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1章 第5話 理屈と感情

――速く、早く、速く!!



 俺はセバスチャンに向けて駆ける。駆ける。駆ける。



 油断した俺の頭をガツンと叩いて割ってしまいたい衝動に駆られながらも、俺は足を止めない。


 風の加護

 疾走針

 重力の聖霊


 ありとあらゆる移動速度を速める術を行使して俺は駆ける。術をかける三秒が惜しい。彼女ところにたどり着くための一秒が、一秒が惜しい。



 見たくなかった。彼女の死に顔を。

 殺されたくなかった。人ですらないNPCに。

 守りたかった。その死に顔を見たくないから。



 結果、俺は何回も、何十回も、何百回も、何千回も、何万回も、何十万回も、何回も、何回も、何回も、何回も、何回も、何回も、何回も、何回も彼女を見殺しにした。

 


 彼女の死に顔を見るたびに最初は吐いていた。

 あるときから、涙も出るようになった。

 そして、嘔吐はせずに涙だけ出るようになった。



 ただのゲームキャラ。


 

 何をそんなに執着しているのか、自分でも分からなかった。

 ただ気持ち悪かっただけの彼女の死に顔があるときから、悔しさと無念、そして怒りに変換されるようになった。



 ――オマエを必ず殺して、この子を救ってみせる。



 彼女を殺した奴の顔は必ず覚え、必ず殺した。

 転んで死んだときは転んだ道を破壊したこともあった。

 悪気のないNPCと肩がぶつかったら、次のループで悪意など関係なしに殺したこともあった。


 そんな時、決まって彼女は泣いた。


 ごめんなさい、と。

 そんなことはしないで欲しい、と。

 そんなことを続けていたらあなたはきっと壊れる、と。


 意味が分からなかった。

 だが、その意味を知るときはすぐに来た。



 妹が虐めにあっていた。

 理由は子供同士によくあるなんでもないようなことだったと思う。

 

 俺は頭が沸騰するかのような熱を感じた。

 周囲の静止も聞かず、家を飛び出した。



 気づいたときには、俺の前には複数の小学生くらいの子供が青あざを沢山作りながら、土下座で謝っていた。


 子供に手をあげる高校生とその妹。

 保護者の中で噂になり、問題になり、同級生や生徒に伝染するまでそう時間はかからなかった。


 人間関係は一度木っ端みじんに壊れれば修復はできない。

 ひょっとしたらできる人もいるのかもしれないが、俺たちには無理だった。


 そして、妹は学校に行かなくなり、俺も学校に行かなくなった。

 見かねた両親が転校を提案してくれたのは、フットワークの軽い両親の元に生んでくれた神様に感謝をした。





 幸いにも、転校先で妹が虐められることはなかった。

 俺はというと、両親の腫物を触るかのような態度と周囲の人間との価値観に馴染めず、形ばかりの友人がいる程度の当たり障りのない程度の学校生活に落ち着いていた。


 妹は転校先で徐々に友人もでき始めると、俺に事あるごとに構ってくるようになった。

 VRゲームも俺との会話づくりに始めたと父親が言っていた。おかげで、妹とは普通に気安く喋れる唯一の人間となっていた。


 妹は俺をおちょくり、ふざけ合い、一緒に笑ってくれた。


 もしかしなくても、妹なりに罪悪感があったのだと思う。

 そんなことは思う必要がないのに。



 悪いのは俺だ。

 ゲームと現実の区別がつかなくなり、ゲームの価値観を現実に持ち込んだ。


 唯一幸福だったのが、現実の俺が非力であったことだ。

 ゲームのようなステータスを持っていたとしたら彼らは肉の塊へと変わっていただろう。



 友人とも両親ともも溝が深まる俺は、一層ゲームへの世界へと入り続けることになった。

 だが、少しだけ価値観の変化があった。


 明確な敵対行為じゃない限り自分が守ってあげればいい、程度の小さい変化だった。

 転びそうなら支えてあげればいい、ぶつかりそうなら盾になってあげればいい。



 そんな小さいが大きいプレイスタイルの変化。



 気がつくとカミ少女はよく笑うようになっていたと思う。

 そんな彼女を見て、本当に『守ろう』と思ったのはいつからだろうか。



 俺は名前も知らない彼女にまた惚れていた。



 彼女を害そうとするものにはこれまで異常に苛烈になっていたのものこの頃からかもしれない。




 キィーーン!!



