チョウチョとキンギョ 7
No.14
公園にあるボートに乗って魚を見つけてははしゃいでパシャパシャと手で水面を叩いて楽しんでいる。叩くたびにゆらゆらと揺れるボートに母が怖がって、それでも止めない私にとうとうキレて三日間おやつ抜き!と宣告された。
あわててボートの縁から離れて母に縋ったら余計にゆれてしまって・・・・・・そして母は一言。
「そろそろ起きて。」
脈絡のない事を母に言われた・・・・あれ?
「起きた?」
体を揺さぶり起こされていた。そうだった、細い階段と廊下しかない場所で休憩してたんだった。
いつの間にか寝てしまっていらしい。キツネは向かいで寝ているキンギョを起こしにかかっている。
へんな夢だったなぁ、母ってボートが揺れても平気なのに夢の中では怖がってたな。転覆しそうになったら飛べばいいだけなんだし。ふふ、ほんと変な夢。
マスクをしたまま眠ってしまっていてフチが当たっていたから顔がちょっと痛い。外して顔を両手でグニグニと揉んでたら、キンギョが大欠伸をしながらゴロンと転がってきた。何故かマスクはちょっと離れた端っこに追いやられていて寝相の悪さが想像できた。
「ううー・・・・、目が目がぁ」
「上瞼とした瞼がくっついて離れないのね。剥がしてあげるわよ、えい」
両手の親指と人差し指で、右と左の瞼を開いてあげる。
パカ。
「いったぁ!ちょ、痛い。開けないとこまでイった!」
ゴッ!
「痛っ」
両手で両目を抑えてゴロゴロと転がって壁に頭を豪快に打ち付けてしまってる。忙しい子ね、落ち着きましょ?
「完全に起きれたみたいだね、大丈夫そうなら行こうか?」
キンギョの頭を撫でながら、全然心配してなさそうに大丈夫?と聞き、先へ行くぞとばかりに腕を引っ張って立たせる。キツネって親切ぽいけど冷たいのね・・・・・ここから抜け出せるならどうでもいい事だけど。
「この天井、取っ手があるから引っ張り下ろしてくれない?僕じゃ届かないから」
上をみれば確かに取っ手らしきものが見える。頼まれたまま何も考えずにそれを引っ張るとカコンと軽い音がして取っ手ごと天井の一部が降りてきて階段になった。
「天井裏があったのネ」
「ただの三階だよ」
天井裏じゃないの!? あ、でもそうか、一階ってドアしかなかったわね。二階は廊下しかなくて三階へ続く階段は収納型。ツッコミのための建造物なの?でもツッコんだら作った人に負けた気がする。なんでだろ?
で、これを ただの三階 と言ってきまうキツネって。
頭をさすりながら降りてきた階段を率先して上がっていくキンギョ。が、上半身を上階に突っ込んだあたりでピタリと立ち止まって動かなくなってしまった。
?
「どうしたの?」
問いかけるとこちらを向いて首を傾げる。つられて私も首を傾げる。
「洞窟?」
「は?」
三階が洞窟ってなに?とりあえず三階へ上がってみたらキンギョが洞窟っていった意味がわかった。今までの木造の壁と天井は無くなりゴツゴツとした岩の壁と天井、床も同じく岩がごつごつとあるだけ。最後に上がってきたキツネが先に進み、たいした距離を歩かないうちに行き止まりになった。
「ここで終わり?」
キョロキョロと見ているが、取っ手らしいものは無い。キツネは何をしているのか屈んで壁を押している。
「んーんんー、うーん」
かなり力みながら壁を押していて、ずり、ずりりと重い音を響かせながら壁の一部が奥へ引っ込みバタンと倒れた。おおっ、覗き込んでみると両手を広げて並べたくらいの小さな穴が開いていた。ぼんやりと明るいから向こうは外なんだと思う。
ゴリゴリ、ガコンなんて音をさせながら開けた穴の周囲の岩を取り除いていく。どうも岩の壁では無くて大きめの石を積み重ねていたようで、小さな穴は子供が匍匐前進して通れるくらいの大きさになった。
やっと外にでてみれば三階は屋根付きの屋上だった。
「ここを作った人はきっと変人ネ。」
「・・・・そうね。」
あと、どうしてキツネが出入口を知っているのか。ここに住んでないって言ってたけど普通こんなモンわからないでしょ。
しかも岩を嵌め込みなおして穴を塞いでるし。最後のピースは出るときに最初に外したもので、やっぱり力をいれないと嵌らないらしく、うーんん、うぎぎ。と唸りながら押し込んでいた。
まるでパズルね。
「ふぅ、おまたせ!」
いい笑顔で額の汗を袖で拭い、鉛筆を鋭く削ったような屋根をした家屋を指さしてあそこに出入口があると教えてくれた。
「もう少しネ。」
「通りを二つ横切れば着くよ。」
「お腹が空いたわ、はやく帰りたい」
近いとわかってパッと顔を輝かせるキンギョ。
空腹に、噂がどうこうといった事をすっかり忘れてるチョウチョ。
案内がちゃんと出来てニコニコのキツネ。
「屋上同士で繋がった道があるから途中までは楽だよ。下は迷路みたいになってるから進んでるのになかなか距離が縮まらないんだ。」
「「あー・・・・・」」
声を揃えて納得するチョウチョとキンギョ。何度、目指していた柱から距離が離れたことか。
屋上からの道は途中で階段で二階に下りたり、また屋上へ繋がったりと上下と蛇行でやはり立体迷路。キツネは下は迷路みたいって言うけど上からでも十分迷路だよ。
距離的にあまり進んでいないところで赤いペンキがベッタリついた壁があった。木造で黒から明るい茶色ばかりの建物のなかですごく目立つ。
「赤い壁があるだろ、この辺りから鬼山車が」
赤を指さして説明するキツネの言葉は、ギシギシメキメキと木がしなる大きな音で遮られ、向かって右側の通路を挟んだ建物の一階、外側につけたれた階段を登ってくる殺人彫刻がいた。こちらに来ようとしているのは明白。
「っぎゃー、来た!なんかデカくない?」
「鬼山車の大きさって差があるんだよ。全部同じって訳じゃないから細道でも入って来るヤツがいるから気をつけて。」
殺人彫刻は階段より少し大きく手摺に車体を擦らせて無理矢理登って来る。彫刻の顔で目だって動かないのにこちらを見ていると錯覚する。
「こっちを睨んでるねー。僕たちをヤル気満々だ。」
見てる気がするって思い込もうとしてたのにはっきりと、睨むとヤル気・・・殺る気って言った!
