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B級殺人鬼異世界に立つ  作者: 蘇我烏
4/6

ここに特大の墓を建てよう

 憲兵騎士団の詰め所はどこか物々しく、ぴりぴりとした気配に満ちている。


 トーリは隣に所在なさげに座る奴隷の手を握り、ぼんやりと自分たちの担当の騎士が来るのを待っていた。


 昨夜にて半狂乱になって冒険者ギルドに駆け込んできた奴隷が違法奴隷である事、シーザーとアリシアというB等級の冒険者が亡くなった事、森に出た大男、様々な衝撃的な事実から、騎士団が浮足立つのも仕方がない事のように思える。


 もちろん奴隷のいう事を鵜呑みにした訳ではない。奴隷が犯罪者と共謀して二人を殺したのだという意見もあるし初心冒険者狩りの野盗が出たとも限らない。また、二人の素行の悪さから怨恨の可能性もあるし、低レベルモンスターの突然変異個体との声もある。


 つまるところ、何一つ分かっていないのだ。


 最も、シーザーとアリシアが亡くなった、という事は確定している。


 早朝に森に入ったD等級の冒険者が、湖に放置された二人の死体が発見した。装備はシーザーの長剣以外は殆どは残っていたが、シーザーは胸に刺し傷を、アリシアは切れ味の悪い刃物で喉を掻き切られる姿で見つかったらしい。


 DからCまでの等級の冒険者は明日からあの森に関するクエストは差し止めとなり、モンスター、または野盗探しにB等級からA等級の冒険者で調査隊を組むそうだ。


 奴隷が詰め所に再び呼ばれたのは、そのモンスターの見た目や詳細を聞き出すためである。


 あまりのショッキングな出来事から奴隷はすっかりと怯え切ってしまい、今の今まで断片的な情報を漏らして泣きわめくばかりで、まともな会話が成り立たなかった。

 冒険者ギルドで真っ先にあちこちを怪我した奴隷をトーリにしがみついて離れず、震え続ける奴隷をトーリは見捨てておけず、ついつい今も奴隷の面倒を見てしまっている状況だ。


 身元引受人、というよりは一時的な保護者という方がしっくりくる。

 奴隷がもう少し平静を取り戻せば、奴隷は首輪を外されて憲兵騎士団に預けられてゆくゆくは孤児院などの養護施設に向かう事になるだろう。


「……どっちにしても、今日までかな」

「……?」


 ぼそりと呟いたトーリに、奴隷は怯えたように目をこちらに向けた。

 髪は乱雑に切られていたせいで長さもまちまちで、肉付きも顔色もまだまだ健康とはいいがたい。栄養失調の証であるねじれてひび割れた爪をなでてやりながら、トーリは優しく微笑みかける。


「なんでもないよ。ええっと……リリ」


 奴隷は女の子であった。聞いたところ驚いた事に彼女は今年10になるらしい。


 どうみても5,6歳くらいにしか見えないのだが、トーリはそれが栄養失調とストレスによる発達障害のせいだと理解した。教育を受けていないせいか知能も非常に幼く、暴力にさらされていた経験のせいか自分より大きな大人が怖いようだった。


 名前すら持たない彼女は元々母親が奴隷であるらしく父親は分からないらしい。


 発育不全の体に頭が悪く、容姿もそこまで見栄えする訳でもない彼女は性的な要素を満たす部分がなく、幸か不幸か性的な扱いは受けなかったものの、その代わりとして暴力と罵倒のサンドバッグと化していた。


 名前すらないという彼女に、トーリは奴隷とは流石に呼びづらく、仮の名としてリリと呼んでいるが、彼女はいまいちそれを理解していないようだ。


(こんな時に、せめて僕がパーティーに属してればなあ)


 トーリは最近パーティーから追放を言い渡された。


 回復職として十全に働きがなせていない、パーティーのクラス上げに差支えを生じさせている、戦闘で役に立たないし同じ後衛であるシャルの盾にもなろうとしない。はっきり言って、お荷物だ。

 ざっくりといえば、『疾風の刃』のリーダークレイからそういう言葉と共にご丁寧に着の身着のままで放り出された所存だ。装備と鞄は取り上げられなかったが、その追放宣言直前まで行っていたクエストの報酬はもらえなかった。


