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panoptic  作者: なるくる
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panoptic/ゴルベット子爵の館

勢いとノリだけで書きました。表現力を持っている方の助力がほしいです。

今まで何千、何万回と繰り返した動作。

右手に持つナイフで切り、左手のフォークを口に運ぶ。

幼い頃から体に叩き込まれたマナーはこの年になっても忘れる事はない。

このテーブルを囲っている誰もが弁えている。自分もその例外ではない。

華やかな装飾で溢れた部屋にいかにも、といったようなドレスやスーツを着た紳士、淑女たちが食事を摂っている。

ここはある資産家が新しく建てた館である。なんでも世界中の装飾品や芸術品のコレクションを保管する為に作った場所らしく、山奥の断崖絶壁の渓谷の上に立ち、訪れるには不便な立地なうえ、館の前には大きな橋がかかっている。この館に入るためにはこの橋が必須というわけだ。つまり―

この橋が落ちてしまえば外部から救助が来るまでここから出られないということになる。なんとも不便な場所に建てたものだ。まるで推理小説に出てくるような館だな、などと冗談めいたことを一瞬考え、自分でばかばかしくなってきた。

 突然、隣の席の若い紳士が話しかけてきた。

二十五、六といったところだろうか。

六十近い私に積極的に話しかけてくるとはなかなかの好青年ではないか。

「ごきげんよう。私はロットといいます。今日はどちらから?」

「私はトーマス。ロンドンから来ました。よろしくロット」

「よろしくミスタートーマス。ゴルベット子爵とはどういったご関係で?」

「なに、深い関係ではありません。何度か食事をとった程度のものですよ。あなたは?」

「わたしも趣味で他国の骨董品を集めていまして、何度かその話をさせていただいたのですが、まさかこんなパーティに呼ばれるとは思ってもいませんでしたよ」

このロットと名乗る青年も子の館の主であるゴルベット子爵とは深い関係ではないようだ。

おそらくここに集まった者は皆ゴルベット子爵とはそれほど深い付き合いではない方たちばかりなのではないだろうか。だとしたらなぜ子爵は私も含め、そのような者たちばかりを集めたのだろうか。そんなことを考えながらまた一切れの肉を口に運んだ。

「諸君、本日は遠路はるばるお越しいただき感謝する。我々の関係に益々の発展と親交を願っております。この館での時間をごゆっくりお楽しみください」

酒の回った子爵が顔を赤らめさせて、下品な笑いを混ぜて言った。

主催者であり食事会場となっている館の主である男、ゴルベット子爵。

この手の男は苦手だ。体系はまんまると肥えており下品な笑い方をし、人を見下したような目で見る。同じ男として彼を紳士として認める訳にはいかない。

ここにいる誰しもゴルベット子爵と親交を深めるために訪れたわけではないだろうと思う。彼が収集した各国の芸術品の披露を楽しみにしてきた方々の集まりなのだ。これは断言出来る。

カチャカチャとカトラリーが皿の上をすべる音だけになる時間がある。おそらく集まった全員が初対面なのだろう。ゴルベット子爵はいったいどういうつもりなのか。

「さて皆さん、お食事もそろそろ終えようという時間になってきました。どうですか、時間も時間ですので私のコレクションのお披露目は明日に持ち越しとさせてもらえませんか」

悪びれることもなくニヤニヤと笑みを浮かべたまま平気で言ってのけた。

会場がざわつきはじめた。

当然だ。本来食事の後に彼のコレクションを拝見するという流れになっていたはずだ。

「今日は当館のお部屋でゆっくりとお休みください」

そう言い残すとゴルベット子爵はひとり早々と食事会場を後にした。

元々、今晩はここで泊まり明日の朝に各々ここを出るということになってはいたのだが、このままでは予定とは大分スケジュールがズレてしまうことになる。上位階級の者は時間にはシビアな方が多く、不平不満がここで出るのは仕方のないことだろう。しかし、あの男が自分勝手な人間であることは皆理解しているのだろう。あきらめにもつかぬ様子で渋々納得している人たちも現れ始めた。

「まったく、自分勝手なお人ですね。ゴルベット子爵は」

隣に座るロット氏が苦笑いを浮かべながら云った。

「まったくだ。今日は諦めて明日拝見させてもらうとしようじゃないか。これだけ勿体ぶったのだ、さぞ珍しい逸品ばかりなのだろう」

少しばかり嫌味を込めて言ってはみたがコレクターとしてのゴルベット子爵はそこそこ有名なだけにあながち嫌味だけがこもっている台詞ではなかった。

「はは、そうですね。明日に期待するとしましょう」

「それでは私はこれで失礼させてもらうよ」

「私も今日はゆっくり休むとします。ミスタートーマス、ちなみに部屋はどちらで?」

招待された我々は到着してから、今晩を泊まるために一組につき一部屋を与えられていた。私は一人だが二人組で訪れている方もいるようでそれに応じて部屋割りが決まっているのだろう。鹿、それが私に与えられた部屋の名だった。

「四階にある鹿という部屋です。時間が許すのであればぜひいらしてください」

若い青年に愛想良く笑って応えた。すると嬉しそうに少しばかり頬を赤らめ、

「本当ですか⁉では二十一時頃に伺わせてもらいます」

「ええ、ぜひいらしてください」

そう言い残して食事会場を後にした。

用意されているゲストルームの数は全部で十六部屋、八部屋ずつがそれぞれ三階と四階にあり、その全ての部屋に番号ではなく動物の名前が付いている。そして二階に彼が収集したコレクションが展示されるための部屋があるのだが客人用の階段からは現在入れないようにドアが施錠されていた。

「それにしてもおかしな造りの館だな。コレクションを展示するためだけならここまで複雑な造りにする必要はないだろうに。これではまるで迷宮のようだ」

事実、館内はいくつも曲がり角があり、使用していない部屋とされているものも含めれば四十近くあるだろう。ここまでくると正直不気味に感じなくもない。何を考えているかわからない男ではあるが、こうして彼の考えに触れられる場に来ると不気味さに余計拍車をかける。