キツネに羽は無いようだから逃げるのが厳しそうなのに口調は軽い。むしろ慣れてる。じゃなくてよく知ってるんだっけ?
「ネ、出入口まで走ったら振り切れる?」
「障害物があれば。降りて建物の中を通りながら走ろう。」
屋上からその建物の中へ入って廊下を走る。建物を移動するたびに民家や店っぽいのと入り混じっているのが分かる。ぐちゃぐちゃに混ざってて部屋かと思ったら外だったり。
後ろからは木をへし折る音と共に殺人彫刻が追いかけてくるが、徐々に引き離しているらしく破壊音が遠くに聞こえるようになってきた。
「追いつけないみたいネ。」
ほっとして呟けば、ドガンっと目の前で壁が爆発して木片がばらばらと降り注ぐ。その真ん中に殺人彫刻がみえた。
勢いが止まらなかったらしく続けてドン!っと反対の壁に体当たりしてめりこむ殺人彫刻。飛んできた破片が体を気づつけるが、突然のことに固まってしまったチョウチョとキンギョ。
「二人ともこっち!早く」
キツネだけが素早く動き、殺人彫刻が壊した壁に片足を外に出しながら呼ぶ声に固まった体が解かれた。
慌てて壁に空いた穴から出ると平屋の屋根だった。二本の線が隣の壁に作られたスロープに続いている。殺人彫刻が通ってきた道が一目で分かる。二本線は轍わだちの跡で、雨がふったら間違いなく雨漏りがするだろう。それも直線上に点々と。
「鬼山車ってパワーはあるけどバカなんだ。今みたいにあり得ないとこから出てくるけどね。でも直線だと速いからこの二つに気をつけたら大体平気だよ。」
直線はともかく、あり得ない場所から現れるのをどうやって気をつければいいの・・・・・
───────────────
「ほっ」 ヒラリ ガシャン!
「ほっほ」ヒラヒラリ ドゴ!
「は!」ザザァーッ バキ、バリバリ
「や、っと」タタン ドンッ!
突っ込んでくる殺人彫刻を軽やかに羽を動かし躱していく。キツネはキツネで勢いをつけて壁を蹴り上げ殺人彫刻より高くジャンプして避け、かと思えばスライディングで殺人彫刻の下をくぐり抜けていく。
「もっと高く飛べたらいいのに、天井までの高さが微妙すぎてストレスたまるわ。」
「そうネー、だよネー、やぁネー。」
「キンギョの言葉遣いがおかしくなってきてない?」
「そんな事ないよー。殺人彫刻がどんどん嫌いになってきてるだけー。ネー?」
最後に同意を求めるネーがついた。好きとか嫌いとかいう以前のことだと思うのよ、なんで襲ってくるのか訳がわからないわ。
あと数メートルという距離まで来た。道と建物が一体となった造りのせいで移動距離は無駄に長かった。間違いなく直線距離の倍以上の距離を移動している。おまけに殺人彫刻が増えた。
目的の建物のドアを見つけて、上がらなくなってきた足に力をいれる。チョウチョとキンギョは走るのは苦手なのかふらつきはじめていた。この屋根を見つけた場所からは近いのに。キツネは身体能力が高いようでジャンプも着地も軽々として余裕で殺人彫刻から逃げている。
「あー、イヤな音が近づいてきてる。気をつけて。」
キツネがいう通り、ゴリゴリゴロゴロという音が徐々に大きくなって近づいているのが分かる。どの方向から来ているのか、耳を澄ましても自分の呼吸音が激しくて判断しずらい。スロープを駆け上がると、外階段がある三階建ての家屋につながっている。目当ての鉛筆の芯を尖らせたような建物までは続いていないけど、殺人彫刻を撒くのに登って降りてを繰り返している。
すでに走り続けて息が上がっている状態で、段差の低い無駄に段数が多い螺旋階段は見たくなかった。
・・・・ここを駆け上がるのか。
殺人彫刻の移動音が聞こえてくる方向が一ヶ所では無いようで、キツネがもう一度気をつけてと声を掛けてくる。
もちろん油断する気はないわ!
