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失意と決意

「いててててててっ」

 静かな保健室に隼人の悲鳴が響く。

「これぐらい我慢しろ、治癒魔法に頼りきりじゃあまりよろしくないからな」

 白衣に身を包んだ養護教諭の一色いっしき 真由子まゆこ先生は、言い聞かせるように隼人に注意する。

「……はい、っててててて」

 その指摘に隼人はおとなしく頷くも、直ぐに痛みに悲鳴をあげた。



「大丈夫だった?」

 伊織が心配そうに隼人に声をかける。例の如く食堂に集まった三人は、碑文の廻廊攻略のお祝いと、次のダンジョンの攻略会議及び、座学の出席について話し合っていた。

「さすがに前より傷が深かったから痛かったけど、なんとか無事に治療は終わったよ。あとは寝るときとお風呂は気をつけないと凄く痛いってだけかなー」

 はぁ、と、隼人はため息を零すと、気を取り直して飲み物の入ったグラスを手に取って高らかに掲げる。

「まぁとにかく、無事に碑文の廻廊を攻略出来たから、乾杯しよう!」

 智輝と伊織も自分のグラスを掲げると、互いにグラスをぶつけ合う。

「カンパイ!」

「カンパーイ!!」

 三人は同時にグラスを傾けて祝杯を挙げると、そのままグラスを机の上に置く。

「次は嘘つきの森だっけ?」

 隼人が確認するように二人の顔を見る。

「次のダンジョンはそうだけど、一学期の残りは座学に出るんじゃなかったの?」

 隼人の言葉に伊織は首をかしげて問いかける。

「ああ、そうだった」

 隼人は伊織の言葉に思い出したように大きく頷く。

「それにしても、一学期で攻略ダンジョン二つってのは幸先が良いのやら、悪いのやら」

 智輝は腕を組むと、う~んと唸りながら振り子のように左右交互に首を傾ける。

「悪くはないと思うよ。ダンジョンの総数が二十だから、単純に計算すると今のペースで年間六個、卒業までの五年間で三十個だから。でもまぁ、これから難易度が上がる事を考慮したうえで良いか悪いかと問われれば、可もなく不可もなく、としか答えられないけど」

 伊織はわざとらしく肩をすくめてみせる。

「まぁ、学園の全ダンジョン制覇が目標なら今のペースだと遅いと思うけど、普通に卒業が目標ならダンジョン十五個制覇らしいから悪くはないペースだと思うよ」

 隼人はそう言うと、言う事は言ったとばかりに久しぶりに頼んだB定食を食べはじめる。

「あ、美味しい。A定も良いけど、やっぱB定も良いな」

 隼人が味わいながらゆっくりと食べてると、

「全ダンジョン制覇は憧れるな。でも卒業ぐらいは最低限しないといけないから、今はこれで良しとするかな」

 ため息混じりに智輝が呟いた。

「そもそも、ダンジョン全制覇をするならもっと強い人にも協力してもらわないと、今の戦力じゃ卒業までには無理だろうね。っていうか最後の五個の難易度を考えれば、倍の期間があっても難しいと思うよ」

