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panoptic  作者: なるくる
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panoptic

Panoptic


今回の物語の舞台は十九世紀英国。ある貴族が小さな村を囲む渓谷の上に館を作った。その記念に友人や社交界で知り合った者たちを集めてパーティーを開催するという旨の手紙を送り、館に招待した。しかしこの男の目的はその招待客全員を虐殺することであった。狩猟好きなこの男は人を対象とした狩りを楽しむという悪趣味な計画をたて、獲物が集まるのを待っていた。この館に招待された私もまた,ある計画を立てた。もちろん私は彼が我々を虐殺する目的で招待したなど思いもしなかった。しかし、私にとってこの男の行動と状況は計画を実行するうえで好都合なものであったのだ。現実離れした非日常的な状況と、まるで物語を作るために用意されたかのような隔離空間。この手の条件は私が求めていた設定そのものであった。そしてこの計画を完遂し、呪いを解く。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。まさか私がこのような奇妙な経験をするとは夢にも思わなかった。人が人である以上、人生の結末は一つしか知ることはできぬ。それが結果であり、その物語の結末だ。

だから、私はどんな結果になろうともその結末を受け入れようと思う。これは私の私欲によって始まった自分勝手な悲劇なのだから。


                               ロット・ブレイザー 



「ねぇ、カレン。人が一生をかけて地球を旅したら世界のすべてを見ることは可能だと思う?」

「?」

普段から不思議な発想や考え方をするエレナではあるが、こんな突拍子もない質問にはさすがに一瞬間が空いてしまった。

「急にどうしたのエレナ」

「少し気になっただけ。私に自由に動かせる足があれば世界中を旅して周れるのになって」

「自由に動かせる足があっても全てを見るなんてことできないわよ。ひと一人分の一生じゃ全然足りないわね」

エレナのこんな子供っぽい質問に思わず笑みがこぼれる。


 私は本当の親の顔を知らない。生まれてまもなく捨てられ、物心ついた時にはすでに孤児院にいた。一日一回の食事、職員からの虐待、過度な強制労働。いつ空からお迎えが来るのだろうと、そんなことを考える毎日だった。そんな日常の中でも唯一楽しみと呼べることがあった。それは一日一時間だけ与えられる自由な時間、一時間の休息。施設の中で出来た兄弟のような子たちと過ごす時間、それが私の生き甲斐だった。どんなに辛いことがあっても彼らと居る時だけは笑顔でいられた――


「あーあ。どこかの国のナイト様が突然私を迎えに来て一緒に世界を旅するなんてことにならないかしら」

こんな現実離れした想像を半ば本気で言うのだから彼女にはいつも返答にこまらされている。しかしそんなエレナらしいところも私は大好きだった。

「エレナの考えることはほんとにいつ聞いてもおもしろいわね」

楽しい話を聞きながら笑顔で食事ができる。これがどれだけ幸せなことか。

「もうっ、カレンったら、私は本気で言ってるのよ」

頬を膨らませて、少し照れた表情をするエレナ。

そのやり取りを見ていたのかエレナの隣に座っていた女性が話しかけてきた。

「まあ、お嬢さん随分かわいらしいことをおっしゃるのね」

口に手を当て優しい口調で話し、笑いかけてくる。

「私にもあったわ、どこかの国の王子様が私を迎えに来てくれないかなんて夢見てたことが。でも、結局いつまで経っても現れなかったわ」

ウフフと、感じの良さそうなご婦人が昔を思い出すかのような目でエレナを見て笑っている。

「まあ、奥様もそんな事を?女として一度はそんな夢のような出来事に憧れますわよね」

嬉しそうにエレナは隣の女性と話している。年齢の割に小柄なので時々子供に見られてしまうエレナなのだが、おそらくこの女性もエレナを実年齢より下に見ているだろうなと思いつつ二人の話を聞いていた。

ここはとある館の食事会場。

長いテーブルの両側面に八名ずつ、向かい合う形で食事を摂り全員を見渡せる位置、テーブルの端に館の招待主であるゴルベット子爵がいる。

全員が知らない者同士なのだろう、会話は少なく葬式の席にいるよな感覚になるほどぎこちない食事会だ。

そんな状況が目の前にあるにもかかわらず食事が始まってから一言も誰とも話さず黙々と食事を摂るゴルベット子爵に若干不快感を感じていた。

招待しておきながら一切誰にも気を遣わずまるで暇つぶしをするかのようにしょくじをするゴルベット子爵に、集められた方々も少しづつ違和感のようなものを感じてきている雰囲気がある。

その時、突然ゴルベット子爵が椅子から立ち上がった――



21;30

「いいじゃない。今夜は二人でゆっくりお話でもしましょう」

何事もなかったかのようにエレナが明るく言う。

薄暗い部屋。

西洋風の内装。

山鳥の剝製。

二台の大型ベッド。

壁には西洋の刀剣と盾。

食事を終えた私たちは館の四階にあるゲストルームに戻ってきた。

元々食事が終わった後に展示室にてゴルベット子爵の世界中の文化遺産のコレクションを拝見するという予定だったのだが急遽明日に予定変更となった。

そのことについて特に悪びれもしない子爵に対して怒りを覚えそうなものだがエレナは不満を言うでもなくいつもどおり穏やかな態度でベッドに腰かけている。

「エレナは優しいわね。予定が変更になったのならお詫びの言葉くらい無いのかしら」

思わず不満が漏れてしまう。

「何か事情があるのかしら」

「事情があっても謝罪の言葉の一つでも言うべきよ」

「でも、私はカレンとゆっくりお話しする時間が増えてうれしいわ」

この子は本当にかわいい事を言う。

自分でもうれしいのか照れているのか、頬が熱くなるのを感じた。

「私もエレナと居る時間が増えるのはうれしいけど――」

「ならいいじゃない。急ぐことでもないのだし、今日はゆっくりしましょう」

そう言って彼女は車いすから体をベッドに移した。


私が居た孤児院は、孤児院といえば聞こえはいいかもしれないが身寄りのない子だけを集めた都合のいい強制労働施設であった。まともに食事を与えてもらえないため、毎日施設の中で一人は亡くなるというのが普通だった。

そんなある日、休息時間にいつものようにいつもの場所に行くと、私を待つ男の子が二人。

一人は私より三つ年上、もう一人は私と同い年の男の子。しかし、それはいつもの景色ではなかった。あと一人、私より二つ年下の男の子がいなかった。いつもなら三人で私を待ってくれているはずだった。

その日、彼の栄養失調に気づいた私たちはある計画を立てた――


「どうしてアムルタート様はあなたを私に同行させたのかしら、ここに来るだけならうちの使用人でも十分だったのに」

そう、私もそれは気になっていた。エレナのオークリー邸と私が使用人として仕えている屋敷の主人のアムルタート・ギルフォード様の家庭は付き合いこそ長いが、パーティーの招待を受けたエレナに同行しろなどという命を受けたのは初めてだった。何か奥様なりの意図があるのだろう。しかし、私はてっきりエレナが望んで私の同行を希望したのだと思っていたのだがそういうわけでもないようだ。

「私はてっきりあなたが私と行きたがってるのかと思ってたのよ」

「いえ?それはもちろんあなたと二人で旅行に来れてうれしいけれど、急にあなたが同行するなんて聞いたからびっくりしちゃったわ」

どういうことなのだろう。何故奥様は私にエレナの同行を命じたのかしら。まあ考えても仕方がないいずれ分かることなのだろう。

 エレナとの何気ない会話。

久しぶりに二人になり、気を遣わずにいられる。こんな時間がたまにはあってもいいだろうという奥様の優しさだと受け取っておこう。

そんなことを悠長に考えている時だった。

とてつもない爆発音。

一瞬体が強張るほどの振動。

かなり近い距離。

私は部屋の窓を開け、窓枠から体を乗り出していた。

「橋が落ちてる」


9;30 ドナルド視点

くそ、どうにも腹が立つ。

ゴルベット子爵がああいう男だということは以前から知っていた。

知っていたはずだからこそ。

腹を立てているのは紛れもない自分に対してだ。

こんな招待を受けるべきではなかったと今になって後悔している。

食事会場にあった栓の開いていないボトルをテーブルの上に置き、椅子に身体を放るように座った。

「狼の剝製か」

部屋には立派な狼の剝製が飾られてあった。

あんな男ではあるがゴルベット子爵は間違いなく富裕層だ。コレクションを披露するということで何かしら土産でも持ち帰ろうと思っていたが、それもあまり見込めそうもない。

「こんな辛気臭いところにいつまでもいたらこっちがおかしくなりそうだ。早いとこ寝るとするか」

そう思いベッドに横になろうとしたが、ふとあることに気づきその場に立ち止まった。

明日の朝に展示室の扉を開錠するなら今すでに展示室にはコレクションが並べてあるということか?