だけど壁とか道とか無視して突っ込んでくるのよ、殺人彫刻がいる道を避けたのに無理だったし!壁ぶち破るのなんて反則だわっ。
階段に差しかかった時に乾いた音がした。
ミシ・・・・
頭上から軋む音が聞こえて反射的に上を向いたら軋む音と裂ける音とともに、随分痛んている視界を覆う程の壁だったものと大きな塊が落ちてきた。
一瞬の出来事。
背後へ落ち、凄まじい音は体を震わせ前に倒れて頭を庇った。壁の欠片がガラガラと轟音の跡に続いて足元に落ちてくる。耳鳴りがして音が聞こえないまま、落ちてくる振動が消えたので恐る恐る振り返って見ると、落ちてきたのは殺人彫刻だった。私の後ろを走っていたキンギョがいなくなった。
顔から落ちてきた殺人彫刻は地面に顔をめり込ませて車輪がカラカラと回っている。
キンギョがいたところにどうして殺人彫刻がいるの?起き上がろうとしているのか車輪の回転が速くなっていく。めり込んだ隙間から割れた金魚のマスクが見えた。
「クルハス?」
言わないって約束していた事も忘れてキンギョの本名が口から漏れた。グイっと腕をひかれキツネに無理矢理階段を登らされて、慌てて腕を引こうとしたが、掴んでいる手にさらに力が込められて階段を駆け上がる。
「待って!待って!クルハスがまだっ」
「クルハスってキンギョの事?あんな落ち方されて生きているわけないだろ。即死だ。」
息を切らしながら冷静に答えるキツネに、自分でも驚くほど震えている声が出た。怒りたいのか泣きたいのか分からない感情が胸につかえる。
「そんなこと分からないじゃない!」
「分かるよ、直撃だった。・・・・・大音量のせいで確実に広範囲にいるアイツらに気付かれた。ここまで来たら見えてる屋根に向かって道なりに行けばたどり着く。分かれた道のどれを行っても繋がっているし、それにチョウチョだけなら道が無くても、屋根や屋上を飛びながら伝っていくことが出来るでしょ。・・・あと苦しまなかったと思うよ。」
キツネの最後の言葉は小さくてよく聞こえなかった。いや聞こえているけど頭の中はクルハスで埋め尽くされている。幼馴染でいつも一緒に遊んで、一緒にいたずらして、一緒に怒られて、一緒に迷子になって。一緒に肝試しに噂を確かめようとして・・・・
こんなの嘘だわ。クルハスを助けに戻らないと・・・・。完全に下敷きなったクルハスを。
─────即死だ。
キツネの言葉が木霊する。
走りすぎて酸欠で苦しくなっているのは別の苦しさがこみあげてくる。余裕があった。追いかけられても捕まらない。躱せるし突撃なんてされたりしない。余裕じゃなかった。一回ぶつかったら終わりだった。なんで私は気づかなかったのっ。
「キツネはどうするの、私、人を抱っこして飛べないわ。」
「僕は走って行くよ。二手に分かれたら追いかけてくる数が半分ずつになるだろ?」
単純な計算。道のないところを逃げる私と、道を走って行くキツネじゃどっちを追いかけてくるかなんてわかりきってるじゃない。
「もう一回言っとくけどあいつらバカだから。見つけた方を追いかけてくるよ。」
No.15
追って来る殺人彫刻を躱し、壁を蹴り飛んで家屋の屋根に飛び移る。ここに来て分かってきた。殺人彫刻は壁をぶち抜いて追って来ることはあるけど、屋根まで来ない。
屋上に道があれば突っ込んでくるけど傾斜のある屋根は乗った途端にバランスを崩して落ちてしまうから。
キツネは無事なのかしら。随分とここに詳しいけど殺人彫刻はバカみたいに真っ直ぐ追って来るのに。ああ、キツネもアイツらはバカだって言ってたっけ。
家を飛び越えると目の前に尖った屋根をした建物が現れた。その扉は大きく、片方は蝶番が外れているようで傾いている。目の前の道幅は広く、滑空するにも距離がありすぎて届かない。殺人彫刻は音は聞こえるがまだ姿は見えない。
足はガクガクと震えて体力は限界で、酸欠で頭が痛くなってきている。
「目の前よ、頑張れ私。キツネは大丈夫、きっと来るわ。」
屋根の傾斜を利用して出来るだけ扉の近くに降りれるように全力で走る。
動け動け足、コケるな私。
ジャンプと同時に羽を広げて、傾いた扉を睨みつけるように見つめる。一度羽ばたき距離を出来るだけ縮める。上手く飛べないのが悔しい。何度も羽ばたけば地面との高度を保てず、上へあがりすぎてしまう。そうなれば階層の天井にぶつかってしまって墜落だ。
自分があと何回羽ばたいても階層の天井に当たらずに済むか分からず、一回の羽ばたきだけにした。どうしても狭い場所での飛び方に自信が持てない。
半分以上距離を縮めて着地し、ガクンと膝が折れるが踏ん張ってみせた。ここでコケてしまったら、立ち上がることが出来なくなってしまいそうだったから必死に耐えた。
よろけながら足を前に出し走る体勢にした時、左手側から地響きをさせて猛烈なスピードでこちらに来る殺人彫刻が見えた。体力がある時なら余裕で扉まで走って行けるほど離れているが今は・・・・。
息切れからヒーヒーと喉が鳴り、精一杯息を吸っては吐く。蛇行しながら走って扉のノブへ手を伸ばした。横を見なくても自分まで迫っているのが分かる。
ここにきて不思議と頭が冴えていく。さっきまで酸欠で頭痛がしていたのがウソのよう。きっと手がノブに触れても扉をくぐる前に弾き飛ばされる。全てがゆっくりと動いて見える感覚の中、自分の手がノブに触れその冷たさが伝わって来る。
ゆったりと空気が動くのを感じ、振り向かなくても分かる。殺人彫刻がいる。
ああ、牽かれる。
緩やかに流れる時間の世界が唐突に現実の世界に戻った。何かが壊れる音と何がが地面を擦る音が重なり、酷い騒音を響かせた。左側から何かが飛んできて、バシバシと体にあたってきて頭をかばい思わず蹲る。
凄い音は長くは続かずシンと静まりかえって、埃の匂いが鼻を突くばかりになりそっと目をあけると左隣の家の前でキツネ立っている。足元に木材で作られた何かの残骸と、石でできた道具らだったらしき砕けた何か。
首を右へ巡らせると横倒しになった殺人彫刻とキツネの足元から散らばっている残骸と轍の跡が繋がっている。
助かった?
