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第一章 冒険者 10



 無駄な出費を済ませて、エルたちを追いかける。

 受付横の通路は、リリーテルの言うとおり外へ繋がっていた。ギルドの敷地より少し狭いくらいの広めの中庭だ。素振りをしている者や、模擬戦だろうか打ち合っている冒険者の姿が見える。建物の外壁側には、木剣やその他の鍛錬用の武器も揃っていた。

 なかなか使い勝手が良さそうな場所だ。俺も本来なら鍛錬をしたいところなんだが……



 中庭の隅の方、あまり人気がない位置に二人の姿を見つける。

 エルは短剣型の木剣を両手に構えて、すでに戦意を滾らせている。リリーテルはといえば、その手には何も握られていない。ローブの中に隠しているのか?



 リリーテルがこちらに気付き、へにゃりとした笑みで手を振る。



 「ハルト〜、遅かったやんかぁ。せっかく腹ごなしにウチのかっこいいとこ見せよう思っとるのに。焦らしたらイヤやで?」

 「お前、あんだけ食って動けるのか……」

 「何言ってんの? あんなん腹五分以下やで」



 恐ろしい……



 「ごちゃごちゃ言ってねぇで、早く始めようぜ。ハルトが誰のものかってのを分からせてやる!」



 エルが威嚇するように短剣を振るい、リリーテルを睨みつけながら言う。

 それにしても、二刀流が気に入ったのだろうか。いきなり取り入れるのかよ。扱うには難しいように感じるのだけどな。

 もう止まらないだろうと、二人から少し距離をとってもう一度だけ確認する。



 「本当にやるの? 口頭教えてもらっても、十分だと思うけど」

 「ハルト、女には引けない戦いってやつがあるんだよ」



 少なくとも今ではないと思います。



 「ええこと言うやんエルちゃん……ほな、始めよか」



 特に気負うことなく、リリーテルが開始の合図を告げる。構えることすらしていない。

 エルはその姿を見て一瞬考えるような動きを見せるが、すぐに構え走り出した。



 「らぁぁぁぁッ!」



 素早い突きを繰り出すエルだが、リリーテルはするりと回転するように半身になり躱す。

 渾身の突きだったのか、エルが驚いた表情で固まる。



 「こら、戦闘中に固まるアホがどこにおんねん」



 隙だらけのエルを、横からリリーテルが軽く掌で押した……ように俺には見えた。

 空気が震えるような妙な音と共に、エルがかなりの距離を吹き飛び地面に転がっていく。



 「なっ!」



 何が起こったんだ?!

 あれほどの威力を出すということは、スキルを使ったのだろうか。いや、基本的にスキルは魔法を除いて戦闘や習熟を補助するだけで、物理法則を無視したようなことは出来ないはずだ。魔法を使ったようにも見えないけど……



 エルが片膝をつき、微かに震えながら立ち上がる。



 「ぐっ……やるじゃねぇか……」

 「お〜、まだ立ち上がるんかぁ。加減したけど、決めるつもりやったんやけどなぁ」



 ぷらぷらと手を振り、小馬鹿にしたようにリリーテルが言う。

 こんな時でもしっかり煽っていくのか。ほんと性格悪いな!



 「ほら、遠慮せんで良いんやで? 魔法でもスキルでもなんでも使うてきぃや」

 「…………余裕ぶりやがって!」



 エルが片腕を突き出し、詠唱を始める。

 って馬鹿! いくら煽られたからって本気じゃないかあいつ!



 「【生活魔法:火】(飛び散る火の粉)……喰らいやがれ!」



 突き出した腕の先から、火の粉とは言えない大きさの炎の玉が無数に飛び出しリリーテルに襲いかかる。おいおい、まずいだろこれ。 



 いや……これは……



 「ふ〜ん、ほんま変な魔法やねぇ」



 そう言ったかと思うと、リリーテルは散歩をするかのような気軽さで炎の玉に向かって歩き出した。するり、するりと地面を滑るかのように紙一重で避けきっている。



 どうなってるんだこれ……



 「くそっ!」



 全て躱され焦ったエルは、距離を取ろうとする。



 「あかんよ」



 そうリリーテルが呟くと、視界から消えた。



 え?