瞬間的にある考えが頭に浮かんだ。

今晩なら盗れる。

元々真っ当な理由でここに来たわけではないのだ。

行動するなら今がその時だ。

「さてと」

展示室は二階。

なるべく人目に付きたくないが、展示室を見に行くということなら怪しまれることもないだろう。

部屋を出て階段までの廊下を歩く。

悪趣味な名前の部屋だ。

廊下を照らすガス灯の火が揺れ、一層不気味さを際立たせる。

階段を下り二階の展示室へ。

当然鍵がかかっている。そんなことはわかっていた。問題なのは鍵の形だ。

触って確かめる。特別な解錠の技術を持っているわけではない。簡単なピッキング技術を持っているだけだが――

「これは――」

人の気配。

バッと後ろを振り向く。

「…」

気のせいではない。確かに人の気配があった。

「普通じゃない」

人の気配はあった。見られたのも事実だろう。それは構わない。しかし、ただの人間がこれだけ瞬間的に気配を消すのは不可能だ。何かしらの訓練を受けているな。

だとすれば面倒な奴に見られたということになる。

「くそ、一旦引くとするか」

立ち上がり、気配があった廊下の角に行く。

「…」

そこにはただガス灯の火が揺れる影があるだけだった。



展示室に入るには…

薄暗い部屋の中で考える。

考え事をするには丁度いい暗さと静かさだと今気づいた。個人の好みにもよるだろうが、俺には合っていると思った。

昔から暗い場所の方が落ち着く。

華やかな社交界や舞踏会は性に合わなかった。

上位階級の家庭に生まれ、紳士としてのマナーを徹底的に仕込まれた。

それが嫌で成人してからは反発するようにして家を出た。

しかし、悪事を働くというのも嫌だった。

そこで憧れたのが義賊だった。

悪人から盗みを働き、貧しい者を救う。

こんな事を始めてもう大分経っていた。

いつまで続ければ満足するのか、そんなこと自分でもわかっていない。

今はただこれ以外にすることがなかった。それだけの話だ。

そんな事を考えている時だった。

とてつもない爆発音。

館が揺れる。

何が起こったのか一瞬理解できなかった。

外から聞こえた。

窓を開け外を確認する。

モクモクと煙が上がり火が立ち込めているのがわかる。

この時ようやく何が起こったのか察しがついた。

「橋が落ちたか」



カレン視点

廊下が足音とわめき声で騒がしい。

無理もない。たった一つの帰り道がなくなったのだ。

しかし、問題なのは橋がなくなったことよりも、橋を落としたヤツが居るということだ。

どんな理由があるのかはわからないが、それがエレナにとって危険になり得るのならば排除しなければならない。

とにかく一度先ほどの食事会場に行こう。皆もおそらく食事会場に行くのだろう。そこで何か説明があるかもしれない。

食事会場に行くためエレナと共に部屋を出て階段へ向かった。

階段を下りる。

「…」

カシッ、カシッ、カシッ

「…」

「どうしたのカレン」

「何度見ても感心するわ、その車椅子」

階段を人の手を借りず難なく下りることができるハイテク車椅子。

一つの車輪の部分にタイヤが三つ付いており、段の角が三つの車輪の継ぎ目に食い込むようになっている。

思わず見惚れてしまうほど良くできている。

「でしょ!特注で作らせたのよ!」

これならエレナが得意げになる気持ちもわかる。

しかし、やはり全ての状況に対応する物でもないので、どうしても人の手が必要になる時もある。基本的にはこうして私が車椅子を押しているわけで。

一階に来た私たちは食事会場に入った。

そこにはやはり何が起こったか知ろうとする方たちが集まっていた。

その場の空気は恐怖や不安で淀んでいるように感じた。

エレナをちらりと見る。

車椅子の後ろから横顔を少し見ただけでもその表情はうかがえる。

エレナは顔色一つ変えていない。足が動かないという状況下にあっても彼女はこの程度のことで動じることはないのだ。

場が徐々に落ち着きを見せ始め、ちらほらと身の上を語り合う者たちも現れ始めた。

その時、この会場から出ていく男性二人の姿と女性の姿をとらえた。

「どこに行くのかしら」

「たぶん橋を見に行くんじゃないかしら。おそらく橋を見れば事故か人為的なものなのかはっきりするでしょうし」

「カレンは行かなくてもいいの?」

「ええ、見なくてもこれは故意に橋が落とされたと断言できるわ」

「誰が何のためにそんな事をするのかしら」

「ふふ」

思わず笑ってしまった。つくづく感心する。まるで人ごとのように話すエレナは自分には関係のないことだと言わんばかりにキョトンとした表情で言ってのけた。

自分は死なないという絶対の自信。一体どこからその自信が来るのか。それとも自分の命に執着がないのか。だから恐怖を感じないのか。そこまではわからないけれど――

「何がおかしいの?」

相変わらずキョトンとした顔で聞いてくる。

「いえ、珍しいことに関心もつのね」

「?」

エレナの顔に疑問符が浮かぶ。

「問題は私たちに危害を加えてくるかどうかよ」



ドナルド視点

廊下が騒がしいな。

いや、無理もない。さすがにこれは異常な状況といえる。

外の連中が向かっているのはおそらく先ほどの食事会場だろう。

どうする。

今、連中が混乱している時に展示室に侵入するか、それとも今はまだ行動せず大人しく状況を把握するために食事会場へ向かうか。

二つに一つ。

「今は――」

ガチャリ

今はまだ行動するべきではない。この状況がわからない以上ここで動くのは危険だ。

しかし、必ず展示室には入る。

力強い足取りで階段を下り食事会場に入った。

そこには不愉快なざわつきと不気味な違和感。

集まっている中に使用人もゴルベット子爵もいない。

「これは…」

橋を落としたのはゴルベット子爵で間違いないだろう。あくまで勘でしかないが俺の勘はよく当たる。いや、というよりそう思って行動したほうが良さそうだ。

先ほどこの会場から出て橋を見に行った連中がいたようだが、その連中を含めてもここに全員が集まっているわけではなさそうだな。

ここに来ていない連中が気になる。

あれだけの爆発が起こって何事もなかったかのように部屋で過ごそうとするのはいくらなんでも怪しすぎる。来ていない者の部屋を尋ねるか。

俺が食事会場を出ようと扉の方へ向かうと、おとなしそうな華奢な青年が入ってきた。

目があったが特に気にする風もなくそのまますれ違い二階へあがった。

一つずつ部屋をノックして確認する。

三階と四階の部屋にいた全員に食事会場に集まっている旨を伝えた。

その際少し話をしたが怪しい者は特にいなかった。

ここに来た時から不気味な違和感はあった。

しかしもし、ここで非日常的な、例えば殺人のようなことが起こるならば。それは間違いなく仕組まれたつまり計画的な犯行であることは間違いないだろう。

その万が一の事態に備えるために常に持ち歩いているものがある。

それを取りに部屋へ戻った。

部屋の中で自分のカバンの中からズシリと重さのあるそれを取り出す。

これを使うのは最後の手段ではあるがその瞬間が来た時にこれを身に着けていないなんてことにはならないようにここからは常に身につけておくようにしよう。

腰のベルトでそれを固定し上着で隠す。準備を終え、部屋を出ようとしたその時だった。

激しい頭痛とめまいが襲ってきた。

「なんだ…、意識が、…」

次の瞬間目の前の景色が変わった。

「?」

どこだここは。

暗い部屋のような、冷たい風が肌にあたる。

後ろを振り向くと鉄の柵があった。

「ここは――牢屋?」

柵を隔てた向こうに誰かが立っている。

顔は影がかかって見えない。

しかし、人の形をしているのは間違いない。

「お前は何者だ」

その人の形をしたものは答えない。

「ここはどこだ」

立て続けに質問するがその問いに答えることはやはりない。

しかし突然その人の形をしたものが言葉を発した。

「キサマハトラワレテイル。ダッシュツデキナケレバシガマツノミ」

おかしな発音で聞き取りずらいが言葉を発している。

「囚われているだと」

「キサマニニゲルタメノチカラヲアタエル」

「力だと?話が読めないな。どういうことだ」

「キサマノホカニアトフタリチカラヲモツモノガイル」

俺のほかに二人、この状況を知る者がいるということか?