「危なかったー・・・・、アイツが通る位置に家具を投げたんた。うまく片輪が浮き上がって横転してくれた。さあ、立って。まだアイツらはいるから。」
座り込んでいることに気がついて立ち上がろうと足に力をいれるが、膝がガクガクして立てない。呼吸が苦しかったことも思い出して頭がまた痛くなってきた。キツネが私をおんぶしてくれて壊れたドアをくぐる。
今まで入っていった家と同じで家具があって人の気配がない。特に目立つ何かがあるわけじゃ無い。
「・・・・何も、ない・・・わよ。ここから帰れ、るの?」
息が切れてまともに喋れない。
おんぶしたまま迷うことなく隣の部屋へ進み、閉じたカーテンが正面に見えた。淡い黄色の新品のように綺麗なカーテンの合わせた部分に隙間があってそこから庭がみえ、木が一本植わっている。
ここに来て初めてみた植物。細くて今にも折れそうで、隙間からではよく見えないけど葉がついていないみたい。それでもここに来てから人工物ばかりだったから木から温かみを感じて目が離せなくなった。
おんぶから降ろされて、壁で体を支えてカーテンに近づく。まだ息はあがったままで苦しいし気を抜くと膝から崩れ落ちそうになるけど。だけど何故かとても見たくて壁伝いに歩いてカーテンを開けた。
眩しすぎて目が眩んだ。どこも薄暗いばかりでこんなに明るいのは中央の柱のところしか無いと思っていた。手をかざして影を作りそっと目を開けると人のざわめきまで聞こえてきた。
光に慣れて見えたのは地元の商店街。今立っている場所は八百屋の横にある隙間だった。カーテンを握ったまま驚きに体が固まってしまった
呆然とする私に買い物をしている人たちが気づいて顔色を変える。
「酷い怪我、親はどこ?すぐに病院へ!」
「嬢ちゃんどうした!?血だらけじゃないか」
私を見た人達が血相を変えて集まって来る。
血だらけ?言われて自分を見ると手足に切り傷が無数にあって血が出ている。殺人彫刻から逃げる間に怪我をしまくっていたらしい。あまり痛さを感じてなかったから血だらけになっているとは気づかなかった。
八百屋のおじさんも私に気付いて十歩くらいの距離を駆けて来る。おばさんも騒ぎに気づいて店の奥から出てきてこちらを見て驚いて固まっている。よく母にくっついて買い物に来ているから顔見知りなっていて、またにおまけをくれて大好きなおじさんとおばさん。
「大変!医者を、ああ違うわ、先にご両親に知らせに!あ、やっぱり医者・・・」
「コハハナ!?お前行方不明になったって、いままで何処にいたんだ?」
おじさんは私の傷の程度のみるのに頭を触ったり袖をめくって腕を見たりしながら問う。おばさんはちょっと混乱気味。
一気に騒がしくなったのに、他人事のように慌てる人たちを見ていたけどおじさんの言葉で思考がゆっくりと動き出す。
行方不明?・・・・・私、そうだわキツネも・・・・
キツネに声を掛けようと、掴んだままのカーテンを大きく開いた。そこに部屋は無く、野菜の入った箱が積まれているのが目の前にあった。部屋どころか空間が無い。握っていたのもカーテンでは無く、茶色い丈夫なただの布だった。おじさんはいつも野菜の入っている箱に布を被せて雨が降っても濡れないようにしているヤツだ。
「一体どこへ行ってたんだ?」
どこへってみんなと一緒に・・・・・
突然あまり感じなかった身体中の痛みがぶわりと押し寄せてきて涙が溢れ出す。
「う、うぅ、ふぇぇ・・・うわぁーーーーーーーーーー」
今で泣かなかったのに戻ってきて涙があふれた。知らない場所で怖かった、みんながいて楽しかった、はぐれて悲しくかった、そして─────クルハスが。
心に詰まっていたものが溢れ出して、泣いて泣いて疲れ果てて眠るまでずっと泣いた。たぶんその間に親が来て友達も来て医者が来て警察が来てた。だけどあんまり覚えていない。
──────────
気が付いたら病院で、酷い熱をだして数日寝込んでいたと母さんが泣きながら話してくれた。怪我のせいで熱が出たようだけど順調に回復している。その後、家族全員やってきて父方母方のおじいちゃん、おばあちゃんまで来てさらに親戚まできて病室が身内であふれた。
揃ってくるとは意外だった。来てくれるのは嬉しいけど。
「個室でよかったね。」
誰が言ったか分からないけど同意。皆も頷いていたのが可笑しかった。
「何か思い出したことあるかな?」
すっかり元気なのに様子をみるからと言ってまだ退院させてくれなくて、退屈していたら警察の人がきた。何日か前にも同じ事を聞かれたけど、傷だらけで商店街にいたより前の事を覚えていなかった。
首を横に振ると困ったような笑みを見せてそれ以上何も言わず帰って行った。