 私は廊下の壁に貼り付けられた館内図を見て階段の場所を確認し、歩みを進め「鹿」のプレートが張られたドアに手をかけた。



21;30

鹿の剝製。

古い柱時計。

アンティーク調の机と腰掛椅子。

壁には西洋の刀剣。

床は赤い絨毯になっており照明が暗いので室内の静寂が際立っている。

部屋に備え付けてあった蠟燭に火をつけ、ロット氏が訪ねてくる時間まで読書に浸っていた。

指から伝わる紙の感触。

ページをめくる時の音。

微かな紙のにおい。

視認できる既読ページの厚み。

読書は自分の状態を感覚として認識することが出来る。

集中できない時も、憂鬱な時も、読書をすることで今自分がどんな状態なのか把握することができる。

私は本の内容を知るために読書をするのではない。自分の状態を知るために読書をするのだ。そういう意味ではある意味どんな物よりも出かける際は重宝している。

 クシッという音とともにページをめくったその時、私の部屋をノックする音が聞こえた。

ドアの取っ手に手をかけガチャリという音とともにロット氏の姿が見えた。

「いらっしゃいミスターロット、上がってくれて構わんよ」

「失礼します、ミスタートーマス。」

私は部屋に用意されていた二つの椅子のうちの一つに掛けるよう彼を促した。

「読書ですか」

「うむ。読書はいい。私にとって食事の次に大切な時間が本を読む時間なのだよ。」

「余程お好きなのですね。どんな本をお読みに?」

「これと言ってジャンルは決まっていなくてね。どんな書籍を読むかはあくまで家庭に過ぎない。読むことそのものが好きなのだよ。」

ふと視線を上げるとロットがある(・・・)を見ていることに気づいた。

「ああ、鹿の剝製かね、ゴルベット子爵もずいぶん手の込んだことをするものだな」

「ええ、本当に。私の部屋には()の剝製がありますよ」

「なるほど、部屋の名と同じ動物の剝製を置いているというわけか」

「ずいぶんこだわりの強い方のようですね。あの方は」

「ああ、たしか彼は狩猟も趣味の一つだと聞いたことがある。おおよそ、この鹿も自分で狩った獲物なのだろう」

「狩猟か…どうにもあれは好きになれませんね」

「同感だ。あれは決していい趣味とは――」

ロット氏と気分よく話している最中、突如耳を突くような爆発音が聞こえてきた。音と同時に体を振動させるほどの揺れに一瞬体がこわばった。

「大丈夫ですか、ミスタートーマス!窓の近くは危険です、こちらへ!」

ロット氏も緊張のせいか顔が少しこわばっている。

無理もない。こんなわけのわからない場所で面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。

「ああ、ありがとうロット君」

彼が差し伸べた手を取り少し安心した。情けない話だがこんな時、傍に誰か一人居るのと居ないのとでは心の持ちようが大きく違う。その上彼はまだ若く頼りになるであろう品格も備えているように見える。

「一体何が…」

「わからん。詳しいことはこの館の使用人が伝えに来るだろう」

「かなり大きな音でしたね。何かが崩れたような」

まさか――

ある予感が脳裏をよぎった。この予感が的中するのは非常にまずい。爆発音は確かに外から聞こえてきた。何かが崩れ落ちるような音も聞いた。頭の中でその予感は確信に変わりつつあった。

「まずいぞ、ロット君。これは非常にまずい。おそらく橋が落ちたのだろう」




22;00   ロット視点

私はロット・ブレイザー。輸入会社社長の子として生まれ幼い頃から裕福な暮らしをしてきたいわゆる上位階級の家庭で育った。趣味で世界中の骨董品を集めていた際ゴルベット子爵と知り合い何度かパーティーなどに呼ばれたことがあった。今回の招待もその縁で呼ばれたのだろうと思い、ほかの招待された人たちも何らかのコレクターなのだろうと思い込んでいたのだがどうやら勘が外れたらしい。

「これは、おかしいですね」

「ああ、異常だな。ゴルベット子爵どころか使用人ひとり来ないとは」

先ほどの食事会場。私はミスタートーマスの提案で使用人の説明を求め、共にこの場へやってきた。誰もが同じことをあるいは人づてにこの場に集まることを聞いたのか、招待者のほとんどが集まっていた。

ここで少しだけ全員と話す機会があり、集まった者たちがゴルベット子爵とどのような関係であったのか知ったのだが、やはり全員深い付き合いではなかった。

「どうしましょう、まさかさっきの爆発にゴルベット子爵がまきこまれたんじゃ」

少し前にここで話をしていたジェームズという男がミスタートーマスと話をしていた。

「その可能性もあるが、まだわからないことが多いな。一度門を出て橋を調べようと思うのだが一緒に来るかね?」

「いえ、そんな、私は遠慮しておきます。万が一何かあったら嫌ですので…」

随分と弱気な人だな。

「では、私が共に行きましょう。よろしいですかミスタートーマス」

「ああ、もちろんだともロット君、君が来てくれるなら心強い」

会場が不安に包まれざわついている。こんな時に最初に動き出したあなたもまた、皆にとって心強い存在だろう。そう心の中でつぶやき彼の後をついていった。

すると会場の出口を出る手前で後ろから声がかかった。

「あの、私も一緒に行ってもよろしいでしょうか、ここにいるのはなんだか不安で…」

いかにも不安そうな表情を浮かべている。確か名はカトリーナといったか。

「ええもちろん、お一人ですか?」

「ここへは友人と来ているのですが、この会場に来たのは私だけです」

「そうですか、ではご一緒に。私は―」

「ロットさん、ですよね。先ほど少しお話した…」

「覚えて下さっていたとは、光栄ですミセスカトリーナ」

名を確認し合いミスタートーマスに遅れぬよう早歩きで会場を出た。


その光景は館の正門を開いたら一瞬で目に飛び込んできた。

煙が上がり、まだ所々木製の橋が赤い炎で燃えている部分がある。

凄惨な現場には異様な空気が流れていた。

「明らかにおかしい。これは一体」

ミスタートーマスが神妙な顔つきで言った。

当然この光景を見れば誰でも言うだろう。

それだけ明らかなのだ。この橋は人為的に破壊された。破壊された上に、橋があった向こうの地面に車を引いた跡があった。何者かが橋を破壊した後に馬車で逃げたのか。あるいはそう思わせるための工作か。いずれにせよ問題はこの橋が人為的に壊されたということだ。

