第一章 冒険者 9
錯乱するエルを宥め、宿屋に向かい説得するのに三時間かかった。リリーテルを亡きものにしようと武器を片手に飛び出そうとするのには肝が冷えたよ……
翌朝、俺は寝不足気味の身体に鞭を打ちベッドから起き上がる。
すぐ横には昨晩とは違い安らかな顔のエルがまだ眠っていた。しっかりと俺の右腕を、どこにも行くなとばかりに確保している。
エルは変わらないな。
どれだけ文句を言おうが反対しようが、最後には俺の側に居てくれている。
エルと引き合わせてくれた父さんには、感謝しないとな。
さて、ギルドへと向かう準備をしますか。
幸せそうに眠っているところを悪いが、エルにもそろそろ起きてもらおう。
「エル、起きて。もう朝だよ」
「ん…………」
身じろぎすると、薄く目を開けるエル。ゆっくりと起き上がると、何も着けていないのに身体を震わせながら伸びをする。
普段、あれだけ恥ずかしがり屋の癖に、こういう時は恥ずかしがらないのは何故だろうか。今度聞いてみることにしよう。
身体を伸ばし終えたエルが俺のことをじっと見つめて、ほっとしたような満足そうな、柔らかい笑みを浮かべる。
「どうかしたのエル?」
「へへっ、ハルトだー、って思って。何処にも行ってなくて安心したんだよ」
なんだこの可愛い生き物は。
不意打ちに、思わず顔が熱くなる。
「そ、そう…………ほら、そんなことより、早く冒険者ギルドに行くよ。盥と水持ってくるから、ちょっと待ってて」
「ハルト、照れてる? いつものお返しだよ、ばーか」
くっ、やっぱり普段わざとエルを恥ずかしがらせようとしている事には気づいていたか。
悪戯に成功した子供のようなことを言うエルは置いて、受付に向かおう。
◇
昨日よりは遅い時間になってしまったが、それでもギルドは混雑していた。中へ入りリリーテルの姿を探すと、食堂のカウンター席で一人ぽつんと食事を摂っているのが見えた。店主だろう人物が前でグラスを磨いているが、会話もしていない。
自分でも言っていたけど、本当に馴染めていないんだな。
食事中なのにフードを被った姿は、頑なに他を拒む態度が見えるようで少し心配する。
何考えてるんだ俺は。あんな性格の女、必要だから関わるだけで何とも思っていない。
「あ、居た。寂しそうに飯食って、あの女にはお似合いだな………って、ハルトどうした? 険しい顔して。さっさと声掛けようぜ」
「あ、ああ。なんでもないよエル。俺たちも行こうか」
知らず、険しい顔をしていたのか。
せっかくエルを説得してまで取り付けた縁だ。今更反故には出来ないよな。
食堂の間隔の狭い机の間をすり抜けて、カウンターへと近づくと、リリーテルは気配がしたのかこちらを振り向いた。
「もー、遅いやん、ハルト。ウチ待ちくたびれて先にご飯食べとるで? ほらほら、隣空いとるさかいにはよ座りぃや」
ぺしぺしと隣の椅子を叩いて、リリーテルが催促してくる。
こいつ、さらっとエルのこと無視してないか? ほんと性格悪いな。
「…………あたしも居るんだけど?」
「ん〜、なんやごっつ凶暴そうな声が聞こえるわ。ハルト〜、ウチ怖いよ〜」
「怖いよ〜、じゃない! あまりエルをからかうな!」
怖いよ〜の部分で俺にしなだれかかってくる芸の細かさには脱帽するしかない。
ただその胸部装甲の優秀さだけは褒めてやろう。
無駄なやり取りをさっさと席に着く。配置としては左から、リリーテル、俺、エルの順番だ。俺を挟み込むようにしないと何かあった時に困るから仕方がない。とりあえずで店主に果実水を二つ注文する。
しかし、これって見ようによっては朝から女を侍らせて粋がってる野郎にしか見えるよな……
「あれやな、まずは自己紹介しようや。あ、昨日みたいな名前だけのやつちゃうで? 冒険者としての自己紹介や。自分らが出来ることを、相手に教えるんやな」