「キサマハダッソウシャデアルコトガシラレテハナラナイ。チカラガツカエルコトヲシラレズニココカラダッシュツセヨ」

「どういうことだ!脱走者とはなんだ!力とはなんだ!」

「チカラノツカイドコロヲマチガエルナ。ツカエルノハサンカイダケダ」

そう言った影は消え、景色は再び部屋の中に戻った。

まだ少し頭痛がする。

今のは何だったのか。

「つまりどういうことだ」

・俺は何らかの力が使える。

・力が使える者は脱走者である。

・脱走者である者を知ろうとする者がいる。

・脱走者を探している者に脱走者であることをバレずにこの館を出ればいい。

「そんなところか」

しかしまだわからないことが多すぎる。橋の件と並行して情報収集する必要があるな。

再び食事会場に向かいゴルベット子爵を待った。

しかし、やはりゴルベット子爵は姿を現すことはなかった。

この状況に不安を覚える連中をよそに場を落ち着かせようとする中年の男がいた。

彼の名はトーマス・ガーフィールド。

気品ある風格のいかにも紳士というようないでたちの男だ。

集まっている人々が各々自己紹介をし、俺も自分の名を名乗り、部屋の名も伝えた。

「俺はドナルド・ライカ―、同じく食事が終わってからはずっと部屋にいた」

周りと同じように差しさわりなく答えたその時だった。

凛とした態度のどこか普通とは違う目をした女が異を唱えた。

「いえ、あなたは一度、二階の展示室に行かれていました。正確には展示室のドアの鍵穴を見ていた。あれは一体何をしていたのですか?」

その言を聞いた瞬間あの時の気配の正体がわかった。

「…」

この女があの時、展示室前にいた時に感じた気配の正体だったのか。

俺の中で何かセンサーのようなものが反応するように警戒心をもった。

この女は何かが違う。

当然、はたから見れば普通の淑女だ。しかし、わかる者にはわかる。

職業柄人を良く見るからなのか、それとも生まれ持ったものなのか、とにかく俺にはわかる。

この女は何かが違う。

「そういうあんたはどうして二階の展示室に行ったんだ?階段を上がるだけなら展示室が目に入ることはないはずだが」

あの時あそこにいた俺を指摘するのなら自分自身も怪しまれるのは承知のはずだ。

「この館は複雑な構造をしているのでどこにどんな部屋があるのか確かめただけです。」

「俺も同じさ、ただ展示室の場所を確かめた。その時に展示室なんて名乗っているにしては随分安っぽい鍵穴だと思っただけだ」

この女はあの時展示室の扉を見ていた俺を間違いなく警戒している。

おそらくここにいる者の中で俺にとって最も厄介な人物となるだろう。

だが、ここで言い争っても仕方がない。一旦場を鎮めようとしたその時、ロットと名乗る若い紳士が割って入りこの場を収めた。

その後も各々が名を名乗り橋が落ちたとき何をしていたかを話したが、特に怪しいと思われる者は居なかった。

結局、いくら待ってもゴルベット子爵は現れず、何人かが子爵の部屋を訪ねたが、部屋にすら居ないようだった。

その後、それぞれが胸に様々な違和感を抱きながら一旦は解散となった。



カレン視点

食事会場から部屋に戻ったエレナと私はこの後間違いなく何かが起こると予想し、最悪の状況になった時のために、護身用としてエレナに一丁の拳銃を持たせた。

安全を期すためエレナを部屋に残し、この館の調査を始めた。

ここに来た時から館の構造に違和感はあった。おそらく隠し部屋や隠し扉の類のものもあるのだろう。しかし最も怪しいのは――

「四階の上にもう一つありそうなのよね」

この予想はほぼ間違いないだろう。

しかし、天井に穴をあけるような大胆な行動を取るのはまだ早いだろう。どこかに五階に上がるための通路のようなものがあるはずだ。そこを探そう。

「まずは四階からね」

四階の天井、壁、床などをざっと一通り見たが特に変わったところはない。

三階、二階と調べながら下りたが特に変わったところはない。

やはり何かあるとしたら一階だろうか。

しかしこの館の構造上もし五階が存在するのならそのほかの階にも間違いなくからくりがあるはずなのだが。

とにかく一回に降りてゴルベット子爵の部屋を見てみよう。

進む足が止まることはない。躊躇いもない。

ゴルベット子爵の部屋の扉に手をかけたその時、こちらに向かってくる足音が聞こえた。

「っ!」

声にならない声が思わず漏れてしまった。

館を調べているのは私だけではないことは知っている。しかし、今は面倒ごとは避けたいのでひとまず身を隠すとしよう。

足音が近づいてくるのを廊下の曲がり角の陰で待つ。

来るのはトーマスと名乗った紳士か、それとも――

そっと廊下の陰から顔を出し確認する。

そこにいたのはあの男だった。

先ほど展示室の前で怪しげな行動をしていた男。

名は確か、ドナルドライカ―。

あの男はトーマスと名乗る紳士とは異なる目的でこの館をうろついている。

先ほど展示室の前にいたのも橋が落ちる前だった。

私の予想が正しければこの男の目的は、窃盗だろう。

ガチャガチャと扉をいじっている。

一度ドアノブを観察し、鍵穴を触り始めた。

それは、一瞬。何かを使って鍵穴をいじり、そしてガチャリと鉄の塊がこすれる音がした。

「あれは――」

ピッキング。

あの技術を持つ者がいるならあるいは容易にこの館の中を調べることが出来るかもしれない。

しかし、安易にあの男と行動を共にするのは危険だ。

素性がわからない以上下手に近づくのは得策とは言えない。

まずはあの男が何をするか見てからでも遅くはない。

ドナルドがゴルベット子爵の部屋に入ったのを確認し、私も扉のドアノブに手をかけ部屋に入った。

すると頭の横に何か固いものを突き付けられた。

「さっきから気配がすると思ったが、またあんたか。一体何を嗅ぎまわっている?」

入ってすぐの扉の陰から私の頭に拳銃を突き付けられている。

「あら、嗅ぎまわっているだなんて。失礼な言い方ね。嗅ぎまわっているのは貴方の方ではなくて?」

軽くあしらう。

「とぼけるな。あまり目立つことはしたくない。ここで正直に吐けばこの拳銃は下ろしてやる」

「脅しは通じないわよ。けどまあ隠すようなことでもないし教えてあげる。ゴルベット子爵が何らかの形であの橋の崩壊に関わっていると思って探していたのよ」

言葉足らずではあるが、これも事実だ。

「では、なぜ俺をつけまわっている」

「まさか、貴方をつけた事なんてないわ」

軽くではあるが吐き捨てたように言ってしまった。

それにしてもなんて自意識過剰な男。

「まあいい。とにかくこの部屋から出ろ。俺も子爵を探しているのは同じだ。もう俺の邪魔をするな」

強い口調で言う。

「邪魔をしてるつもりなんてないわ、けど最後に一つ。これは提案なんですけどよろしい?

「提案だと?」

顔の表情が僅かに緩んだ。

「ええ、私に協力してくださらない?」



ドナルド視点

いたって普通の少女がする普通の悪巧み。

そんな普通のいたずらっ子が浮かべるようなかわいらしい笑みだった。

その笑顔にはさっきまで感じていた殺気立つようなピリピリとした雰囲気はなくなっていた。

「協力だと?どういうことだ」

「あなたが何をしようとしているのかは知らないけれど、あなたの全ての行動に目をつむるわ。そのかわりあなたのピッキング技術を貸してちょうだい」

「何をする気だ。あんたは俺と協力するよりスペアを探したほうが都合がいいんじゃあないか?」

ここで何かをしようとするなら間違いなく人目に付き怪しまれる。それを避けるためには誰も知らない間に鍵を探し出し行動するのが得策だろう。

「いいえ、私はここにいる全ての人に何か行動を起こしていると知られたくないの。それにはどうしても一人、協力者が必要なの。おわかりでしょう?」

なるほど鍵を使うことすら避けたいということか。もし見つかってしまった場合、まず言い訳は通用しないだろうからな。しかし。

「あんたが裏切らないという保証はどこにある」

「私の目的は無事にここを出ることよ。当然何もないに越したことはないけれど橋が落ちた以上、何もないなんてことはまずないでしょう。そして、あなたを告発するメリットも私にはないわ」

まっすぐな目を向けてきやがる。確かにこの女には俺を告発する意味はないだろう。しかし、俺の行動に目をつむるだけというのは俺のメリットが小さすぎる。ここは大胆にいくところだ!