「一度この館にいる全員に話を聞いたほうが良さそうですね。肝心なゴルベット子爵の行方が分からないままですが」

隣で動揺を隠せず、カトリーナが震えている。

「うそ、、こんな、閉じ込められたの?わたし…怖いわ!」

「落ち着いてください、ミセスカトリーナ。一度中に入って状況を整理しましょう。

大丈夫ですよ。ここにいるのはあなたもご存じの通り紳士淑女たちですよ。心配せずとも明日には向こうに渡る手立てを用意できるでしょう」

「ええ、ロット君の言う通りです、今は落ち着いて何が起こっているのか詳しく調べましょう」

私とミスタートーマスはミセスカトリーナを食事会場に戻し、エントランスで話をした。

「どう思うかねロット君」

「そうですね、現時点では何とも言えませんが、ゴルベット子爵が顔を見ぜないのが気になりますね一体どこにいるんでしょう」

「仮に橋を破壊したのが子爵だとして、なぜ彼はそんなことをすると思うかね」

「それは…わかりません。しかし、この状況、心当たりがありませんか?」

「あの有名な女性作家の小説…かね?」

「はい。『そして誰もいなくなった』のようで…」

「……」

一瞬の沈黙。その沈黙を晴らすかのように口が開いた。

「まさかね」



22;30  ロット視点

「では、まずは私から」

食事会場に集まった我々はお互いに食事会場を出てから爆発が起こるまでの間どこにいたか、それまでにゴルベット子爵を目撃していないかを話し合った。

「私はロット・ブレイザー、この会場を出てからは自分の部屋に戻り、三十分程してからミスタートーマスの部屋に行きました。爆発音を聞いた時もミスタートーマスと共に」

(わたくし)はカトリーナ・パァーシーといいます。食事が終わってからは友人のアリスとずっと部屋にいました」

「俺はドナルド・ライカ―、同じく食事が終わってからはずっと部屋にいた」

短髪のサングラスをかけた男。この場でひときわ目立つ、明らかに周りとは雰囲気の違う男。しかしおそらくこの男も上位階級であるのは事実だろう。

するとここでこの男に対して発言する者がいた。

「いえ、あなたは一度、二階の展示室に行かれていました。正確には展示室のドアの鍵穴を見ていた。あれは一体何をしていたのですか?」

「……」

「失礼、申し遅れました。わたしはカレン・ギルフォード。「山鳥」の部屋におります。」

「そういうあんたはどうして二階の展示室に行ったんだ?階段を上がるだけなら展示室が目に入ることはないはずだが」

ドナルドと名乗る男が食いついた。

「この館は複雑な構造をしているのでどこにどんな部屋があるのか確かめただけです。」

「俺も同じさ、ただ展示室の場所を確かめた。その時に展示室なんて名乗っているにしては随分安っぽい鍵穴だと思っただけさ」

ここで話が拮抗するのはよろしくない。一旦間に入り制止する。

「ミスタードナルドが何をしていたのかは後で詳しくお話ししていただくとして、今は自己紹介を続けましょう」

「私はカーテナ、部屋は「猪」ですわ」

「私はジョージ、部屋は「山猫」だ」

「私はポール、部屋は「鴨」だよ」

その後もこの調子でこの場に集まった全員が名を名乗り食事が終わった後何をしていたか聞いたのだが、ほとんどの人たちは部屋に戻っていたと言う。当然こんな辺鄙な場所で外出などするはずもなく、ここにいる全員ただゴルベット子爵のコレクションのみを見に来たのだ。それ以上でもそれ以下でもない、それが明日に持ち越しになったというのだから暇を持て余すというのもうなずける。事実、自分もそうだからだ。

結局、なんの進展もないまま、誰がどの部屋にいるかだけを知り解散になった。

しかし我々は話し合いの結果、次に何かあればもう一度この食事会場に集まってもらうように言った。まとまって行動したほうが安全だと考えたのだ。

「やはり、問題はゴルベット子爵の行方ですね」

私とミスタートーマスは全員が部屋に戻り、誰もいない食事会場に残り、話をしていた。

「ああ、そのことでなロット君、私は一度この館をすべて調べてみようと思う。君も来ないかね」

「それはもちろん調べたいとは思いますがゴルベット子爵にバレたら―」

「こんな状況になっても姿を現さんような男など捨て置いても構わんさ。まずは安全を確保するための行動を取るとしよう」

確かにこの状況を変えるには子爵を探すほかないだろう。

「わかりました。ではまずは子爵のプライベートルームを―」

「いや、その前に一つ気になっていた場所がある。そこを調べてみるとしよう」



「ここ、ですか?」

ガス灯で照らされた四階の廊下。

「ああそうだ、明らかに不自然だと思わんかね」

確かにこの館は四階までしかないはずなのだが外観を見ると四階の部屋の窓の上にはもう一つ階が有ってもおかしくないほどの幅と高さの壁がある。それは四階までしかないのではなく五階を隠蔽しているかのような造りであった。しかし五階に行けるような会談はなくこれはあくまで仮定の話に過ぎない。にもかかわらずミスタートーマスはある場所を念入りに調べ始めた。

「ここはただの壁ですよ」

「この館はわずかではあるが内装が錐のような形になっている。上の階に行けば行くほど面積が狭くなっているのだ」

「え…」

この短時間で、いや時間の問題ではない。これは常人離れした洞察力。空間認識のような深視力が異常に発達しているのか!

「壁を叩いても空洞があるような場所はないな、やはりそう簡単にはいかんか」

不服そうな顔を浮かべているが洞察力が優れていることに変わりはない。この人と一緒ならばこの不気味な夜の出来事もあるいは――

「仕方ない、やはり君の言った通りゴルベット子爵のプライベートルームを調べてみるとしよう」

我々はゴルベット子爵のプライベートルームに向かうため階段を使って一階に降りたその時だった――

一階ではない、しかし確かに館内から耳を劈くような銃声が聞こえた。



23;00 トーマス視点

なんということだ。悪い予感が当たってしまった。やはりこれは殺人を行うための状況構成だったということか。ではほぼ間違いなく犯人は彼だろう。

「ミスタートーマス、今の音は!」

三階に向かって階段をかけながら息を切らしたロットが口をひらいた。

「銃声だ。音がかなりこもって聞こえた、おそらく部屋の中だろう」

我々が三階につくや否やある部屋の前にすでに人だかりができていた。

「『猪』の部屋…」

「ミセスカーテナの部屋です」

取っ手を回しても鍵がかかっているのかドアを開けられない

「ロット君、ゴルベット子爵の部屋を見てきてくれたまえ、子爵か使用人を探してほしい」

「わかりました」

そういうとロットはすぐに駆けて行った。

「くそっ、びくともしない」

この場で一番身長のある男が力づくでドアを開けようとしている。何度体当りしても開く気配はない。

「何かドアを破壊できるような道具はあるかね」

ドア自体に厚みがあるせいで体当りでは開けられない。バールのようなものがあればいいのだが…

しかし今思うと、咄嗟に聞いてしまったがそんなものが都合よくあるはずもなく、唯一可能性があるであろうここの使用人はあてにならない。どころかこの事件に何らかの形で関わっているとさえ思っているくらいだ。頼りにしていい連中ではない。

