第5話 過酷な訓練
少し過激な表現があります。
『良縁の加護』を授けられたアレンは、翌日の朝に父に今抱えている思いと、これからオベルと協力して、マンジョーウに変わる生き方を見つける事になったと伝えた。
「なるほど、『異世界神?の援助』はとてつもないな。私には想像もつかん。マンジョーウさんにはお世話になりっぱなしだとばかり思っていたが、そうではないかもしれないのか」
「うん。正直なところだけど、取引に使う村の物資がどれくらいの価値があるのか分からないから、まずはそれを確かめるところからになると思う」
「アレン。・・お前の思うとおりに生きなさい。私たちに遠慮することはない。ただ元気でいてくれれば、生きていてさえいればいい」
「父さん?」
少し諦めたような顔になった父の顔を見ていると、薄々何か大きなことが起こると思っていたようだったのかと感じる。
「無駄な加護など聞いたことがない。『異世界神?の援助』も内容はわからなかったが、アレンの話を聞く限り、他の加護と同じ、いや、それ以上に素晴らしいものだ。だとしたら、アレンはこの村だけに収まることはないだろう。おそらくだが、このまま村に居続けても居場所をなくしていく。サリアでさえ、村の中では英雄扱いになっていく。親バカかもしれないが、アレンもそうなっていくんだと、今そう実感した」
こんなにも愛され、信頼されていたこと実感し、涙が込み上げてくる。昨晩の決意を見透かされたようで、全てを伝えられないことに僅かなうしろめたさを感じつつも、アレンは村を出るその時まで、精一杯村の為に力を尽くすことを誓った。
そのあと、この冬にオベルとやらなければいけない事を父に話し、家業の手伝いを一部免除してもらうことが出来た。
毎月来る行商隊だが、雪が降る冬の季節だけは来ない。少なくとも3か月が村の中で自由に動くことができる。次の冬までに、今まで身に付けたことをオベルに伝えなければならない。さらに来年の冬には、村の子どもたちに伝えていく。来年の越冬のための取引は諦め、冬が明け、行商隊が来る前にショーヤにある商業ギルドへ村の物資を持ち込み、価値を確認する。その間に自分も夢中訓練で更にいろいろなことを身につける必要がある。
アレンは、父との話をオベルに伝え、ともにオベルの家へ行き同様の話をした。
オベルの両親も、マンジョーウがそんなことをしていたとは思ってもいなかった。それでも、アレンとオベルのやることを認めてくれた。万が一マンジョーウたちが行商に来なくなった時の事は考えてやりなさいと忠告はされたが、熱く語るオベルの姿に意外なほどの感動を受け最後には認めてくれたのだ。
「これで思いっきりやれるな。」
「ああ、マンジョーウのやつの鼻っ柱をぽっきりと折ってやろうぜ。これから頼むぜ、アレン」
「オベルこそ。泣き言いっても見逃してやらないからな。覚悟しとけよ」
二人は早速計画を立てる。まずはお互いの両親の協力は得られた。この冬が明けた後、マンジョーウたちと1年は付き合う必要があるので、誰に協力を頼むのか慎重に考えなければならない。下手に情報を漏らしてしまうとマンジョーウたちに気づかれる可能性が高くなるからだ。アレン達は来年の冬の取引が終わるまでは誰にも伝えないことにした。家業を手伝わないことで近所の人から何か言われる可能性もあるが、この1年は我慢することにしたのだ。オベルが読み書き計算ができなければ、来年の冬に動くわけにはいかない。
「そういう訳だから、色々肩身の狭い思いをすると思うけど我慢してくれよ」
「ああ、こうなったとことんまでやるさ」
その日、アレンはオベルが文字を覚えるための資料を作り上げ、自主勉を押し付けることが出来た。ある程度は自分でもやってもらわないと到底間に合わない。それに余裕が出れば出るほど、計画が成功する可能性も高からだ。
「ビリケンさん。来ました」
「アレンよう来たな。今日はあんさんに紹介したい神がおんねん。」
「紹介したい神?」
「せや。お~い!こっちゃ来てくれ~」
何やら、いかついおっさんと、でっぷりと越えたおっさんがこちらへやってくる。
「ほな、紹介するわ。こっちのこわもてのおっさんが、『建御雷神』で、そっちのやわらかそうなのが、『天満大自在天神』長ったらしいから、ワイはざねっちってよんどるわ」
「アレンといいます。よろしくお願いします」
「なかなか教育が行き届いておるの、ビリケン」
「ええ、これなら仕込み涯もあろうというもの」
「ああ、遠慮せんとビシバシやったてや。なんせ将来の英雄様やからな! 生半可なことしたら逆に怒られんで」
「そうか。ならば今日は我が稽古を付けてやるとしよう。アレンとやら、我は剣の神である。徹底的に武技を仕込んでやるゆえ、安心するがいい」
安心できません。
身の危険を感じとっさに吹き出しそうになる恐怖心を抑えたが、ここで逃げるわけにもいかない。
「我の事はミカヅチと呼べ」
「ミカヅチ様よろしくお願いします」
「うむ。では早速始めるとするか」
そういったミカヅチ様は二本の剣をいきなり出現させた。
「これは『刀』というものだ」
神様の出した剣なのだからすごいものだとは思うのだが、見た感じ細くてすぐに折れそうだ。マンジョーウの護衛たちが持っているような長剣と打ち合わせたらすぐにぽっきりいくようなイメージしか湧いてこない。
「ふむ、これは少しお灸をすえてやらねばならんなぁ?ビリケンよ」
心を読まれた?
