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B級殺人鬼異世界に立つ  作者: 蘇我烏
1/6

手始めは金髪のセクシー美女

 美しい森の中で、下卑た行為が行われようとしている。


 きゃらきゃらと笑う男女の声、美しい金糸をたなびかせて女はその艶めかしい太ももを見せつけるようにズボンを脱いだ。


 しんと静寂を守る森の中にある広い湖は神秘的な青を宿しており、月光に浮かぶ水面は涼やかに吹く風によってさざめいて揺れる。


 女は下着姿になると、無作法な水音を立てながら湖に入った。


 足元が透けて見えるほど美しい湖に入る女は月夜と水面に挟まれて、どこかこの世のものでないような、蠱惑的な美しさを帯びる。


 女の紅い唇が柔らかな笑みを浮かべた。


「シーザー、ねえ、はやくこっちおいでよ」

「待てってアリシア、俺は重装備なんだから遅いに決まってるだろ」


 がちゃがちゃと音を立ててシーザーと呼ばれた男は重たい鎧を脱いでベルトの留め金に手をかけた。

 長剣を水につけないように服でくるみ、安価なナイフだけを下げ、シーザーは愛する女の元へとヤニの下がった顔で水へと足をつけた。


 アリシアとシーザーはカップルの冒険者である。


 今日は低レベルクエストの薬草採取にこの湖にやってきたのだが、思いのほか到着が遅れてしまい、一晩この湖の畔で過ごすこととなった。


 低レベルクエスト帯に適用されている森だけあって、出てくるモンスターは二人にとっては雑魚同然だ。装備が最低限になろうとも、名うての冒険者であるシーザーの膂力は容易くモンスターを裂き、アリシアの魔法はモンスターを灰に還すだろう。


 では、なぜその二人が低レベルクエストを受けたのかというと、簡単に言えば羽伸ばしであった。

 日頃ダンジョンに潜り、護衛任務に当たる二人は体の疲れを取るのと小銭稼ぎもかねてここへとやってきたのだ。


 焚火の番は最近買った子供の奴隷にさせ、存分にいちゃついて来る日の英気を養う為にバカンスしに来た、というのが正しいかもしれない。仕事はあくまでついでであった。そしてそのついでの仕事も大部分は奴隷にさせている。


 シーザーはアリシアの細腰を抱くと、軽く彼女の唇にキスを落とす。


 柔らかな胸が男の固い胸板の上でつぶれ、甘い匂いのする髪が頬を擽った。


「やん、もう……くすぐったい」

「いいじゃないか。おまえだってその気だろ?」

「あの子が見てるかも……」

「その時は俺が殴って躾けるさ、アリシアに色目を使うなんて身の程知らずにも程がある。そうだろ?」

「うふふ、頼もしいわね」


 あの見すぼらしいやせ細った卑しい子供の顔を思い出して、シーザーは暴力的な気持ちになる。あれは高い買い物だった、雑務を押し付けられるのは助かるが、それ以外では役に立たないし、見目も悪ければ人の女に盛る不良品だ。アリシアがいなければ、もう少し見目のいい女奴隷などを買えただろうが、彼女の装備にかかる費用を思うとあれで我慢せざる負えなかったのだ。


 美しい笑顔を浮かべて、彼女はからかうようにシーザーの胸を押し返してより湖の中心へと誘うように泳いだ。


 とぷん、と音を立てて柔らかな金の髪が湖の青に沈んでいく。ぱしゃりと水面を叩く白い足が沈んでいくのを見ながら、シーザーはいかにこの湖でいきり立った息子を彼女に愛らしく宥めてもらうかと気持ちを切り替えた。


「アリシア、まったく。お転婆なマーメイドめ」


 にやにやと笑いながら、シーザーは同じようにアリシアを追いかけて湖を泳ごうとしてーーー止まった。


 それは歴戦の冒険者としての勘だった。


 アリシアが潜った箇所から、彼女が漏らすであろう空気の泡が上がっていない。


 彼女が水属性の魔法が得意であるのであれば、大した違和感だとはおもわなかっただろう。しかし彼女が得意としているのは火属性、彼女自身そこまで泳ぎが得意ではない。


 一抹の不安が頭の中をよぎる。


「アリシア?」


 水面がさざめいた、彼女は確かに後衛職だがこの低レベル帯の森にある湖に生息するモンスターに遅れをとるようなやわな鍛え方をしていない。


 で、あるというのに、水面に浮かび出した赤色を見た瞬間、シーザーはさっと顔を青ざめさせてナイフを手に取った。


 水中で何かが動いている、波打つような水の動きを感じてシーザーの緊張が高まった。


 湖の中であれば、このレベル帯のモンスターは鬼小魚(ゴブリンフィッシュ)蛍光雷魚(ライネスパーチ)程度だ、アリシアが怪我をしたことを考えれば、変異個体かもしれない。


怪我をしたアリシアが上がってくるのだろう、水面に浮かび出した金髪を見て、シーザーはアリシア、ともう一度声をあげようとした。


 それ、は水しぶきを上げて水面へと浮上する。


「ぎゃあああああああああ!!?」


 アリシアにアルゼンチン・バックブリッカーをキメて現れたのは巨大な大男であった。


 苔がところどころにつき、カビが生えた衣類越しから分かる肌色の悪い逞しく大柄な体はシーザーの体と比べても遜色がなく、しかしながら髪の毛がまばらに生え、顔につけた赤い文様が不気味な白いマスクはかつて墓場で戦った動く死体(ゾンビ)を思わせる。