私は二週間も行方不明だったらしい。
学校から帰ってきて普段通りに過ごして寝た。で、いつの間にか昼間になってて商店街に立ってた。何が起こったのか私にも分からないわ。
今日も警察のおじさんが来て同じことを聞かれたけど同じ返事をして、帰り際にお見舞いだと言って雑誌を置いていった。「子供版!クイズを解いてプレゼントを貰おう」という、書き込み式のクイズ雑誌でおかげで楽しく暇つぶしができて一番うれしいお見舞いだったかもしれない。
あと、知らないおじさんとおばさんがお母さんと一緒に何度かやってきた。
「クルハスは一緒じゃなかったの?」
「この写真にコハハナと一緒に写っている子がクルハスだ。」
「・・・・知らないわ。一緒に遊んだこともないし学校で同じ教室になった事もないよ。どうして一緒に写っているのか分からないわ。」
うちの両親も幼馴染のクルハスよって言うけど、幼馴染なら忘れてしまうのって変でしょ。『覚えてない』んじゃなくて『知らない』。
行方不明だった二週間と、クルハスの記憶が全部抜け落ちていた。
思い出してと言われても、一緒に遊んだことは無いし学校で同じクラスになったことも無い知らない子の記憶なんて、はじめから無いとしか言いようがなかった。何度聞かれても知らないんだし。
三人とも辛そうな顔して私を見てるけど、無理。何にも出てこないわ。嘘で知ってるなんて言えないよ。視線を落として俯くと、諦めて帰って行った。でもまた来るんだろうな。
窓から気持ちい風が吹き込んで白いカーテンが揺れる。外を見ると夕焼けがキレイで雲にかかる太陽の光をぼんやりと見ていた。
私と同じように行方不明になったクルハスって子、早く見つかるといいな。
No.15
追って来る殺人彫刻を躱し、壁を蹴り飛んで家屋の屋根に飛び移る。ここに来て分かってきた。殺人彫刻は壁をぶち抜いて追って来ることはあるけど、屋根まで来ない。
屋上に道があれば突っ込んでくるけど傾斜のある屋根は乗った途端にバランスを崩して落ちてしまうから。
キツネは無事なのかしら。随分とここに詳しいけど殺人彫刻はバカみたいに真っ直ぐ追って来るのに。ああ、キツネもアイツらはバカだって言ってたっけ。
家を飛び越えると目の前に尖った屋根をした建物が現れた。その扉は大きく、片方は蝶番が外れているようで傾いている。目の前の道幅は広く、滑空するにも距離がありすぎて届かない。殺人彫刻は音は聞こえるがまだ姿は見えない。
足はガクガクと震えて体力は限界で、酸欠で頭が痛くなってきている。
「目の前よ、頑張れ私。キツネは大丈夫、きっと来るわ。」
屋根の傾斜を利用して出来るだけ扉の近くに降りれるように全力で走る。
動け動け足、コケるな私。
ジャンプと同時に羽を広げて、傾いた扉を睨みつけるように見つめる。一度羽ばたき距離を出来るだけ縮める。上手く飛べないのが悔しい。何度も羽ばたけば地面との高度を保てず、上へあがりすぎてしまう。そうなれば階層の天井にぶつかってしまって墜落だ。
自分があと何回羽ばたいても階層の天井に当たらずに済むか分からず、一回の羽ばたきだけにした。どうしても狭い場所での飛び方に自信が持てない。
半分以上距離を縮めて着地し、ガクンと膝が折れるが踏ん張ってみせた。ここでコケてしまったら、立ち上がることが出来なくなってしまいそうだったから必死に耐えた。
よろけながら足を前に出し走る体勢にした時、左手側から地響きをさせて猛烈なスピードでこちらに来る殺人彫刻が見えた。体力がある時なら余裕で扉まで走って行けるほど離れているが今は・・・・。
息切れからヒーヒーと喉が鳴り、精一杯息を吸っては吐く。蛇行しながら走って扉のノブへ手を伸ばした。横を見なくても自分まで迫っているのが分かる。
ここにきて不思議と頭が冴えていく。さっきまで酸欠で頭痛がしていたのがウソのよう。きっと手がノブに触れても扉をくぐる前に弾き飛ばされる。全てがゆっくりと動いて見える感覚の中、自分の手がノブに触れその冷たさが伝わって来る。
ゆったりと空気が動くのを感じ、振り向かなくても分かる。殺人彫刻がいる。
ああ、牽かれる。
緩やかに流れる時間の世界が唐突に現実の世界に戻った。何かが壊れる音と何がが地面を擦る音が重なり、酷い騒音を響かせた。左側から何かが飛んできて、バシバシと体にあたってきて頭をかばい思わず蹲る。
凄い音は長くは続かずシンと静まりかえって、埃の匂いが鼻を突くばかりになりそっと目をあけると左隣の家の前でキツネ立っている。足元に木材で作られた何かの残骸と、石でできた道具らだったらしき砕けた何か。
首を右へ巡らせると横倒しになった殺人彫刻とキツネの足元から散らばっている残骸と轍の跡が繋がっている。
助かった?