「せやな、神を舐めたらバチがあたるっちゅうことを、しっかりわからせたらなあかん」
「今日のところは見物と行きますかな!ほっほっほ」
何やら怒らせてしまったらしい。
「ゆうとくけど、ワイのハリセンみたいに生易しいもんちゃうで、アレンの知っとる剣とは根本的に目的の違う剣やからな。どんなもんか理解したら腰抜かすで」
「ふむ、見せた方が速いな」
そういって、ミカヅチ様は幾つかの得体のしれないものを顕現させる。巻き藁というらしい竹の回りに藁が何十にもまかれているものや、なぜか大根がある。
腰溜めに刀を構え、一瞬のうちに抜刀する。一泊遅れて巻き藁と呼ばれたものが半ばからずり落ちていく。そしてゆっくりとだが淀みのない太刀筋で大根も切る。
「見ておれ」
ミカヅチ様は切った大根を持ち、切断した面と面をくっつける。
「ほれ!」
大根を投げ渡され、慌てて受け止める。
「!あれ?? この大根切りましたよね? アレ?」
「相変わらず見事な技でんな!みかずっちゃん」
「ええ、ほんとに恐ろしいほどですね。ほっほっほ」
「アレン、それは戻し切りという」
「戻し切り?」
なんでも細胞というものを潰さずに、切ることができると、切った断面をすぐにくっつければ元に戻るらしい。時間がたつと埃がくっついたり、切った面が酸化?したりして戻らなくなるというらしい。
巻き藁も断面を見ながら説明してくれた。よく見ると藁の断面が切れな〇になっている。つぶれた藁がない。刀の軌道に刃がまっすぐ立てることと、相当な斬撃の速度がないとできないらしい。
「みかずっちゃんの、凄いところはまだまだあるけど、とりあえず剣術の基礎を身につけんと話にならんな」
「さて、アレンよ。始めようか」
にやりとネコ科の猛獣のような笑みをうかべたミカヅチ様にロックオンされ、背中を冷や汗が走る。
「とりあえず、真剣に慣れねば話にならん。我をなめた罰変わりだ。手加減してやるから死ぬ気で受けろ!」
そんなご無体な!
慌てて刀を構えるが、持ち方も知らないので、鍔の根元を両手をそろえて握る。
簡単に刀を搦めとられ弾き飛ばされる。
「懇切丁寧に指導しても身につかんからな、本能に沁みつけてやる」
そういってミカヅチ様は、俺の腕を切り飛ばした。
「っ! ああああああぁぁぁああぁ」
一瞬の間の後とてつもない激痛が襲ってくる。
右腕が無くなった。なんだ?何がどうなった?なんで腕がないんだ?
思考が混乱し、何をどうすればいいのかも分からない。それ以前に痛みで何も考えられない。切り口から血があふれる。こんなに大量に血を見たことはない。
しばらく痛みにもがいた後、不意に痛みがなくなった。そう思った瞬間に切り飛ばされた腕が消え、腕が元に戻った。
「え? 腕が?? 戻った?」
「せや。痛みもあるし切られたら血も出る。大体5秒くらいで元に戻るけどな。あ、ちなみに致命傷受けても大丈夫やで。比べられんほど痛いけど!」
「うむ、ここでは意識体であるから、死ぬことはない。ただし気絶も出来んがな」
アレンは絶句した。死に物狂いで身を守らないと、延々とあの痛みを味わうこのになるのだ。
「まだ朝まで時間はたっぷりとある。さあ、続きを始めよう」
「しっかりとみて盗むんやで、アレン。実際に使われへん問覚えてもしゃ~ないからな」
「さあ、構えろ」
アレンは震える体を抑え込み、刀を掴む。英雄になると決めたのだ。決めて早々投げ出すわけにいかない。オベルにも言い訳できない。そこでハッとなってビリケンさんをみる。にやにや笑いながらやっと気づいたか!みたいな感じで笑ってる。畜生!自分一人だったら投げ出していたかもしれない。いやきっと投げ出していただろう。でも今はオベルに伝えなければいけないことがいっぱいある。それに昨日の今日でやめますなんてとても言えない。こうなることが分かってて、誰かに教えろと言ったのだ。はめられたくやしさを腹の底から湧き起こし、ミカヅチさんと何とか相対する。
「ふむ、良い覚悟だ。気に入ったぞ、アレン。ここで腑抜けるようなら我は何も教えるつもりはなかった。だがおぬしは覚悟を示した。ならば割れの『剣術の加護』を受け取るがよい」
ミカヅチ様がそういった瞬間、身体の感覚が変わった。刀の持ち方振り方がおぼろげながらイメージができる。これなら受けきれるかもと思って訓練に臨む。
が、そんなに甘くなかった。加護をなじませるために数合打ち合ったのち、完膚なきまでに切り伏せられた。イタイ、イタスギル!だけど逃げれない。少し時間を稼ごうと走って逃げたのだが、いつの間にか正面にミカヅチ様がいた。
「逃げるが勝ち!という言葉もあるが、我の前では無理だな」
「! ああああああぁぁぁああぁ」
足を切り飛ばされ痛みにのたうち回る。しばらくして足が戻る。
「ゆうてなかったけどな、みかづっちゃんは雷の神でもあんねん。その気になったら雷の速度で動くから絶対逃げられへんで」
死亡宣告を受けた!
「さあ、覚悟を決めろ。進むしか道はないぞ。アレン」
その日の夢中訓練はこれまでで一番つらかった。