第一章 冒険者 4
更新ペースがフラフラと定まりません。
2日に一回更新にしようか考え中です。
面談も無事に終わり、俺とエルはケンストの大通りを歩いている。
これだけの人混みを経験した事が無かったので圧倒されるばかりだ。
村では見ることのできなかった獣人種、あと、ちらほらとエルフらしき者の姿も見受けられた。
獣人種は、人種に差別されがちな種族と聞いている。身体に内包される魔力が限りなく少ないからだ。
アルル教にて、身体に内包された魔力も自然に満ちる魔力も、主神アルルメイアの加護であるとされている。
また、獣人種はその身体の何処かに獣の特徴が存在している。曰く、それが『魔と交わり穢れている証』らしい。
そもそも、アルル教は人種以外の種族に厳しい。
俺は、村で宗教とはあまり縁のない生活を送っていたので、偏見は持たない。
そもそも、魔力が主神アルルメイアの加護ならば、迷宮に溢れんばかりに存在する魔力についてどう説明するのか。獣の特徴など、ただの個性だ。今も目の前を通り過ぎた、兎のような耳を揺らして歩く獣人種の女性に視線が固定されてしまう。
これは、いいものだ。間違いない。
エルフとドワーフは、どちらも偏屈な性格で有名だ。
エルフは豊富な身体魔力を持ち学者肌で長命なため、あまり他種族と交流を持とうとせずに、森や山などの人里離れた場所に作ったエルフだけの集落で引きこもるのだという。
また、容姿が非常に優れている。特に女性は、人形めいた容姿に白い肌、長く尖った耳。更に、20代前後で老化が止まり美しさが長続きする。
そのため、奴隷として人種に狙われ続けた過去を持つ。
今は、『千年賢者』と呼ばれるエルフの長を筆頭に、エルフを奴隷にした者たちに徹底した報復を行ったおかげで、そうしたことは無くなっているという。
そういった経緯から、人種のことはあまり好きではないようだ。
ドワーフは何らかの職人や冒険者であることがあることが多い。小柄で、男女共に人種の8〜10才くらいの容姿だ。少しだけ尖った耳を除けば、人種と変わりはない。
但しその細い腕は、見た目からは想像出来ない膂力を発揮する。
『前衛ならドワーフか獣人種』と冒険者の間で認識されているくらいだ。その凄さが良く分かる。
魔力を身体に圧縮して利用しているのでは? と以前読んだ書物には記されていたが、詳しくは解明されていない。
手先も器用で、独自の美的感覚を持つために、大工、画家、鍛冶屋などの生産職もドワーフの独壇場だ。
しかし……
周りを見渡す。
人種の妙齢の婦人が、熊の身体特徴がよく出ている獣人種と和やかに笑いながら、品物の売り買いをしている。
逆に目をやると、出店の飲食席で、ドワーフ、獣人種、人種の冒険者だろう三人組みが、誰の活躍が一番かと言い争いながら酒を飲んでいる。昼間から酒を飲むほどに、良い報酬の仕事を成功させたもの達だ。仲が悪いはずがない。
旅の一歩目として、この街はかなり良いのじゃないかな?
前に進む身体が、ぐっ、と後ろに引かれて倒れそうになる。
何事か、と後ろを振り返ると、エルが吊り目がちな表情を更に尖らせてこちらを睨みつけていた。
唇を不服そうに曲げ、エルが言う。
「ここだぞ、冒険者ギルドは。あんなでかい看板が見えないくらいに疲れてるって暗に訴えているのか?」
眠気で回らない頭で、つらつらと考え事をしながら歩いていたのが良くなかったのか、エルが俺の袖を掴むまで、冒険者ギルドの前に着いたことに気付かなかった。
確かに、大きな看板だ。剣を持ち、魔物と立ち向かう女性が描かれている。
その下の本体である建物は、周囲の建物の二倍以上の大きさの頑丈そうな石造の二階建てだ。
開け放たれた両開きの入口からは、中のざわざわとした様子がうかがえる。
「ごめん、少し考え事をしていたんだ。別に怒ってるわけじゃないよ」
首筋に手をやり、謝罪する。
気をつけないと、エルは俺のことをよく見ているし、色々なことによく気づく。
「ふーん……考え事をしてた割には、綺麗な人が通る度に目がしっかりと追っていたけど? 特にさっきの兎っぽい女の人とか」
「気のじゃないかな? ほら、中に入ろうよそうしよう」
本当によく気づく。
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冒険者ギルドの中は、外よりはましだが、人が多かった。
正面には長く一階の半分を横切るようにして、木で出来た受付が何箇所かに分けられ設置されている。
受付内では、見目よく若い女性たちが忙しそうに業務を行っている。
入って左手には食堂があり、手前の机で、半鎧を着た一仕事をやり遂げた顔をした青年が、皿に盛られた大きな鳥の足を手に取り、美味そうに齧り付いていた。
食堂はかなり広いのだが、大部分の席は埋まっている。
この街の中に入れたのが、もう少しで夕方という時間帯だったからだろう。依頼から帰ってきた冒険者と鉢合わせてしまったのか。