 耳に響く金属同士の衝突音が草原に轟く。

 少年の手に握られた日本刀は彼女の眼前に迫った凶刃を寸でのところで受けてめ、力任せに弾き返した。

 尋常でない運動エネルギーを与えられたそれにより、男は地面を抉りながら後退をさせられる。


 凶刃を放った男の顔には驚愕と愉悦を混ぜた表情が浮かぶ。

 少年の背後にいるカミ少女もいつの間に目の前にいた少年に目を丸くしている。

 


「セーバースーチャーン? なぁに勝手に逃げてんだ? てめぇ」



 少年の声には狂気が見てとれた。そのこめかみには青筋が浮かび、憤怒の表情が浮かぶ。



「おやおや、粗暴な口ぶりですね。先ほどまでの余裕ぶった紳士さんはどこにいったのやら」



 セバスチャンは態勢を整え、刀を持ち直すと軽く肩を竦める。



「あ゛? 俺の大事なモン殺そうとしているやつに気にかけてるほど俺の精神は育っちゃいねぇよ」



 少年は興奮していたが、その構えに一切の隙はない。



「フフフ、あなたは面白いですね。実に面白い。なぜ、あなたは姫をこんなにも懸命に守るのですか? あなたから受けるこの殺気は尋常でない。いえ、異常です。狂気といってもいいでしょう。だからこそ、分からない。なぜ、あなたはそんなに必死にこの人を守ろうとするのですか? まさか惚れている、なんてつまらないことは言わないでくださいよ」



 セバスチャンは見透かしたかのように笑う。


「なぜって言われてもな。俺が守りたいと思ったモンをお前に分かってもらう必要なんてあるのか?」


 少年は鼻を鳴らしセバスチャンの質問を拒絶する。


「そうですね。私はあの方を殺そうとしている、そしてあなたは守ろうとしている。理解したところそれは詮無いこと。必要なのは――」


「お前を殺して俺はコイツを救う。それだけだ」


 セバスチャンは被せた少年の言葉を聞くと、愉快そうに薄く笑うと刀を突き出すように構え、腰を落とす。


「ますますいいですね。その思い上がり、”また”殺してあげますよ」


「……おい、またってどういう~~――ッ!?」


 少年が疑問に感じた表現の真意を聞く暇もなく、セバスチャンは少年へと距離を詰め突きを放つ。少年の真後ろには盾聖に囲まれたカミ少女。だが、セバスチャンの刀にはこの盾聖の防御が無意味ということを知っているため、少年の選択肢はこの突きを逸らすか止めるの二択しかない。


 高い金属音が響く。

 少年の刀によって、セバスチャンの高速の突きは刀の腹で辛うじて止められた。

 現実的には神業的な防御だが、超難易度のこのゲーム、平気でこのくらいをやれなければこの場にはいられない。


 少年は左奥歯を意識して噛み合わせる。



 マクロ術式、【悲愴の矢倉】



 前方数十メートル先、つまりセバスチャンのすぐ背後に木でできたプレハブほどの大きさの倉が出現する。だが、その構造は壁に無数の50センチメートルほどの穴が空いている。


 出現した倉の無数の穴から放たれるのは、その数に応じた槍だった。


 槍の雨。

 横に飛ぶから槍の奔流とでも形容すれば正しいそれらは、少年の視界を埋め尽くす。前方のセバスチャンはその槍の奔流に気づく様子はない。それもそのはず、悲愴の矢倉の構築は気配や音といったものが一切発生しない。厳密には音の聖霊により遮断される。よって、気づく道理はない。


 ここまで少年がセバスチャンの刀を受け止めてわずか二秒。


 このままいけば、セバスチャンは槍に貫かれ残った槍たちが少年やカミ少女に向かおうとも少年はこの槍を無効化できる用意はあるし、カミ少女には盾聖がいる。前方にいる少年が槍の数を減らせばまず、七千いる盾聖が尽きることもない。万が一セバスチャンが後ろに気づき槍を対処している間に少年が後ろから攻撃すれば終わる。



 このままいけば勝てる。



 そんな単純なことを少年は思わない。


 

 セバスチャンの背中に槍の雨があたる直前にそれは起こる。



 反射術式【リフレクトクライン】



 来た攻撃を威力、角度、数、広さ関係なくそのまま跳ね返すチート術式。セバスチャンだけが持つこの術式の発動は戦闘中は確認されていた。開始早々安易に大規模戦略魔法であるところの至高魔法を使えない理由にこれがあった。これが確認されるときはどれも絶妙なタイミングで、大体これを使われたが最後、カミ少女か自分が殺されることになる。