「俺の行いに目をつむるってだけじゃあ物足りないな」

「ほかになにかしろと言うつもり?」

「ああ、あんたも俺に協力しろ。調べてほしいことがある。誰にも気づかれずに、誰にも疑われずに、だ」

「私に何をしろと?」

「説明に時間がかかる。ここに長居するわけにはいかない。話はここから出た後だ」

そう言って俺たちは各自がその部屋で目的を果たした後部屋を出た。

一人目の被害者が出た銃声が聞こえたのはその直後であった。



カレン視点

地面が揺れたのかと錯覚するような銃声が聞こえて私は自分の部屋へと駆け上がった。しかしどうやら人が三階でざわついている。ひとまずエレナは無事であると知り胸をなでおろした。

けれど、やはり予想は外れていなかった。

おそらくここから逃げ出せないようにするために、計画的に何者かが橋を落としたのだ。

「山鳥」の部屋のドアを開け中に駆け込んだ。

「エレナ!」

「あらカレン、ずいぶん早いわね」

あれだけの銃声があったにもかかわらずエレナはキョトンとしている。

こちらの心配がばかばかしくなるほどに。

「あれだけの銃声があったんだから調査どころじゃなくなるわよ」

私の安堵が見て取れたのかエレナがくすっと笑った。

「まったく、カレンは心配性ね」

この子には危機感というものがないのかと思うほど他人事のように言う。

「とにかくあなたが無事でなによりだわ」

しかしまだ安心はできない。

狙われたのがエレナではなかったというだけの話なのだ。

いつ銃口がエレナに向いてもおかしくない状況に変わりはない。

エレナに危険が及ぶ前にその殺人犯を見つけなければ。

先ほど食事会場に集まった際、何かあれば再び食事会場に集まってほしいと言われていたが、まずは銃声の聞こえた三階に向かおう。まだ何人かそこにいるようだし。

エレナとともに三階に向かうとやはり銃で撃たれたのであろう人の部屋の前に人だかりができていた。

「猪の部屋――」

食事会場でエレナの隣に座っていたあの陽気な淑女の部屋だ。

エレナは悲哀の表情を浮かべて彼女の死を悼んでいた。

「神はなんて残酷なことを…。あなたの魂が安らかに眠れますように。ミセスカーテナ」

猪の部屋を通り過ぎ、わたし達はある部屋の前にいた。

「狼――。ここね」

一瞬の間の後に扉を二回ノックした。



ドナルド視点

ゴルベット子爵の部屋を出た後、銃声を聞いたカレンと名乗る女は急いで上の階へ上がっていった。騒ぎが収まる前、つまりこの騒ぎでごたついている間に一度俺の部屋を訪ねるように言ったが、かなり慌てていたので聞いていたか分からないが、俺も一度部屋に戻ることにした。スペアキーでゴルベット子爵の部屋の扉の鍵を閉め三階へ上がった。

三階には人だかりができていた。

その騒ぎを横目に自分の部屋に戻り、先ほどこの部屋で見た幻覚について考えた。

いや、幻覚というにはあまりにも鮮明な景色と感覚であった。

「あれは一体何だったんだ。力とは一体…」


ふと机の上を見ると、何やや見たことのない物が置いてあった。

「本のしおり?」

それは本のしおりのような、タロットのようなとにかく薄いカードのようなものであった。

そのカードには“変装”と書かれていた。

「変装?」

自分のものではないそのカードを見ようと思い、手に取ったその瞬間、またあの時と同じ頭痛が発生した。

「ここは、あの時の」

「キサマノチカラハタニントオナジスガタニナルチカラデアル」

「つまりカードに書いている通り変装ということか。どの程度のクオリティでどれくらい変装していられる?」

「ガイケンニカギッタハナシデアレバミヤブラレルコトハナイデアロウ。イッカイノヘンソウニジカンセイゲンハナイ。ツカイタイトキニチカラヲツカイ、チカラヲカイジョシタケレバソノタイミングデシヨウテイシスルコトガデキル」

「なるほどな。ならばもう一つ、俺意外にも二人同じような力を持つものが居ると言っていたがその二人は味方なのか?」

「テキデアルトカンガエタホウガブナンデアル。カードヲモッタジョウタイデココヲデルコトガデキタアカツキニハソノチカラヲツギニコノパノプティックノブタイニイアワセタトキニソノチカラヲヒキツヅキシヨウスルコトガデキル。」

「今回と同じようなことがまだあるということか?」

「コレハヒトツノギシキデアル。コノギシキヲオコナッテイルモノガキサマタチヲオウモノデアル」

「なんとなくわかってきたぜ」

「チカラノツカイドコロヲマチガエルナ。ツカエルノハサンカイダケダ」

目の前の景色は再び狼の部屋の中に戻った

「ちっ、面倒なことに巻き込まれたな」

とにかく今は先ほどあの女に言ったように協力者をつくったほうが良さそうだな。

しかし、一つ不安がある。

それはあの女が俺を探そうとしている者、あるいは俺と同じ立場の力を使える者であった場合この事を俺から話してしまうと間違いなく不利になるということだ。

しかし、もしそうでなかった場合協力者としてはかなり有力であることは間違いない。

とにかく今はあの女が来るのを待つとしよう。

不思議だ。少し離れた部屋でつい先ほど殺人があったというのに今はとても落ち着いている。

なぜこんなに落ち着いているのかは自分でもわからない。

おそらく自分の身に殺人よりも非日常的な現象に巻き込まれたからだろう。

あの幻覚に出てきた影はこの事を儀式と呼んでいた。そして、この儀式のの名は。

「パノプティック――」

パノプティコン――

十八世紀末にベンサムが考案した監獄のモデルである一望監視施設。

施設の構造上、監獄の効果的・能率的な経営を最大限に引き出す環境となっている。

たとえ監視者がいなくとも、囚人は監視者の存在を意識せざるを得ない構造となっているが故に、囚人からすれば二十四時間常に監視されているという感覚に陥る。

つまり半恒常的に監視できる、あるいは監視しているのと同じ効果をえられるという原理になっている。



「さしずめ俺はパノプティコンに囚われた囚人ってところか」

そしてそれを監視する監視者が居て、そいつに見つかると俺は死ぬのか。

何にせよ協力者はほしいところだ。あの女がパノプティックの参加者でなければいいが。


そうこう考えていると扉をノックする音が聞こえてきた。

「あの女か」

ドアノブに手をかけドアを開けた。



カレン視点

「そんな話、にわかには信じられないわ」

「俺だって信じられないさ。しかし、これは現実的に今この場で起こっていることだ」

ドナルドから彼がここで見た幻覚の話をすべて聞いた。けれどこんな話を信じていいものかどうか。

「なら今その力とやらをここで使うといいわ」

「なんだと?」

「変装できるのでしょう?今ここで私に変装して見せてちょうだい」

「…」

「どうしたの?」

「この事をあんたに言うのはある意味賭けでもあったんだ。もしあんたが俺と同じこの儀式の参加者であったならこの話をすること自体が自殺行為になりかねないからだ」

「ええ、わかっているわ。この話を知っている人間なら、あなたを殺そうとするかもしれないものね」

「ああ、その通りだ。しかし、俺はあんたを信じた。それに対してまずはあんたも俺を信用させてくれ」

「ずいぶんと勝手な言い分ね。けどまあいいわ。あなたの今の話が本当なら必ずあなたを信用させて見せるわ。だからまずは私そっくりに変装して見せて」

「…」

「私はあなたの期待に応える自信があるわ」

「大した自信家だな。いいだろう。力を使ってあんたと同じ外見になる。」

そう言い終わった瞬間、彼の骨格、皮膚、服装が一瞬にして変わり、私と全く同じ外見になった。信じられないがこれはもう変装という表現をはるかに超えていた。

「うそ…」

「これは――」

ドナルド自身も自分の姿に驚いている。

「声までカレンそっくりなのね」

あのエレナも目の前の出来事に驚いていた。

「そっくりどころかこれは私そのものよ。外見だけで見抜ける人はいないわね。違うところがあるとすれば口調や仕草のようなものだけね」

「これで信じてもらえたか?」

「ええ、いいわ。ならあなた以外のその力を使える人は私が見つけてみせるわ」

「口で言うのは簡単だ。現実的にどうやって捜す?」

「私が力を持っていると公言すればいいのよ」

「なんだと…。それが危険なことであることは知っているはずだ。」

「だからするのよ。それなら信じてもらえるでしょう?」

「なぜそこまでできる。その自信は何に裏付けされている?」

さすがに驚いているわね。無理もないか。彼はこの手段を取らないために協力者を得ようとしたのだから。けれど私なら迷わずこの手段を取るわ。なぜなら――

「私は強いからよ」



ドナルド視点

俺はカレンと話した結果、今は自分の姿に戻すことになった。

その後、カレンたちと共に殺人現場に行きミスタートーマス達と合流し食事会場に集まった。

そこで団体行動を取るように言われた俺たちはそれぞれB班とC班に分かれた。

俺が振り分けられたB班は二階の展示室を調べることになったが先ほどのように剣で破壊できるようなドアでないことは調べてわかっていたし、鍵もゴルベット子爵の部屋から盗んだものは俺が持っているので開けることはまずできないだろう。