すると一人の男が刀剣を持ってきた。おそらくすべての客室の壁にかかっているのだろう。

「これなら扉を破壊できるんじゃ…」

「よし貸してくれ」

ひときわ背の高い男が剣を受け取り扉に打ち付けた。

少しづつではあるが表面が傷つき凹み、そして破片が散っていく。

時間にしておよそ五分、十数回の打ち付けでようやく扉に風穴があき、その穴からロックを外すことができた。

「よし、開いたぞ」

剣を振るっていた男が叫んだ

私もすぐさま扉の奥へ入った。

するとそこにあった光景は紛れもない殺人現場だった。


「きゃあああぁあぁっ」

その現場を見た女性が叫び声をあげる。

無理もない目の前で人の死体が転がり、あろうことかその死体がある場所、この渓谷に閉じ込められているのだ。きっと誰しも同じ恐怖を感じているだろう。

「おそらく銃による射殺ですね」

死体には銃によって打たれたと思われる穴が胴体に二つ空いていた。

二つ…銃声は一発に聞こえた。しかしこの遺体には銃弾が二発埋まっている。

ならば同時に銃弾が発射されて同時に音が聞こえたということか。

そこで頭に浮かんだのは

「猟銃…」

銃身が二つありトリガーを引くと同時に弾を発射させることのできるタイプ。

「くそ、なんでこんなこと、ゴルベット子爵はどこで何をしているんだ!」

「そうよっ、あの人が怪しいわ。食事が終わってから一度も姿を現していないわ」

まずい、場が荒れてきた。ここは一度落ち着いてもらうためにも――

「皆さん、覚えていますか?何かあれば一度食事会場に集まってほしいと言ったことを。今は全員で食事会場に集まり、話をしませんか。それからゴルベット子爵を探すとしましょう」

あの銃声を聞き、かなりの数の人がこの殺人現場に集まっている。

ここで一度統制を取らなければ更なる混乱を招くだろう。

この場にいる全員、反応は様々だがしぶしぶその提案を了承し食事会場に向かった。


その後、ロット君と共に、使われているとされる全客室を尋ね、招待客の全員を食事会場に集めることができた。

「まずは皆さまに謝罪とお礼を申し上げたいと思います。私の提案に乗じてくださり、誠に感謝いたします。そして、私の勝手な判断ではございますが、これからは団体で行動していただきたいと思っております。これは混乱を避けるために――」

「ふざけるな!こんな時間に集められてこれから一人で眠ることもできないのか!」

この状況に興奮しだす者もちらほら現れ始めていた。

ゴルベット子爵が怪しいという旨を伝えたがこの状況で周りを信用しろというのも無理な話だった。

「ミスターグリズリー、どうかおちついてください」

「大体犯人がまだゴルベット子爵と決まったわけじゃないだろう!この中の誰かが犯人だって可能性もあるのにそんな連中と一緒にいられるか!」

グリズリー氏は取り乱している。

「そこを何とかご協力していただけませんか、団体でいれば仮にその中に犯人がいたとしても複数の目があるわけですから抑止になるはずです。」それと、と付け加え私は断定的に確信を突いた。

「先ほどの殺人の犯人はゴルベット子爵で間違いないでしょう」

一瞬の沈黙。

「何故そんなことが云える」

「ゴルベット子爵の趣味は狩りです、猟銃を持っていて当然です」

「それだけでだんていできないだろう」

「この騒ぎになっても姿を現さないというのはそういうことでしょう」

「橋の爆発に巻き込まれたのかも知れないじゃあないか」

「あれほど大きな橋が爆発すること自体おかしいのです。自然には爆発しない、それに巻き込まれるほど手前で爆発していなかった。自殺というのもあまりに状況が不自然で謎めいている」

「ならなぜさっきの女性は殺されていたんですか」

「おそらくゲームでしょう」

「ゲーム?」

「ええ、狩りですよ、狩り。ずっと不思議に思っていたんです。部屋に動物の名前をつけるなんて。彼の趣味は狩り。我々人間を動物に見立てて狩猟を楽しんでいるんですよ」

「そんなこと…」

「『猪』を一匹狩ったつもりでいるんだろう、あの男は」

「ふざけるなっ!くそっ!こんなところで殺されてたまるか!」

そういうとミスターグリズリーは走って食事会場を出て行った。

「お待ちください、ミスターグリズリー!」

しかし彼の耳には届かなかったのかすでに姿は見えなくなっていた。

「仕方ありません。皆さん、仕切り直してこれから私の言う方々でまとまってください」

そうして三組に分けたのだが、私が仕切ることを良く思わない者たちは早々に部屋に戻ってしまった。

三人、ミスターグリズリーを含めて四人がこの場から離れた。そしてまた一人この場から退場しようとする者がいた。しかしその彼が私の方にやってきた。

「私は、何もあなたが仕切るのが嫌でこの場を離れるのではありません。なんとなくですが、部屋にいて、眠ればいつもと変わらない普通の朝が来る気がするんです。人が大勢いる中にいるのも苦手なので失礼しますね。」

変わった雰囲気で彼は私にそう言った。

「いや、しかし先ほどのこともあるのでやはり危険です。今日だけでも一緒に居られたほうが…」

「いえ、私は大丈夫です、ありがとうございます。がんばってくださいね」

そういうと彼も部屋に戻ってしまった。彼の名はたしかメイエルといったか。

「どうしますか、ミスタートーマス」

そこにロット君がやってきた

「ああ、そうだな。とにかく今はここにいる人たちだけでも団体で行動してもらうしかないな」

「一応メンバーはこのように分けたのですが」

A班(トーマス、ジョージ、パウエル、ジョン、ポール)

B班(ロット、カトリーナ、アリス、、ドナルド)

C班(カレン、エレナ、ハンネス、イザベラ)


「うむ、B班は君に任せることになるが構わんかね?」

「はい、もちろんです。それと、ミセスカレンには車いすをご使用のお連れ様がいらっしゃったので、ご一緒にさせていただきました」

「うむ、それは問題ないだろう。しかしなぜその方たちを君か私の班にしなかったのかね?」

「はい、実は――」

「私が必要ないと言ったのです。ごきげんようミスタートーマス」

そこには凛とたたずみ、はっきりとしたきれいな声で私の名を呼ぶ女性がいた。

「ああ、ごきげんよう。ミセスカレン。つまりそれはどういうことかね」

「ええ、私もご一緒にゴルベット子爵をお探しいたします」

なんの迷いもなくただまっすぐにそう言う彼女に動揺を隠せずすぐに言葉が出なかった。

「わ、わかった。では、C班は君に任せる。しかし良いのかね、決して安全が保障されていることではないが」

「ええ、構いません。招待しておいてこの待遇はあまりにもひどい。何をお考えなのかきいてみたいとおもいましたので」

彼女の強気な目に圧倒されながらもなんとか続けた。

「では、どのように班で動くか決めるとしよう。二つの班がそれぞれ子爵を探している間はもう一班は休憩、その形でローテーションさせようと思う」

「わかりました。探す場所はどこを探せばいいですか?」

「とりあえず、私のA班が子爵の部屋、ロット君のB班は二階の展示場を調べてくれたまえ。ミセスカレンのC班は2;00まで三階か四階にある使われていない四人部屋で休んでもらう。それでいいかね?」

