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1章 第5話 出会いと執念

――始まりは一目惚れだったと思う。



 新しいVRゲーム発売の情報を雑誌で見た俺は、カミ少女というキャラクターの容姿を見たときに雷に打たれたような衝撃を受けた。黒い髪はどこまでも艶やかで、その大きな瞳は溶け込んでいきたいほど深く澄んでいた。白銀の世界を現したような真っ白い肌なのに温かく柔らかそうな肌。鼻筋は高くて、顔は造形物だけあってかなり小さい。当時15歳だった俺は一目で魅入られた。クラスの美少女、杏璃ちゃんなど目ではなかった。だが、疑似キャラクターに惚れたなどと誰にも言えなかったし、特にいう必要もないと感じていた。


 親に新しいVRゲームの購入を迫った。

 そのゲームは18歳未満禁止であったが、特別な性表現もないし、暴力指定はあったけどPVを見る限り生々しいものではなかったため、母さんの反対はあったものの、自身がゲーマーである父さんが説得してくれ父さんが購入してくれた。

 後から聞いた話だけど、実は妹が「お兄ちゃんいっぱい頑張ってるもん! ゲーム買ってあげて! あたしのお小遣いなくてもいいから」などとハートフルなやり取りが決め手になったらしい。その話を聞いたときは妹マジ天使と思っていたのに、今はなんであんなに残念なのか。


 始まった世界は無双ものの典型だが、珍しく日本史でも中国史でもない西洋史に近い世界観だった。チュートリアルが終わるとカミ少女を王様から紹介された。VRはほぼ現実と変わらない認識が可能だ。アニメキャラといったような感じではなく、3DCGよりももっとリアルだ。どこか現実感のない少女は俺の近くまでよるとこういった。



「私はとても弱いですが、それでも守っていただけますか?」



 どこか申し訳なさそうに、悲壮感が漂いながらも上目遣いで頼むこの少女。俺はこの時に思ったんだ。



―-必ず君を守ってみせる、と。




 初めて彼女が死んだのは敵国との戦闘だった。無双ものよろしくこちらの陣地には特に味方はいず、陣地を占領していくと味方がいつの間にか現れるという仕様だ。


 そこで、俺は普通の無双もののように敵をバタバタと薙ぎ倒していった。当時は初期装備に槍を使っていて一振りごとに数人くらいは討伐できる程度だった。


 相手の数は数千程度で、三十分もやれば相手は壊滅状態かな、などと思っていたのが悪かった。敵の兵隊が弓矢を使ってきたのだ。その攻撃はせいぜいダメージを一メモリ減らす程度のダメージだった。俺はそれを特攻して無視する。カミ少女を気にかけることなく敵をなぎ倒す。


 そして、戻ってきたところで彼女は敵の流れ矢を額に受けて死んでいた。



――吐いた。



 とてつもない嘔吐感が、VRで押し上げないはずの嘔吐物を忠実に再現してくれやがった。敵をいくら殺しても血のエフェクトが多少でるくらいで、すぐに消滅するのに彼女の死体だけはいやにリアルだった。彼女の真っ白い肌は青白く変わり、額の矢は深々と突き刺さり、血が僅かに垂れている。一瞬の出来事だったのか、彼女の目は見開き、瞳孔は開いたままだった。



 俺はゲームをやめた。




 もう一度このゲームに手をつけようと思ったのは、妹が自分のお小遣いを出してまでこのゲームを購入させてくれたという話を聞いた後のことだった。妹は、しきりに「ゲーム楽しい?」という質問をしてきたが、俺は無視していた。正直、彼女の死に顔が寝ても覚めても頭について離れなかった。作り物に思えなかったのだ。なぜ、彼女を置いていってしまったのか? それはこれがゲームだという割り切りに他ならないが、あの死に顔を見てもう一度やりたいなど、当時の俺には正直きつかった。


 それでも、妹は自分が必死に買ってもらったゲームのことが気になったのだろう。俺にしきりにゲームの感想を聞くものだから、俺はつい怒鳴ってしまった。だけど、妹は泣くでも笑うでもなく「そっか、ごめんね」と謝った。


 次の日、俺は親父に書斎へ呼び出された。そして、その時にその話を聞いた。

 親父の口調は怒るわけでもなく、諭すような口調だった。



 最低なことを言えば、頼んだわけじゃない、と思った部分もあった。

 


