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継ぐ者 剥ぐ者  作者: しおこんぶ
21/26

サカナとネコとタヌキ 6

No.21










 空気が淀んでいる。明かり取りの丸い穴は小さすぎて換気が不十分だった。前を歩くタヌキの裾を持って歩いていると右側の壁に、傾いて外れかけた扉が見えてきた。手を触れると棘が刺さった。




 ボロボロの扉だって分かってたのに・・・痛い。しまった触るんじゃなかった、暗くて棘が見えない。指から棘抜くことが出来ないじゃないか!












・・・・




 前を歩いていたタヌキがいきなり立ち止まった。




「うっ!?」




 痛んだ板に開いた隙間の数を数えてながら歩いていた僕は、首からグキっと嫌な音をさせて後ろへよろけた。ちなみにぶつかってしまったのにタヌキはビクともしなくて、逞しさにちょっとだけ羨ましくなったのは気のせいにしておいた。




「なに?急に立ち止まらないで」




「シッ、何かいる」




 口元に人差し指を立てて、小声て簡潔に言いつつ後ろへ下がるよう促す。慌てて口を両手で塞ぎそっと後ろへ下がる。


 ギ、ギシギシ、ギシギシ。


 誰かが歩いているようで朽ちた床が軋んだ音が聞こえてきた。耳を澄ませてやっと聞こえる幽かな音は次第にはっきりと聞こえるようになり近づいて来ていた。




「人、だよね?」




「人の歩く音だろ」




 何でそんなことを聞くんだと言いたげな視線を向けてくるが、この状況で音が人の歩く音だって断言できるタヌキがオカシイだろ。そんな事が分かるのは暗殺者だよ。タヌキは暗殺者なの?


 冗談はおいといて、足音はさらに近づてくる。どうやら外階段を上がってきて屋上にたどり着いたようだ。僕たちがいる通路はいい目隠しになってくれている。小さな明かり取りだけだから外からこちら側は見えづらいはず。しかも今いる建物から入れる扉は見当たらないから音を出さなければ通り過ぎてくれそうだ。




 人がいなさすぎてちょっと探してたような気もするけど、人が現れたら警戒している僕たち。なんか矛盾してるなぁ。まあ、この街?都市?が不気味すぎて怖いのもあるけど。




 明かり取りから覗いてみたが姿が見えない。この位置からじゃ見えないか・・・・どんな人か確認したかった。しかし足音は通路の壁のすぐ向こうから聞こえてきて、誰かが通り過ぎようとしていた。


 タヌキと二人じっと息を潜め、音が遠ざかるのを待つ。












・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・






「行ったみたいだね」




 ほーっと息を長く吐いた。隠れるときってどうして息まで止めてしまうのだろう?


タヌキに目を向けるとまだ緊張しているようだった。もう一度声を掛けようと口を開いた。




ガタン、ガラッ!




 突然の音にビクッと体が撥ねとっさにタヌキにしがみ付く。




「いたいた、探したよー」




 足音が通り過ぎていった方向の通路の一部が開いて子供がひょこっと頭を覗かせていた。明るい口調がこの場に不釣り合いでちょっと怖いと感じてしまった。いや、それよりも壁がスライドして開いた。なにその扉!?


 同年齢らしい子供はキツネの面をかぶっていて顔は分からないが服装で男の子だとわかる。




「お前誰?ここに来てからそんなに時間がたってないのに何で俺達を探しているんだ」




 警戒心を隠さず睨むタヌキにキツネ面は友人に挨拶するかのように気軽に答える。




「ユーナとマツリにお願いされたんだ。マスクが目印な!」




「双子が!?ここに来てたのか何処にいるの?」




 居なくなって、帰ったのだと思ったけど先にこちらへ来てたんだ。




「あの子たちは帰したよ」




「「帰る方法を知っているの!?」か!?」




「知ってるよ。ついてきて」




 顔を見合わせて微妙な顔をする僕たちを気にすることも無くスタスタと歩いて行くキツネ面。


とりあえず帰れるならとついて歩いて行くが、狭い路地や、ザ・迷路な感じの曲がりくねった場所を歩く。三叉路どころかタコ足ですか?と言いたくなるような分岐があったりと完全に方向が分からなくなってしまった。


 ・・・・・ここに住んでるのかな。迷う素振りもないし。




「なあ、チョウチョとキンギョのマスクをした女の子二人に会わなかったか?ここへ来るときにはぐれてしまったんだ」




 黙々と歩き続けるのが退屈になったのかタヌキが気にしていたことをキツネ面に聞き始めた。僕も気になってたけどキツネ面が怪しすぎて聞けなかったんだよね。罠に嵌められそうというか、誰もいない廃墟っぽい街で一人だけぽいとか、どうやって生活してんの?って疑問が尽きない。本当に子供なのかと考えて自分の考えが怖くなってそれ以上考えるのはやめた。