 だが、この魔法は一度しか使えない。これは自身のよる経験とプロの検証結果に由来する。

 少年は狙い通りにリフレクトクラインを消化させたことにほくそ笑む。


 反射された槍は、悉く倉へと反射し、受けた倉は消滅する。


 少年はセバスチャン刀をそのまま押し返すと、素早く斬りつけるがセバスチャンに受け止められつばぜり合いの形へと移行する。


「さすがですね。その表情から察するに今のは私の反射を使わるための手ですね。あの程度の攻撃でも今の弱体化した状態ではさすがの私も危ないですからね。あなたは本当によく私のことをご存じのようだ」


 セバスチャンの顔が醜悪に歪む。少年はセバスチャンの言動の違和感に顔を顰める。


「さっきからまるでお前、俺と戦ったことあるみたいな言い方だな?」


「私はあなたのことなど欠片も存じ上げません。ただ、あなたは私をよく知っている、と思ったのです」


「どういう意味だ?」


「いえ、簡単な話ですよ。私は誰とも本気で戦ったことがない。少なくてもあなたの知るこの世界では。なのにあなたは私の力を知っている、いえ、これは受けたことがあるとしか思えないほどの反応をする。これが導き出す答えは簡単です」


 セバスチャンは刀を握っている手を離し、片手にどこからか出したもう一振りの刀を取り出す。

 少年の顔色が驚愕に染まる。


 少年が今までプレイしたセバスチャンとの戦いでセバスチャンが使う武器、技、思考、パターンは嫌と言うほど頭に入っていた。その中に二刀使うセバスチャンのデータは一度もなかった。


 先ほどの瞬間移動ともいえる脱出、そして今回の二刀。とてもではないが前回攻略率96%から差分4%を埋めるような密度の戦いではない。


「~~~―――クソッ!!」


 セバスチャンは無防備な少年の腹を一閃する。少年のHPは半分ほど削れ、斬られたから箇所から血が噴き出す。


「おやおや、過去の私はやはり二つの刀を使いませんでしたか。それはそうでしょう。私は例え死ぬことになってもこの刀を使ったりはしないでしょうから」


「チッ。それなら最後まで使うんじゃねぇよ」


 少年は腹を抑えながら、セバスチャンと距離をとり悪態をつく。このゲームが炎上を拍車させた理由の一つに痛覚の問題があった。簡単に無双状態を楽しみたいユーザにそんなものを求めるものは少ない。普通ならば設定で痛覚を設定できるのだがこのゲームはその設定コンソールが存在しなかったのだ。


 痛覚といっても、頭を鈍器で思い切り殴られればハリセンで思い切り叩かれる程度には軽減されている。だが、少年は腹を切られた。それは、眩暈もするような痛み。


「いえいえ、これは試しですよ。今までどんな攻撃にも対処していた方がちょっとした奇襲に対処できない、というより始めから想定していなかったかのような態度を取る、それは今まで私という敵と何度も、それも途方もない数、相対していたということになりませんか? いえ、答えは求めていないのです。事実そうなのでしょう」


「……」


「それはともかく、あなたの傷をみてください」


 そういうとセバスチャンは少年に傷を見るように促す。少年は訝し気にセバスチャンを見ながらも自身の押さえている傷を確認する。



 そこに傷はなかった。



「そう、私が所有しているこの刀は斬りつけた相手を一定時間の後に治すという特性を持っています。残念ながら失った体力は戻りませんがね。これはいわゆる拷問用というやつです。私はこの刀が嫌いでしてね。実戦で使ったことはありません。やはり刀は殺すためだけにある。そうは思いませんか?」


「話が進まないな。結局、お前は何が言いたいんだ?」



「まぁ要はあなたが私と何回も戦っていることを私は知っている、とこう申し上げたいわけです」



 少年はいささか困惑気味だ。ゲームのキャラクターがゲームのように何回も繰り返していることを示唆してくるなどなんと世界観潰しではないかと。


「で、それが何だっていうんだ」


「いえね、本当に純粋に聞きたいのですよ。なぜあなたがそんな痛い思いをしてまで彼女を守ろうとするのか?」


 それは冒頭の繰り返し、なぜか? それを少年は考える。

 初めは一目惚れだった。このゲームキャラに一度会いたいと思ったのがきっかけだった。

 次に会ったのは妹への贖罪だった。妹の気持ちが籠ったプレゼントをしっかりとやり遂げたかった。

 しかし、いつからか彼女と接しているうちに自分の心がそれだけではないと思った。

 簡単に死んでしまう少女、目を離せば死んでしまう少女、自分が守らなければ、と。

 彼女の死に顔を見たくなかった。最後エンディングに連れてあげていきたいと思った。

 

