第一章 冒険者 7
しばらくそのまま放心していた俺たちだったが、袋が飛んできた木の裏から草を分ける音が聞こえてきた。まだ何かあるのかと、身構える。
現れたのは、森で活動するにはそぐわないフード付きのマントを目深に被った小柄な人物だった。
エルが素早く俺の後ろに隠れた。二の腕に取り付くようにして引っついて…………て、い、痛いって! 力入れすぎだから!
はっきり言って怪しさ抜群の風貌なのだが、流れ的にはもしかすると、先程三本足鳥の群れを追い払ってくれた人なのかもしれない。
俺たちから声を掛けるべきなのだろうか。
身構えたは良いがやり場の無い手を彷徨わせていると、フードの人は何か話しかけてきているようだ。
あまり大きな音の無い森の中で聞こえないくらいの小さい声だ。聞き取りづらい。
エルが耳元に顔を寄せてくる。
「……ハルト、なんか伝えたいみたいだな……あたしは見動き取れないし……」
「そうだね。近づいて来てくれたら聞こえそうだけど、それはちょっと……」
二人でふらふらと答えの出ない会話をしていると、どうやらフードの人に聞こえたようで、先程よりかは声量を上げて話しかけてきた。
「…………………………大丈夫?」
それでも、今にも消え入りそうな声だが、確かにそう聞こえた。
怪しい風貌をしているのに相応しくない、澄んだ声色。エルが活力を与えてくれる明るい陽射しのような声色だとすると、この人は静かに皆を見守る夜の色か。
などとクサイことを考えていると、まだ声が届いていないと思ったのかフードの人が落ち着かない素振りをしだした。
「す、すみません。聞こえてます。予想していた声とは違って、とても綺麗だったので驚いてしまって」
二の腕の圧力が増したような気がする。
「三本足鳥を追い払ってくれたのはあなたですよね? 助かりました。俺じゃどうしようもできなくて戸惑っていたんです」
「…………………………かまへんよ」
「え?」
「…………………………別に気にしてない、って言った」
少し変わった抑揚のついた言葉だったので、思わず聞き返してしまった。フードの人は少しだけ視線を反らして気まずそうにしているから、故郷の方言か何かなのだろう。
フードの人は、少し姿勢を正すと「…………………………街に帰る。送るから来て」と言い、森の入口の方へと歩き出した。
身を案じている言葉からして、危害を加えるつもりはなさそうだから着いていくことに問題はないし助かるのだけれども……
「服、どうしよ……」
後ろから聞こえてくる、震えた声に俺は頭を悩ませるのだった。
◇
フードの人の案内で、無事に森を脱出して街にたどり着いたのが昼過ぎ。
道中、するすると森の中を音も無く歩く姿には目を見張った。
エルには俺の外套を貸してその場をしのいで貰ったのだが、薄着だったものが更に薄くなっていたので、ぎゅっと身体を抱きしめるように包まり非常に暖かそうにしていた。
顔が少し紅かったので、風邪を引いていないか心配だ。呼吸も荒かったし。すーはーしてたし…………エルはどこに向かうのか…………
俺たちは今、フードの人とギルドの食堂で向かい合っている。四人掛けの机にエルと俺、対面にフードの人といった格好だ。
予想通りというか当然というかフードの人も同じ依頼を受けていた冒険者で、ギルドまで一緒に来たのだか、俺たちが報告を済ませたところに声を掛けてきたのだ。
「えっと……話があるってことですが、どういった要件でしょうか?」
「…………」
気不味い。
とりあえずと注文したエールのグラスの取っ手を弄る。
かれこれ三十分ほどは無言で机で向き合っているだけだった。
エルなど、もはや我感せずといった風に料理を次々と注文しては平らげていっている。何処にその量が収まるのか教えて欲しい。
「もしかして、助けてくれたお礼に何かして欲しいのでしょうか。あ、もちろん喜んでしますよ。あまり金銭に余裕はないので少ししか払えそうにはありませんが……」
「…………………………違う」
フードの奥で、微かに表情を変えたように見えた。
室内でもフードを取らないことには、何か意味があるのだろうか?
