1章 第4話 密談と役者
「やれやれ、あなたの騎士様は本当に規格外ですね。私がこんなに一方的にやられるなどここ数百年ありませんでしたよ」
セバスチャンはボロボロになった服のまま、7千の盾聖に守られている少女に近づきながら話しかける。体中のいたるところに傷があり、歩くのも億劫そうだ。彼をここまで満身創痍にした男は、いまだセバスチャンが先ほどまでいた白い炎に纏われた陣の中におり、こちらに気づいてはいない。こちらとあちらまでの距離は300メートル以上、大声ならともかく、会話が聞こえるような距離ではない。
セバスチャンに話しかけられたカミ少女はセバスチャンを睨み付けると口を開く。
「何を遊んでいるのですか? 早く私を殺してください。そのためにあなたをこちらに呼んだのですから」
「やれやれ、彼もかわいそうな人だ。あなたを守らなければこの牢獄をクリアできないのに、その彼女自身が死を望んでいるなど」
カミ少女は悲しそうに顔を顰める。
「あの方は優しい方です。何度も私を救ってくださろうとします。それが例え虚構の目的であったとしても。ですから、私は何度でも死ななければなりません。この牢獄にあの方を巻き込んではいけないのです。さぁ、あの方が気づく前に早く」
「…………、ここであなたを殺しても、彼はいつか私を倒しますよ?」
セバスチャンは、実の娘に接するように優しく問いかける。
「知っています。ですが、彼はこの世界を未だ虚構のものと信じています。私の死が回避不可能と知れば、確信すれば、いつか諦めてくれるでしょう。多くの方と同じように」
「あなたは、それでいいのですか? これはあなたがこの牢獄を脱するための最後の機会です。もし、彼が諦めればあなたは本当にこの牢獄に閉じ込められたままになるのですよ?」
確かめるような言動をするセバスチャン。
「……、そもそも私を封印したのはあなたでしょう?」
「それはそうなんですがね、あそこまでの気骨と技術と執念を見せられるといさささか賭けてみたくもなるのですよ。私が諦めた”あなたを救う”ことができるのではないのか? とね」
「……」
「救えないなら苦しむ前に永遠の封印を、確かにそう思っておりましたし、事実そうしました。ですが、奴らはこんなことであなたを諦めなかった。この方法が無理でも、いつの日かこの封印は破られる。永遠なんてものはないのです。そうしたときあなたはまた繰り返すのですか?」
「……」
「今、私はあなたを殺す、それはまぁいいでしょう。ですが、もし彼がそれをいつの日か止められたとき、あなたは彼に運命を託してみてください」
「なぜ彼をそこまで信用するの? 彼は『ゲーム』で遊んでいるだけ。そんな覚悟なんて……」
「あるわけないと?」
「分からない。ここがゲームじゃなく現実になったときの彼の心の行末なんて私には分からない」
「そうですね、彼がそんな気持ちでここで戦っているわけではないのは間違いありません。ですが、彼はあなたを救いたい。必ずそう思うはずです」
「どうしてそんなことが言えるの?」
「勘、ですかね。私はもう彼と何回も戦ってきたのでしょう? 記憶はありませんが、彼とは長い付き合いな気がするのです。だからなのでしょうか、彼を見ていると思ってしまうのです。彼ならあなたを救える、と」
少女はそんなセリフを見て力なく笑う。
「アハハ、勘って。セバスチャンが勘なんて似合わないね。いっつもいっーつも理屈しか言わないのに。『勘なんてものは根拠の見出せないものの妄信に過ぎません』って私にお説教してたころが懐かしいね」
少女はセバスチャンに向け微笑む。その顔は年頃相応の表情だった。
「フフフ、久しぶりですね、あなたのその言葉遣い、素顔を見ることができました。できればこのままこの記憶を保ったまま私は逝きたいですね」
「ごめんね。セバスチャン。あなたにはすごく苦労をかけてる」
「いいのですよ。私はあなたを守りたかった。ですが、守れなかった。責められこそすれ謝られることなど何一つありません。ただ、一つ聞いていいですか?」
「何?」
「彼は今、何回目ですか?」
「……」
「正直私はこの世界で無類の強さを持っています。それはシステムで強化された彼と比べても圧倒的に優位でしょう。しかし、あの回避術、攻撃手段、あげくの果てには退魔の力。繰り返しているといっても、私の戦い方は相手にとって最悪な戦い方といってもいい。下手な最強なら瞬殺できるくらいにね。そんな私がここまで手玉もいいところです。今の強さなら『魔王』でも、『古龍』相手でも、手も足も出ないなんてありえないと自負しています。ですが、そんなことができる存在を一つだけ知っています」
セバスチャンは大きく息を吐く。
「姫、彼は何回繰り返しているのですか?」
「……、今回が百万回目よ」
セバスチャンの顔色が驚愕に染まる。
「は? いくら彼が『ゲーム』と思っているとはいえ、それはさすがに。この世界の特性上、あなたと死の距離はとても近い。それは不可能と言ってもいい。どこの世界にクリアできない理不尽を百万回も……」
セバスチャンはカミ少女をしばらく見つめるが、長年の付き合いから彼女が嘘を言っていないことを悟る。
「分かりました。彼が【天子】ならば問題なかった。故に訂正です。私は今回あなたを殺しません」
「~~~~――――なッ!?」
「その代わり、彼を必ず殺します」
「……」
「もう二度と再起できないほど、完膚なきまでに殺し尽します。……ですが、もし万が一にも彼が生き延びたその時は、あなたが選択してください」
「何を……いっているの?」
カミ少女は困惑する。
「無責任ですよね。完璧などと謳われていた頃には思いもしませんでした。私がこんなに無責任な人間だったとは」
セバスチャンは憑物が落ちたかのように自然に笑う。
「私にはあなたの物語を紡ぐことはできませんでした。今ならわかります。あの決断はきっと逃げていただけなのです、逃げられない運命から。ですが、彼ならできるかもしれない。【天子】でもない凡人の癖に理不尽にも奪われた100万回のあなたの死を見ながらも折れない彼なら」
セバスチャンは無言のまま、日本刀を上段へと構える。少女は泣いていた。
それが何の涙なのか少女自身にも分かってはいなかった。