サカナとネコとタヌキ 1
No.16
白い花が足首まで隠している。
「迷路じゃない」
ぽつりとつぶやいたのは現実逃避のためか、現実を直視するためか・・・・
呆然と立ちすくんでいたが、一歩、一歩とふらふらと花畑の中心に向かう。
かぶっていたブサイクなフグのマスクを上へずらし見渡す。
森だと思う。
思うというのは、歩いてここへ来たわけでは無いから。
ここは、たいして広くもない小屋が、一軒立ちそうなくらいの面積に花畑が作られて小さな花が満開だった。
階段の一段分くらいの高低差で土を掘り下げて花畑が作られている。自然にできたにしては周囲に生える木々の枯れ葉も枝もなく、すっきりとしている。
この場所は、人が手入れをしている森だ。でなければ、もっと落ち葉が堆積して、雑草に低木に生えに生えて、枯れ枝や倒木なんかもあるはず。ここにはそれが無い。
親が山を一つ持っているため少しくらいは分かる。人の手が入っていない森や山は嫌いだ。可愛らしい動物だけならいいけど肉食の危険なのもいるし、虫もうじゃうじゃ。植物もカブレるのや棘がたくさんあるのとかで散々な目にあったことのある僕としては最悪な場所だった。こういう自然満載の場所は僕との相性が悪い。・・・・・・山の思い出したくないからこれ以上この森について考えないでおこう。
そんな場所になぜ僕がここに立っているんだ?
水の入っていない噴水の中に降りようとして片足を突っ込んだら、ここだった。
唐突すぎる。
「一回、深呼吸しよう。」
誰もいないけど、あえて声を出してみる。難しい事を考えるときは声に出した方が纏まりやすい。親戚の兄ちゃんが、ノートにまとめるだけでなく、声にも出して勉強する。そうやって受験を乗り越えたと言っていた。
僕も真似をしてみた。ちょっと独り言は恥ずかしい気もするけど今はそんなことを言ってる場合じゃない。
「最近噂になっている、『閉園した遊園地に、無いハズの迷路が夜中になると現れる。』を確かめに兄弟と忍び込んだ。警備の人に見つかっても顔がバレないようにマスクを用意して・・・・」
暗くて怖かったのを我慢して入ってみたら、同じように忍び込んだ人が結構いて安心した。噂のせいで人が忍び込んでいるって世間一般に知られているはずなのに警備もなかったし。
遊園地の中にいた大人の兄ちゃん達が「子供だけで来たら危ないだろ」って言ってきて一緒になって迷路を探した。帰れって言われるかと思ったけど以外だったな。あの兄ちゃん達はきっと子供だったんだ。
「兄ちゃん達にお菓子を貰って一緒にメリーゴーランドとかティーカップに乗って写真とって遊んでて・・・・・・」
後ろに変なの映ってたりしてな~とか言いながら僕を連写するのはやめて欲しかった。兄ちゃん達、自分を写せばいいのに・・・・
「やっぱり噴水だよな。でも噴水って閉園する前からあったし?ここって森だし、迷路じゃないし」
唸っても分からないものは分からないもので。
迷路はこちらって書かれた看板でもあったらいいのに。
ボケた事を口にして、ふうとため息をひとつ溢す。これって異変?迷子?
「僕の人生で最大級の迷子になった」
迷子に最小とか最大とかって区別があればだけど。
自分でも驚くくらい冷静で、一緒にいた兄弟が姿を消しているのに動じない─────正確には僕の方が姿を消したことになるのか。
「きゃはー!」
突然の奇声が背後から聞こえて、びくっと体が撥ねた。次いでバサっと何かが落ちる音。
振り向いてみると、子供が・・・幼児が花畑にうつ伏せになって寝ころんでいた。
たぶん段差に気づかずに落ちたな。
「ふぇ、うえ・・・うぎゃーあぁぁぁ・・・・うあーうぁうあぅあうー」
腹式呼吸が上手だね、耳への攻撃が半端ないよ。顔を顰め、耳を塞ぎたいけどそうすると子供を抱き起せないので我慢する。
耳痛い、耳痛い。
ハンカチは持ってないので、泣いている子の裾を持ち上げて涙を拭いてあげる。
鼻が赤くなってすり傷ができていた。小さな鼻に小さなすり傷、うん大丈夫これくらいすぐ治るよ。
「ほら泣かないで。鼻水まで出て来ちゃってるよ、僕はティッシュもハンカチも持ってないんだ。」
期待しないまま、ゴソゴソと幼児のポケットをあさり、ズボンの右尻ポケットからハンカチが、左尻ポケットからティッシュが出てきた。尻のデカイ幼児だと思ったら・・・・・
幼児に持たせるには質のいいハンカチに、柔らかポケットティッシュ。
「もしかして良いトコの坊ちゃん?」
そう思うと、腹に黄色いクマが蜂蜜食ってる柄があっても、着ている服が上等なものに見えてくる。
自分の名前が言えない幼児。マスクを見せてもらったら内側に文字が書かれていたんだけど読めない。どこの文字だろ?涙は止まったけどまだ瞳を潤ませて僕の服をギュッと握っている。
うーん、この子にまた泣かれても嫌だし、機嫌を直してもらおう。
にっこり愛想笑いを見せて、
「一緒に遊ぼうか?」
花を摘み、お花屋さんをして遊そんでいると顔の上半分だけのタヌキのマスクをした男の子がやってきた。ここがどこだか分かる!そう期待したのも束の間。
彼は回りをキョロキョロと見ながらゆっくりと歩いている、まだこちらに気が付いていないが迷子のように見える。もしかして僕たちと同じか・・・
「そうかぁ、やっと自分がどこにいるのか分かると思ったのに・・・迷子同士かよ。」
がっくりと肩を落として座り込んでしまった。ネコは事情など分からずに摘んだ花を握りしめて、タヌキの頭を撫でて慰めている。
「いいこ、いいこねー。げんきだしてね?」
「ありがとう、お前もいい子だなぁ。」
なでなで なでなで
お互い頭を撫でて笑顔を見せる。因みにネコは太陽のように輝く笑顔で、タヌキは眉をハの字にして困ったように笑っている。
「おはなあげぅね。はい、ろーじょ。」
あ、ごっこ遊びがまた始まりそうだ。幼児の遊びって会話が難しくてうまく出来ない。舌足らずなせいだから仕方ないんだけど。まぁ、今度はタヌキがいるから僕一人が相手するより楽か。
しかし、隣に住んでる子と同じ年くらいなのに、ネコの言葉は未熟に思う。たまに少しだけ話す程度だったけど、隣の子の方が覚えがよくて発音が上手だった。
とにかく会話は連想ゲームのように頭を使う。似た言葉ならいいけど『ろーじょ』が『どうぞ』とは思わなかった。花を差し出して『老女』と言い出した時はビックリした。
お花屋さんを続けていたら、また子供が二人やってきた。僕が立ち上がったらタヌキも気が付いて立ち上がる。
「あの子たちも迷子っぽいな。」
「・・・・うん。」
マスクをして顔を隠しているけどスカート履いてるから二人とも女の子だ。じっと見つめてたら向こうも気付いてこちらを伺っている。
声をかけたいけどちょっと距離が・・・もう少し近づいてくれないかな。
あ、向こうも声を掛けようか迷ってる感じだ。
花を握ったまま花壇の段差を登って(ネコの足の長さではちょっと登りにくい)二人に走って行く。よたよた蛇行して走る姿に今にも躓きそうでハラハラするが、無事、彼女たちの所まで走りきってホッとする。
「おねーたん、おはなろーじょ。」