 タヌキ、勇気があるね。




「いたよ。途中でキンギョはいなくなっちゃたけど、チョウチョは送っていったから自分の家に着いてるころじゃないかな」




「もう一人、ネコのマスクをした三歳児も見なかったかな?」




「三歳児は見なかったなぁ」




 ネコはここに来てないのなら本当に帰って行ったのかも。そうであって欲しいな。


 曲がり角で立ち止まり僕達を振り返りかえったキツネ面は小声で注意を促す。




「ここを曲がると広場にでるんだけど、声を出さずに僕の歩いた通りについてきてほしい。間違っても広場の中央に行っちゃだめだよ。いいね」




 真剣な口調にこっちも神妙に頷く。穴でも開いてるのかな。痛みまくってた場所があったもんなぁ。


足音をできるだけ抑えてそろそろと歩き出す。キツネ面に続いてタヌキが、最後に僕がついて行く。




 キツネ面が言ったとおり角を曲がると広場があった。薄暗い街で少しだけ明るくホッとする。きっと遮蔽物がないからだろう。キツネは建物に沿って歩いていく。何もない広場だけど周囲を囲む建物は凄かった。彫刻が彫り込まれていて物語になっているようで一棟ごとに同じ生き物と人物がいて場面が違っていた。


 木造建ての壁面に彫られた彫刻の中に石で作られた彫刻が嵌め込まれていた。物語の敵対者を表現しているみたいな。






 よく見たいと近づきたくなるのを我慢して歩いていると不意にタヌキが立ち止まりキツネ面の肩を掴みこちらをむかせた。




「おい、なんだアレ。ここを通るってバカじゃないか。やばいだろ」




 焦ったように早口で問いただすタヌキの声は、潜めたつもりでも何もない広場によく響いた。何を焦っているのか分からないが野性味あふれるタヌキが危険を感じていることだけは分かった。


 問われたキツネ面は慌ててタヌキにしゃべるなとジェスチャーで伝えるが、遅かった。




ゴリ




 音が広場に木霊する。


ハッとして僕たち三人が音の発生源をみれば、彫刻の一部が盛り上がりガリガリと壁から抜け出そうとしていた。姿は箱型で大きい。大人の身長より高く正方形に近い。丸い目が飛び出し気味に彫られていて口角をあげて牙が生えている。頭部は禿に角が四本で、表情は笑っている様にみえるし怒っているようにも見える。埋め込まれていた石の彫刻だ。








 ゾッと怖気が体を包み込み同時に走り出した。キツネの後ろについて走り、タヌキに避難の目を向ける僕に前方を走るタヌキが気づくはずもなく。




「声を出すなって言ってたのに!」




「あんな化け物がいるなら先に言えよ」




「見ただけで山車だしを化け物だって分かる人なんていないんだよ。不用意に怖がらせることもないから言わないんだ。感が良すぎ!」




「ちょっと!それってタヌキの野生の感がこの状況を作ったってことだよね?普通はそういう感がいいと回避するもんじゃないの?バカなの?タヌキってバカなの!?」




 非難轟々。こうなったら言っても仕方がないけど言わずにはいられない。僕はタヌキと違って体力がないんだよ。ここにくるまでにすっかり疲れているんだよ!


 これ以上走りながら話すのは余計に疲れるから言わないけど逃げ切れたら頬をつねるくらいはしたい。












──────────────────




ゴロゴロ


ガタンゴリリ


ゴロンゴロン


ゴトン




 はーはーはー。


 僕とキツネ面だけ息が上がってしまっている。この状況を招いた本人は息を切らすことも無く周囲を窺って言える。怖くて体が震えているのか走りすぎて持久力欠乏で震えているのかわからない。


 両方か・・・?




 勝手に入った家の中、裏口を開けたまま表を通って来る四角い化け物をやり過ごしている。さすが石。音が五月蠅い。これなら近づかれる前に逃げ切れそうだ。










 音が通り過ぎて聞こえなくなったらほーっと息が漏れた。無意識に息を止めていたみたい。どうでもいい事だけど通り過ぎるまで息を止めてられるなんて出来ないから、やっぱり無意識に息継ぎもしているんだろうね。




「で、アレは何で、お前は何者?ここに住んでるのか?」




 マスクを団扇代わりにしてキツネ面に問う。ちょっと言い方がきついのは何故だ。むしろ僕がタヌキにきつく言いたい。危険を感じで騒ぐバカがどこにいるかと。でも僕も聞きたいことだから黙ってる。