「ええ、それで構いません。けれどミスタートーマス、その四人部屋にはどうやって入ればよろしいでしょうか」

「私が思うにゴルベット子爵の部屋にマスターキーがあるはずだ、それを使おう。部屋をすぐに調べてくる、それまではここに待機していただいてもよろしいかな」

「わかりました。ここでお待ちしております」

「それではロット君、二階は頼んだぞ」

「はい!」

ロットは自分の班のところに戻りゴルベット子爵の捜索の旨を伝えに行った。

私も同じ班の者たちに子爵の部屋を調査することを伝えた。

「わかりました。では私も一緒に」

先ほど剣で「猪」の部屋を開けてくれた高身長の紳士ジョージが早々に協力してくれた。

「貴方は先ほど「猪」の部屋を開けてくれたミスタージョージだね。よろしく」

「こちらこそよろしくお願いします。ミスタートーマス」

それに続くようにしてA班の全員が協力的な対応をしてくれた。

「これからゴルベット子爵の部屋を調べるのだがここに一人残ってほしい、ミスターポール。頼めるかな」

「わかりました、何かあれば知らせに行きます」

「うむ、こちらも何かあれば知らせに来る。では、行ってくる」

我々は食事会場を出てゴルベット子爵の部屋に向かった

ロット達もトーマス達が食事会場を出る少し前に話がまとまったのだろう、全員で食事会場を出て二階に上がる階段を駆けて行った。



23;45

ゴルベット子爵の部屋はやはりゲストルームとは異なった造りのドアであった。そう簡単に開きそうもない。

「くそ、やはり頑丈にできておるな」

「これは剣で壊せるようなドアではありませんね」

「うむ、だがここは一階だ、館の外に出て窓があればそこから入れるかもしれん。ジョージ君外から回り込んで窓があるか確認してもらえるかね」

「わかりました」

ジョージは正門の方へ駆けて行った。

「ジョージ君が窓の方に行っている間に、貴方たち二人は使用人の部屋を調べてほしい」

「わかりました。ミスタージョン、部屋から剣を持ってきてください」

パウエとジョンはそれぞれ自分の行く方向に歩き出した。

すると子爵の部屋のドアの向こうからガラスが割れるような音が聞こえた。

足音が少しずつ近くなってくる。

そしてついにガチャリとドアが開いた。



ロット視点

私たちはミスタートーマスの指示によって二階の展示室を調べることになった。

しかしここもまた鍵がかかっており開けることはできなかった。

「やはり開きませんね、ミスタートーマスがマスターキーを入手するのを待ちましょう。その間は二階の使用人室を調べてみましょう」

使用人室もゲストルームと同じ造りになっているので猪の部屋を開けた時と同様に剣で扉を破壊して入った。

「気を付けてください。まずは私が入って明かりをつけます。その後につづいて入ってください。」

部屋の中には誰もいない。

私は先行して使用人室に入り蝋燭に火をつけた。

明かりが部屋に広がり部屋全体が見渡せる程度には明るくなった。

その時、この部屋の窓の外からガラスが割れるような音が微かに聞こえた。

窓を開けドナルドが下をのぞき込む。

「なるほど、窓から部屋に入ったってわけか」

ジョージが窓を割ってゴルベット子爵の部屋に入っていくのが見えた。

「これは…」

デスクの中に銀色に光る物を発見した。

「ありました!鍵です。しかしこの数、おそらく三階か四階のゲストルームのスペアでしょう」

鍵の数は十二。マスターキーではないのでゲストルームのスペアキーだろう。

鍵には一つ一つタグが付いている。

「狼…山羊…この鍵は三階のスペアキーのようです」

「ということは四階のスペアキーも別であるということか」

ドナルドはなにやら考え込むように言った。

「はい、おそらく一回の使用人室にあるのではないかと思われます」

私は三階のスペアキーをポケットに入れた。

「それでは、一度一階に降りて展示室のカギを受け取りに行きましょう。おそらく、子爵の部屋で見つかっているはずです」

私たちは再び一階の食事会場に向かった。


トーマス

ガチャリと開いたドアの奥から青い双眸がこちらを覗いた。

「よし、ご苦労だったジョージ君」

「意外にも簡単に部屋に入れましたね」

確かに拍子抜けだった。

ジョージも少し戸惑いのような表情を浮かべている。

「やはりゴルベット子爵はいないか」

部屋に明かりをつけた。

瞬間、そこに広がる光景は目を疑うようなものであった。

「うっ…」

思わずジョージが口を押えた。

なんとも無残な光景。

「剝製…だけではないな」

部屋に散乱する鳥の羽。

無造作に置かれた動物の骨。

ホルマリンに浸った内臓。

部屋は足の踏み場もないほど動物のパーツで溢れていた。

全て彼が狩猟で狩った獲物だろうか、相当数の動物の剝製があるが、それ以外にも内蔵類を保存してあることから剝製を作るためだけに狩りをしているというわけではなさそうだ。

何をしようとしているのかはわからないが今はマスターキーを探すのが先だ。

「しかしこの中から鍵を探すのはかなり時間がかありそうだな」

「使用人室を探している二人にも手伝ってもらいましょう」

ジョージの意見に同意しようとしたその時多数の足音がこちらに近づいてくるのが聞こえた。

その足音は部屋の前で止まり、やはり最初にこの部屋の中を見た我々と同じ反応を彼らもまたしていた。

「これは…一体」

ロットは言葉が出ず、そこにいた女性二人は悲鳴を上げた。

それでも今は協力してもらうしかない。

この夜を超えるためにはここで止まってはいられなかった。

「ロット君、悪いがマスターキーを探すのを手伝ってくれ」

彼は鍵の捜索を承諾してくれ、ミスタードナルドも協力してくれた。

女性二人はやはりこの部屋に入るのは難しく、一階の使用人室の捜索に当たってもらった。

――

部屋が散乱しているのはわかっている。しかし、探し始めて三十分、鍵が見つかる気配がない。これは、予想を外したか。ここまで探しておいて諦めるのは癪だが、これ以上続けても結果は変わらないだろう。C班にはすでに二階の使用人室にあったスペアキーを使ってもらい、三階の大部屋で休息を摂ってもらっている。ここは一度この部屋の捜索を中止する。

