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 自力でどうにもできない、他人に施された獣化の呪い。

 魔獣である上に不満もないのですぐには思いつかなかったけれど、「ヒトを止めさせられる」というのは一般に受け入れがたいことだ。他人の意思で強制的に元には戻れない状況にされるなんて、そうあることではない。

 なにかを強制される状況はいくらかあるとしても、「ケモノになって戻れない」なんていうのは程度が甚だしい。あのポメラニアン、でなく魔術師も「なんの罰かと思った」と言っていた。他国へ侵略未遂の罰である。それを考えたらわたしも犯罪者なのだけど、罪に対する罰としてこうなっているわけではないのだ。

 

『これはもともとすぐに人間に戻れる呪いです。神殿巫女ならあっという間に、放っておいたって五日もすれば勝手に戻ってるようなものです』

「あ、じゃあデルフィナさんも」

『それは無理ですけど』

「えっ」


 元に戻る方法はわからないって言ったじゃないですか。

 しかしながらまだ呪いが変質したことを伝えていないと思い出したので、簡単に事情の説明もしてしまおう。目を白黒させて半端に手を持ち上げたクラウディオさんに構わず、姿勢を正した。しっぽがぽすんと木を叩く。

 

『わたしの名前はデルフィナ、フィナと呼んでください。ユーシーア出身の魔弓使いです。ちょっと、……対立する、立場の人間と軽い諍いがあって、獣化の呪いをかけられたけれど、魔獣化しているのでおそらく変質してしまっています。』


 男の目がぱちり瞬いた。そのまま、口が開かれる前に言葉を続ける。


『もう普通の解呪は効かない状況ですのでこのまま生きていくつもりです。国に戻るつもりもありませんし、さしあたってこのあたりの環境をご教授願いたいのですが、クラウディオさんがご存じないのであればこの辺りにフェネックギツネのような動物は居ないのでしょう』

「え、ええと、スナギツネは居るけど、フェネック……? は聞いたことが、じゃなくて」

『ならば愛玩動物としてどこかで飼育してもらった方が良いのでしょうか。しかし動物のふりに自信はありませんし、やはり森のような隠れやすい場所に住みたいですね。この近くの森にはどういった肉食獣や魔獣が居ますか? ああ、あと、植生の違いも心配なのでこのあたりで一般的な植物を見せて頂けませんか。見慣れない動植物ばかりでは不安ですし』

「うちに動植物の図鑑はあるけど、て、そうでもなくて!」

『? ああ、敬語もいりませんよ』

「まずは! ……まずは、もう一度謝らせてください。デルフィナさん、本当に申し訳なかった。あなたにどんな事情があろうと、突然召喚されて、国から離されて、混乱したでしょう。こちらから連れてきておいて犯罪者かもしれないなんて思ったり、大変失礼なことをしました。」


 深く頭を下げられて、むうと唸る。謝られる筋合いはないと表したつもりだったのだが、謝ることで気が楽になることもあるだろう。邪教の生贄や研究対象にするわけでもなし、むしろこちらとしては連れてきてもらって都合が良かったほどである。

 ただ、それを納得してもらうために「勇者一行と名乗って他国の侵略を目論んでいました」とか伝えるわけにもいかない。謝罪を受け入れるだけに留め、ふたたび話にもどる。

 

『わたしのことはフィナ、と。動物に敬語を使うのも変でしょう? 気楽にお願いします。』

「いえ、でも」

『敬語は不要です。』

「わかり、……わかった」


 フェネックギツネのつぶらな瞳には逆らえまい。俺のこともクラウでいいよ、という彼にきゅんと返事をして、ふたたび石の魔力に念の声を送る。

 クラウさんの敬語は外させたが、わたしの敬語は癖なのでこのままだ。フェネックギツネと抑揚の薄い敬語の愛称はたぶんあまりよくないので、彼には申し訳ないことをする。

 わたしだって昔は、フェネックギツネほどでなくとももう少し可愛げがあったはずだ。勇者一行に加わる前なら、わずかばかりでも。

 思い出したところで元に戻れるわけもない。わたしがもう人間には戻れないように、過去に戻る方法なんてないのだ。小さく首を振ると、伸びたひげが鼻をくすぐった。


『それで、森のことなのですが』

「教えるのはいいけど、こっちが呼びつけておいて、森に放り出すなんてことはできない。まして君は女性なんだし、安全な場所に居るべきだと思う。男の一人暮らしだけどうちに居てくれてもいいし、ほかの、女性の魔術師が良いなら探す。人間に戻るのだって諦めなくていい。この国は幸いにして他国より魔術が優れているから、君の知らない反術だってきっとあるはずだ。俺はそんなに優秀な魔術師じゃないけど、きっと見つけてみせるから」


 翠玉が、真摯に輝いている。きちんと責任感のあるひとだ、とぼんやり思いながら瞬きをして、首を傾げた。

 

 あれ、もしかして、このひと。

 

『…………呪いと魔術、一緒にしていませんか?』


 首を傾げると、青年の顔も同じ角度に傾いた。そうなの、って、やはり呪いと魔術を一緒くたにしていたらしい。


「君の国では魔術のことを”のろい”と呼ぶのかと思っていた」


 シチューとトマトソースくらい違うものである。

 と言うものの、それ以上の説明はわたしにはできない。とにかく別物で、変質した呪いを解くのは物凄く困難なのだということだけ繰り返し強調して伝えた。酸の海に棲む魔獣くじらの(中略)縁談をまとめた男の話だけではなく、樹齢1500年の精霊樹に100年に一度だけ実る金の種を持ったりんごの芯をくりぬきクルミを詰めて甘く煮てクリームをかけたものを険しい雪山の上で原住民しか飲まない薬草茶とともに飲む、とか、他の話もいくつか。

 しかしその複雑さが仇となったか、クラウさんは「おとぎ話?」みたいな顔をしているのでキツネの口を尖らせた。おおよそ史実のはずだ。信じてもらえなくとも納得していただくより他はない。

 どれだけ反術を探したって、呪いはけして解けない。

 この国ほどでなくとも魔術の研究をし続け、呪いとともに生きてきた我が国の結論だ。

 

 かといって、この御仁の様子では「反術探しは無駄なのでお気になさらず! なにか困ったことがあったら頼るかもしれません、じゃっ!」と出て行くわけにもいくまい。気に病まれるくらいならいいけれど、森で生活を築く邪魔をされても面倒だ。

 別に、どうしても森で暮らしたいわけではない。

 要求を全て撥ねつけるより、こちらの都合の良い部分だけ受け入れるほうが話も長引かないだろう、と、めんどうくさがりの性根が口を出してきた。たしかにきっと、過度に負担にならないくらいの世話で償いになるのなら、わたしはこの辺りに慣れる時間が稼げるしクラウさんは罪悪感を解消できる。

 置いてもらうくらいなら、いいか。

 反術探しが不要なことだけ念を押し、まっすぐに翠玉を見つめて頭を下げた。これからしばらく、よろしくお願いします。右から左に振れたしっぽが、ぽふりと机を叩いた。







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