「あの化け物の事は山車だしって呼んでるけど本当の名前は知らない。人の出す音に反応して動き出し、人見ると体当たりしてくるから気を付けようね」




「先に言えよ」




「だから見ただけで化け物だって見抜くヤツがいるとは思わなかったんだ。でもさ、普通、騒いだら危険って思わない?」




「角を曲がる前に声を出さないように言ってたしね」




「うぐ」




 僕もキツネ面の味方をして追いこんでやった。椅子に座って落ち着いてキツネ面の話を聞くことにした。全力疾走して疲れたし休憩も兼ねて。




「・・・・・僕が初めてここに来た時から廃墟で山車もいた。僕の言う通りにしていれば無事に広場を通りすぎることが出来たんだよ」




 ジトっとタヌキを見るキツネ。面をしているのにジト目だと分かる。開き直ってるタヌキには効きそうにないけどね・・・・・




「帰り方を知ってるみたいだけどここへはよく来てるの?」




「んー、覗くことはあるけどあんまりウロウロはしないな。山車が怖いし、今回はユーナとマツリとの約束を守って道案内をしてるだけだし。だから、二人にはふさっさと帰ってもらって、僕は菓子を食いたい。」




 なかなか手に入らない菓子で、出会ったユーナとマツリを帰したら食べるつもりで楽しみにしていたのだとか。でも双子にお願いされて断れなかったと。


 もうお礼は言えないけど、ユーナ、マツリありがとう。助かるよ。タヌキのせいで危険が出てきたけどね!




「帰れるのって中央の柱の宝石みたいなアレ?」




「あそこは違うよ。むしろ帰れなくなるよ行き止まりだし


「そうなの!?」




「あっぶな!そこに行こうとしてたんだよ」




「・・・・・・行きたくなるように作られてるからねぇ」




 最後に口を閉じ気味につぶやかれた言葉はサカナとタヌキには聞こえなかった。




 その後、ここに詳しいキツネ面と山車発見器のタヌキを先頭に屋上を走り、建物同士が屋内で繋がっている扉を通りまくり、真っ暗で何も見えない幅広の道を行く。ちなみに僕だけが何も見えなくてキツネとタヌキは夜目がきいて商店街だと言っていた。アーケード付きだけど高さが無いから光が全く届かないんだって。




 キツネと手を繋いで見えない道を速足で歩く。キツネの手はひんやりとして冷たく、走って体温が上がっているサカナは気持ちよく手を繋いでいた。ただ贅沢をいえば、ゆっくり歩いてほしい。見えないと躓きそうで怖い。ゴミも雑草もない道で躓く要素は無いけど気持ちの問題で。・・・・・・言おうか迷っているとタヌキが突然立ち止まった。


 僕たち二人にだけ聞こえる声で位置を知らせる。




「音が聞こえる。右斜め後ろから」




「近づいてきてるなら、さっき通り過ぎた横道から出てくると思う」




「引き離した時の方向と全く違うんだけど」




「一体じゃないからね。山車のどれかが動き出すと他のも動くみたいなんだよね」




「「は!?」」




「一体じゃないのかよ!?」




「一体とは言ってないね」




 ふふっとイタズラが成功したって笑顔をした。────ように思う。狐面で顔が見えないから雰囲気で判断。


 足音を消すために靴を脱ぎそっと走る。全力だとパタパタと足音を鳴らしてしまいそうで僕が全力で走らないでほしいと頼んだんだ。あとは家屋は床が傷んでる場合が多くどうしても入らないといけない時だけ靴を履くことになった。




 キツネは本当に廃墟に詳しい。こんなところに道が!?と驚かされる。正直得体が知れない。僕と同い年くらいに見えるけどずっと年上だったりして。




「やばい!急に音が近くから聞こえてきた。」




「どのくらい近い?」




 聞くまでもなく僕の耳にも音が聞こえてきた。なんで!?タヌキの聴覚は優秀で僕なんか全然聞こえない音を拾うのに。本当に近い!音の感じから移動が速いのが分かる。




「この辺りは入り組んでいるから音が遮られやすいんだ」




「だったら選ぶなよ!」




 小声で怒鳴るって器用だね。僕は話す余裕もなく心臓バクバク。細い路地を選んで逃げているが彫刻はこちらの動きを把握しているのか一定の距離から引き離せない。




「この先で一直線の道にでる。そこは全速力で走るよ。大きな音をさせても構わないから」




「いや、構うでしょ?」




「山車は直線になると速いんだよ。遠くに見えていたのに瞬きしたら目の前にいるくらい速い」




「・・・本当に?」




「大袈裟すぎだろ」




「真面目。化け物を侮ってはいけないよ」











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