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明日 また 会える

作者: 斗希とジェイジェイ

 「相変わらず人を笑わせる男だ。よくも、こんな事を思いついたもんだ。」

陽一は1年ぶりに会った翔太の姿を見ながら、1年前まで毎日思っていた言葉をまた今日も思っていた。

 

 翔太は1年間の海外赴任を終え、今日、ようやく日本に戻ってきた。翔太の「天真爛漫さ」を上役達が評価してアメリカに送り込んだらしい。

どんな環境であろうが、周囲を自分のペースに巻き込んで、自分の持つ力を十分に発揮出来る状況作りを得意とする彼にはまさに今回の仕事は「打ってつけ」だったのであろう。

いわゆるアメリカの某企業との業務提携を成功させる為の大役だった。

 

 陽一にとっては翔太の仕事内容やアメリカでの功績等どうでも良かった。

翔太が帰ってきたという事実だけで良かった。

幼馴染として毎日一緒に過ごして来た陽一にとっては「今日から、また毎日会える」と思える気持ちがすべてだった。

 

 物心ついた時には既に「お隣さん」だった。

同じ幼稚園から、同じ小学校、同じ中学校、同じ高校、そして同じ大学に進んで、就職した会社こそ違えど、帰宅すると例え何時であろうと陽一の部屋に「土産話」を持ってやって来る。

普通なら「うっとおしい」と思う時もあるのだろうが、30年以上も毎日顔を合わせていると、逆に会わない日は物足りない気持ちで布団に潜り込まないといけない。

どちらかが会社の出張や旅行などに出掛けようものなら大変である。

翔太は「土産話」の捌け口がなく、イライラするようで、陽一は翔太の奇想天外な話や行動を楽しめない苦痛に苛まれる。

数日後に再会した時には、翔太は息継ぎをしているのかを疑いたくなる程の勢いで「溜まった土産話」を吐き切るまで嬉しそうに陽一にぶつけてくる。

陽一は誰にも見せていないだろうと思われる翔太のその嬉しそうな表情をぶつけられる快感に浸る。

ある時はアルコール類を2人の間に挟んで同じペースで飲み交わしながら時間を過ごす事もある。

通勤途中に出会った注目すべき人物や、街角にひっそりと掲げられた看板が実は人心を惹きつけるものであるといった話、時には好きな女性が現れて、奇想天外なアプローチ方法の発表など、その日、翔太が感じ、考えた「土産話」が毎日飛び出す。

 

 ワインを飲み干した時には、ワインボトルの注ぎ口を指で弄りながら熱中して「今日もあの看板は・・・・。」等と話をしている。

あの時は翔太の右手人差し指が注ぎ口にハマってしまい、「抜けね~!抜けね~!!」と大騒ぎした。

2人掛かりで引っ張り外そうとしたが、外れず、陽一が「石鹸を塗って外そう」と言えば、「折角、キレイにハマったんだ。引っ張っても外れないから、石鹸で外そうと考えるよりも、何日このままで過ごせるかを考えた方が楽しいよ。」と言って、その日は指からワインボトルをぶら提げながら帰っていった。

 

 翌朝、陽一が玄関先で翔太に会うと、右手に普段持ち慣れない茶色の大き目のバッグを持って立っている。

開いた上部のファスナー口には人差し指が納められていた。

陽一が「その格好で会社に行くのか?」と翔太に尋ねると「何か問題あるのか?」と逆に不思議そうな顔で陽一の顔を覗き込む。

「仕事に差し支えるだろう?」と陽一が笑いをこらえながら言うと、「昨晩は家に帰ってから左手だけでパソコンのキーボードを叩く練習してたから、寝不足が心配なんだ・・・。左手でマウスを使いながら操作するんだぜ。カギカッコを打つのが難しいから、今日はカギカッコを使わないようにしようと思ってる。」と、別の心配をしていた。