そのことに気づいたロットは使用人室を調べ始めた。

使用人室を調べている間に俺は一階のゴルベット子爵の部屋にA班の連中が入るのを確認した。

二階の使用人室を出た俺たちはA班がいる一階のゴルベット子爵の部屋でミスタートーマスたちとマスターキーを探した。

しかし、結局のところマスターキーが見つかることはなかったが俺はあるものを見つけた。それは床下の地下への入り口と思われる扉。その存在は誰にも言わずに部屋を出た。

その後、B班は三階の調査に向かい個々にスペアキーを使い、部屋の中や廊下を調査することになった。

俺たちが三階を調査して間もない時、二度目の銃声が鳴り響いた。

「四階かっ!」

三階ではなく四階で銃声が鳴ったことはすぐに分かった。だがそれが好都合だった。

その後も間髪入れずにもう一度四階で銃声があった。

こちらの行動が分かったうえで誰の目にもつかないように一人ずつ殺しがおこなわれてゆく。

俺は三階にB班がいなくなったこのタイミングで三階の大部屋にいたカレンと合流し、ある計画を実行することとなった。



カレン視点

私はこの館での三回目の銃声があった直後にドナルドと合流し、犯人を捜すための計画を立てた。その際に聞いたゴルベット子爵の部屋にある地下への入り口を捜索するために一階へ向かった。

四階の殺人で全員が混乱し動揺している間に誰もいないゴルベット子爵の部屋に入り地下へと降りた。

暗い廊下が続いている。

しかし、地価と聞いた時から明かりが必要になるだろうと予想はしていた。

だからここに来るまでに三階の廊下のガス灯を根元からへし折り、持ってきていた

歩くたびに足音が響く。この足音で殺人犯に地下の存在に気付いたと知らせることになるかもしれないが、それは相手にとっても同じことだ。足音でどの程度相手との距離があるか把握することが出来る。

一歩ずつ慎重に歩みを進める。

地下は館の外周を囲うような造りになっており部屋が三つあったがどの部屋も今は使われていないのか中には物は何も入っていなかった。

地上までは一本道になっており、明かりが無くても壁つたいで行ける造りであった。

地下に入って数分で地上に上がる階段が見えてきた。

その階段を上るとそこは一面石造りの狭い空間であった。

ここはおそらく館の内壁と外壁の間の空洞を人が通れるようにした空洞部分だろう。

なるほど。どうりで外観に比べて内部の造りが小さいと感じたわけだ。

そして片方の壁、つまり内側の壁は石造りではあるが薄くなっていて奥の廊下の音が微かに聞こえるようになっていた。

そしてその壁には()がある。つまりどういうことかというと、館の形をした入れ物の中に箱があるようなもの。一階、二階、三階、四階がそれぞれ容器のように積まれている、例えるならアタッチメント式のドールハウスの玩具のような構造。

これならばこちらの行動が把握でき、迅速に行動できるのも頷ける。

ここまでわかってしまえばあとは造作もない。犯人の正体は必ず暴く。

しかしとにかく今はその犯人に見つからないように一度ドナルドとエレナと合流しよう。それから改めてここで正体を暴こう。

そんなことを考えながらヒールで躓かないように慎重に来た道を戻って行った。


ドナルド視点

「と、いうわけだからこの事は全員に教えた方がよさそうね」

あっけらかんとした態度で言うカレンに突っ込もうと思ったが、この二人を前にしてこの程度のことで動じるほうがどうかしているのだろうという空気感に徐々に慣れてきていた。

「ああ、次に全員で集まる機会があればその時に伝えればいい」


その後再び班の行動に戻り、アリス婦人と三階にいた。

カレンに壁の奥に空洞があると聞いた俺はアリス婦人になるべく壁に近寄らず、音もたてないように伝えた。ひどくおびえているようだったが、行動を共にしているうちに少しずつ落ち着いてきたようだ。

三階の見回りもあと一部屋で終わりというところで妙な現象に出くわした。

ドアが開かない。

これは単純に鍵が閉まっているとか閉まっていないとかそういう話ではない。

扉の鍵はピッキングで確かに開けた。その瞬間に開いたという確信があった。間違いなく鍵は開けた。しかし扉があかない。

何度もドアノブを握る手に力を込めて扉を開けようとするがびくともしない。

「どういうことだ。鍵は開いているのになぜ開かない。」

「何かがつっかえているのでしょうか」

「いや、そんな感覚ではない。つっかえているのならドアが僅かでも動くはずだ。これは―」

パノプティックの参加者による能力か!

そうだという確信はない、しかし明らかに不自然で現実味のない現象だ。

その時、頭の中では自分の行動が正しくないのではないかと疑いを持っていたが、体が意思に反して勝手に動いていた。ここで確かめるべきだと。

懐に入れた銃を取り出す。

アリス婦人は言うまでもなく驚いたが、俺は口に人差し指を立てて平静を保つようにジェスチャーをした。

銃でドアをぶち抜いてやる。

「アリス婦人、退っていてください」

銃の引き金を引いた。

銃声が響き、手に振動が伝わる。

と、同時に目を疑う光景がそこにはあった。

「…やはりそうか。傷一つつかない。間違いないな」

ドアには穴が開くどころか傷一つなかった。

何らかの能力で部屋に入れないようにしているのか。

何にせよ今は俺が銃を持っている事実を知られる方がまずい。

しかし俺の銃の口径は小さく、猟銃と比べれば音はからり小さい。音を聞かれていない可能性もある。今は慎重に的確な判断をすべきだ。

「ミセスアリス。一つ頼まれてはいただけませんか」



カレン視点

会話はなく淀んだ空気が流れている。部屋の中は不安と警戒心が手に取るようにわかり居心地が悪い。ここはC班が待機している部屋。

先ほどA班のトーマス氏がA班とC班の交代を伝えに来た。

私はエレナと共に一階を、ハンネス氏とイザベラ夫人は二階で展示室の鍵を探してもらうように頼んだ。

「それじゃあ、行ってくるから絶対にここを離れないでね」

念のためくぎを打つ。

「わかってるわ。けど、あなたが居ないと退屈になるわね」

相変わらず危機感に欠ける発言をするが長い付き合いなのでもう慣れている。

「すぐに戻ってくるわよ」

思わず笑みがこぼれる。こんな時に笑えるのだから私も大概だなと思う。

エレナにしばしの別れを告げ私は再びゴルベット子爵の部屋に行き地下への入り口に入った。

石造りの階段を上り、四階の廊下の壁の内側まで来た。

私の考えが正しければこの館には五階が存在するはずだ。この地下空間のような壁と外装の内側の空間を内間と呼称するとして、その内間を利用した屋根裏部屋のようになっているはずだ。

四階の内間を一周して回り、どこかに五階へと続く階段のようなものがあるだろうと思っていた。しかし、いざ捜し始めると発見したのは階段ではなく不自然なものであった。

それは内間の廊下に無造作に置かれている無数の薬莢。

「どうしてこんなに薬莢が?」

この館が出来てから今ここにいる私たちが最初の招待客であるはずだ。しかし、今日の発砲数と薬莢の数が合わない。薬莢は微かに温かかった。撃ってからそれほど時間も経っていないのだろう。

その後も私は内間の中を一通り探して回ったが特に何かがあるわけではなかった。四階の上部に上がり殺人鬼が使用していたと思われる覗き穴から四階の部屋を端から覗いていく。

