第一章 冒険者 8
明けましておめでとうございます。
これからも隔日ですが、着実に物語を進めていきたいです。
ステータスさんが本気を出すのは、もう少し後です。それまではハルト君の冒険を優しく見守ってあげてください。
◇
ヒロイン二人目、の筈だった(過去形)
「っぷはぁ! 滲みるわぁ、ほんま」
さぞかし渇いていたのだろう。ごくごくと喉を鳴らしてエールを飲み干すと、フードの人──改め、【リリーテル】さんは音を立てグラスを机に置いた。
「いやぁ、ウチな、あれやんか。【獣人訛り】キッツいやろ? せやさかいに、どうしても普通の人種と話すときは小そう言葉足らずになってまうねん」
「ははは……リリーテルさんは少し変わってるね」
「なんだよ……こいつ……わけわかんねーよ……」
獣人種の一部は、独特の抑揚と口調で話すとは、微かに聞いた覚えがあったけれど、これほどまでに強烈だとは思わなかった。
村を出てからまだ十日も経っていないが、驚くことばかりだ。
すっかり怒りもどこかに飛んでいってしまったエルも、俺の隣でエールを片手に呆れた表情を浮かべている。
「せやさかいに、どうも上手いこと冒険者ギルドに馴染めへんでなぁ。ずっと独りやってん。寂しいやん? ちっちゃい頃から育ての親の狩りやらに付き合うてたんで、山やら森やらで活動すんのはめっちゃ得意なんやけどなぁ。あ、親ってほんまの両親ちゃうで? 孤児やねんウチ。こっからずーっと北の寒村に住んどってん。育ててくれたんが二人共獣人種でな。ええ人らやで?」
一応ウチは人種やで。一応な、と笑顔でリリーテルさんが付け加える。
あっさりと重大な事実を告げられたような気がするけれど、大丈夫なのか?
「で、や。その寂しさを紛らわすために誰ぞええやつおらへんか探しとったら、田舎モン丸出しのあんたらがギルドの入口でモタモタしとったわけや」
お前が言うのか、寒村出身。
「何時までいちゃこらしとんねんしばくぞ、って思うてわざとすれすれで行き合うたんやけどな、そこでええことに気付いてん」
やはりあの時のフードはリリーテルさんだったのか。
「どうせこいつら田舎モンやし、ろくに下調べもせんと依頼に向かいよるやろで、後をつけて困っとるところをカッコよう助けたったらウチに惚れよるんちゃうか、ってな!」
控えめに言ってこいつ最低だな!
「で? いざパーティーを組もうと誘ったは良いが、なかなか切り出せずにいて、出てきた言葉があれか……とんでもないなお前」
もはや何も言うことはない、という態度のエル。
「いや〜、ウチ、人見知りやん?」
「どこがだよ!!」
エルが机を叩く。本日二回目。
それにしても……
リリーテルさんは今、フードを取り払っている。
髪は艶がある黒。ローブで隠れているが、どうやらかなりの長さがあるみたいだ。
瞳も黒で、覗いているとそのまま吸い込まれそうなほどに澄んでいる。垂れた目の上には、形が整ったが少し太目の眉。それがどこか愛嬌を感じさせる。
鼻は低く、唇も薄いが、顔立ちとしては纏まっている。
ローブの胸元は、何故気付かなかったのか?! と自分の失態を恥じるほどには膨らんでいる。それでいて俺より身長が低いとは畏れ入る。
つまり、とても端的に示すと、リリーテルさんは美しかった。
「ハルトも! デレデレと鼻の下伸ばしてないで何か言えよ! こんなやつに冒険者としての心得を教わるなんて死んでもごめんだってな! やっぱ胸か?! 胸なのか?!」
エルが鼻息荒く、俺に詰め寄ってくる。目が本気だ。
「いや、確かにエルの胸は貧相だけど──っああああ! 止めて! 肘はそんなに曲がらない!」
人種の関節の可動域を超えた動きを求めてくるエルを宥めて、なんとか開放して貰う。
昔は本当に大人しい子だったんですよ……
そんな俺たちを、リリーテルは至極冷めた目で見つめながら尋ねてきた。
「なぁ、ハルトくんとエルちゃんって、付き合うとるん? ウチ、お呼びでない?」
エルは、ここぞとばかりに胸を張り(張るほど無い)、堂々と宣言した。
「夫婦だよ」
顎を突き上げ、腕を組み偉そうに佇むエルは非常に満足げな表情だ。
こういうところは、昔も今も変わらずに可愛いと言える。
「ええ、俺から村を出る時に。少し遠回しな言い方にはなりましたが。エルは俺が【守る】って決めたんです」