「危なかったー・・・・、アイツが通る位置に家具を投げたんた。うまく片輪が浮き上がって横転してくれた。さあ、立って。まだアイツらはいるから。」
座り込んでいることに気がついて立ち上がろうと足に力をいれるが、膝がガクガクして立てない。呼吸が苦しかったことも思い出して頭がまた痛くなってきた。キツネが私をおんぶしてくれて壊れたドアをくぐる。
今まで入っていった家と同じで家具があって人の気配がない。特に目立つ何かがあるわけじゃ無い。
「・・・・何も、ない・・・わよ。ここから帰れ、るの?」
息が切れてまともに喋れない。
おんぶしたまま迷うことなく隣の部屋へ進み、閉じたカーテンが正面に見えた。淡い黄色の新品のように綺麗なカーテンの合わせた部分に隙間があってそこから庭がみえ、木が一本植わっている。
ここに来て初めてみた植物。細くて今にも折れそうで、隙間からではよく見えないけど葉がついていないみたい。それでもここに来てから人工物ばかりだったから木から温かみを感じて目が離せなくなった。
おんぶから降ろされて、壁で体を支えてカーテンに近づく。まだ息はあがったままで苦しいし気を抜くと膝から崩れ落ちそうになるけど。だけど何故かとても見たくて壁伝いに歩いてカーテンを開けた。
眩しすぎて目が眩んだ。どこも薄暗いばかりでこんなに明るいのは中央の柱のところしか無いと思っていた。手をかざして影を作りそっと目を開けると人のざわめきまで聞こえてきた。
光に慣れて見えたのは地元の商店街。今立っている場所は八百屋の横にある隙間だった。カーテンを握ったまま驚きに体が固まってしまった
呆然とする私に買い物をしている人たちが気づいて顔色を変える。
「酷い怪我、親はどこ?すぐに病院へ!」
「嬢ちゃんどうした!?血だらけじゃないか」
私を見た人達が血相を変えて集まって来る。
血だらけ?言われて自分を見ると手足に切り傷が無数にあって血が出ている。殺人彫刻から逃げる間に怪我をしまくっていたらしい。あまり痛さを感じてなかったから血だらけになっているとは気づかなかった。
八百屋のおじさんも私に気付いて十歩くらいの距離を駆けて来る。おばさんも騒ぎに気づいて店の奥から出てきてこちらを見て驚いて固まっている。よく母にくっついて買い物に来ているから顔見知りなっていて、またにおまけをくれて大好きなおじさんとおばさん。
「大変!医者を、ああ違うわ、先にご両親に知らせに!あ、やっぱり医者・・・」
「コハハナ!?お前行方不明になったって、いままで何処にいたんだ?」
おじさんは私の傷の程度のみるのに頭を触ったり袖をめくって腕を見たりしながら問う。おばさんはちょっと混乱気味。
一気に騒がしくなったのに、他人事のように慌てる人たちを見ていたけどおじさんの言葉で思考がゆっくりと動き出す。
行方不明?・・・・・私、そうだわキツネも・・・・
キツネに声を掛けようと、掴んだままのカーテンを大きく開いた。そこに部屋は無く、野菜の入った箱が積まれているのが目の前にあった。部屋どころか空間が無い。握っていたのもカーテンでは無く、茶色い丈夫なただの布だった。おじさんはいつも野菜の入っている箱に布を被せて雨が降っても濡れないようにしているヤツだ。
「一体どこへ行ってたんだ?」
どこへってみんなと一緒に・・・・・
突然あまり感じなかった身体中の痛みがぶわりと押し寄せてきて涙が溢れ出す。
「う、うぅ、ふぇぇ・・・うわぁーーーーーーーーーー」
今で泣かなかったのに戻ってきて涙があふれた。知らない場所で怖かった、みんながいて楽しかった、はぐれて悲しくかった、そして─────クルハスが。
心に詰まっていたものが溢れ出して、泣いて泣いて疲れ果てて眠るまでずっと泣いた。たぶんその間に親が来て友達も来て医者が来て警察が来てた。だけどあんまり覚えていない。
──────────
気が付いたら病院で、酷い熱をだして数日寝込んでいたと母さんが泣きながら話してくれた。怪我のせいで熱が出たようだけど順調に回復している。その後、家族全員やってきて父方母方のおじいちゃん、おばあちゃんまで来てさらに親戚まできて病室が身内であふれた。
揃ってくるとは意外だった。来てくれるのは嬉しいけど。
「個室でよかったね。」
誰が言ったか分からないけど同意。皆も頷いていたのが可笑しかった。
「何か思い出したことあるかな?」
すっかり元気なのに様子をみるからと言ってまだ退院させてくれなくて、退屈していたら警察の人がきた。何日か前にも同じ事を聞かれたけど、傷だらけで商店街にいたより前の事を覚えていなかった。
首を横に振ると困ったような笑みを見せてそれ以上何も言わず帰って行った。