 冒険者に給付される依頼料の分配は規則にて決められている。で、あるにも関わらず彼はトーリの分までしっかりと懐にしまい込んでいったらしい。


 トーリから言わせれば、野営地もろくに作れないし、前衛が攻める事ばっかりだから後衛にモンスターが来るのだ。純回復職が盾になれるわけないだろう。クラス上げに関してだって、あれはパーティーだけでなく個々の実力も推し量られている、事実、C等級パーティーの中で一人だけB等級に上がった冒険者だって居るのだ。

 言いたい事はいろいろあった、あったが、ここで言って仮に彼らに宣言を撤回させたってまた同じことの繰り返しになるだけだ。


 結局の所生来の気弱さと、彼らと付き合う疲れから恨み言をぽつぽつとは言ったが、泣き寝入りに終わった。

 これからの生活が不安で仕方がない。


 C等級の冒険者なんて掃いて捨てるほどいて、当然ながら受けられるクエストも低額。ゴブリン一匹すら倒せないトーリが生きていくためにはどこかのパーティーに入るのが一番だが、それだって難儀するだろうとトーリは考えていた。


 長年の苦労がトーリの自己評価をずいぶんと卑屈な方に曲げている。


 受け入れてくれるパーティーを探す間に、今持っている貯金とD等級が受けるような採取クエストでしのがなくてはいけない。


 もし、トーリが別パーティーに所属してもらえればもう少し金銭的に余裕もあるだろう。

 そうしたら、リリの手を離さなくて済んだかもしれない。


 僕が身元引受人になります、なんて明日の自分を食わせるのにも精一杯な冒険者が気安く言える言葉ではないのだ。ただでさえ、冒険者は足元に地がついていないのに。


「……とぉり」


 思案に暮れるトーリを奴隷が、リリが舌ったらずな口調で呼んだ。

 僅かばかりに怯えが含んだ声にトーリは不思議そうに顔を上げる。つないだ手がまたかたかたとまるでパニックを起こす予兆のように震えていた。


「C等級冒険者トーリ殿と、違法奴隷の子供で間違いはないか」


 顔を上げた先には、いかにも厳めしい騎士が二人の前に姿を表していた。

 鈍色の鎧が重々しく、胸に刻まれた王国紋章が彼のいかつさに拍車をかけている。

 トーリは一瞬名前を呼ばれて、言葉につまりつつもたどたどしく頷いた。


「そうです」

「よかろう、ではトーリ殿はここまでで結構。違法奴隷をこちらに引き渡してもらおう」

「あ、えっと……引き渡す?」


 トーリはこの時、この男になんとなく嫌なものを感じた。


 昨日付き添ってくれた騎士は穏やかで、違法奴隷のリリを同情し、トーリに彼女の首輪を絶対外すと約束してくれた。


 しかしこの男の言いようはなんだろうか、まるで容疑者を連行するような頑なで威圧した印象を受ける。

 躊躇いながら、トーリはおどおどとリリと目の前の騎士を見比べた。


「どうした。ほら、早く」

「あ、あの……せめて先に首輪を外してあげてくれませんか。昨日の騎士さんから、聴取の前に首輪を外すって聞かされてたんですけれど」

「昨日の……ああ、マルトノか」


 騎士はめんどくさそうに鼻に皺を寄せる。その姿が大嫌いだった体育教師に似ていて、トーリは思わず首を竦めた。


「首輪は外さない、事情が変わった」

「え。ええ……?」

「その娘はB等級冒険者二人の殺害容疑がかかっている。大人しく引き渡せ」


 大柄な騎士はまるで物分かりの悪い生徒を叱るように、そういった。


 トーリはその言葉を聞き、咀嚼し、飲み込むも一切理解ができない。この騎士の言った言葉が理解できない。



 奴隷は主人を殺せない。


 そういった制約をつけるアイテムがあるからだ。それこそがリリの首に嵌る奴隷の首輪(スレイヴチョーカー)。主人となる人物の魔力波を登録することで、傷つけられたり殺されたりした時に現れる魔力の乱れを感知して奴隷の首を締め上げる首輪だ。