リリーテルが、手を合わせて楽しそうに提案する。
「出来ること、か」
「せや。分けわからん人間と組んだってしゃーないやろ? せやさかい、自分はこんなんできますー、やからこういう役割は任せてください! みたいな感じで情報の共有をするんや。基本やで?」
考えれば当たり前のことか。
俺とエルは、長い間一緒に生活をしてきたし相手がどういうふうに動くか、どういうふうに考えるかが、何も言わなくてもある程度分かっている。だけど、これから組むだろう相手にはそれが分からない。
依頼を共にこなしていく中で、信用を得るためには必要だろう。ましてや、街から外に出たり迷宮に篭もるとなると、ほぼ間違いなく戦闘が発生する。少しの手間を惜しんで命を危険に晒すのは、それこそリリーテルの言うように【馬鹿】がすることだ。
「じゃあ俺からだな。名前は知ってるとは思うけどハルト。冒険者になる前は、農業の片手間に山で狩猟をしていた。自己流にはなるけど、剣と弓を扱える。魔法は【付与魔法】だけだな」
「なんや、【付与魔法】使えるんや。そんな感じせーへんかったけどなぁ」
驚いたように、リリーテルが言う。
鳥に襲われた時は慌てて使えなかったらんだよ……
ちらりと横目で、エルを促す。エルは渋々といった表情で話しだした。
「エリューシカ。ハルトの嫁。投げナイフと短剣、あと【生活魔法】」
端的すぎる言い方に俺は少し苦笑する。エルは気に入らない人間にはとことん態度が悪い。
「へ〜、一応は魔法使えるんやねぇ」
やめろ。エルの額の青筋が見えないのかお前は。
「リリーテルは見たことがないと思うけど、エルの【生活魔法】は普通じゃない」
「ん? なんやそれ。【生活魔法】って、火ぃ熾したりちょっと水出したり物乾かしたりするくらいの魔法やろ?」
「あー、なんだ。説明が難しい。実際に見れば分かるんだが……」
どう説明すれば良いか迷っていると、リリーテルが緩やかに、だがどこかいやらしさを感じさせる笑みを浮かべる。
……この顔、昨日も見たぞ。
「そっか〜、見な分からんかぁ。せやったら、ギルドの裏に訓練用の広い庭があるねん。そこでいっぺんエルちゃんと模擬戦してみよか」
いきなり何言い出してんだこいつ!
「ウチの戦い方も、ちょろっと独特やしな。紹介ついでにいっちょ揉んだるわ」
「……良い度胸じゃねーか。あたしも丁度誰かを叩き斬りたいと思ってたんだ」
斬っちゃだめ! 斬っちゃだめだからな!
「ちょっと待てよ二人共! 自己紹介って話だったのになんで模擬戦の流れになるんだよ!」
「いや〜、やっぱりこういうのは殴り合わなお互いの気持ちが伝わらへんやん?」
「情報の共有で殴り合うやつがどこにいるんだよ!」
どうしてこうなった。
エルはもう席を立ってやる気満々の構えだし、リリーテルはリリーテルでにやにやと楽しんでいる。
「で、場所は? 案内するならさっさとしろよな」
「話が早くて、お姉さん嬉しいわぁ」
リリーテルも立ち上がり、二人は受付横の通路の方へと歩きだしてしまった。
とりあえず、俺も後を追わないと……
席を立ち上がろうとすると、カウンターの向こうで今まで静観していた店主が声を掛けてきた。
「代金、三人分で2000neたぜ色男」
リリーテルどんだけ食ってんだよ!
リリーテル 女 26才
生命力180
魔力20
力7
守2
素早さ8
運5
スキル 【隠遁】6 【投擲】3 【弓術】2 【獣拳術】4 【????】─
【隠遁】……気配を絶つ行動に補正
【投擲】……投擲武器を使った戦闘、習熟に補正
【弓術】……弓を使った戦闘、習熟に補正
【獣拳術】……近接戦、身体強化の習熟に強補正
【????】……????