結局、電車通勤中に汗が滲んで「残念ながら」ボトルは外れてしまったそうだが、外れたボトルをバッグに詰めて帰宅するのは重くてたまらなかったと怒っていた。

なんとも奇想天外な男である。

だが、そんな男だからこそ、陽一を夢中にさせるのであろう。

 

 常に平均点で生きてきた陽一と、平均点で生きた事が無い翔太。

お互いに正反対の生き方が楽しくて仕方がないのであった。

ちなみに、翔太は会社成績は奇想天外ながらも、否、奇想天外だからこそかも知れないが相当優秀であったようだ。



 アメリカから戻った翔太は一目散に陽一の部屋にやって来た。

やって来る事が分かっていた陽一は、翔太の舌を滑らかにするアイテムとして、翔太の大好きなドイツワインを部屋に5本も並べて待ち構えていた。


 玄関のチャイムが鳴った後、陽一の両親が大笑いしながら「翔ちゃん、お帰りなさい」と言う声を聞いて、陽一の期待値は限界を超えていた。

部屋に入ってきた翔太を見て、陽一は両親の「大笑い」の原因が理解できた。

全身カウボーイスタイルで入ってきたのである。

カウボーイハットに、肩からは投げ縄までぶら提げる凝った格好である。

「なんだいきなり、その格好は!?」

と、堪え切れない笑いにお腹を抱えて転げながら陽一が言うと、

「これならアメリカ帰りだって分かるだろ?この格好をしないと土産話が始まらん!!」と、得意気に陽一を見下ろしている。

カウボーイハットのツバに右手人差し指を添えている。

このカウボーイファッションは1年前、アメリカ到着初日に購入したそうだ。

行きの飛行機の中で既に考えていたらしい。

「普通、行きの飛行機ってのは、これからの1年間を考えて過ごすだろうが?」と、笑い涙を拭いながら陽一が尋ねると

「帰国後の事を考えて、飛行機には乗ってたぞ!それが長期出張を乗り切る秘訣だろ?」と、さも自分自身が普通であるかのように色んなポージングをしながら答える。

陽一が並べてあったワインボトルを見つけると、それを1本左手で掴み、ボトルネックを握って肩に乗せ、さらにポーズを取ったりもしている。                      

 ひとしきりポーズを取り終えると、翔太は陽一のベッドに腰を掛けて右手人差し指を立てて、「アメリカ土産話・・・第1弾!」と上目遣いに話し始める。

ベッドの上で胡坐をかいて、カウボーイハットは脱がないようである。

投げ縄もずり落ちそうになると肩に掛け直しているのだから、余程、気に入っているらしい。

「土産話」に関連しているのかと、陽一はさらに期待しながら、翔太お気に入りのドイツワインをグラスに注いだ。

 

 翔太はグラスを素早く受け取ると「乾杯」もしないで、グイっと一気に飲み干し、静かな口調で「土産話」を始めた。

1年前に自宅を出発する所から話し始めたのには、陽一も驚いたが、すぐに翔太の「土産話」に引き擦り込まれていった。


 陽一と翔太の自宅は駅から徒歩10分程度である。

出発の日は朝7時に出発して駅まで大荷物を抱えて歩いて行ったらしい。

その日、陽一も見送りに行きたかったが、「湿っぽくなるから、お前は俺に顔を見せるんじゃないぞ!」と前日に散々言われた為、部屋のカーテンの隙間から、出発する翔太の姿を見送っていた。

 