 例えばほんの少し針の先を押し込んだだけでも発動するそれがある限り、弱弱しいリリにそんな大それたことができるはずがない。


 疑問を胸いっぱいにトーリは騎士に食って掛かった。


「ま。待って下さい!リリにそんな事できるわけないでしょう?首輪だって反応してなかったし……主人はB等級の冒険者なんですよ!?」

「りり?……犬に名前でもつけたつもりか知らんが、トーリ殿。疑う余地は十分にある」


 騎士は乱雑に腕を振り、トーリを突き飛ばした。


 どん、と尻もちをつくトーリにさっとリリの顔色が変わる。青ざめて目を見開き、がちがちと歯を鳴らしだした彼女に、トーリは痛む尻を抑えながら身を起こしてリリを抱きしめる。


「そこの奴隷は違法奴隷だ、当然首輪も違法の物になる。そのため制約の機能が十分に発揮せず、主人を傷つける事が可能であってもおかしくはない。ましてや死体は半裸の状態で見つかった、睦みあっていた所を襲い掛かり殺害!湖に捨てて、ギルドまでやってきて森の大男が出たと言って居もしないモンスターに容疑をなすりつけたのだ!半狂乱の振りをして息苦しいのを誤魔化したのだろう、奴隷が死なないようにある程度の時間が過ぎれば制約の罰則は解けるからな」

「む、無茶苦茶だよ!リリは細いし栄養も足りてない、あの森のモンスターより主人にとっては殺しやすかったはずだ!そんな推理全部憶測でしかないじゃないか」

「だが否定できる材料もあるまい」



 騎士の言う言葉をリリはあまり理解できていない。


 そんな頭が回る子であれたなら彼女はもっと生きやすく立ち回れたはずだ。


 トーリは冒険者ギルドに飛び込んできた彼女を思い出した。


 あの日、自分はパーティーメンバーを探そうとして冒険者ギルドに立ち寄った。使用していた宿が『疾風の風』と同じものなのが気まずくて、まるで逃げるみたいに少ない荷物をまとめてもう少し部屋が狭い安宿を借りる手続きをしていたら夜になってしまったのだ。

 冒険者ギルドに入って、受付嬢に声をかけようとした時、『疾風の風』のメンバーが奥でクエストを受注しているのを見てしまって酷く惨めな気持ちになった。

 明るくトーリがいなくなった事を喜び、ある事ない事をべらべらと吹聴する彼らは多分トーリに気づいていた。悔しくて、恥ずかしくて、あんな連中を見返すだけの実力がない己を恥じた。


 その時、リリが飛び込んできたのだ。


 不細工に泣き叫び、ろれつの回らない口調で主人の死を訴え、恐ろしいものが迫ってくると騒ぐ奴隷を不審がりはしたものの、誰もその時動こうとしなかった。


 それがなぜか酷く胸に刺さった。それはかつての自分に重なったのだ。


 馬鹿で無様で惨めったらしいリリが()()()()()()()()()()()()()()()()と重なった。


 だから助けようと思った、つい最近の思い出で、トーリが回復職を取ろうと思った初心を思い返させる出来事だった。


 騎士はしびれを切らしたのか、舌打ちを鋭く落とすと、トーリの後ろに隠れるリリへと手を伸ばす。繋いだ手を無理やり力で引きはがされ、トーリの腕にリリの爪が引っかかって少しだけ皮膚が切れた。


「とおり!!とーり!!とおりぃ!!」

「やめろって!!」


 まるで雑巾でもつまみ上げるみたいに、腕をつかんで彼女を引きはがす騎士にトーリは再び掴みかかる。

 だが、所詮回復職だ。腕力が足りない、武力が足りない、何もかもが目の前の騎士からリリを取り返すのに全てが足りない。


 呆気なくトーリは再び騎士に突き飛ばされて、リリの泣き声が大きくなる。あまり騒がれては事だと思ったのか、やれやれと騎士は首を横に振った。


「参った小娘だ、公務執行妨害で多少躾けてやらねばならんな」


 そういうと、騎士はちらりと後ろを見た。


 それを合図にするように、憲兵騎士の待機所の方からいかにも性格の悪そうな騎士が、にやにやと現れてトーリへとにじりよって来る。


 はっきり言って異常だ。トーリは彼らがようやっと、正規の騎士でない可能性へと思い至った。いや、騎士ではあるのかもしれない、ただその高尚な精神は既に欲と金で汚れている。


 怒りから一転、青ざめるトーリに、悪辣な騎士達は無慈悲に彼女を包囲するのであった。

 ところで、B級ホラーの鉄板として、軍事組織(やくたたず)がどのような扱いを受けるかご存じだろうか。

 暗転(ライトオフ)



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