第一章 冒険者
初投稿です。よろしくお願いします。
「いいかい、ハルト」
俺が幼い頃、いつも楽しみにしている、父さんの冒険者時代の話を聞いていた時のことだ。
病床でも優しい笑顔を崩さない父さん─ジークが、真剣な眼差しで語りかけてきたことがある。
「父さんの話を聞いて、旅に出たいと思うかもしれない。もし旅に出れば、色々なことを決断をしていくだろう。戦闘に、行き先に、時には恋に……辛いこともあるかもしれない」
「けどな、ハルト。そんな時は」
「【守りたいもの】を選ぶ勇気を。それだけは、失くしちゃいけないよ」
「……父さんは、駄目だったからね……」
そう呟くと、父さんは哀しそうに俯き、話を途切れさせた。
それまではただ漠然と楽しいものだ、と聞いていた俺の中で、何かが生まれた瞬間だった。
──旅がしたい。冒険者になりたい。
∼∼∼∼∼∼∼
「これで、準備は完了だ」
俺は目の前に揃えられた道具を見て呟いた。
父さんが亡くなってから十年。【人種】が支配する【主大陸アリシアス】の南西の端に位置する名も無いこの小さな村で、旅の準備を続けてきた。
山で動物を狩り、譲り受けた小さな畑を耕し、自給自足の傍らコツコツと資金を貯め、旅に必要であろう道具も行商人から買い揃えている。
旅の途中での危険に備えて身体を鍛え、父が教えてくれていた武術も自己流ながらに続けてきた。
「……父さん、【拡張袋】を使わせてもらうな」
アリシアスには、五つの【迷宮】と呼ばれる不思議な場所が存在する。
そこは、人とは全く異なる生態によって成り立つ害獣【魔物】の楽園だ。
今この世界に無数に存在する魔物は、その5つの迷宮から遥か昔に溢れ出したものの生き残り……とされている。
なんでも、人種が奉るこの大陸の一神教【アルル教】の神【アルルメイズ】が北の大陸に人種と共に大部分の魔物を封じ、または討伐したらしい。
その時に使われた神の力の残滓が、損なわれた力を取り戻そうとしている迷宮の中に現れ、形を成し、魔物を討伐するものに力を貸し与えてくれるとのことだ。
この拡張袋もそういったものの一つで、ものによって差はあるが、だいたい縦横10m前後までの容量を収納することができる。
俺のために父さんが残してくれたものの一つだ。
狩りの際にも非常に役に立ち、助けてくれている。
旅の道具を次々と拡張袋に収納していく。野営用の支柱と屋根にするための厚手の布、保存食が入った箱、替えの衣服と装備品……あきらかに入りそうにない物が拡張袋の口に近づけて念じた瞬間に吸い込まれていくのは、何度見ても慣れない。
何故か生きている物は収納できないので、悪事に使われることはないようだけど……
全て拡張袋に収納し終え、家の中を見回す。
本当に狭い、必要最低限の家具が備えられただけの一軒家。何も残すものはない。
「さてと、少し身体を動かしてから休むとしますか」
まだ出しておいた長剣サイズの鍛錬用の木刀を手に取り、畑の横の空き地へと向かって、軽く素振りを始める。まだ日は高いが、明日には旅に出るのだ。早めに休み、体調を整えた方が良い。
しばらくすると、村の方から人が来るのを見つける。
外れに位置する俺の家に来るような物好きは、この村には一人しかいない。
「まーた戦闘ごっこしてるの? よく飽きないよな」
「……と言いつつ、付き合ってくれているやつが目の前にいるんだけど」
「そんなやつはこの世に存在しねえよ」
不服なのか、視線を逸しながら顎の辺りで外に跳ねたショートボブの毛先を弄るのは、幼馴染のエリューシカだ。
親が亡くなった俺のことを心配して、よく家事や狩猟を手伝ってくれている。本人曰く『仕方ないから』だそうだが、すでに十年以上の付き合いだ。照れ隠しなのは分かりきっている。
「可愛い通い妻が折角様子を見に来てやったのに、いつも通り鍛錬がー旅の準備がー、ってしやがって。たまには気の利く台詞の一つでも吐けってんだよな」
「エリューシカが可愛いのは身体の一部だけだろ……」
「……ぁあ? チビハルトが……なんか言ったか?」
非常にスレンダー(主に胸部装甲)で背の高いエリューシカ。対して、俺は背が低くガッチリとした体格。髪の色も、俺が暗い青ならあっちは明るい赤。瞳も同じで、タレ目と吊り目。何につけても対象的だと我ながらに思う。
「それに、エリューシカって呼ぶなって言ってるだろうが。エルって呼べよエルって」
「それに……」
「ん? なんだよ」
「嫁じゃなくて、恋人、だろ。いつか旅に出るからエルとは結婚出来ないから、俺は諦めて村の他の男を探せって言ってるのに、涙ながらに『エルはハルトじゃないとダメだもん! 旅に出るまでの間だけでもいいからエルを彼女にし「っよーし! 鍛錬! 修行! 稽古! さっさと構えろ、ハルト!」」
慌てて自分の鍛錬用の短剣型木刀を構えるエル。顔真っ赤ですけど?
