジェインソの存在が認知されていないこの世界で、どれだけの人がトーリの意見を聞いてくれるだろう。

 悲嘆にくれるトーリに、リリィは不安げに寄り添った。


「とーり……」

「だ、大丈夫。私がなんとかするよ」


 あれがジェインソかどうか、という事に関しては恐らく疑いようがない。


 マスクも服装もほぼ一緒、使う武器こそ違ったが、ジェインソはその場その場で武器を変える意外と人を殺すのに器用さを発揮する殺人鬼なのでそこらへんは問題ではない。


 ある程度ホラーの定番を守っていても必ず隙をつくように襲ってくるのが奴だ。転移なのか転生なのかは分からないが、あれがジェインソ以外の何か、という事は正直今考えても水かけ論だ。


 最初に見たときに《鑑定》をすれば良かったのだろうが、あの時はパニックになっていてどうしようもなかった。とりあえず今はあれがジェインソだと思う事にする。


 問題は、何作目のジェインソであるか、だ。


(普通に考えて、6作目以降のジェインソなら勝ちようがないんだよねえ)


 ジェインソシリーズは全部で15作あるが、全部が全部同じ設定を貫き通しているわけではない。そもそもジェインソの一作目、『31日目の金曜日』の殺人鬼はジェインソではなくジェインソの父親だ。


 亡くなった妻の忘れ形見であり障害児だったジェインソと共に緑石の湖へとキャンプにやってきた父親。その彼が目を離した隙に、同じくして地元の学校の行事でキャンプをしていた子供たちにジェインソが虐められて湖に叩き込まれ、沈められてしまった事から惨劇の幕が開かれる、という話だった。


 ジェインソが本格的に出てくるのは2作目から。実は死んでいなかったジェインソが1作目ラストで主人公に殺された父親の敵を取るために暴れまわるのが彼の殺人鬼、そして復讐者としての成り立ちだ。


 トーリの懸念する、6作目以降のジェインソは被害者を追い回している道中に雷に打たれた事がきっかけで人知を超えた不死性を手に入れてしまい、より手の付けられない怪物になっている。重火器で粉みじんにされようが爆破物で吹き飛ばされようが怯まず逃げず追尾性能ばっちりに殺しにくる当時のジェインソは見ていた前世のトーリからして『私はホラー映画を見てたのだよな?』と困惑させる糞映画だった。


 何が恐ろしいってそこからずっとジェインソはその不死身設定を引き継いでいる事だ。


 時には地獄に落ちて悪魔になって復活したり超能力を得てサイコキネシスで周囲の人間の頭を爆破したり全身金属加工されて銃弾を肌だけで弾き返す様になったりと作品によって特性はまちまちだが、どいつもこいつも死なないという事だけには特化したまんまである。信じられない、その設定早く捨ててくれよ。


「ど、どうしよう……」


 トーリは頭を抱えた。


 冒険者でも雇うべきなのだろうか。しかし今から依頼を出して、C等級冒険者の依頼がすぐさま受けてもらえることなんて稀だ。それに依頼金だって払えるほどトーリの懐は暖かくない。


 そもそも大体ホラー映画で私にはこの強い用心棒がついているからな!は大抵が惨殺フラグだ。画面が暗転した次の瞬間、電気がついたら大抵全員死んでいて自分だけ生き残っているやつ。


 そしてその後じっくり嬲り殺しにされる奴だ。沢山勉強してそのフラグが来るたびに手を叩いて殺人鬼が出てくるたびに野次を飛ばしたから知っている。


 こういったホラーな出来事に対峙したとき、生き残るにはある一定の条件がいる。


処女で可愛くてもの(エクストラ)すごく幸運で強い女(ヴァージン)の子を探すとこから始めるしか、ないか……」


 そう、トーリの言う通り処女を探すのが一番なのである。


 処女で美人……つまりそれはホラー映画において一番生き残りやすい人種であり、欠かせないヒロイン枠。男主人公だと死亡率がほぼ5割、死んだ方がマシだったオチも含めると6,7割に達するのに反して、女主人公の死亡率は実は4割程度である。微々たる差かもしれないが、この死亡率4割には主人公が人外オチなども多分に含まれるのでご容赦いただきたい。

全てはトーリの勝手な自己解釈と計算の上に基づいている。


 兎にも角にもホラー映画においてヒロインとはすなわち幸運のゴリラ(スーパースター)と同意義なのだ。当然ながらモブはそこら辺の雑草よりの命が軽いが、彼女の取り巻きとなるだけで生存確率はぐぐっと上がる。後半にかけて急転落することもざらだが、いないよりはましだ。


 トーリがそうぶつぶつと呟いて頭の中で必死に生き残るルートを探していると、リリィは実に痛ましい物を見るように目を細めた。


「とーり」

「うん?」

「よくわかんないけど、ゆめみちゃ、だめだよ」

「君の為だよ!?」


 そして自分の為である。


「どこまで映画とおんなじテンプレートかわかんないけれど、とりあえず二人で動くのは危険だな……。誰か仲間を呼ばなくちゃ」

「とーり……、冒険者、のとこいくの?」

「流石に非戦闘員を巻き込むのはね。それに、人が多いところに行った方が殺人鬼の出番って遅くなるんだ……雇うかどうかは別として、だけど」


 あの騎士達の戦闘を見る限り、少なくともジェインソは異常な耐久力を持っているのは明確だ。どちらにせよトーリ一人に彼女は守れない。


 そもそもジェインソと出会ってしまった時点でトーリもまた獲物のリストインは避けられないだろう。苦い顔をしながら今まであった冒険者の顔を必死に思い出すトーリに、リリィはおずおずと声をかけた。


「……とーりは、あのひと。しってるの?」

「知ってるっていうか」


 トーリはリリィに向けて難しい顔をした。


 知っている、というか、前世から知っているは明らかにヤバイやつなので、なんとも言えない。説明が難しい。


「お伽話にしかいない伝説の魔物……みたいな」


 どう言い方を変えても納得のいく答えを出せないので、結局のところトーリはリリィに大して曖昧な返ししかできなかった。


 あながち間違っていないのでよしとするが、リリィには随分深刻な話として伝わったらしい。


 強張った顔に怖がらせてしまったと慌てて頭をなでると、リリィは怯えたようにトーリにすりよった。


「あ、もしかしてトーリちゃん?ほら、『疾風の刃』のところの」


 フランクな男の声がかけられたのはその時だった。

 咄嗟にリリィを後ろに庇い、振り向くとそこには。


「……お、おう」


 死亡率100%の男(すけこまし)がにこやかに手を振っていた。

『破砕の星』の狩人、カインが爽やかに知らず知らずの内に犠牲者として舞台へと上がってしまった瞬間であった。


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