 片手にさび付いたマチェーテをぶら下げながら立ち上がったその大男は、水面から半身をのぞかせると乱雑にアリシアを投げ捨てた。


 水中の中で襲われたせいで悲鳴も呪文も口にできなかったのだろう。


 あんぐりと口を開けて水中で喉をかき切られた彼女の瞳は濁り切り、シーザーの慄く顔を確かに映し出していた。


 逃げるか、戦うか。


 情を交わした女を殺されて、シーザーの生来の負けん気が燃え上がった。

 見も知らぬ大男だが、シーザー達以外が夜にこの森に入るという話は聞かなかった。ではこの男は初心冒険者(ルーキー)狩りの野盗か人型モンスターだ。装備は裸一貫、ナイフ一本、しかして彼はそれでもこの男に負ける気がしなかった。


 水中で襲ってくるような卑怯者に名うての戦士と名高い己が装備にハンデがあっても負けるはずがない。


「《鮮烈な三連撃(アサルトトリプル)》!!」


 片手に持ったナイフを握りしめてスキルを発動する。


 戦士職であるシーザーはある程度の武器のスキルを覚えている。その中でも必中の威力の高いスキルを使い、大男へと肉薄した。


 武器を構える素振りも見せない大男に、ナイフの肉厚な刃が食い込む。

 勝ったーーー、シーザーの心は勝利に沸き立った。

 《鮮烈な三連撃(アサルトトリプル)》は鳩尾、首、眼球と人体の急所三か所に刃を差し込むスキルだ。人型のモンスターは人間と急所が酷似している、そうでなくともナイフの手ごたえから、確実にモンスターの心臓である魔石を砕いたのが分かった。


 シーザーはアリシアの仇がとれたのだ、口の端が僅かに持ち上がりかけ、しかしそのまま氷ついた。


「な……!?」


 ズドン、と一撃。


 乱雑に繰り出された真っすぐな突きはむき出しのシーザーの胸に突き刺さった。


 胸に刺さる刃物の冷たさが全身に染み渡り、遅れて灼熱の痛みにシーザーは悲鳴を上げる。魔石は砕いたはずだ、アンデッドであっても倒したはずだ、なのになぜ。なぜ。


 疑問を顔いっぱいに浮かべるシーザーの周りの水面が彼の血で赤く染まり切る。

 徐々に自分の死が近づいている事を理解したシーザーが静かに絶望に染まりだすのに、大男はマスクの下の潰されていない方の無感動な目で見下ろした。


 爪の剝がれて筋の浮いた汚らしい手が、シーザーの胸から生えるマチェーテを握りしめて、強引に引き抜く。


 口から血を噴き上げて水面に倒れ込み、派手な水しぶきを上げるシーザーは仲良くアリシアの隣に浮く事になった。


 唐突に始まった真夜中の惨劇。


 しかして、それは目撃者を一人も産まないわけではなかった。

 焚火と寝床の準備が整ったにも関わらずなかなか戻らない主人を心配した痩せぎすの奴隷が、恐る恐る彼らを呼びに来たのだ。


 惨劇を直で見てしまった奴隷は怯えながら口を押え、震え続けていた。


 もし見つかってしまったら、もし捕まってしまったら、奴隷では逃げきれない。最近奴隷を買い上げたシーザーから振るわれる暴力で体はあちこちに痣と腫れが出来ている。アリシアはそれを見ながら笑っていたので、彼らが死んだことに関しては何一つ可哀そうとかはおもわなかったが、彼らの財産である奴隷は確かに彼らに嫌々ながらも守られていたのだ。


 彼らを失った今、あるのは奴隷として生涯課せられる重たい首輪ただ一つ。


 必死に息を殺そうとして、ぼんやりと二人の血が混じる湖に佇む大男から離れようと奴隷は足を後ろに一歩下げた。


 ぱきり。


 乾いた木の枝を踏み、大男の首が凄まじい勢いでこちらを向いた。


 咄嗟に逃げようと背を向けた奴隷に向かって、大男は片手に持ったマチェーテを振りかぶり投擲した。

 恐るべき速度で放たれたさび付いたマチェーテの刃先は簡単に奴隷の頭を刺し貫き、木に奴隷を縫いつけた事だろう。奴隷も死を覚悟した。


 だが。


 ーーー幸運(ラッキー)童貞処女(ヴァージン)にのみ宿る。


 奴隷が死に物狂いで走り続けた結果か否か、マチェーテは奴隷の頭に刺さらなかった。


 投擲されたマチェーテは僅かに吹いた風により軌道が逸れて、奴隷のすぐ隣に生えていた木に突き刺さる。


 頭の傍に突き刺さったマチェーテを見て、奴隷は死を本気で覚悟したのか、走る速度が格段に速くなった。

その速度ときたら世界最速モンスターである神速馬(ゴッドホース)と匹敵するほどだったと、走り抜ける奴隷を見た者は面白おかしくそう語る。


 大男は外してしまい、既に豆粒大の大きさになる程遠ざかっていく奴隷の背中を見ながら、不思議そうに首を傾げのんびりとシーザーの装備の中でも立派な長剣を手に取ると、それを担ぎながらゆっくりとその背中を追いかけだした。


 もしこの場に異世界転生や転移をした者が見ればすべからく口を揃えてこういっただろう。



 《31日の金曜日(ジェインソフライデー)》でも《緑星石の湖(エメラルドレイク)》じゃないのにおまえ仕事するのかとーーー。



 彼はジェインソ・ポーカーズ。


 アメリカにて、1900年代に初作『31日の金曜日』により大ヒットしたB級ホラー界の大御所シリアルキラーであり、その正体は障害児、悪魔、宇宙人、地底人、はたまたAV男優と様々であり最新作では宇宙へと飛び立ちサイボーグ化した、スーパーモンスター。

 様々な思惑を超えて、今、異世界に立ち『金髪美女とDQNカップルは最初に死ぬ』というお約束ノルマを達成して、新たな伝説を築こうとしていた。


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