「協力してもらって大変申し訳ないが、この部屋の捜索は中止にしよう。おそらくこの部屋にマスターキーはないだろう」

「仕方ありませんね、これだけ探しても見つからないんじゃあ」

一階の使用人室にはやはり四階のゲストルームのスペアキーがあった。スペアキーが見つかってからはパウエルとジョンも子爵の部屋を捜索していた。

A班とB班は全員で食事会場に集まった。

「展示室の捜索は後回しにして、念のため三階と四階の使われていないゲストルームのカギを開けに行こう」

鍵が閉まっている部屋があるよりそちらの方が安全と考えた私はB班に三階を任せた。

「A班の皆さんは私と四階のゲストルームのカギを開けに行きましょう」

そう言ってそれぞれの階で別れた。

四階のゲストルームは全部で十二部屋、その内今回使われている部屋が八部屋。

使われていない四部屋をジョージ君たちに開けるように頼んだ。

鍵の束から使われていない四部屋の鍵を外して渡した。

部屋を調べる際、一度部屋に入り、何か変わった物が無いかあるいは人が隠れていないか調べてもらうように言った。

私以外のA班の四人がそれぞれ四つの部屋に入っていった。

その間私は自分の部屋に戻ろうと思った。

その時だった。

地面を揺らすほど大きな銃声が鳴った。

「なっ――」

一瞬体がこわばった。

体が動き出し、走り出すまでの時間およそ二秒。

私が走り出すのと同時に部屋の中に入っていったA班の者たちがでてきた。

出てきたのは私の目に入った順で

ポール、パウエル、ジョージだった。

団体行動をしていない者も三人出てきた。

つまり今の銃声で撃たれたのはミスタージョンか。

走り、ジョンが入った「熊」の部屋に入った。

真っ先に目に入ったのはジョンの死体。頭部に風穴が二つ。ミセスカーテナを殺した猟銃と同じものでやられたのだろう。

その次に窓が目に飛び込んできた。全開の窓。カーテンが夜風で大きくなびいている。

「ここは四階だぞ。窓の外に逃げたのか」

ジョージが窓から顔を出し外をうかがう。

銃声を聞いて一分も経っていない。窓から逃げたとして壁をつたってこんなに速く移動し、隠れられるのか?それともまだ部屋の中にいるのか。ゲストルームの中に身を隠せるような場所はない。一体どうなっている。私は窓の外に顔を出し気になっていた()を見た。

「まさかな」

五階。そんなものが存在するというのか。だとしたらこの犯行も不可能ではない。しかし…

「不測の事態だが一度三階にいるB班と合流しよう」

私たちは三階に降りロット君たちと合流した。

銃声はやはり三階にも聞こえていたようでC班の者たちも部屋から出てきていた。

「ミスタートーマス、先ほどの銃声は?」

ロット君が緊張の表情を浮かべ聞いてきた。

その時だった。

ガアアァンン!!

またもや銃声。発生源は四階。

「くそっ!まただ!完全にこちらの動きが見られている!」

我々はまた四階に上がった。

先ほどの銃声の時、四階の単独行動の三人のうちの一人が部屋に入っていくのを見た。

その部屋にスペアキーを差し込み鍵を開け、ドアを勢い良く開け、中に入った。

もう逃がさんぞ。ここで何としても犯人の顔を見てやる。

しかしまたしてもあるのは死体だけだった。

頭部を撃たれている。

開け放たれた窓。

ここまで数秒で来たはずだ。これだけ早く来ても犯人の顔を見れないなら一体どうすればいい。

当然これだけ立て続けに銃声を聞き死体を見ているとパニックになる者や叫びだす者も現れ始めた。

そして、ふと気づいた。先ほどの銃声でほとんどの人が集まっている。

今この場に居ないのは先ほど食事会場で団体行動を拒んだグリズリー氏と、メイエル氏、そして――

「ミスタードナルドがいない」

「なんですって!三階を見てきます」

ロットが部屋を走って出て行った。

床に横たわった死体をしり目に我々は部屋を出た。

この短時間で三人が殺された。

あと何人殺され何人が生き残るのか。



ロット視点

急いで階段を下りた。何故ドナルド氏がいないのか。答えはすぐに分かった。彼は自分の部屋に戻っていたのだ。

彼の部屋の前に立ちドアをノックする。

部屋の中から開いているという声が聞こえたので了承の意と捉え部屋に入った。

「何をしているんです、ミスタードナルド」

「ふっ、何をしているか分からないかい?見ているのさ、窓の外を」

「なに?」

「銃声が鳴ってすぐに部屋に入り窓の外を見た」

「すぐに…、まさか」

「ああ、そのまさかだ。俺は今何が起こったのか見ていた!」

彼は口角を上げ、笑いながら云った。それはつまり殺人者にの解明に一歩近づいたということなのだ。

「教えてください、ミスタートーマス!犯人は誰なのですかっ」

緊張が走る。手に汗をかいていた。

しかしその緊張を無視するようにミスタードナルドは落ち着いた口調で話し出した。

「間違えてもらっては困るな」

「え」

「俺が見たのは犯人ではなく何が起こったかだ。犯人の顔や姿をはっきり見れたわけではない」

そういうことか。しかし、何が起こったのかを見たということであっても核心に迫ることに変わりはない。

「では、貴方は何を見たのですか」

再びの緊張。

「…」

「ミスタードナルド――」

すると階段の方から多数の足跡が近づいてきた。

「ドナルド氏はいたかね?」

駆けてきたトーマスが軽く息を切らしながら訪ねた。

と同時にドナルド氏は

「この話はあとにしよう」

と周りに聞こえないほど小さな声で私に言った。

何か知られたらまずいことなのか?

「わかりました」

私もそう小さな声でつぶやいた。

「ここからはやはり複数人で行動するべきだ。殺人犯はおそらく窓の外から銃のようなもので殺人を行っている。その上こちらの行動がなぜか把握されている。一人で部屋の中にいては奴の恰好の的だ」

トーマス氏が険しい顔でこの場にいる全員に言った。

その話を聞いている者たちもその方がいいと思い始めているのか、トーマス氏を否定する者はいなかった。

そうこうしているうちにC班とA班が交代する時間になった。

ここからはC班が展示室の鍵の捜索、B班が館内の見回りをするということになった。


1;00 トーマス視点

私たちA班は単独での行動を避けるため四階の大部屋で四人で休息を摂ることにした。

しかし、時間も時間であるうえここまでの長旅の影響で疲弊しきっていた。

口数は自然と少なくなり一人、また一人と眠りについていった。

休息を摂ってから一時間ほど経っただろうかという頃に、私はあるものに起こされた。

それは私だけでなく、同じ部屋にいた全員に言えることでもある。すさまじい音。鼓膜が破れる程の爆音。銃声だった。

ベッドで寝ていたパウエル氏が撃たれたのだ。

皆が飛び起き、何か武器になりそうなものを咄嗟に手に取った。

窓が開いていない。

今までと状況が違う。

一体どこから打ったのだ。

空気が凍てついている。

その時だった。パウエルが僅かに動いた。

胸を撃たれているが彼はまだ生きている。

「ミスターパウエル!犯人は!」

彼はゆっくりと、ゆっくりと天井を指した。

天井!やはりそうか。

「お気を確かに、ミスターパウエル!」

彼は見たのだここで死なせてはならない。

しかし私の言葉もむなしく、彼はそこで息絶えた。

私は天井を見上げた。

石造りになっている、いたって普通の天井。

しかし、よく見るとわずかに凹凸があった。

注意して見なければわからないほどのつなぎ目のような凹凸。

その場にいた全員がその凹凸に気づいた

私はパウエル氏の死体を床に移動させベッドの上に立ち、石造りの天井を触ってみた。

十五センチ平方に切り取られた四角い石が天井の穴を埋めるように天井裏から置かれているだけであった。

私はこの事実を知りなんともいえぬ汗が体中からあふれ出した。つまりこの館の中で人を殺して回っている殺人者がどのようにして我々の行動を把握しているのか分かったのだ。

館内の至る所にこれと同じような穴があり、そこから監視していたのだ。

ここまできてようやくこの館の造りの意味が分かってきた。

なぜこれほど複雑な造りになっているのか、なぜこれだけ、スムーズに犯行が行えるのか。

不謹慎ではあるが私はこの時、恐怖という感情よりも高揚感の方が大きかった。

少しずつ謎が解けてゆく、真相に近づいてゆく快感。

私は知りたい。この事件の全貌を見てみたい。退屈だった日常がこれほどまで刺激的になるとは!