 その日はいつもより30分早めの「出勤」だったせいで、毎日見掛ける「犬の散歩をしているおじいちゃん」は四つ角の右側から現れたらしい。

いつもは左側から現れるそうだから、家が右側で、いつもは散歩の帰り道だったのだろう。

この日、おじいちゃんの愛犬は、きっとおばあちゃんが作ったであろう赤い服を着せて貰っていたらしい。

おじいちゃんも赤いベストを着ており、いつも色合いは愛犬とペアルックのおじいちゃんだそうだ。

「よし、今日は好運だ!」翔太は犬とおじいちゃんの服の色で毎日の占いをしているらしい。

赤色はラッキーカラーだそうだ。

以前、赤色の服を着た犬とおじいちゃんを見掛けた時に商店街の福引で特賞を当てたそうだ。

その時も「特賞の米は、親が喜ぶから親孝行出来た気分で嬉しいよな!しかも『ささにしき』だぜ!!」と言っていた。


 いつものように「おじいちゃん!おはよう!今日も元気そうでなにより!」と声を掛けたそうだ。

おじいちゃんは愛犬のリードを無理やり引っ張って止まり、ニマっと笑いながら会釈で返すそうだ。

翔太の大荷物を指差してさらにニマっと笑ったので、

「そうだ!おじいちゃん!!明日は何色の服を着るの?俺は今日からしばらくおじいちゃんに会えないんだよ!!教えて!!」と、翔太は大きな声で耳元で尋ねた。

勝手に耳が遠いと思い込んでいたらしい。

 

 おじいちゃんはまさか自分と愛犬の服の色で、占いをされてるとは思いもしないので、ニマニマと笑っているだけだったそうだ。

翔太は「やはり耳が遠いんだ」と思い込み、仕方なく「じゃあね!」と軽く手を振って、駅へと歩き始めると、そのおじいちゃんが、「ワシの耳はええほうじゃよ。何でワシの服の色が気になるのかわからんが、アンタは毎日、ワシに挨拶してくれる。明日は青を着てくるよ。いってらっしゃい。」と、初めて声を聞かせてくれた。

しかし、翔太にとっては初めて聞けた「声」にも関わらず、嬉しさよりも、不満が広がったそうだ。

翔太にとっては「青色は鬼門」であり、初めてのおじいちゃんとの会話が「鬼門の通達」だった事が残念で仕方無かったそうである。

「おじいちゃん!元気でね。」と無理やり笑顔を作って、「聞か無きゃ良かったな・・」そう独り言を呟きながら、とぼとぼと大荷物を抱えて駅までの道を急いだそうだ。

すっかり「今日は赤色」を忘れてしまっていた所が翔太らしいと陽一は思いながら、「土産話」の続きを聞いた。



 程なくするとコンビニのある交差点に差し掛かる。コンビニを右に曲がると、あとは真っ直ぐ行けば駅である。

そのコンビニの前にある電柱に標語の書かれた看板が立て掛けられている。正確に言えば「標語の書かれていた看板」だと言う。


 誰かが標語の文字を毎月必ず1文字ずつ削り取って、消していっているそうだ。17文字あった平仮名ばかりの標語が、前日までは9文字になっていたそうだが、ついにこの日には8文字になっていたそうである。


「俺が戻る頃には消えちゃってて、ただの白い看板になってるんだろうな。それって妖怪の『一反もめん』に似てるよな・・・」などと想像しながら看板を通り過ぎたらしい。「そんな想像が出来るとは俺が驚くよ。」と陽一は呆れながらの相槌を打った。

 

 この看板の話を陽一が聞き始めた頃、いつもは気にもせず素通りしていたが、一度だけ気に留めて消えていく文字を見た事があった。陽一が見た時にはすでに4文字程消えていたので、消え始めて4ヶ月が経過していたのであろう。まだ、原文は容易に想像できた。


 『しんごうは あなたのいのち よくみてね』


 確かそんな標語だったと思い出しながら2人で頷いていた。

「明日は土曜日なんで2人でその看板を確認に行こうよ。『一反もめん』が見たいわ!」と翔太が誘うので、陽一も『一反もめん』を一緒に見に行く事にした。どうやら帰り道では自分のカウボーイスタイルを想像していた為、見過ごしたらしい。


 ようやく翔太の「土産話」が自宅の最寄り駅に辿り着いた。その頃にはドイツワインが3本空いていた。翔太は気持ち良さそうに話すが、陽一はどこが「土産話」なのかとイライラし始めた。

