第一章 冒険者 12
【三本足鳥の駆除】の依頼を受けると、俺たちは以前にも来た森へと向かった。巡季草の採取の時はかなり賑わいを見せていたこの森だが、今は俺たち以外の冒険者の姿は見当たらない。
「もうほとんどのやつは、寒の節に備え終わっとるやろからなぁ。寒なってから依頼こなす物好きはなかなかおらへんで」
「ここにいるけどね」
「仕方ないっての。金が無くなっちまったんだし。それに、あのエロ鳥を打ちのめさないとあたしの気が済まない」
エルが白い息を吐きながら、投げナイフを片手でもてあそぶ。
俺が不甲斐ないせいで、エルには迷惑をかけたからな。今回は準備万端、俺のやる気も十分だ。
「二人共、やる気なんはええけど、ちゃんと蛇剣草は持ってきたんよな?」
「ああ、持ってるよ。確か、檻の中に巡季草を置いて程よく近づいてきたところでこれを投げ込むんだよね」
「せや。ほんで、怯んだところを弓でいただくっちゅー感じやね。ちゃんと肉が痛まんとこ狙ってや?」
あまり派手に傷をつけると、買い取りして貰えないしな。
今俺が持っているそこそこ重い荷物も、必要だと思えば苦ではない。女性に荷物を持たせる訳にはいかないし。
あと少しだけ小さければ、拡張袋に入ったのだけど……
「それじゃ、早く行こうぜ! さっさと終わらせてあいつらの肉で祝杯だな!」
「え〜、ウチはまだエルちゃんの眼福な光景に期待してるで?」
「ないっての!」
「ほら二人共、じゃれ合ってないで行くよ」
じゃれあってねーよ! とエルが否定するが、傍から見たらそうなんだよ。リリーテルはにやにや笑うだけで何も言わないが、エルのことは嫌いではないはずだ……多分。
今から森に入るような雰囲気など感じさせないくらいに賑やかに、俺たちは森へ入っていった。
◇
鬱蒼とした森の中、周りより一回りも二回りも大きい木が並ぶ場所。
以前、俺とエルが襲われた場所だ。
入口あたりが、少し開けた草地になっており、そこに巡季草の罠を設置して、三箇所に分かれて見張っている。
まだ来ないのか……
あれだけの数がいた三本足鳥が、今はさっぱり姿を見せない。結構な時間、こうして待機しているんだが。
リリーテルは、設置したらすぐにでも寄ってくると言っていたんだけど、これはどうなんだろう?
ちらり、とリリーテルが潜む樹上を確かめると、やはり様子がおかしいのか、思案する顔だった。
俺の近くの草むらからは、エルの苛立った空気が流れてくる。
ゆっくりと、音を立てないように注意してエルに近づく。
近づく俺に気づいたエルが、こちらを向き話しかけてくる。
「……ぜんぜん来ねぇな、あのエロ鳥」
「そうだね、もしかして俺たちに気づいているのかな……」
「巡季草の匂いがしたら、猪みたいに突っ込んでくるんだろ? そこまで考えるような頭してないんじゃないか」
「何か見落としてるんだろうか……」
「ここまでしたんだから、あとは待つしかないだろ……くそっ、寒い……帰ったらあいつに一杯奢らせてやる……」
特に意味もなくリリーテルの懐が被害を受けることが確定したところで、三本足鳥の縄張りの方から何か騒がしい音が聞こえてきた。
「エル、配置に戻るよ」
「ああ……やっと来やがったか……」
舌なめずりするエルを置いて、元の配置に戻る。
弓を確認して、矢をつがえる。
音が大きくなってきた。そろそろか。
森の奥からは、三本足鳥の騒がしい鳴き声が近づいてきている。
けど、何か前と違うような……これは……
「ハルト! エルちゃん!」
いつもの茶化すような声色ではない、緊迫したリリーテルの声が辺りに響く。
「コボルトや! しかもえらい数がおる! これだけ近づかれたら逃げるだけは厳しいさかい、数減らしながら後退するで!」
「なっ、森の奥にしか出ないはずじゃ?!」
「なんでかはウチもわからん! とにかく戦闘準備!」
「へっ! 鳥じゃなくて犬っころが掛かったってか!」
けたたましい鳴き声を上げながら飛び回る三本足鳥の後ろに、直立歩行する狼の様な姿のコボルトが見えた。その目は、確実に俺たちを捉えている。
数は、十を超えるか。三人で相手にするのはたしかに厳しいな。
違和感はこいつらのせいだったわけか。
番えていた矢を、コボルトの群れに向かって放つ。
先頭を走る個体に命中し、怯ませることができたが、後ろから次々と押しのけるようにして後続が走り寄る。
以前の三本足鳥ではないが、どこか狂ったような形相で襲いかかるコボルトに、近くで矢を放つエルが舌打ちする。
「またこれかよ! こいつらも発情してるってーのか?!」
「いや、そんなことはあらへんよ! コボルトが人間を襲うんは、縄張りを荒らすかよっぽど飢えている時やさかい……」
「喋ってる暇ないから! 早く逃げるよ! エルは魔法で足止めお願い!」
「あー! りょーかい!」
早口に詠唱を終えると、エルの手のひらから、凄まじい風がコボルトに襲いかかる。
「とりあえず、こっちや! 数減るまで引き撃ちで対処!」
リリーテルの誘導に従い、徐々に森の入り口へと後退していった。