声質からどうやら女性、しかもかなり若い俺と近い年齢だと推測できるのだけど。
ローブで曖昧にはなっているが、華奢で、先から見えている手や足は白く細い。とても冒険者には見えない。
フードの人は、机の上で手を組み合わせて、短く呟く。
「あなたたちは馬鹿だ、って教えたかっただけ」
言葉が、食堂の喧騒が無いかのように俺の耳に届いた。
エルにも聞こえたのだろう、食事を止め、フードの人に訝しげな視線を向ける。
「すると、なんだ。あんたはあたしたちを馬鹿にするためだけにここに呼びつけたっていうのか? ……場合によっちゃ、許さねえぞ」
「エル、落ち着け」
エルが、激しく机を鳴らし、喰らいつくかのように乗り出して睨みつける。
「確かに、あたしたちはあんたに助けてもらった。だけど、それだけだ。何の理由があってあたしが馬鹿だって、ハルトが馬鹿だって言われなきゃなんねーんだよ」
「だから、落ち着けって、エル。話は最後まで聞け!」
今にも飛び掛かりそうなエルを抑えながら、フードの人に尋ねる。
「それだけじゃ、良く分かりません。まだ、続きがあるんですよね?」
こくり、とフードの人が小さく頷く。
ゆっくりと、細く、だが確実に届く澄んだ声で話し始めた。
「…………………………三本足鳥、巡季草のニオイで発情する。この街では良く知られている事。縄張りもギルドで調べればすぐに分かる。多分、採取していたのが彼女だったから。雑に採取していたから葉や茎が傷ついて汁からニオイが服に染みついた。だから襲われる。特に人種の女性はあいつらの大好物でそれでなくても、襲い掛かってくるのに。あの森に入るのに、三本足鳥避けの【蛇剣草のニオイ袋】を持って行かないなんてあり得ない。そもそも、新人が二人で森に入るなんて冗談。せめて三人は揃えるべき。索敵、採取だけならば良いけど、もし魔物と戦闘にでもなったら? 奥地には【コボルト】だって生息してるし、何かあった時に即座に対応出来る経験豊富な人間を連れて行くべき。道具だってそう。拡張袋なんて、この街で持っている人は居ない。しかも装備はオーク製の初心者に毛が生えたような軽装備と、何を考えてるか知らないけど露出が多い私服もどき。そんな状態で希少な物を見せびらかすように持っていたら奪ってほしいと言っているのと同じ。索敵もお粗末。あたしに全く気づかなかった。かなりの時間、近くで見ていたのだけど気付いた? 私の【隠遁】スキルのレベルが高いというのもあるけど。せめて付与魔法で感覚強化くらいはしておくべきだった。私にほいほいと着いてくるのも減点要素。いくら恩人だって、フードも取らないような怪しい人物を信用するべきじゃない…………………………嬉しかったけど。とにかく、全部あかん。アホなことや。有名な冒険者の格言を知らへんの? 『冒険者は決して冒険をしない』 冒険者が冒険をするような時はなあ、死ぬ時っちゅうことや。優れた冒険者はな、依頼を受けた時には既に依頼は完了しているんやで。それだけ、準備や予行、経験は大事ってことなんや。つまりあんたらに足りへんもんは、準備と経験。それをいっぺんに手に入れるんやったら、誰かに教えを乞うのが正解ってやつやろ。せやなぁ、例えば、森で困っとるところを優しく助けてくれるような、頼りがいがある、めっちゃ理知的で経験豊富な、美人で、素晴らしい、人としても冒険者としても見本になるような、そう! ずばり、ウチの──「はい、そこまで」
どうしよう、これ…………
それにしてもこの人物、ノリノリである