私は二週間も行方不明だったらしい。
学校から帰ってきて普段通りに過ごして寝た。で、いつの間にか昼間になってて商店街に立ってた。何が起こったのか私にも分からないわ。
今日も警察のおじさんが来て同じことを聞かれたけど同じ返事をして、帰り際にお見舞いだと言って雑誌を置いていった。「子供版!クイズを解いてプレゼントを貰おう」という、書き込み式のクイズ雑誌でおかげで楽しく暇つぶしができて一番うれしいお見舞いだったかもしれない。
あと、知らないおじさんとおばさんがお母さんと一緒に何度かやってきた。
「クルハスは一緒じゃなかったの?」
「この写真にコハハナと一緒に写っている子がクルハスだ。」
「・・・・知らないわ。一緒に遊んだこともないし学校で同じ教室になった事もないよ。どうして一緒に写っているのか分からないわ。」
うちの両親も幼馴染のクルハスよって言うけど、幼馴染なら忘れてしまうのって変でしょ。『覚えてない』んじゃなくて『知らない』。
行方不明だった二週間と、クルハスの記憶が全部抜け落ちていた。
思い出してと言われても、一緒に遊んだことは無いし学校で同じクラスになったことも無い知らない子の記憶なんて、はじめから無いとしか言いようがなかった。何度聞かれても知らないんだし。
三人とも辛そうな顔して私を見てるけど、無理。何にも出てこないわ。嘘で知ってるなんて言えないよ。視線を落として俯くと、諦めて帰って行った。でもまた来るんだろうな。
窓から気持ちい風が吹き込んで白いカーテンが揺れる。外を見ると夕焼けがキレイで雲にかかる太陽の光をぼんやりと見ていた。
私と同じように行方不明になったクルハスって子、早く見つかるといいな。
No.15
追って来る殺人彫刻を躱し、壁を蹴り飛んで家屋の屋根に飛び移る。ここに来て分かってきた。殺人彫刻は壁をぶち抜いて追って来ることはあるけど、屋根まで来ない。
屋上に道があれば突っ込んでくるけど傾斜のある屋根は乗った途端にバランスを崩して落ちてしまうから。
キツネは無事なのかしら。随分とここに詳しいけど殺人彫刻はバカみたいに真っ直ぐ追って来るのに。ああ、キツネもアイツらはバカだって言ってたっけ。
家を飛び越えると目の前に尖った屋根をした建物が現れた。その扉は大きく、片方は蝶番が外れているようで傾いている。目の前の道幅は広く、滑空するにも距離がありすぎて届かない。殺人彫刻は音は聞こえるがまだ姿は見えない。
足はガクガクと震えて体力は限界で、酸欠で頭が痛くなってきている。
「目の前よ、頑張れ私。キツネは大丈夫、きっと来るわ。」
屋根の傾斜を利用して出来るだけ扉の近くに降りれるように全力で走る。
動け動け足、コケるな私。
ジャンプと同時に羽を広げて、傾いた扉を睨みつけるように見つめる。一度羽ばたき距離を出来るだけ縮める。上手く飛べないのが悔しい。何度も羽ばたけば地面との高度を保てず、上へあがりすぎてしまう。そうなれば階層の天井にぶつかってしまって墜落だ。
自分があと何回羽ばたいても階層の天井に当たらずに済むか分からず、一回の羽ばたきだけにした。どうしても狭い場所での飛び方に自信が持てない。
半分以上距離を縮めて着地し、ガクンと膝が折れるが踏ん張ってみせた。ここでコケてしまったら、立ち上がることが出来なくなってしまいそうだったから必死に耐えた。
よろけながら足を前に出し走る体勢にした時、左手側から地響きをさせて猛烈なスピードでこちらに来る殺人彫刻が見えた。体力がある時なら余裕で扉まで走って行けるほど離れているが今は・・・・。
息切れからヒーヒーと喉が鳴り、精一杯息を吸っては吐く。蛇行しながら走って扉のノブへ手を伸ばした。横を見なくても自分まで迫っているのが分かる。
ここにきて不思議と頭が冴えていく。さっきまで酸欠で頭痛がしていたのがウソのよう。きっと手がノブに触れても扉をくぐる前に弾き飛ばされる。全てがゆっくりと動いて見える感覚の中、自分の手がノブに触れその冷たさが伝わって来る。
ゆったりと空気が動くのを感じ、振り向かなくても分かる。殺人彫刻がいる。
ああ、牽かれる。
緩やかに流れる時間の世界が唐突に現実の世界に戻った。何かが壊れる音と何がが地面を擦る音が重なり、酷い騒音を響かせた。左側から何かが飛んできて、バシバシと体にあたってきて頭をかばい思わず蹲る。
凄い音は長くは続かずシンと静まりかえって、埃の匂いが鼻を突くばかりになりそっと目をあけると左隣の家の前でキツネ立っている。足元に木材で作られた何かの残骸と、石でできた道具らだったらしき砕けた何か。
首を右へ巡らせると横倒しになった殺人彫刻とキツネの足元から散らばっている残骸と轍の跡が繋がっている。
助かった?