「ふーん……散々、嫁を三本足鳥に突かれ回されとった癖に?」
じとり、とした目でリリーテルが俺を見る。
それを言われると……口だけの男と罵られても文句は言えない。
今回、リリーテルには本当に助かっている。
あのまま、俺たちが三本足鳥を追い払い続けていたところで、そもそもの原因が分からずに森を出るまで、延々と追い回され続けていただろう。
先のリリーテルの話にも出てきていたが、騒ぎを聞きつけて、奥地から魔物であるコボルトが現れていた可能性もあるのだ。
言うほどのことはある、のだろう。リリーテルが積み上げていた今までの経験と知識に助けられた……それが、どんな理由であれ、だ。
緩やかに、だがどこかいやらしさを感じさせる笑みを浮かべながら、リリーテルが言う。
「それで、や。ウチ、何度も言うけど、経験豊富やよ? そんな素敵なお姉さんに、おんなじパーティーでモノ教わる機会なんて、なかなかあらへんよ?」
下から見上げてくる女性というのは、あまり経験したことがないが威力があるな。更に、指を組み祈るようにするものだから、どこがとは言わないが、強調されて困る。ローブが身体の線を隠すという本来の役割を、その凶暴性に屈服して仕事を放棄したようだ。
俺が軽く困惑していると、横の席から、ガタリと音がした。
「はると、えるのこと、すてちゃうの…………?」
「いや、待て落ち着けエル。どうしてそういうことになるんだよ。ていうか怖い、怖いよその目。どうなってるのそれ。なんか【アンデット】みたいになってるからやめようよ」
立ち上がり、こちらを光の消え去った目で無表情に見つめてくるエルに恐怖を覚える。手は腰に差した獲物に掛かっていて、いつでも発射できる状態なのもそれに拍車をかけている。
俺はエルの方に向き直り、そっと手を握ってやり、優しく声を掛ける。
「俺がエルを見捨てるなんてことは万が一、億が一ないよ。エルと一緒だよ」
「うん…………」
おい、前のリリーテル。嘔吐く真似をするな。見えてるからな。
「俺はエルを【守りたい】 これは、絶対に変わることはないよ。だから、俺は今回は良い機会だと思うんだ。俺と、エルが成長するためにね。それが孤独を拗らせて、性格までおかしな方向にネジ曲がってしまったようなやつでも「なぁ、それってウチのことなん?」、そこに蓄えられた知識は本物だ。ここは、俺のためだと思って、エルがちょっとだけ我慢してくれないかな? 近くに孤独残念性格破綻美女「ハルト、もしかして怒っとる? 怒っとるよな?」が居るのは嫌かもしれないけど…………お願い」
俺が頭を下げると、目尻に涙を浮かばせながらも、健気にエルは頷いてくれた。
目の光が元に戻って助かったよ……これも全部隣のリリーテルのせいだ。【さん】なんて敬称、やつには勿体無い。
せいぜい、その知識と経験を絞り尽くしてやろう。
あと、その無駄に大きなモノをエルに分けてやってくれ。
「おい、リリーテル」
「うっわ、いきなり呼び捨て? カワイイ顔して言うやん?」
リリーテルが、戸惑ったかのような口調で笑みを浮かべるという難しいことをする。
無視して、伝えたいことをさっさと言う。
「パーティーなんていくらでも組んでやる。だからお前の【全て】を寄こせ」
「う〜ん、ウチが誘っといてなんやけど、その言い方ってアリなん? 正直……」
そこで一旦言葉を切り、リリーテルは、その底のない澄んだ目で俺のことをじっと見つめてくる。
段々と眉が下がり、頬が蕩け、心底大事なものを見つけたような表情で、こちらに回りこみ近づいてくる。
ついには密着し背中に腕を回し、その無駄肉の感触を存分に俺に味あわせるようにして、耳の横でそっと、最初に聞いた、夜の声でこう呟いてきた。
「ウチ、そういうの、めちゃくちゃ好きやねん」
ほなまた明日、と言ってリリーテルはギルドから帰っていった。
明日からは騒がしくなりそうだ。エル以外と組んで何かをやるってのは、父さん以来かもしれない。
エル、エル……………………あ。
「はる、と…………?」
絶対に振り向いてはならない。
リリーテルと約束した【明日】は、俺には来るのだろうか……
はたして、彼はどのようにしてこの二人を捌いていくのか。