その時、私の中で理性のようなものが壊れた気がした。しかしそんなことはどうでもよかった。これほどまで楽しめると思っていなかった。このままあっさり終わってしまってはならない。まだこの状況を楽しんでいたい。

その為には――

この時、私の頭の中に生まれて初めて悪魔の囁きを聞いた気がした。



0;30  ロット視点

私たちB班はC班が展示室の鍵の捜索をしている間に、館内のみまわりをしていた。

私はミセスカトリーナと、ドナルド氏はミセスアリスとそれぞれ万が一の事態に備えて男女のペアになり別れて行動していた。

二階廊下――

私はミセスカトリーナと展示室横の廊下を歩いていた。

展示室には正面から入れるが横からも入れるような造りになっていた。

「横の扉も鍵穴は正面の扉と同じ形ですね」

ひとりでに言葉が漏れた。自覚はないが私は焦り始めているのかもしれない。

この異常な状況に動揺している。

このままここに居続けるのは間違いなく危険だ。しかし我々にはここから出る手段がない。

今もこうして館内を歩いて回っているが正直こんなことをしても何かが変わるとはとても思えなかった。

「二階はやはり特に変わったことはなさそうですね」

「はい、ですがロット様、一つ気になることがあるのですが」

「気になることですか?」

「ええ。気になるというか、違和感のような…」

「違和感、ですか」

「私たちは階段の方からこちらまで歩いてきました」

「はい、間違いありません」

「廊下を歩いて、二階の奥まで来ましたが――」

「?」

「なんだか、狭くなっているというか、天井が近くなっていると思いませんか?」

目を見開いた。

違和感。

言われてみると確かにそうかもしれない。

階段から奥に進むにつれ、天井が僅かだが低くなっている。

あえてこのような内装にしているのか、だとしたら何のために?

そういえばミスタートーマスが以前、壁がどうとか言っていた気がする。

それはこの天井の傾きにも関係しているのだろうか。

時間はある。気が付けば私は一階に下りる階段へと向かっていた。

天井を見ていた私が九に歩き出したことに驚いたのか、ミセスカトリーナが声をかける

「ロット様、どうなされたのですか?」

「いえ、少し天井が気になりまして、椅子を食事会場から持ってこようと思ったのです」

「天井をお調べになるのですか?」

「ええ、少し気になることがございまして」

階段を下りて一階の食事会場の椅子を持ち、再び二階へ。

椅子に乗り廊下の天井を触ってみる。

「やはり、凹凸がある。同じ配色の石造りになっているから凹凸に気づかなかった」

天井裏から穴を埋めるように置いてある。

それがここ一か所ではなく二階だけでも複数個存在する。

なるほど、そういうことか。

ならば、ミスタートーマスの言う説も濃厚かもしれない。

「やはり天井に穴が開いていました」

「穴が⁉まさか殺人犯はその穴からわたくしたちを?」

「ええ、そういうことだと思います」

動揺を隠せずミセスカトリーナが震える。

常に監視されることの恐怖は誰もが知っているだろう。それを人は本能的によく思わない。

落ち着けようとする言葉を自分が持つ語彙の中からひねり出す。

「落ち着いて下さミセスカトリーナ、このトリックさえわかってしまえばこれから対策のしようはいくらかあります。今はこの館を調べることに集中しましょう」

「ですが―」

「大丈夫です。私がなんとかします」

不安そうな表情を浮かべる彼女に笑ってみせた。

いくらか落ち着いたのか彼女は平静を取り戻し私の後をついてきた。

「さてと…」

廊下の突き当りの壁を触ってみる。

特に変わったことはない。

壁に目立つ凹凸があるわけでも壁が薄いわけでもない。

あるいは二階が特別なのか。確かに二階だけはほかの階と造りが異なっているが。

ならばやはり調べるべきは一階か。

ミセスカトリーナに一階までついてきてもらい、一階の調査を始めた。

「やはり怪しいのは子爵の部屋だな」

ゴルベット子爵の部屋のドアに手をかけ、部屋に入った。

「何度見ても慣れないな、この部屋は」

強烈な光景に、入ることに抵抗が生まれるが、ここに入らないことには始まらない。

しぶしぶ私はその部屋を漁りはじめた


三十分程部屋の中を調べているとあるものを発見した。

部屋の端に敷いてあったカーペットに僅かな窪み。

その下の床に床下収納のような取っ手を見つけた。

これか!

取っ手を引く。

床下収納。わかっていた。これはフェイク。

その収納のさらに下。底に敷かれた板をはがす。

見つけた。さらに取っ手。

テンポよく引き、その眼前には――

「階段だ。見つけたぞ!」

その声を聴きミセスカトリーナがドアの外から顔を覗かせる。

「何かありましたか?」

「いえ、ミセスカトリーナはそこにいてください!それと誰か来たらすぐに部屋に入って僕に知らせてください!」

そう言い残し、収納下にあった階段に足をかけた。

ミセスカトリーナは私のセリフにいくらか動揺していたようだが体がここで止まることを許さなかった。

一段ずつ降りてゆく。

明かりはない。

ただ暗い中、階段にあたる靴のソールの音だけが聞こえている。

視界が完全に消える程下りた。あるいはこの暗さがそう感じさせるのか。

とにかく階段を下りているその感覚だけを実感している時、足がもつれた。

段が有ると思い踏み込んだがなかった時に起こるあの現象。つまり階段を下りきったのだ。

しかし明かりがない以上これ以上進むのは危険と判断し、いったん引き返すことにした。

階段を上り床下収納から出る。床の扉を閉め、念のためカーペットを元に戻し上に敷き直した。これでここを見つけたことを悟られないだろう。

一度ミセスカトリーナに状況を聞こうとして、部屋を出た。

異変に気付いたのはその時だった。

ミセスカトリーナがいない。

しまった!この数分目を離したすきに何かが起こったのだ!