するとある人物の行動が目に入った。

「あれは、グリズリー氏…」

グリズリー氏が地面に這いつくばっている。いやベットの下を覗いているのか、とにかくベットの下に手を入れたりして執拗に気にしている。

「何をしているのかしら」

ふと彼の足元を見ると赤い斑点模様があり、さらによく見ると彼の服もあかくそまった部分があり、一目で血であることがわかった。

私は早々に内間から引きあげ、グリズリー氏の部屋へ向かった。

地上に上がり、階段を上っている途中で偶然グリズリー氏に出会った。

先ほど来ていた服とは違う服を着ている。あれだけ血が付いていたのだ、当然着替えるだろう。

軽く挨拶をしてそのままグリズリー氏は一階の方へ下りて行った。

四階に着いた私はドナルドにグリズリー氏の部屋の鍵を開けるように頼んだ。

その際ドナルドにはグリズリー氏と接触してもらい、時間稼ぎをしてもらう。

「あなたはできる限りグリズリー氏の時間を稼いで。どこまで調べられるか分からないけど、時間は多い方がいいわ」

「簡単に言ってくれる。できる限り努力するが、限度があるぞ」

「ええ、だから五分よ。五分で調べるわ。五分だけ時間を稼いで」

「五分もか。おそらく彼は食事会場の奥の厨房に飲み物を取りに行ったんだろう。そんなのは一分あれば十分。それを五分引き延ばせってんだから。それ相応の覚悟はできてんだろうな」

「もちろんよ。それじゃあ頼むわね」

「わかったよ。なんとかする」

そう言うとドナルドは一階に降りて行った。

グリズリー氏の部屋にはやはり血が所々に散乱して血の匂いも部屋中に充満していた。

私は彼が気にしているようだったベットの下を覗いた。

するとそこには意外なものが無残な状態で置かれていた。

「ゴルベット子爵の死体…」

ベットの下に隠されていた死体には胸に猟銃で撃たれた痕があった。

そうではないかと薄々感じていたがやはりそうか。であればこの部屋にはゴルベット子爵を殺した猟銃なり銃があるはずだ。

一通り部屋の中を見渡すが目につくような場所には置かれていない。

これだけ血は散乱させておいて。

隠すなら血を隠しそうなものだが。

とにかくここに長居はしていられない。

そう思い私は一通り部屋の中を探した後、ドアに手をかけて力を込めた。

その時だった。

聴覚に微かな反応があった。

廊下に誰かがいる。

微かだが足音が聞こえる。

今ここから出て、誰かにこの部屋にいたことを知られるのはまずい。

足音が近づいてくる。

扉一枚隔てた向こうで足音が通り過ぎるのを待つ。

「早く行け」

小声でつぶやき、足音が遠ざかるのを確認する。

しかしその直後にまたもや足音が聞こえる。

居や足音だけではない。話し声も聞こえてくる。

「この声は――」

グリズリー氏がすぐそこまで来ている!

ガチャガチャと鍵を開ける音が部屋に響いた。

扉の前で話して時間稼ぎをしているのはドナルドだろう。

このままではまずい――

数秒後ガチャリと扉が開いた。


ドナルド視点

さあ、カレンはどうなった?

グリズリー氏の部屋に聞き耳を立てる限り特に何かあったようには感じないが、いやそれよりも、さっきの奇妙な光景は何だ。

俺は夢でも見てるのか。いや夢というならそれに近い現象は今日に限って言うならばそこそこ見ているのだが、それにしても信じられない。

あれは一体何だったのか。

「あれは――間違いなく、ミスターメイエルだった。殺されたんじゃあないのか⁉」

一刻も早くカレンと合流しよう。何か嫌な予感がする。

ミスターメイエルが死んだのはトーマス氏が確認したはずだ。

つまりこの状況で考えられることは――

「奴もなんらかの能力を使ったのか」

自分の部屋である「狼」の部屋に戻りエレナと合流した。

「ちっ、今日はここは奇妙なことが多すぎておかしくなりそうだ」

吐き捨てるように言った言葉にエレナがいつもと変わらぬ調子で返してきた。

「退屈しなくて楽しそうじゃないですか」

エレナが笑いながら云った。

ここまでくると尊敬すらしてしまいそうになるほどマイペースだな。

しばらくしてカレンが帰ってきた。

カレンの話によるとグリズリー氏の部屋にゴルベット子爵の死体が隠されていたとのことだ。

そして内間の中に大量の猟銃の薬莢があったことから、やはり今までの殺人はゴルベット子爵によるもので間違いなさそうだった。

そうなるとこれで殺人の心配はなさそうだ。

「あとはこのパノプティックと呼ばれる儀式だけに集中できるな」

「そうなればいいけれど」

心配そうにカレンが言った。

「どういうことだ、子爵は死んでいたんだろう」

「ええ、子爵は死んでいたわ。けれどその子爵を殺したであろうグリズリー氏は生きていて、子爵が死んだことを隠しているのもおかしな話でしょう」

たしかにそうだ。殺したとはいえ正当防衛であることは事実だ。それを隠すというのは確かにおかしな話だ。

「あなた方も付き合わせてしまって申し訳ありません」

視線の先には――

「いえ、それは良いのですが一体どうしてトーマスさんやロットさんにまで隠すのですか?あの方たちは悪いお人には見えないのですが」

ミセスカトリーナとミセスアリスが不安な表情を露わに聞いた。

二人をカレンとエレナ以外の誰にも気づかれずに俺の部屋に匿っている。

「念のためです。あの二人が安全だという保障もありませんからね」

まあ、この二人にとって俺たちも安全であるかは信用できかねると思うが。

「それとカレン、俺と同じパノプティックの能力を持っている人物を見つけた。」

「ずいぶん仕事が早いじゃない」

この状況でカレンはクスッと笑う。

「で、誰なの?」

「ミスターメイエルだ」

「ミスターメイエルですって?彼は死んだはずでしょ?どうしてそんなことがわかるの?」

「死んだから能力者なんだ」

「どういうこと?」

「死んだはずの彼が先ほど廊下を歩いていた。これは能力を使っていないと説明できない」

「死体が動いているとでも言うつもり?」

「あれが死体には見えなかったが、なんにせよそれも調べる必要があるな」

一通り互いに情報交換したところでカレンは一旦、部屋で待たせているイザベラ夫人がいる部屋へ戻って行った。

それからしばらくしてトーマス氏がA班とB班の交代を告げに来た。

ミセスカトリーナたちの存在はバレていない。

俺はロット氏と合流し、四階の部屋で休息を摂ることにした。

ロット氏は開口一番あの時のことを聞いてきた。

「ミスタージョンが殺されたとき、あなたはご自分の部屋で何を見たのですか?」

「窓の外に人影があった。そしてその人影はあるはずのない五階に消えて行ったんだ。」

「五階ですって⁉しかしこの館に五階は」

「ああ、無い。だが確かにこの上には人がひそめるだけの空間があるんだ。」

「…なるほど。しかし仮にそうであったとしてそれをなぜミスタートーマスに隠すんです?」

「あの人は悪い人間ではないのだろう。しかしどうにも信用できない」

「私にはそんな風には見えません。なぜそこまで疑うのですか」

「楽しんでいるように見えないか?」

「え?」

「俺には彼がこの状況を愉しんでいるように見える。それが不気味なんだ」

ロット氏にも心当たりがあるのか表情が暗くなり口数が少なくなるのが分かった。

「仮に…仮に楽しんでいたとしても、彼が殺人を行っているわけではありません」

「なににせよ、警戒するに越したことはない。あんたもせいぜい気を付けるんだな」

会話は終わりそれぞれが束の間の休息を摂っていた時、またもや耳障りな銃声が鳴った。



カレン視点

「しばらくはここで身を隠していただきます。いいですね?」

「なぜ、このようなことを?」

「今いる全員が生きて帰るためです」

躊躇いの表情を浮かべるイザベラ夫人をエレナ達のいるドナルドの部屋に残して私はグリズリー氏の部屋に向かった。

恐怖は微塵もない。

たとえ相手が銃を持っている殺人犯であっても使命が私の体を動かす。

奥様がなぜ私をエレナに同行させたかようやくわかった。

ゴルベット子爵も含め、危険分子の排除をしろと言うことだったのだ。


あの方に拾われてから私はそれまで得られなかった全てを与えてもらった。感謝してもしきれない。あの時、私たちがどれだけ救われたことか。次は私が恩を返す番だ。こんなことで返せる恩ではないが、少しずつでいい。これからは私がすべてを守ると誓ったのだ。


