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眼前を駆ける青白い光に、これまでか、と目を瞑った。擦りむいた頬がぴりり痛み、取り落とした魔弓のことを考えた。12で一人前と認められてからずっと、片時も手放さなかったそれだ。
どうか、勇者一行に拾われてはくれるな、と思う。わたし、デルフィナは彼ら一行の一員ではあったが、拾われるなら捨てられていてほしい。草原に吹き抜ける風が傷つけられた緑の香りを届け、抵抗も諦めて手の力を抜く。
後方支援だというのに、将軍戦で前衛に出ざるをえないような状況だ。高く結んだ髪が無造作に暴れている。もともと出たときのまま帰れるとも思っていなかったから、仕方ない。後ろから、わたしの名を呼ぶ声がした。目を開ける、光、そして衝撃にふたたび瞑る。
(!)
瞼の裏さえ純白に光るほどの光が身を包み、足が浮き上がる。足首をくすぐる草が、一瞬にして消え去った。
(これはおかしい)
ぐらり不安定に傾く。眩しい。目を開けられないまま、両腕で顔を覆った。足に力を入れても、触れる先はない。
敵のことは、これでもよく知っている。あちらの放った光……呪いに、こんな状態を巻き起こすものはないはずだ。頭を揺さぶられる不快感に眉をしかめ、それからやっとぶつかった地面に両腕をついてへたりこむ。触れる感触は土でなかった。
意識して深く呼吸をすれば、揺れは治まってくる。鼻をくすぐる香りは慣れた森のそれではなく、洋墨と、乾いた砂の匂い。
暗闇を取り戻していた視界に光を戻してゆく。木机。開かれた本。手、褐色の肌をしている。衣服は筒を体に巻き付けたような見慣れない形をして、もう少し上に辿ると、こちらをまっすぐに見つめるエメラルドが輝いていた。
「え、」
その翠玉を中心に、見慣れない顔立ちを驚愕に染めている。黒髪の向こうに鏡があって、わたしはようやく自分がどうなっているのか理解した。
それから部屋を一瞥。木造りの家に床はなく、広さからして庶民家だろう。床のない家などついぞ見たことは無いが、隣の大陸に多いという知識はあった。つまり、ここは隣の大陸だろうか。
一瞬にして移動のできる距離とは言えないが、足元を見れば答えがわかる。白墨かなにかで書かれた円と複雑な文字、これはおそらく召喚術というものだ。わが国では魔術師十人は必要なのだけれど、ここに居るのは男一人。勇者一行の一員であった天才と名高い魔術師も、やすやすと行える術ではなかった。
人の良さそうな顔をして実力者なのか、それともこの国の魔術が我が国の十倍発展しているのか。どちらにしても実力差に警戒心を持つべきだったけれど、そうするにはわたしは疲れすぎていたし、諦めていた。必死に暴れたところで死期が早まるくらいのことだ。
「き」
そういえば、わたしが受けた「呪い」というものについて、まだ話していなかった。
呪いには、生涯苦痛を感じ続けるとか、風貌を変えるとか、理性を失わせるとか、様々な種類がある。魔術とは違って、滅多に命を落とさないことも特徴だろうか。そう、わたしに掛けられた呪いも命に関わるものではない。
まずもってして、勇者一行が戦いに赴いていた魔王の国は、ただ魔王という役職が納めるただの隣国なのである。どう言い換えても侵略者の誹りは免れない。
なぜ侵略などという話はまた後日にして、真実魔王を悪だと思っている勇者らとそうではないわたしが同行していた理由はと言えば、妹の手術費用のためだった。勇者一行に加われる実力を見せ、同行することになればその時点で莫大な報奨金が出る。その金で妹は手術を受け、無事に回復した。
とはいえ侵略者である。正義を成しているつもりの勇者らより、自覚あるわたしのほうが罪深いだろう。
さらに魔王国は戦争をしないと誓った国であった。自ら侵略することはなく、攻撃されたときにだけ反撃する平和的な国で、人を殺すことも好まない。相手の力を削ぐことに特化した呪いは、彼らの最も好む手段だった。命を落とさない上に、呪いが適切であれば解呪も容易なのだから。
中でもかの将軍がしばしば使っていた呪いが、わたしにかけられたものである。
視界の端で、大きな毛の塊が揺れる。頭上でぴくりと揺れる重みは今まで感じたことのないもので、座っているにしては木机の染みがほど近い。黒い鼻がひくりと動くと、男は見開いていた目をようやく瞬かせた。
「キツ、ネ……?」
先ほど確認した姿からするに、ただのキツネではなくフェネックギツネであろう。
これからはこういうところにこだわっていきたいものである。
いろんなことをすっとばして起結でハッピーエンドになるやつです