 この死が近すぎる少女に幸せになってほしい、と本気で思った。ただのゲームキャラである彼女に。

 それはゲームに自主回収、返金騒ぎが起き、プロが匙を投げたときに一層強くなった。



 『自分だけが、彼女を救える』



 使命感といってもいいのかもしれない。世界に捨てられた彼女を自分だけが救えるという勘違い。 

 それは執念だった。


「理由なんてない。俺がこの子を救いたい。それだけだ」


 それだけ。

 どんなに言葉を尽くしても、どれだけ多角的にみても根底にあるのはその【感情】だけなのだ。


 少年の言葉を聞いて、セバスチャンは満足そうに微笑む。


「そう正解です。そういう答えこそ私は求めていた。あなたはこの世で最も信用できるものを知っていますか?」


 少年は、右奥歯に仕込んだ自動回復の術式を起動させながら、時間稼ぎも兼ねてセバスチャンの質問について試行する。


 この世で一番信用できるもの。

 

「お金とかか?」

「不正解です」

「なら愛情か?」

「近いですが、不正解です」


 愛情に近い、少年は一瞬嫌な答えを想像してしまう。


「まさか友情とか言わないよな? 俺とお前はもう友達だとか」

「ハハハ、そんな虫酸の走ること私が言うわけないでしょう」


 セバスチャンはいつの間にか刀をどこかにしまっており、やれやれといったポーズを俺へと向ける。少年の眉間のシワが深くなった。


「答えは、感情ですよ。理屈じゃなく感情。実はこれが一番信用できる」


「わかんねぇな。人間はみんな理屈で動いてるやつを信用するだろ?」


 商売人も教師も親も誰もかれも尊敬できる、信用できる人間というのは理屈が、筋が通っている。だが、反面感情で動くもの、例えば、障害を繰り返している犯罪者がいるとしよう。そいつはこれまでの人生、自分がムカついた相手を攻撃してきたわけとする。そんな相手に仕事を任せれば何かしらの不具合があったら仕事を投げ出すどころか取引相手を怪我させる不安に駆られる。


 少年の思考でいえば、信用できる人間とは感情に踊らされず、理屈を理解し実践し蓄積し、筋が通っている人のことをいう。


「そうですね。しかし、それはあくまで利用しやすいに過ぎません。こちらの予定通り動く可能性が大きいから使いやすい。ただそれだけの相手。それは信用はしているかもしれませんが、心の底から信用しているとは違うのです。便利だから使っている程度の信用。私が言っているのは心の奥底からの信用。そうですね、強いていうならその人を助けるためなら死ぬならいい。そんな強い感情を持つ相手」


「……」


 少年は押し黙る。そんな相手は自分の中にいるのか。


――友人のために死ねるのか? 死ねない。なぜソイツのために死ななければならない。

――昔好きだった杏璃ちゃんのためなら死ねるか? 死ねない。そこまでの関係じゃないし、よく知らない。

――両親のために死ねるのか? 死ねる……と思う。

――妹のために死ねるのか? 死ねる。


 なるほど、と少年は思う。死ねないための言い訳は出てくるのに、自分を投げ打ってもいいと思える相手には特に理由など存在しない、する必要がなかった。


「答えは出ましたか? ならば私や姫相手ならばどうでしょうか?」


――セバスチャンのために死ねるか? 死ねない。データの塊のために、ゲームキャラのためになぜ死ぬ必要がある。それ以前に俺はこいつが嫌いだ。





――ならば、カミ少女のために死ねるか?









――死ねる。







 少年は自分が出した直感の答えに困惑する。ゲームキャラ相手にこんな感情を出す自分に引いた。


「あなたは死ねる。それは、理屈じゃなく感情なんです。そしてそれを向けてくれる相手が裏切ると思いますか? ありえない。ありえないのです。だからこそ信用に足る」


 セバスチャンは少年の表情を見て満足げに微笑む。


「私はあなたにならば。何の因果も関係も利益もない、そんなあなたが姫を想うその感情を持つあなたなら私は信用することができる」


 一呼吸おいたセバスチャンは少年の目をまっすぐ見つめる。その瞳に侮りや蔑みなど負の感情は一切なかった。ただ純粋にまるであの日少年の父親が諭してくれたような穏やかで優しい目だった。


「私はあなたに姫を託したい」

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