受付にも、長めの列ができている。
「時間が悪かったね。もうそろそろで暗くなりそうだから、今日は諦めて宿を取りに行こうよ。睡蓮亭だっけ」
エルに視線を向けて、提案する。
「そうだな。ちょうど腹も減ってきたし、早く身体と髪を洗いたい」
少し艶の減った外に跳ねた赤い毛先をつまみ、エルは頷く。
「それじゃ、行こうか…………と、エル、危ない」
「ひゃっ!」
後ろから、入口あたりに固まっていた俺達に向かって結構なスピードで、フードを被った俺より少し小柄な冒険者が突っ込んできた。
エルは気づいていないようなので、腕を取り抱き寄せて回避した。
「ば、ば、ばか。いきなりは無理! ハルト、近いよ!」
「いや、ぶつかりそうだったからね」
鍛えているので、見た目は柔らかそうに見えないのに、触れると柔らかいエルの身体に触りたかっただけじゃないよ。ほんとだよ。
それにしても、あんなに足早にして、あの冒険者はどうしたのだろうか。
それに、あんなに小柄で冒険者なのか。戦い方が少し気になる。
採取や配達等のあまり力の使わない依頼を率先して受けているのかもしれないが。
知識に頼る方法もある。たしか、読み書きや計算が出来れば商会での依頼を受けることができると青年商人が言っていたな。
ふるふると何か震えていると思えば、エルが顔を髪の色に染めながら、涙目で訴えてきた。
「む……り……ハ、ルト。お願いだから周り見て……エル、恥ずかしい」
「? ……あ、ごめん。抱き寄せたままだったね」
受付の列に並ぶ者や、食堂の者から険しい視線を向けられている。
当然か。入り口のど真ん中で男女が抱き合っていればこうなる。特に若い男性の視線からは、軽い殺気さえ感じられる。
「さ、行くよエル」
「あっ! ちょ、待てってハルト! 歩くの速いって!」
俺はエルの手を引き、先程の小柄な冒険者ではないが、足早にギルドを立ち去る。
初日から街の人間や冒険者と問題を起こす気など、無い。
睡蓮亭に向かおう。
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門番が教えてくれた通りの場所に、睡蓮亭はあった。
外壁を、白と淡い赤で彩られた少し小さめの二階建ての木造建築で、看板には小さな花びらを幾重にも重ねた花が描かれている。
玄関を入ると、受付に恰幅の良すぎる女性が受付に座っていた。いかにもな女将だな。
こちらを見つけると、人好きのする、勢いを感じさせる笑顔を向けて話しかけてきた。
「いらっしゃーい! 冒険者かい? 見ない顔だねぇ! 二人は同郷? 仲良さげにしちゃってさぁ! オバサン、妬けちゃうよ!」
声が大きく、隣でエルがびくりと身体を震わせるのが分かった。
言動は変わってしまっても、こういうぐいぐい来る人が苦手なのは昔から変わらないな。
本当にここで大丈夫か、とエルに視線を向けるが、顎を引き了承してきた。
「はい。同じ村から来ました。とりあえず十日ほど宿泊して、続いて宿泊するかは、またその時決めます」
「あらぁ! 結構長いこと宿泊してくれるのね? それじゃあ、二人で一泊1200neだけど1000neにしてあげるわ! それだと、十日で10000neで銀貨10枚ね!」
「分かりました。全額先払いですか?」
「いんや、半額でいいよ。残りはここを出る時に鍵と一緒に返してくれりゃいいからさ!」
銀貨を取り出し、女将に手渡す。
毎度あり! と女将が代金を受け取ると、部屋の鍵を渡してきた。
「あえて聞かなかったけど、一部屋で良いね? あんまり夜は騒がしくしないでくれよ〜? 二階に上がって一番奥の右側の部屋ね!」
「さ、騒がしくしないっつーの! てか問答無用で一部屋とか……あたしは、別に良いけど……」
頬に手を当て身体をくねらせるエル。こちらに、期待しちゃおかなー、でもちょっと恥ずかしいなー、といった感じの視線を向けてくる。外に跳ねた髪先を指で弄るのは、照れている時の癖だ。
なんだこの可愛い生き物は……
「一部屋で結構です。エルも良いみたいですし」
「あ、あたしは、別にそこまでは……ハルトが良いならそれでも良いけどよ……」
「まあまあ! 若いって良いわねぇ! ハルト君に、エルちゃんって言うのね?! 私は【ガーベラ】よ! よろしくね!」
受付から身を乗り出したかと思うと、がっちりとエルの手を握り、上下に激しく揺さぶり歓迎を現すガーベラさん。
エルはされるがまま、身体ごと大きく揺れている。揺れているのだが一部………………これ以上はよそう。
「あ、あ、ハルト! 変なこと考えてんだろこら! てか、助け、」
「ガーベラさん、それくらいにしてくれますか? 俺たちも今日この街に着いたばかりで、くたくたなんですよ」
「あらやだ、私ったら……二人が可愛らしくってつい、ね? 」
片目だけを軽やかに閉じて、舌を少しはみ出させる。
凄まじい迫力だな。エルがやればもっと可愛いだろうか。
開放され、ふらふらになったエルを連れて俺は二階へと上がった。