 「ほい。これでウチの勝ちやな」



 いつの間にか、エルの背後にリリーテルが現れる。エルの首筋には手刀が添えられていた。



 何が起こったのか分からないまま、エルが負けて模擬戦は終わった。






     ◇





 「確かに魔法は強いけどなぁ、ちゃんと当てられるとこで使わな役にたたへんで? まぁそこらへんは追々教えていくわ」



 食堂へと戻り、同じカウンター席で模擬戦の説明をリリーテルから受けている。

 エルはよほど悔しかったのか、先程から俯き一言も言葉を発していない。

 性格はあれだが、俺たちより経験を積んだ冒険者なのだから落ち込む必要はないと慰めたけど聞いてないようだ。



 「それより、最後のあれはどうやったんだ? 俺にはリリーテルが消えたようにしか見えなかったんだけど」

 「あれは【隠遁】のスキルやで。動き方やら工夫したら誰でもできるようになるで」

 「いや、出来ないからな? それに、あの凄まじい威力の攻撃は……」

 「ほら、ウチ獣人に育ててもろた言うたやん? 二人共えらい強かったからなぁ。色々教えてもろてん。【獣拳術】言うんやけどな。あと、弓とかも普通に使えるで」

 「最初からこうやって説明してくれたら良かったんじゃ……」

 「知らんな〜」



 リリーテルが楽しそうに笑う。

 とにかく、リリーテルが何が出来るかは分かった。戦闘も俺たちより慣れているということも。



 「で、ハルトの目に適ったやろか?」

 「うん。これからよろしく頼むよ」

 「…………あたしも、とりあえず認めてやるよ」



 エルが渋々といった顔で言う。

 だから、そんなに落ち込むなって。



 「けど、ハルトは絶対に渡さないからな! そこんところ覚えとけよ!」

 「あははは、エルちゃんはかわええなぁ」



 少しだけ威勢が戻ってきたようだ。安心する。



 「で、これからやけど、ウチと組んで色々教えながら依頼こなしたり訓練したりでええかな?」

 「そうだね。俺たちは迷宮に行きたいから、この街には中級冒険者になるまではいるつもりだし。それまでに基本を叩き込んでくれたら助かるよ」

 「よっしゃ! 任しとき! ウチが立派な冒険者にしたるさかいにな! ふふふ、実はもう用意はできとるねん」



 そう言うと、リリーテルがローブの中から何かを取り出し、カウンターの上に置く。

 どん、と音を立てて置かれたそれは、かなりの量の本だった……この量をローブに仕込んでいたのか?



 「まずはお勉強やね。自分ら知らんこと多すぎや。知識は絶対に裏切らへん頼もしい味方やで? これ全部覚えきるまで依頼受けへんからね」



 それにしても結構な量だな。俺は読書や勉強が嫌いではないし、苦にはならないけど……



 エルが、苦々しい顔でカウンターに積まれた本を見て言う。



 「………………これ、全部か?」

 「全部や」



 即答するリリーテル。エルが助けを求めるように俺を見てくる。

 エルはあまりこういうことは好きじゃないからな。けれども、これも俺たちが成長するために必要だから我慢してくれ。

 俺がゆっくりと首を横に振ると、観念したのか溜息をつきながらエルがカウンターに突っ伏す。



 「ハルトのため、だもんなぁ……頑張るさ」



 俺がそんなエルを慰めるように肩を叩いてやっていると、リリーテルが付け足してきた。



 「あ、でも身体は動かさな鈍るさかいお勉強は午前だけにしよな。午後からは中庭で訓練しよなぁ」

 「そうこなくっちゃな! 次は勝つ!」



 エルが、がばりと身を起こして目を輝かせる。

 勉強がそんなに嫌なのか……



 「じゃ、早速やろか。ここは流石に邪魔やから、二階に資料室あるし、そこ行こか」



 鼻歌でも聞こえきそうな機嫌のリリーテルが、ささっとカウンターの上を片付ける。

 資料室か。やはりギルドは便利だな。



 俺とエルは立ち上がり、早く早くと急かすリリーテルの後を追って資料室へと向かった。




 

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