辺りを探すが彼女がいる気配はない。

一瞬思考が停止する。はっと我に返り気づいたら階段を上がっていた。

「ミスタードナルド!ミセスカトリーナが――」

「ちっ、こっちもだ。少し目を離したすきにミセスアリスがいなくなってた」

「そんなっ、二人は一体どこへ」

「わからない。しかしあれだけ怖がっていたのに一人で行動しようとするとは思えない」

「だとするとやはり」

「ああ、連れてかれた可能性がたかいな」

なんてことだ。二人を…

そこで疑問が生じた。

「いなくなったのはいつですか?」

「たった今だ。たった今気づいて、俺もあんたの所に行こうと思っていた」

「そんな。私もたった今です。急いで上がってきて――」

まさか。

今までずっと先入観で考えていた。

ゴルベット子爵が犯行に及んでいると。

しかし、よく考えれば一人でない可能性もあるのだ。

むしろ、一人ではないと考えるほうが自然ではないか。

こうなってくると殺しをしているのが何人か分からない。

二人かもしれないし、五人かもしれない。いや十人ということもあり得る。

状況が悪化しているように思えた。

「二人以上いるかもしれないということですね」

「ああ、そう考えるのが自然だな」

緊張が走る。

その事実を知り、急に寒気を感じてきた。

この事を全員に知らせなければ、そして、ミスタートーマスにも。



 

トーマス視点

「よし。まずはこの天井の穴の奥がどうなっているか調べるとしよう」

さきほどパウエル氏が指さした天井。何を見たのかはわからないが、確かに彼は天井を指さしたのだ。

「ジョージ君、すまないが天井を破壊できるようなものを探してほしい」

そんなものが簡単に見つかるとは思わないが、この天井を調べないことには始まらない。

「わかりました、しかし石でできているこの天井を破壊できるようなものがあるかどうか」

「うむ、もしかすると橋を破壊したダイナマイトやハンマーのようなものがどこかにあるかもしれん、使用人室や子爵の部屋を入念に探してほしい」

半ばあきらめ半分で了承してもらった。

「ポール君もジョージ君と一緒に探してくれたまえ」

わかりました、と二人は階段で一階へ下りて行った。

この天井を破壊するのは現実的ではない。それはわかっている。

私は気になっていた廊下の壁を調べようと思い部屋を出た。

廊下の突き当り、ガス灯の下。

壁が怪しいのは確かだが、特に変わったところはない。

私が考えていると、背後に人の気配を感じた。

背中に寒気を感じ、振り向くとそこには一人で部屋に籠っていたグリズリー氏の姿があった。

「おや、どうなされましたかミスターグリズリー」

「いや、さっきから物音がすごくて眠れたもんじゃあないんでね。何が起こっているのか教えていただけませんか」

取り乱していた時とは打って変わって今は穏やかな口調で話している。

「ええ、構いませんよ。しかし、立ち話も何ですので、座ってお話しいたします」

「それでは、ぜひミスタートマスのお部屋にお伺いしたいのですが」

「?私の部屋、ですか?」

「ええ、ぜひ」



ロット視点

ドナルド氏と合流した私はミセスカトリーナがいなくなったことを伝え、ミセスアリスがいなくなったことを聞いた。

するとドナルド氏があることに気づいた

「そういえばC班の連中は今どこに?」

その言葉を聞き、自分の注意不足加減に腹が立った。

一つのことに集中すると周りが見えなくなる性分は昔からだった。

「確かにあれから一度も見ていませんね、一体どこに――」

GAAAaaaaaannnnnnNN!!

銃声。この夜だけで何発聞いたか知れないあの銃声がまた館内に響いた。

「四階だ!」

ドナルド氏と共に走り出し四階に行くとグリズリー氏とミスタートーマスがいた。

二人がいる部屋の前で銃声があったようだ。

「ドアは開いている、入るぞ」

ミスタートーマスが先行して入り、私たちも後に続いた。

「彼は…」

「ミスターメイエル」

心臓を一発だった。正確には二発だが。

ミスタートーマスが彼の首に手を当て鼓動があるか確認する。

「だめだ、死んでいる」

彼は顔を横に振り、生存を否定する素振りを見せた。

「ミスタートーマス、天井に十五センチ平方の穴が開いているのはご存知ですか」

「君も気づいていたのか、私も先ほど気づいてね」

「おそらく犯人はここから銃口を出し狙撃しているんでしょう」

「ああ、その可能性が高い」

「そこで、犯人を捕まえるための方法を考えたのですが――」

私はこの時、この場にいる人たちにある作戦を伝えた。

この時点ですでに深夜の三時を回っていた。

夜明けは近い。

誰が生き残り、何人がここから脱出できるのか。

それは神のみぞ知る、結末。


5;00  トーマス視点

ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、

フザケルナ、フザケルナ、フザケルナ、フザケルナ、フザケルナ、フザケルナ、フザケルナ、巫山戯るな、巫山戯るな、巫山戯るな、巫山戯るな、巫山戯るな、巫山戯るな、巫山戯るな!

こんなことがあっていいわけがない。こんなことが――

「貴方はこれで終わりです。ミスタートーマス」

黙れ!クソガキがっ!まだだ、私はトーマス・ガーフィールドだぞ!こんなところで終わる訳にはいかんのだっ!

「私ではないっっ!嵌められたのだっ!」

「いえ、貴方の犯行を見た者がおります。どう足掻いてももうあなたは逃げられない」

「ふざけるなっ!こんな真似をしてただで済むと思うなよおっ!」

「あとは貴方をここで拘束して今日にでも向こう側の陸地に渡ることが出来たなら、警察に突き出してそれですべて終わりです。この館での事件も、貴方の人生も」

言わせておけば勝手なことをほざきやがってえええ~~~~!!

「待ってくれロット君、あれは仕方がなかったんだ、不可抗力だったんだ」

「そんな言い訳は通用しませんよ、ミスタートーマス」

もうだめだ!こんな奴らに付き合ってられるか!今ここでこいつらを…

    

    スコンッ



                      スコンッ



「弾を装填した!逃げてくださいっ!」

いやっっ!もう遅いっ!私の勝ちだあああああっっっッッッ!!

「ガアアあああああああああぁぁぁっあぁぁあああアアアアアアアアアアっっっっっッッッッッ!!!!」



           ドパアァァぁぁあンンっッ――



血しぶきが上がる。

視界が赤くなり、酔いが回り吐き気が襲う。

これで終わった。

見当違いも勘違いも思い違いも終わった。

私が終わらせた。

この館が私という人間を終わらせたのだ。

この先は、私ではない誰かが語るのだろう。

語るといい。

他の人間からはこの館での出来事はどう見えていたのか。

私にはここは楽しい狩り場に見えたのだ。



                         END


次章へ続く


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