私はグリズリー氏の部屋のドアをノックした。

返事はない。

一階に降りて厨房を探したがそこにもいない。

嫌な予感がする。

私は急いで階段をかけあがって三階に行った。

しかし、一足遅かった。館のどこかで今日何度目かの銃の発砲音が聞こえた。

三階ではない、四階か。

四階に上ると廊下にはミスターメイエルが立っていた。

その横のドアから猟銃の銃身が見えている。

「あなたはミスターグリズリーですね。正体はわかっています。銃を置いて出てきなさい。」

意外にもその影は素直に要求に応じた。

「俺はいま、何を見ている。これは幻覚か、いや違う。狂っているのは俺じゃあない。あんたは誰だ」

その表情は恐怖で震えているように見えた。その眼の見据える先にはメイエル氏」が立っている。

「自己紹介はしたはずなんですけどね。ぼくはメイエル・ボルタですよ」

「ふざけるな。あんたは死んだはずだ」

「まさか。見間違いですよ」

「いいや、あんたは確かに死んでいた」

「ふふ、何を怯えているのですか。怯えられるのは人を殺そうとしているあなたの方なのに」

「あんたたちはここで全員死んでもらう」

その言葉を聞いた私は率直な疑問を問うた。

「何のために殺そうとするの?」

「決まっているだろう。ここにあるゴルベット子爵の遺産をいただくためだ」

大体の予想はついていたがやはりそうだった。

「だから、あんたたちには悪いがここで死んでもらう!」

そう言ったとたん彼は懐から銃を取り出し、メイエル氏に向けた。

「動くなよ、あんたがなぜ生き返ったのかは知らないが、これは利用できる。俺に協力してもらうぞ」

距離が遠い。

私からグリズリー氏まで一歩踏み込んで僅かに届かない。

じりじりと数ミリずつ近づく。

「こちらに来いミスターメイエル」

ミスターグリズリーが銃を構え直した。

ミスターメイエルが両手を上げ少しずつミスターグリズリーに近づく。

「あんたの判断は正しいぞ、ミスターメイエル」

銃をわずかに下ろした。

次の瞬間には血しぶきと共にグリズリー氏の体は宙に浮いていた。

「な…なにっ…!」

彼の手からは猟銃が零れ落ち、その体はおよそ十メートル先まで吹っ飛んだ。

「がはっ」

「貴方はこれで終わりよ」

これはある人から教わった格闘術。女性の体であっても力の伝え方次第で地面をもよらすことが出来る程、力を増幅させることが出来る。

「お怪我はありませんか。ミスターメイエル」

「助かりました。あなたのおかげです。カレン婦人」

なんとかミスターメイエルは助けることが出来た。しかし、彼には聞かなければならないことがある。

「ミスターメイエル、一つお聞きしたいのですがよろしいいですか?」

「構いませんよ。なんですか?」

「グリズリー氏はあなたが死んだはずだと言っていましたが、あれはどういうことですか?」

「僕も何のことだかさっぱり――」

「とぼけても無駄ですよ。いやとぼけない方がいい。あなたの為にも」

「どういうことですか」

わたしはここにあるもう一つの気配にも気づいていた。

「そこにいるのは…ミスターハンネスですね」

応答はない。

「隠れても無駄ですよ。出てきてください」

沈黙の後にミスターハンネスは姿を現した。先ほどの突拳を見て逃げるのは困難と判断したのだろう。

「いや、驚いた。まさか彼が殺人鬼だったとは。そしてあなたのパンチにも驚かされましたよ、ミセスカレン」

意地を張っているのかそれとも心底感心しているのか、そんなことはどちらでもいい。

聴くことはただ一つ。

「パノプティックという儀式に聞き覚えはありませんか?」

二人の表情が変わる。

ミスターメイエルは目が鋭くなり、ミスターハンネスは動揺を帯び始めた。

「聞いたことがありませんな。なんですかそれは」

明らかに動揺しているハンネスがまだシラを切り続けていた。

「――今ここで…白状して栞を差し出すなら命を狙うようなことは致しません」

多少強引でもこれくらい圧力をかけた方が効果はあるはずだ。

するとミスターメイエルは降参だとでもいうように両手を上げた。

「分かりました。白状します。もともとこんなことさっさと終わらせたかったですし」

あっけなさすぎるとも思ったがもともとこういう人なのだろうと納得した。

「僕の能力は蘇生。一度死んでも再び生を授かれるというものです。しかし、先ほどミスターグリズリーが仰っていたように一度彼に殺されているので僕はもう能力を使うことはできません。」

「わかりました。では、あなたの身の安全はこの館を出るまで私が保障します。」

そういうとミスターメイエルは素直に栞を私に手渡した。

「さて、あとは貴方だけですよ。ハンネスさん」

「ですから、私は知らないと――」

「ではっ、――拷問。を開始します」

拳を握りミスターハンネスに近づく。

十メートルもない。

あと八メートル。

五メートル。

三…

二…

「分かった!白状する!私もその話は知っている!逃げろと言われたんだ!」

涙目で彼は訴えた。

「――よろしい。教えてくれてありがとうございます」

私は満面の笑みを作り、彼に感謝した。

「あの、扉があかない部屋はあなたの能力によるものですか?」

「そうだ。門番の能力らしい。部屋という概念を帯びた空間を密室にし、絶対に入ることのできない空間にする力だ」

なるほどではあの部屋に…

「栞はあの部屋に隠してあるのですね?」

「ああそうだ、栞を破壊されれば力は使えなくなりますからね」

よし、これで能力者を全員把握することが出来た。あとはこの儀式を始めたのは誰か、その人物を探すだけだ。

終わりは近い、しかし――。



ドナルド視点

この館で生き残った全員はカレンによってミスターグリズリーも殺人鬼の一人だったと同時にすでに彼も始末したということを伝えられた。これで残るは俺たち、あの儀式に関わった連中が誰かわかればすべて終わるはずだ。

「ということなので、もうここで殺人が起きる心配はありません。みなさんどうかご安心を」

見て取れる安堵の空気。ここにいる者たちは皆、疲れ切っていた。

俺もようやくこの夜が終わり無事に朝を迎えられると思った。

休息のためB班はそれぞれ部屋に戻ることになった。

そして気が付いたら眠っていた。


人の気配がする。

目を閉じたままでもわかる。

この部屋にはエレナがいるが、彼女ではない。彼女は車いすでしか移動することが出来ない。

では誰だ。

この忍び足で近づいてくるのは!

頭に殺人鬼の姿がよぎる。

そこからは早い。


            バッ!