 しかし、妹の行動は俺の心に響いていた。

 どこか虚無感のする毎日、誰にも愛されていない、愛していない、俺はなんで生きているのかという、そんな思春期特有の意識の浮遊感がその時の俺の心を占めていた。


 それは、あのカミ少女を死なせてから加速していた。無力感、脱力感、虚無感、大げさな話だが生きるのさえイヤになっていたと思う。しかし、いつも俺のお菓子を取っていったり、漫画を取って汚して、ワガママを言って俺を困らせてばかりの妹が俺のためにしてくれた、という行動は俺の幼い心に衝撃を走らせた。


 すると、妹がせっかく買ってくれたゲームを途中で放り出すというはとても格好悪いことだと思った。



 その日、俺はそのゲームを必ずクリアすると決めた。



 二回目のゲーム開始時のカミ少女との邂逅は最初の王城だった。彼女の額には傷はなく、その美貌も元のままだった。あの死体であった少女はどこにもいなかった。どうやら戦闘前のなんでもないシーンに戻るようだった。


 俺は二度目の戦場で彼女に気を使いながら敵軍を圧倒した。このゲームはループする前の経験値などが累積するタイプで、前回よりも早い速度で順調に陣地を獲得していった。例の弓兵には、こちらも装備した弓で無双した。



 結果、俺は初めて彼女を守ることに成功した。





 だが、彼女の二回目の死は早かった。

 



 水の都ベネチアを思わせる水路が多い街で、彼女とともにボートに乗っていたとき正面から来た別のボートと接触し、ボートが大きく揺れたのだ。カミ少女はバランスを崩し、浅くはない水路へその身が投げ出された。


 俺はもちろんすぐさま飛び込み、カミ少女を再びボートへと引っ張り上げる。現実では難しいがこのゲームの世界のステータスならそれほど苦労するようなことではなかった。彼女が投げ出されて数十秒、普通ならまず死ぬような事態にはならないはずだった。



 しかし、彼女は死んでいた。


 俺は二度目の嘔吐をした。



 溺死特有の死相が作り物とは思えないほどリアルで、不気味で気色悪かった。俺が嘔吐している間にゲームオーバーの表示の後、すぐに視界は暗転し現実世界へと引き戻された。



 俺はすぐにメモリテイルからネット接続を開始し、ゲームの攻略情報を漁った。

 そこにあったのは俺と同じように最初の戦場で流れ矢で死んだものから殴られて死ぬというHPが低いという考察のほかに眉唾物としか思えないが、NPCとぶつかると死ぬなんて情報もあった。中にはカミ少女のカミは紙装甲の紙だ、などと揶揄する声もあった。


 結果的に言えばそれは全て事実であったことを知る。



 俺のループ回数が三百を超えた頃、ゲーム界の猛者どもは五千回のプレイ回数が平均値だった。

 このゲームのステージ数は今までにはないほど多く、約八百ステージあるらしい。これは従来の無双ゲームの二十倍ほどのボリュームだ。しかも、いくらプレイヤーが無双キャラと呼ばれていても護衛対象であるカミ少女は紙装甲で、強化もされず、離れれすぎればまず死ぬ。無双ゲームの爽快さよりも、カミ少女が気になって集中できないという声もステージの難易度が高くになるにつれ、「俺、切るわ」という声が多くなり攻略サイトの更新が滞りつつあった。


 そこで、メーカー側が用意したのがプロゲーマーの投入であった。


 プロゲーマーはその腕前で一般プレイヤーが躓いた箇所にブレイクスルーをいくつも起こし、攻略法を公開し、ゲーム自体に活気を戻していった。しかし、その快進撃の速度も途端に弱まり七百ステージを超えてからは一か月に一~五ステージの攻略法の開示に落ち着いていった。


 しかし、VRゲームは自分の反応速度と操作技術に多くのファクターが個人の能力に依存している。

 現実世界で例えていうと、敵が多いときは壁を横走りしてショートカットすればいいよ、などというような曲芸まがいの攻略法が多くなったため知っていてもできない人が続出したのだ。また、カミ少女の異常なまでの死に顔への追及も「気持ち悪い」ということでそれに拍車をかけていた。


 掲示板を見れば、「死に顔がリアルすぎて気持ち悪い」、「攻略法がプロの曲芸自慢すぎて草」こんな投稿ばかりが目立つようになっていき時間が過ぎればその投稿も無くなっていった。


 結果、プロゲーマーの活躍も空しく一般ユーザからの関心は次々と離れていくことになった。攻略サイトと連動しているプロのプレイ回数が今日もカウントされる。



――十二万四千五十四回



 この時、俺のカミ少女を見殺しにした回数(プレイ回数)は三十万回を超えていた。

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