「危なかったー・・・・、アイツが通る位置に家具を投げたんた。うまく片輪が浮き上がって横転してくれた。さあ、立って。まだアイツらはいるから。」
座り込んでいることに気がついて立ち上がろうと足に力をいれるが、膝がガクガクして立てない。呼吸が苦しかったことも思い出して頭がまた痛くなってきた。キツネが私をおんぶしてくれて壊れたドアをくぐる。
今まで入っていった家と同じで家具があって人の気配がない。特に目立つ何かがあるわけじゃ無い。
「・・・・何も、ない・・・わよ。ここから帰れ、るの?」
息が切れてまともに喋れない。
おんぶしたまま迷うことなく隣の部屋へ進み、閉じたカーテンが正面に見えた。淡い黄色の新品のように綺麗なカーテンの合わせた部分に隙間があってそこから庭がみえ、木が一本植わっている。
ここに来て初めてみた植物。細くて今にも折れそうで、隙間からではよく見えないけど葉がついていないみたい。それでもここに来てから人工物ばかりだったから木から温かみを感じて目が離せなくなった。
おんぶから降ろされて、壁で体を支えてカーテンに近づく。まだ息はあがったままで苦しいし気を抜くと膝から崩れ落ちそうになるけど。だけど何故かとても見たくて壁伝いに歩いてカーテンを開けた。
眩しすぎて目が眩んだ。どこも薄暗いばかりでこんなに明るいのは中央の柱のところしか無いと思っていた。手をかざして影を作りそっと目を開けると人のざわめきまで聞こえてきた。
光に慣れて見えたのは地元の商店街。今立っている場所は八百屋の横にある隙間だった。カーテンを握ったまま驚きに体が固まってしまった
呆然とする私に買い物をしている人たちが気づいて顔色を変える。
「酷い怪我、親はどこ?すぐに病院へ!」
「嬢ちゃんどうした!?血だらけじゃないか」
私を見た人達が血相を変えて集まって来る。
血だらけ?言われて自分を見ると手足に切り傷が無数にあって血が出ている。殺人彫刻から逃げる間に怪我をしまくっていたらしい。あまり痛さを感じてなかったから血だらけになっているとは気づかなかった。
八百屋のおじさんも私に気付いて十歩くらいの距離を駆けて来る。おばさんも騒ぎに気づいて店の奥から出てきてこちらを見て驚いて固まっている。よく母にくっついて買い物に来ているから顔見知りなっていて、またにおまけをくれて大好きなおじさんとおばさん。
「大変!医者を、ああ違うわ、先にご両親に知らせに!あ、やっぱり医者・・・」
「コハハナ!?お前行方不明になったって、いままで何処にいたんだ?」
おじさんは私の傷の程度のみるのに頭を触ったり袖をめくって腕を見たりしながら問う。おばさんはちょっと混乱気味。
一気に騒がしくなったのに、他人事のように慌てる人たちを見ていたけどおじさんの言葉で思考がゆっくりと動き出す。
行方不明?・・・・・私、そうだわキツネも・・・・
キツネに声を掛けようと、掴んだままのカーテンを大きく開いた。そこに部屋は無く、野菜の入った箱が積まれているのが目の前にあった。部屋どころか空間が無い。握っていたのもカーテンでは無く、茶色い丈夫なただの布だった。おじさんはいつも野菜の入っている箱に布を被せて雨が降っても濡れないようにしているヤツだ。
「一体どこへ行ってたんだ?」
どこへってみんなと一緒に・・・・・
突然あまり感じなかった身体中の痛みがぶわりと押し寄せてきて涙が溢れ出す。
「う、うぅ、ふぇぇ・・・うわぁーーーーーーーーーー」
今で泣かなかったのに戻ってきて涙があふれた。知らない場所で怖かった、みんながいて楽しかった、はぐれて悲しくかった、そして─────クルハスが。
心に詰まっていたものが溢れ出して、泣いて泣いて疲れ果てて眠るまでずっと泣いた。たぶんその間に親が来て友達も来て医者が来て警察が来てた。だけどあんまり覚えていない。
──────────
気が付いたら病院で、酷い熱をだして数日寝込んでいたと母さんが泣きながら話してくれた。怪我のせいで熱が出たようだけど順調に回復している。その後、家族全員やってきて父方母方のおじいちゃん、おばあちゃんまで来てさらに親戚まできて病室が身内であふれた。
揃ってくるとは意外だった。来てくれるのは嬉しいけど。
「個室でよかったね。」
誰が言ったか分からないけど同意。皆も頷いていたのが可笑しかった。
「何か思い出したことあるかな?」
すっかり元気なのに様子をみるからと言ってまだ退院させてくれなくて、退屈していたら警察の人がきた。何日か前にも同じ事を聞かれたけど、傷だらけで商店街にいたより前の事を覚えていなかった。
首を横に振ると困ったような笑みを見せてそれ以上何も言わず帰って行った。
私は二週間も行方不明だったらしい。
学校から帰ってきて普段通りに過ごして寝た。で、いつの間にか昼間になってて商店街に立ってた。何が起こったのか私にも分からないわ。
今日も警察のおじさんが来て同じことを聞かれたけど同じ返事をして、帰り際にお見舞いだと言って雑誌を置いていった。「子供版!クイズを解いてプレゼントを貰おう」という、書き込み式のクイズ雑誌でおかげで楽しく暇つぶしができて一番うれしいお見舞いだったかもしれない。
あと、知らないおじさんとおばさんがお母さんと一緒に何度かやってきた。
「クルハスは一緒じゃなかったの?」
「この写真にコハハナと一緒に写っている子がクルハスだ。」
「・・・・知らないわ。一緒に遊んだこともないし学校で同じ教室になった事もないよ。どうして一緒に写っているのか分からないわ。」
うちの両親も幼馴染のクルハスよって言うけど、幼馴染なら忘れてしまうのって変でしょ。『覚えてない』んじゃなくて『知らない』。
行方不明だった二週間と、クルハスの記憶が全部抜け落ちていた。
思い出してと言われても、一緒に遊んだことは無いし学校で同じクラスになったことも無い知らない子の記憶なんて、はじめから無いとしか言いようがなかった。何度聞かれても知らないんだし。
三人とも辛そうな顔して私を見てるけど、無理。何にも出てこないわ。嘘で知ってるなんて言えないよ。視線を落として俯くと、諦めて帰って行った。でもまた来るんだろうな。
窓から気持ちい風が吹き込んで白いカーテンが揺れる。外を見ると夕焼けがキレイで雲にかかる太陽の光をぼんやりと見ていた。
私と同じように行方不明になったクルハスって子、早く見つかるといいな。