目を見開き俺は懐から取り出した銃を気配のする方へ向けた。

「誰だ」

暗い部屋にまだ目が慣れない。

徐々に慣れてきたときにようやくその正体が分かった。

両手を上げている。

「驚かすなよ、カレン!」

「エレナが寝てるのに大きな音たてられないわよ」

少しは俺にも気を遣えと思ったが、そんな水掛け論になるようなことは言わなかった。

「貴方に話があってきたのよ。あなた以外の能力者がわかったわ」

俺はカレンにグリズリー氏を殺したことやミスターハンネスとミスターメイエルが能力者であることを聞いた。

そして、再びカレンとある計画を立てた。

「私の考えが正しければ、この儀式を行ったのはあの人で間違いないわ」

そう言い残して部屋を出て行った。

ここからはしくじれない。俺も気を引き締めて部屋を出た。



??視点

再び銃声が鳴ったのは午前の四時過ぎのことだった。

事件は終わりを迎えたと誰もが思っていたはずだ。

ある一部の人間を除いて――

殺されたのはポールだった。

凶器は猟銃。

これまでと同じく館の構造を使った内間からの射殺。

犯人は――

「今、この目ではっきり見た!あなたが彼を殺すのを!武器を捨ててこちらを向きなさい!」

その声に身体を震わせながらゆっくりと、とてもゆっくりとこちらを振り向く。その顔はまさに狂気そのものだった。

「もう逃げられませんよ――」

「……」

「ミスタートーマス!」

異様にギラついた彼の双眸が狂気を引き立てていた。

おそらく彼は今動揺しているのだろう。犯行を見られ動転し、一種の思考停止状態にある。

「貴様はぁっ!」

慌てて猟銃に弾を装填する。しかし、こちらの方が早かった。

距離を詰め、彼の腹に蹴りを入れた。

彼は後ろへ派手に転がって行った。確かにダメージはあるはずだ。しかし、ここで唇を噛んだ。ここがしくじりどころ。思わず舌打ちをした。

仕留めるのなら今の一撃で仕留めるべきだったのだ。彼はすでに弾を装填し終えていた。

あとは銃口をこちらに向けて引き金を引かれたらそれで終わりだ。

「まずいっ」

よろよろと立ち上がりミスタートーマスが素早く銃口をこちらに向けた。

「終わりだ。ミセスカレン」

口元が引きつったような笑みを浮かべるトーマスが引き金を引いた。

狭く密閉された空間での銃声は耳に激痛が走る。

その後に撃たれた場所に痛みが来る。

撃たれた瞬間目をつむった。だからどこを撃たれたのか視認していない。

今か今かと痛みが来る覚悟をしていた。

しかしおかしい。爆音による耳の痛み意外に特にどこが居たいということもない。

恐る恐る目を開けると、目の前にいたはずのミスタートーマスが居なくなっていた。

代わりにそこにあったのは底が抜けた大きな穴だった。

底が抜け落ちたのだ。僅かに底が抜けるほうが早かったおかげで照準がずれたのか。

そして大きく空いたその穴を除いてそこにある光景に思わず笑みがこぼれてしまった。

声が聞こえる。

正々堂々として自身に満ちた声が。

「誰が終わりですって?ミスタートーマス」

四階の廊下の天井が抜けている。

そしてそこにはロット氏とカレンが立っていた。

「馬鹿な、ミセスカレンだと⁉では先ほど私を蹴ったのは、私が撃ったのは誰だというのだ!」

抜けた天井から下り再びミスタートーマスと相対した。

「馬鹿な、ミセスカレンが二人いるだと!」

トーマス氏は驚きを隠せない。無理もない。外見や声はカレンとそ遜色ないのだから。

そろそろ正体を明かすか。

「さっきあんたを蹴ったのは俺だよ」

そう言って能力を解除した。姿や服装などすべてが自分に戻った。

「――ミスタードナルドっ!」

俺とカレンとロット氏、三人に囲まれたミスタードナルドは見て明らかなほど慌てていた。

三対一では彼に勝ち目はない。それに加え、落下した衝撃で足を怪我したのだろう。体をかがめている。

「なぜ、あなたがこんなことを…」

カレンが悲しそうな目で問うた。

「自分でも、…わからない。しいて言うならば高揚感だ。このまま終わらせたくなかった。中途半端なままでは嫌だったのだ。私か犯し、私が解く。その結末が見たかったのだ」

「そんな理由で犯行に及んだのですか」

どちらにせよ彼はここで終わりだ。銃を持っているのは俺も同じ――…?

「拳銃を探しているのかね?ミスタードナルド」

「あんたまさか⁉」

「先ほど蹴られたとき回収させてもらったよ」

やられた…しかし。

「弾倉を抜いておいて正解だったな」

「なに?」

「その銃には弾が入っていないのさ」

いよいよ追い詰めたぞ。猟銃を使うにも再装填が必要なはずだ。

「貴方はこれで終わりです。ミスタートーマス」

ロット氏が叫んだ。

それに対してトーマスが発狂する。

「私ではないっっ!嵌められたのだっ!」

トーマスが見苦しい言い訳を始めた。

「いえ、貴方の犯行を見た者がおります。どう足掻いてももうあなたは逃げられない」

「ふざけるなっ!こんな真似をして、ただで済むと思うなよおっ!」

「あとは貴方をここで拘束して今日にでも向こう側の陸地に渡ることが出来たなら、警察に突き出してそれですべて終わりです。この館での事件も、貴方の人生も」

「待ってくれロット君、あれは仕方がなかったんだ、不可抗力だったんだ」

「そんな言い訳は通用しませんよ、ミスタートーマス」

この状況ではもう手も足も出まい。彼はとたんにうずくまった。

諦めたのだと思った。しかし――

「弾を装填した!逃げてくださいっ!」

「ガアアあああああああああぁぁぁっあぁぁあああアアアアアアアアアアっっっっっッッッッッ!!!!」



           ドパアァァぁぁあンンっッ――



血しぶきが上がる。

トーマスの胴に風穴があき臓器が飛び散っている。

およそ人間業とは思えない速さと力でカレンの拳がトーマス氏の胴を貫通した。

喀血するトーマス氏はそのまま倒れた。即死だった。

「これで、本当に終わったわ」

「カレン、あんた本当に人間か?どんな鍛え方をしたらそんな力が出るんだ」

「人間かとは失礼ね。それよりパノプティックのことだけど――」

「そのことは私が。ミスタードナルド、この儀式のことをお話します」



ロット視点

私には五歳下の妹がいた彼女は呪いやら儀式やらに没頭するようになった。彼女は迷信に伝わるある儀式を始めた。死者を蘇らせることが出来る儀式と言われていて、それを用いて死んだ両親を生き返らせようとしたのだ。

しかしその願いを叶えるためには、ある何らかの条件を満たさなければならなかった。

しかし妹はその条件を満たすことが出来なかった。悪魔との取引に失敗した彼女は魂を抜かれ、その魂はある施設に幽閉されてしまった。

「その施設の名は、パノプティコン」

妹の魂を取り戻すために私も悪魔と契約を交わしてあるゲームをすることになりました。

それが今回のこの館での出来事です。

外部から隔離された空間の中で、悪魔が指定した三人の人間の名をヴィジャ板で示すことが出来れば、妹の魂を開放するとのことだった。悪魔が指定したのが能力を持つもの。つまり、ドナルド、ハンネス、メイエルの三人のことだった。

しかし、私はあるミスをした。カレン婦人がグリズリー氏を殺害した現場でメイエルとハンネスにパノプティックの話をしていたのを聞き、その三人が悪魔が指名した三人だと思い込んでしまったのだ。ヴィジャ版にはその三人の名前を示した。それが私の間違いだった。

「それで…間違ったあんたはどうなる」

「正しい三人を示せていたなら、その三人は悪魔の力によって永久にこの館で過ごすことになり、私の妹の魂は解放されるはずでした。しかし、私が間違えたことによって、この場に永久にいなければならなっくなったのは私の方です。あなた方はこれでようやく、本当にこの館から解放される」

「俺たちは随分勝手なことに巻き込まれて、しかも一生ここにいなきゃあならなくなってたかもしれないだと?ふざけやがって。自業自得だな」

「ええ、本当に申し訳ありません」

誤るロット氏の顔はどこか憂いを帯びていた。妹も救えず、自分も一生この館で過ごすことになる。当然と言えば当然だった。

しかし、この女は違った。

「相手とコンタクトを取れるということは交渉の余地があるじゃない」

「え?」

ロット氏が驚いて聞き返す。

「つまり、私があなたも妹さんも助けると言っているんですよ。だから少しだけ待っていてください。」

どうしてそんなことを笑いながら平気で言える。その自信はどこにあるんだ。

「しかし、どうやって」

「今回のように儀式を設けて、次は周りに危害が加わらず一対一の儀式をすればいいんですよ。悪魔くらいさっきみたいに一撃で倒して見せます」

その言葉がロット氏にはうれしかったのだろう。目に涙をためてカレンに礼を言った。

「ありがとう、…ございますっ」

こうして無事夜が明け、その頃にはなぜかギルフォード邸の使用人を名乗る一人の男が馬車を数台引き連れて館の渓谷の向かいにやってきた。その男が馬車の荷台から簡易的な梯子を下ろし、渓谷に掛け、館で生き残った者は無事向こう側に渡ることが出来た。

そして俺たちもロット氏に別れを告げた。カレンは何やらまたちょくちょく訪れると言っていたみたいだ。彼女は本気で悪魔を相手にするらしい。

いや、カレンなら…というより、カレンの家庭ならば不可能ではないかもしれない。

ギルフォード邸――詳しいことは謎に包まれているが、ギルフォード邸の当主を含め、使用人全員が、あらゆる英才教育を受け、錬金術やら黒魔術なども習得している等のうわさも流れたことがある。極めつけは人体改造であるあらゆる戦闘訓練による常人離れした身体能力が備わっていると言われている。

「なるほど。あんたの身体能力にようやく納得できたよ」

「あら、私たちのこと知ってるの?」

「風のうわさで聞いたことがある程度だがな」

「私たち有名なのかしら」

「当主が、だろうな。まああんたと会うことももうないだろうし、この事は嫌なら口外するのは控えるさ」

「そのことだけどドナルド、あなた、うちで雇われる気はない?」

「なんだと」

「ちょうど諜報専門って人が居ないのよ。もちろんその仕事がない時はギルフォード邸の使用人として働くのよ。奥様には私が話を通しておくけど?」

「悪いが遠慮させてもらう。そんなところに居たら息が詰まっちまう」

「そう、残念だわ。けど、今後あなたに依頼することがあるかもしれないからその時はお願いね」

「ふふ、お二人すっかり仲良くなられましたね」

エレナが楽しそうに笑う。

「今回みたいなややこしいのは勘弁してくれよ」

こうして長い夜が明けて、新たな一日が始まろうとしていた。

END




意地で書きました

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