陽一は口を尖らせながら、「おい!一体いつになったらアメリカ生活の『土産話』が始まるんだよ!」と、4本目のドイツワインを開封しながら翔太を急かした。


 すると、「おいおい、お前はそんなにセッカチだったか?明日また会えるんだぜ!『アメリカ土産話第2弾』は明日へのお楽しみだ!今日は久々にお前の顔を見たかったし、第1弾を話したかったんだよ。今日は時差で疲れちゃったんで、帰って寝るわ!」と、出発前の話をひとしきり終了した後、カウボーイハットを深く被り直して部屋から出ていった。


 「そりゃ疲れてるよな」と思いながら、明日を楽しみに陽一はベッドに潜り込んで、アルコールの力で深く眠り込んでいった。



 手を振る気取ったカウボーイスタイルの翔太を追い掛けている時、遠くで「陽一」と名前を呼ぶ声が聞こえる。手を振るカウボーイの翔太が消えていく頃、ハッキリと「陽一」と呼ぶ声が母親の声だと分かった。


 ベッドから起き上がりもせず、眠い目を擦りながら、部屋のドアの方を見ると、呆然とした母親が、まるで生気をなくした青ざめた顔で立っていた。

「何かあったのか、それとも俺が寝ぼけてるから・・・」そう思いながら、まだ眠いというアピールでドアとは反対方向に寝返りを打ってみた。

その瞬間、ベッドから飛び出すほどの、しかし、静かなトーンの言葉を母親から聞いた。


「翔ちゃん・・・死んじゃったって。並居のおばちゃんが今来られたわ・・・。」


バカな!馬鹿な!!ばかな!!!そんなバカな事あるわけがない!!!明日、また会えるって言ってたじゃないか!!!!!!陽一の頭の中で憤りに似た感情が渦巻いた。


そんな中、母親はさらに一言付け加え、その場で泣き伏した。

「昨日、アメリカの空港で事故に巻き込まれて死んじゃったって・・・・・」

「昨日!?」陽一は絶句した。

「昨日、ここで翔太と大笑いしながら久々の再会を楽しんでたはずだ!アイツの好きなドイツワインも転がってるじゃないか!!」


 陽一は何がなんだか分からないという顔つきで部屋を飛び出し、裸足のまま玄関を出、隣の並居家に入った。

「翔太は家族ぐるみで俺を騙して、きっと自分の部屋で大笑いしているに違いない!久し振りなのに・・・ぶっとばしてやる!!」

そう思いながら飛び込んだ並居家の居間では、翔太の母親が泣き崩れ、妹の由梨が泣きじゃくりながら親戚に電話している様子だった。

急いで翔太の部屋のドアを開けると、翔太の父親がキレイに整頓された学生時代から置いてある学習机に手を付いて「1年ぶりにやっとお前の元気な顔を見れると思っていたのに・・・」と消え入りそうな悔しい小声で呟いている。時折、ポタポタと机に父親の涙が落ちている。

 

 「現実なんだ・・・」そう陽一が理解するまで時間は掛からなかった。

そう思わせるだけの空気がその場には漂っていた。ただ、それを受け入れるだけの準備は陽一にはなかった。それもやむを得ないだろう。昨夜、陽一は確かに翔太と会っている。しかも、「明日また会える」と約束していた。

 

 「一体、俺は誰と約束したんだ?」

陽一には、今度はそんな疑問が沸いてきた。足早に自宅に戻り、自分を呼ぶ両親の声も振り切って、陽一は部屋に戻った。

昨夜の飲み干したワインは床に転がっている。グラスも確かに2つある。

ただ、昨夜は酔いが廻って気付かなかったが、部屋の絨毯がこぼしたワインでビシャビシャだと陽一は思った。

それに翔太からは「土産話」は聞いたが、「お土産品」は何一つ受け取っていない事にも気付いた。

 

 「約束したんだ・・・」陽一は急いで着替え、約束した場所に向かった。



 四つ角に差し掛かると左側から「服を着た犬を連れている老人」に出会った。この老人が「犬の散歩をしているおじいちゃん」だと直ぐに分かった。何故か陽一はこの老人に出会うのは初めてであった。

