1章 第2話 カスタマイズと大根役者
目を閉じた世界よりも暗い、月も明かりもない深夜よりも深い暗闇に少年は立っている。だが異様に自分という存在だけははっきり見える、そんな世界、ここは少年がもはや見慣れた準備ルームだ。
「まずは、カスタマイズか」
少年は手慣れているように、左人差し指と中指を交差させ弾く。すると、薄い青色のウィンドウが出てくる。ウィンドウにはステータスが表示されており、レベルはカンストの999、ステータスも高いと思われる数字が羅列されていた。その他様々な項目がずらりと並んでいる。その中で少年は迷わず、【聖霊術】の項目をタップする。
するとズラリと数えるのも面倒くさくなるほどの術の名前が現れるが、これを一番下までスクロールし、右端の何もない項目を長めに押す。すると、パスワード入力の項目が表示される。少年は特に困惑した様子もなく、ここに手前に表示されたキーボードを操作し、『全てを守りし新たなる聖霊、盾聖との契約を望む』と入力すると、暫くのローディングの表示の後、認証完了の画面へと遷移する。
「ウシッ! じゃあいっちょいきますか!」
少年は聖霊の項目を閉じると、初期ウィンドウ右端の少し大きめの開始ボタンをタップする。
直後、世界が光に包まれた。
☆
――目の前には、超絶美少女がいる。
相変わらず近い。
目と鼻の先だ。
最初の数十回までは驚いてのけ反って取り乱していたけど、さすがにこの回数それをやれるほど、俺は学習能力と言う言葉を知らないわけじゃない。準備ルームでチラッとステータス横に書いてあった『ループ回数』を見たら999,999のカウンタになっていた。これが本当に百万回近いのか、カウンタがぶっ壊れていたのか記憶にはないが、ちょっと前にみたときは確かに999,987とかだった気がするので今回が記念すべき百万回目のループなのだろう。
妹には十万回以上と低めに申告してみてドン引きだったのに本当は百万回でした、なんて言った日には、引きすぎて倒れるのではないだろうか。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
とりあえずは、このイベントをさっさと消化しよう
「大丈夫だ。少し離れてくれないか? 起き上がれない」
「あ、はい。大丈夫でしょうか? 急に倒れられるから心配で心配で」
少女は本当に心配そうにどこまでも吸い込まれそうな大きい瞳で俺を見つめる。
可愛い。
このゲームをなんだかんだやってしまう理由の一つにこの究極の美少女の膝枕から目覚められるという俺得仕様がある。ここだけは開発者、本当にグッジョブとしか言えない。しかも、この仕様、セバスチャン戦攻略率80%を超えないと発生しない。プロが匙を投げたセバスチャン攻略率が64%だ。攻略掲示板など見ていてもこの記録に称賛こそされ、自分はもっといっているという猛者は知る限りいない。つまり、この仕様を体感できるのは俺だけということになる。
ビバカミ少女の太もも。
ちなみにこのゲーム性的表現NGなので肉体的接触はこのイベントしか体感できないのも大きい。
ビバ太もも。
ありがとう、開発者。
「ああ、ありがとう。介抱してくれて」
「いえ、大丈夫です。よろしければまだ休んでいただいても大丈夫ですよ?」
少女は少しモジモジしながら顔を赤らめる。
何この可愛い生物。
なんで抱きしめられないの?
なんで自分から触るとビリッとするの?
