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B級殺人鬼異世界に立つ  作者: 蘇我烏
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序盤のよくある不穏な会話

「森で大男の姿をしたモンスターが出たァ?」


 冒険者御用達の酒場「戯聖者亭(ぎせいしゃてい)」にて、冒険者ヨーゼフは素っ頓狂な声で仲間のマリーに聞き返した。


「ええ、B等級冒険者シーザーとアリシアを、そのモンスターが殺したと彼らの所持していた奴隷が言っていたわ」


 シーザーとアリシア。


 昨夜半狂乱で冒険者ギルドに駆け込んできた奴隷の主人である二人は、この町の冒険者ギルドでも中堅に位置する冒険者だ。性格は難があり、あまり人望があったとは言えない二人ではあったが、その実力は近々A等級へとクラス上げされるのではと噂になる程で、ヨーゼフ自身、同じ時期に冒険者になり、同じ等級冒険者の身として強く意識していた二人組だ。


 そんな二人がD等級冒険者が通う森で亡くなったとはにわかに信じにくい。どれだけ油断していてもB等級ならあの森は素手でモンスターが殺せるくらいに、あの森のモンスターは弱い。


 駆け込んできたのが彼らの奴隷でなければ、ヨーゼフはそいつが殺したの間違いではないのかと疑っただろう。


「奴隷、ねえ。犯罪奴隷か?あいつら金遣いが派手だから借金奴隷なんかまだ手を出せないだろう」

「いいえ、違法奴隷じゃないかしら。……あまり悪く言いたくはないけれど、奴隷の底値を割った額で売られたそうよ、巷で噂の人さらい組織の出なのかもね」


 この国ビーキュウでの奴隷制度はかなり厳重なものになる。


 人には先天的に持ち合わせるユニークスキルと、職によって後天的に得るスキルがある。大半のユニークスキルは些細なものだが、中には『魔物殺し(モンスターキラー)』や『俊足(トップスピード)』といった強いスキルを持った者もいる。


多くの借金奴隷は雇い主を傷つけないように制約を交わす代わりに、人権と尊厳、そしてその奴隷のスキルを使用する権限が守られている。


 ヨーゼフの言った犯罪奴隷は、このスキルを使用する権限がスキル封じの首輪によって使用不可にされている奴隷の事だ。

 主人を傷つけないと言う制約を奴隷側が破ったり、あるいは奴隷落ちする程の罪を犯した者が落とされる奴隷で、借金奴隷と比べてその待遇も格段と低い。

 その代わり、犯罪奴隷は殆どが国管理である。冷静に考えてスキルを使えないといえども犯罪者だ、罪にもよるが危険人物が多いのは否めない。そのため、犯罪奴隷は国からの貸し出し、という形となり一定期間主人の元に預けられて労働を行う。


 期間が限られている事から値が安く、犯罪奴隷が問題が起こせば刑期が長引くし、罰も重くなる。逆にいえば大人しくしていれば刑期が短くなるケースもある。借りる主人の身元もしっかりと抑えられる為、奴隷に不審な怪我があれば二度とその主人の元に使わされずがさ入れが行われるだろう。


 シーザーはともかく、アリシアは金遣いが荒く身を飾る宝石に目のない女だった。


 だからこそ安値で借りれる犯罪奴隷かと思ったが、思いのほか彼らの性根は腐っていたらしい。


 違法奴隷は犯罪奴隷の国の管理をさっぴいたような存在だ。つまりスキルが使えず安値で売りさばかれず、主人を傷つけないという制約だけが交わされている一生の奴隷。


 違法奴隷は売買するだけで犯罪なのだが、いつかはばれるだろうに良く買ったものだ。


 ヨーゼフは渋い強面を嫌そうに顰めた。


「それで、身柄は」

「重要参考人として今は憲兵騎士団の所」

「奴隷が主人を殺せるわけないのにな」


 マリーの隣に腰かけるカインが気だるげに笑った、ぬるいビールを片手にだらしなく笑う姿はとてもではないが、色男として花街を駆ける者とは思えない。


 ヨーゼフとしても、あの鼻水と涙でぐちゃぐちゃになった奴隷の小ささを見て、例え奴隷でなくても無理だろうと心の中で頷く。


 運ばれてきた泥突進牛(マッドバイソン)のステーキに、ヨーゼフはどことなく感じるもやもやを誤魔化すようにして刃を入れると、分厚い肉を奥歯で噛み締めるように咀嚼した。


 その時、まだ幼いと言ってもいいほど若々しい少年の声が、酒場の横で張り上げられる。


「森の大男がなんだっていうんだ。どうせ豚鬼(オーク)初心冒険者(ルーキー)狩りだろう!?俺がそんなもんさくっと退治してやるよ!」

「クレイ、かっこいいわ!足を引っ張る屑がいなくなったから私たち向かうところ敵なしよ!」

「これまで散々迷惑かけられてきましたからなあ、それがなくなった分、我々の活躍は半端じゃねえぞお!」


 戦士、盗賊、魔法使いの三人組だ。まだまだ使い込みの浅い鎧を着た彼らは、まるで自分が歴戦の英雄であるかのように大言を口にして、食事を締めくくろうとしていた。


 若い冒険者にありがちな、夢見がちとも言える言葉に微妙な苦笑いを浮かべる者、無関心を装う者、とりあえず面白いから煽る者、様々だ。

そのどれもが彼らの無謀ともいえる言葉を本気にしていない。理由はどうあれ、B等級の冒険者を二人殺した森の大男を彼らが敵うと思っていないのだ。当然、冒険者ギルドからもストップがかかるだろう。


「……C等級の『疾風の刃』だっけか、あそこ四人構成じゃなかったか?」

「一昨日後方支援の回復職(ヒーラー)を解雇したんだよ。鑑定持ちで居ればだいぶ助かるのに、馬鹿だなあ」

「まじで?じゃああの子今フリー?うちで声かけようぜ」

「今日はいないわよ。シーザーの奴隷の子を保護したの、彼だから。今一緒に付き添いで騎士団のとこ」


 わいわいと盛り上がる三人を遠目に見ながら、マリーとカイトはぼそぼそと話し合う。


 回復職はどちらかといえば若い低等級に低く見られがちだ。目立った功績を上げるのは聖女や大神官などのネームバリューのある方々で、使用に限りのある、かすり傷や軽い怪我ばかりを癒す事しか出来ない成長中の回復職は思っていたより地味だとか戦闘で役に立たないと言われがちになる。


 だが、回復職は根気強く成長を重ねていけば十分パーティーに貢献してくれる。解毒や疲労回復などは弱くても覚えられるスキルであるし、ましてや『疾風の刃』の所の回復職はダンジョンの未鑑定の宝物や未知のモンスターの属性を見抜く事ができる鑑定スキル持ち。放っておけば引く手あまたの人材である。


 ヨーゼフは彼らの騒ぐ森の大男の事は忘れて、いかに回復職の少年を引き入れようかと案を練りだす二人の話に興味を向けた。


 今思えば、それがフラグだったのかもしれない。惨劇の始まりというものは、夕暮れが深まるように静かに忍び寄るものなのだ。


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