 

 青い服を着た犬が、青い服を着た老人に連れられている。視線を感じたのか老人は、犬のリードを引っ張って立ち止まり、青ざめた陽一の顔を不思議そうに見たかと思うと、ニマっと微笑んで、会釈した。

 

 「おじいさん・・・。アイツ死んじゃったよ・・・」


 陽一の口をついて出たのは、見ず知らずの老人に対して「翔太の死」の報告だった。老人は首を少し傾げて、「アンタは誰じゃったかの?」と、か細い声で尋ねてきた。この「声」が翔太のこの町で交わした最後の声だったのかと思い、陽一は何故か懐かしささえ憶えるような感情が込み上げ、涙が溢れてきた。震える涙声で「・・・・おじいさん、今日は青い服を着ちゃダメだよ・・・」そう言って陽一は泣き笑いの顔で老人に会釈して、約束の場所まで歩を進めた。背中の向こうで犬の吠える声が何度も、何度も聞こえた。


 次の四つ角にあるコンビニに辿り着いた。前にある電柱にはまだ『一反もめん』は残っていた。否、まだ『一反もめん』にはなっていない。7文字も残っている。毎月、1文字ずつ消えているはずだが、何故か残っている。「昨夜の翔太」の話では1年前には8文字だったはずである。

 

 「そうか、もう飽きちゃって、こんな事した誰かが途中で辞めたんだな・・」

 

 「翔太、まだ『一反もめん』にはなってなかったぞ!俺は約束どおり見に来たんだ。お前は約束を破るのか?『明日また会える』ってお前が言ったんだぞ!」


 悲しみと怒りと虚しさが込み上げる中、陽一は翔太に囁いた。もう翔太には守れない約束と知りながらも何度も、何度も囁いた。1年前まで毎日翔太が見続けた、文字の欠けた標語の看板を陽一は撫でながら、残った文字を何度も、何度も読み返していた。

 

 どの位の時間が経ったであろうか、陽一は突然笑い出し、周りのコンビニ客までもが心配そうに見つめている。先ほどまで泣きながら、汚れた看板を撫でていた男が今度は突然笑い出したのである。誰もが「大丈夫か?」と思える光景である。


 「お前は約束を守っていたんだな。最後の最後までお前らしいよ!!」


 『し  う   なた い   よ み  』


文字の欠けた標語看板を何度もなぞる内に、陽一にはハッキリと翔太の姿が見えた。


 「お前だったのか・・・看板の文字を毎月消していたのは・・・・・。」


 『 な  み  い   し よ う た 』


 「明日また会える・・・間違いなかったよ。おかえりなさい、翔太・・。」


 数日後、陽一は両親から「あの日」翔太には会っていないと聞かされた。翔太が帰国すると聞いて、ドイツワインを買い込み、自分の部屋にグラスとワイン5本を一緒に持ち込んでいた姿は見掛けたそうだ。陽一にとっては「あの日」が夢だったのか、現実だったのかはどうでも良かった。少なくともコンビニの前で「翔太」には会ったのである。初めて自分自身が「平均点」ではない生き方をしたと思い、それが「翔太」によって「平均点」ではなくなったと思う事が陽一には心地良かったのである。


 そして「翔太」と共に帰国した翔太の両親から、陽一は事故の状況を聞いた。空港の前で、暴走した青いワゴン車に跳ねられたそうだ。何故かその時、翔太はカウボーイハットを右手に握り締めていたという。その理由は陽一にしか分からない事であろう。

 

 「アメリカ帰りだって分かるだろ?」

 

 数ヵ月後、コンビニ前の標語看板は撤去された。撤去中のその側で、犬を連れた老人を陽一は見掛けた。視線に気付いた老人はニマっと微笑み、会釈した。


 「さようなら、翔太」


 陽一は運ばれる看板を見ながらそっと手を合わせた。ひとりになった陽一の「明日」が始まる。それはきっと「平均点」ではないのであろう。


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