幼い頃は、今のような口調ではなく大人しく消極的な娘だった。それが一緒に鍛錬や狩りをするうちに、だんだんと今のような性格と口調になってきた。感情が振り切れると、昔の口調に戻るのは無意識らしく恥ずかしいらしい。
口ではとやかく言うが、今まで尽くしてきてくれたエルのことは大事にしたいし、愛している。
やる気満々な構えを見せるエルに、軽く手を上げ制止する。
「いや、今日はもう終わりだよ」
エルが首を傾げて、こちらを訝しげに見つめる。
「あ? んだよ、いつもあれだけ熱心にやるってのに」
「ああ、準備が終わったからな」
「……え」
「旅の準備が終わったんだ。俺は明日にはこの村を出る。エルは村に残るんだ」
構えた木刀が滑り落ち、地面を叩く音がやけに響いた。
エルはまだ、信じられない、信じたくないのだろう。背を丸め俯く姿はどこか昔のエルを思い出し、俺は罪悪感に心が潰されそうになる。
──こんなに尽くしてくれたのに?
──こんなに自分も好きなのに?
何度も考えたことだ。今だって迷いはある。
「旅は危険だ。盗賊に襲われるかもしれないし、魔物だって出る。突然病気になるかもしれない」
「……」
「俺はエルには幸せに暮らして欲しいんだ。だから、エルは村に残って」
「……っ!」
「あ、おい! 待てよエル!」
逃げるように、村へと走り去るエル。
何も言わずに、ただ村を去るといったことは考えられなかった。エルに俺の気持ちを伝えたかったし、そうすることで、責任を果たしたことにしたかったからかもしれない。
∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼
翌日。
まだ朝の早い内に村を出ようと思い、拡張袋を背負って入り口の門に向かって歩いていた。
今の俺は、【オーク】という豚と人の悪い処を掛け合わして出来たような魔物の革から作製された軽鎧に、履き慣れておいた旅用の丈夫な靴、使い慣れた片手長剣を腰に、反対には短弓と矢筒を、更に雨風を凌げるように臙脂色の外套を纏った姿だ。
全て、行商人から購入している。
若い彼は鍛錬に興味を示し、話が弾んだ。お陰で仲良くなり、格安で装備を譲って貰えることになったのだ。旅の途中で、会うことがあるだろうか?
あまり村の住人に騒ぎ立てられたくないので、足早に門を通り過ぎる。
が、それを遮るように、横から人影が飛び出してきた。
「………………」
現れたのは、いつもより赤く腫らした目を、縋るかのようにこちらに向けるエルだった。
厚手の上着に俺が鍛錬の際にと贈ったポケットが多いベストに裾が縛れるハーフパンツ、腰にはいつもの木刀の代わりに短剣がベルトで吊るされている。それに背には薄手の足首まである若草色のローブを靡かせている。
完全に旅支度ですね。
「やっぱり、無理だもん」
「もんって……エル、俺は」
「絶対ついていくからっ!!」
半ば絶叫じみた声を上げ、こちらを睨みつけてくるエル。
度々見る機会があったけど、こうなったエルは簡単に説得出来ないのは理解している。
「もう一回言うけど、旅は危険で「知ってる!」」
「盗賊にだって「負けないし!」」
「魔物「蹴散らしてやるよ!」」
「病「風邪も引いたことないの知ってるよな!」」
だんだんと調子が戻ってきたのか、グイグイと物理的にも精神的にも押してくる。今ではもう鼻先が付きそうなほどの距離だ。
「投擲ならハルトにだって勝てるし、魔法だって少しは使える! 料理だって……っ! それに、お前が守ってくれるだろ?!」
「……分かったよ」
俺がそう呟くと、今までの勢いを潜め、こちらをジッと見つめてきた。頬は興奮からか染まり、髪から瞳、頬と見事に赤一色だ。少し可笑しい。
「……何笑ってんだよ。それに、分かったって何がだ」
「エルがやっぱり可愛いなって思ってね」
「なっ?!」
おー、これは凄い。まだ赤くなるのか。
「お前……フザケてるのか?」
フザケてないよ、エル。
お陰様で、俺は決断することが出来た。
「村長に任せていけば大丈夫だと思っていたけど、気が変わった」
「と、という事は?!」
「ああ、旅に付いてきてくれエル」
「もう残れなんて言わないし、エルを離さない。俺の初めての【守りたいもの】はお前だ」
俺はエルを抱きしめる。選んでくれた、愛しい女を。痛いかもしれないけど、強く、強く。
エルは少し驚いたのかビクリと震えたが、答えを返すかの様に、そっと両腕を俺の背中に回した。
「……やっとかよ……ばーか……」
次回、ステータス表記あります
2016/12/18投稿予定です。以後、毎週日曜日更新です。