本当に最悪だなこの開発者。
「じゃあ行くか。用意はいいか?」
名残惜しいが、太ももから起き上がると服についた土を軽く叩き、キリッと効果音がつきそうな声で彼女に声をかける。彼女は花が咲いたような笑顔で頷くと、ゆっくりと立ち上がり、綺麗な紅色の和服についた土を可愛らしく払うと、とことこと俺の傍まで近よる。その時に転びそうになった彼女の両肩をそっと受け止める。これもある意味、接触といえば接触だけど、肩と手など無難なところ以外に触れると結婚尋常でないビリッが来るので慎重に行う。ココまでもちろん予定調和だ。
「あっ……ありがとうございます! すみません私ドン臭くて、でもあなた様はいつも転ばないように気を使ってくださって。でも、ちょっとは転んでみたほうがいいのかもしれないですね。そうすれば、転ばないようにもっと気をつけるようになるかもしれませんし」
いやいや、あなたそれで死ぬから。
向上心はとってもいい子だと思うんだけど、あなた死んだら俺もゲームオーバーだから。
実際、一回このイベントで死んだしね、君。
「フッ。気にするな。お前を守るのは俺の役目だからな」
というか必須条件ですがね。
「本当にあなた様はお優しい。でも、これでもうじき終わりなのですね。あなた様との旅も」
このゲームのあらすじは、この少女、とある国の姫をとある国の神殿まで守護するといったものだ。それでなんで無双なんてなるんだという疑問は尽きないが、どうやら少女が神殿に行くのはかなり色んな方面から不味いことらしい。だから追手やら暗殺者やら下手すりゃ軍隊やらが少女の命を狙いに来るといったものだ。ゲームの設定はかなりシンプルで戦略性? 何それおいしいの状態だが、まぁ無双やりたい人間に細かいストーリーを求めているやつなんていない(個人の感想です)と思うのでまぁそれは別にいい。というかストーリーなんて、もう正直忘れた。何年前だと思ってんだよ。
さて、これから最後の道にラスボスだと思われるセバスチャンが待ち構えているわけだ。このセバスチャンはこの少女の執事で最後の最後に邪魔をしてくる設定だ。なんだかんだセバスチャンを倒せば今度はどうせ全ての黒幕は父親の国王でした、なんてオチなのだろう。胸糞の悪い話だ。
「生きている限りまた会えるさ」
ところで、俺は役になり切ってプレイするタイプなんだが、このゲームに至っては要求されるのが騎士・紳士なので、俺みたいなプレイスタイルなら問題ないのだが、何気に好感度も査定が入るのでコレが落ちすぎるとゲームオーバーになる。掲示板ではむっつりエンド、キモ男エンド、コミュ障エンドなど色々なエンドがあるそうだ。コツは仮面ですよ、ペルソナですよ、と息巻いているが、スタンドアロンだからできる芸当だ。友達とのオンラインだったら羞恥心で死ねるね。俺への好感度ですか? もちろん、カンストですが何か? 妹曰く大根演技でも相手にするのは所詮AIですからね。
「……そうですね。きっとまた会えます。いえ、会いたいです! では、お役目を果たしに参りましょう」
毎度のロールプレイ、これも数万回以上見ている。映像媒体なら食傷気味だろう。しかし、しかしだ、リアルに言われると何回いわれても良いものなのだ。しかも超絶美少女にというところが最高です。
ところで、このゲーム何で主人公もヒロインも名前つけられないのかな。俺、いまだにあなた様固定なんだけど。まぁそれはそれで萌えないこともないこともないけどね!
じゃあ行きますかってところで、やってくるんですよね。奴が。
「いえ、姫様。あなたの旅はここで終わりですよ。残念ながらね」
俺たちの前に現れたのは憎きセバスチャン。無駄にイケメンなクソ野郎だ。というか毎度どっから現れるんだ。ここ街道で、周りは草原だぞ。しかも地平線見えるレベルで何もないのに。
「あ、あなたはセバスチャンですか? なぜこんなところに? それに終わりというのはどういうこと?」
彼女は困惑したように、セバスチャンを見つめている。俺は無表情で早く終わってくれないかな、と事の成り行きを見つめる。進行中に攻撃しちゃえ! という感じだけどイベント中って口以外はオートモードなんだよね。だから内容知ってる俺はめっちゃ暇なんだよね。要はあれだよ。実はセバスチャンはクロマクダッタノダーってそんな話だ。それもどこまでホントなのか分からんけどね。
あ、チャット来た。それに画像? 開くとそこには俺のゲーム中のフツメン顔が映っている。お世辞にも天使とは言えない。もちろん差出人は妹だ。文章もある。何々? 『お兄ちゃんのゲーム中の顔がキモすぎて草』。……、俺は妹が口を開け、よだれを垂らしながらゲームしているお世辞にも可愛くない写真を添付して返す。妹よ、これがブーメランだ。
「フフフ、もういいでしょう。あなたには死んでいただきます。そこのあなたも邪魔をしないというのなら見逃してあげますよ?」
あ、ヤベ、もうここまで進んでたんだ。
よし、やっと戦闘開始だね。
気合い入れてビシッとキメ台詞をセバスチャンにぶつけてやろうかね。
「ふざけるな! 貴様なぞ、俺の剣の錆にしてくれる」
あれ、なんだこれ悪役っぽい。しかもモブッぽい。まぁあんだけ負けてりゃモブか。
「では、お二人にはせめて安らかな死を」
≪BATTLE START≫