 だから仕方がない、と言いたげに智輝に話す伊織。

「それはまぁ、そうかもしれないけどさ」

 だからと言って大人しく納得は出来ない、と言わんばかりの智輝。

 そんな二人のやりとりを眺めながら、静かに食事を続ける隼人であった。



「……………あっ!」

 夜、隼人が一日の日課を全て終えて、ベッドに入ってさて寝ようかとした時だった。不意にそのことを突然思い出した隼人は、その衝撃で一瞬固まると、

「碑文の廻廊の主に会ったのに、ネックレスのこと訊くのすっかり忘れていた!!」

 そう叫んで、ベッドの上で取り乱しはじめる。

「ど、どどどどどどうしよう!?え、え、え?また?また潜らないといけないの?いやいやいや!で、でも……!」

 そんな錯乱した隼人だったが、部屋の扉を強めにノックする音で我に返る。

「………すいませんでした」

 隼人が扉を開けると、訪問者は隣室の人で、内容は当然のように「うるさい」という意味の事を言われたのだった。

「……はぁ」

 隼人は隣人に謝罪すると、再びベッドに入る。

「どうしよう?とりあえず智輝と伊織さんに相談してみるかな……はぁ」

 結局その夜、隼人は自分の不甲斐なさに、ろくに眠ることが出来なかったのだった。



「ああ、そういえばそうだった!」

「ああ、そういえば……」

 翌日、隼人の話を聞いた智輝と伊織の反応はほとんど同じだった。

「どうしよう?」

 隼人に弱った声で訊かれて、二人は首を捻る。

「一番手っ取り早いのは、また碑文の廻廊に行って、主と話をすることだけど……」

「昨日の今日だしな、あれだけ盛り上がったあとにまた行くのは……なんかメンドイ」

 伊織の話に、疲れたような口調でそう返す智輝。

「まぁ、その気持ちは分からなくもないけどさ……」

 そんな智輝の反応に、伊織は困ったように頭をかいた。

「それが難しいなら、他の方法でネックレスを探すか、だけど」

「欠席した生徒には当たったし、主の部屋にはなかったらしいし、あとは保健室の先生に訊くぐらい?」

 智輝は隼人の方へと顔を向ける。

「それでいこうか」

 智輝の視線を受け、隼人は項垂れるように頷いた。

「じゃ、昼休みは保健室に行くってことで」

 伊織のその言葉で、この場での話は終わったのであった。



「その日も含めてここ数日、君たちのような怪我人は居ても、授業中に保健室のベッドを使う必要があるような生徒は居なかったな」

 昼休み、保健室で一色先生は特に思い出す必要も無いとばかりに、隼人達の問いに即答した。

「そうですか……」

 弱々しくそれだけ返す隼人に代わって、智輝がネックレスを見なかったかと、特徴を説明する。

「……そのネックレスは橘君の?」

 智輝の説明を聞いた一色先生は、興味深げに僅かに眉を上げると、そう智輝に問いかける。

「いえ、そのネックレスは隼人の物で…」

「そう……ふーん。棗君のか」

 一瞬、値踏みするような目で隼人を上から下まで見た一色先生だったが、

「一色先生?」

 智輝が怪訝な顔で名前を呼ぶと、一色先生は智輝へと目線を戻す。

「…そうだな、そういう意匠のネックレスは見なかったな」

 一色先生は役には立てそうにない、というように軽く首を左右に振った。

「そうですか、ありがとうございました」

 智輝が質問に答えてもらった礼を述べると、三人は保健室を後にした。



「まさか棗君がね。彼女のことはよく貴方に引っ付いていたから知っていたけれども、しかし貴方がいた種子たね一所ひとところに二つも集まるとは、これは偶然なのかな?それとも、貴方の計画通りなのだろうか……」

 隼人達が保健室から出ていったあと、一色先生は自分用に用意したコーヒーを一口飲むと、誰かに語りかけるようにそう呟く。

「ま、過程はどうあれ、結末は貴方の予定通りになるんだろうけど。それにしても、貴方があのネックレスを贈った相手が棗君だったとはね、ならば現在のネックレスの行方は彼女の元かな?さて、私はどう動くべきかな……」

 一色先生は腰掛けている椅子の背もたれに身体を預けると、考えるように天井を見上げた。



「これで手掛かりが消えた……」

 保健室を出ると隼人はガックリと肩を落とす。

「ま、まぁ、元々手掛かりって言うより推測だったしさ」

 そんな隼人を気遣って努めて明るい声を出す伊織と、

「そうだなー、だから次の推測を考えればどうにかなるさ」

 いつも通りなのんきな調子の智輝。配役など細かな違いは有れど、どこかで見覚えがあるような光景だった。

「…次、どうしよう?」

「えっと……」

 隼人に見詰められて言葉に詰まった智輝は、助けを求めて伊織に視線を送る。

「…………」

 智輝が伊織の方を見ると、伊織は明後日の方向を見て黄昏ていた。

「…と、とりあえず、他の生徒に訊いてみようか?」

 智輝は思いついたことを提案してみるも、隼人はふるふると首を左右に振った。

「それはあまり意味ないと思う。そもそもネックレスの存在自体をみんなは知らないし、盗んだ犯人も、わざわざ違反してまで手に入れたんだ、人目に触れない場所に隠してあると思うよ」

「そっか。でも知らないからこそ堂々と所持してるかも知れないけど、でもそれならその保管場所が分かればどうにかなるんだけどね」

「…保管場所、か」

 智輝の何気ない言葉に、口元を隠すように手を添えると、何かを考え出す隼人。

「………」

 伊織はそんな二人の様子など気にすることなく、変わらずどこかを見詰めていた。



「一色先生が来られるなんて珍しいですね、どうかされましたか?」

 夜も更けてきた頃に自分の部屋を訪れた珍客を、少女は妖しい微笑みを浮かべて迎え入れる。

「なに、君が保管しているネックレスについて少々話がね」

 一色先生は少女に煽るような視線を向けて問いかける。

「ネックレス、ですか?この前も別の方にネックレスについて訊かれましたが、なんの話でしょうか?」

 少女は頬に手を添えると、なにかしらを考えるような素振りを見せる。

「ふぅ、明良君のネックレスについてだ。君以外にそんな物を欲しがる人間は居ないだろう?」

 分かりやすくとぼける少女に、一色先生は呆れたように語りかける。

「…そんな物?」

 少女は一色先生の言葉に、ぴくりと片眉を動かすも、それも一瞬のことで、

「……それで?わたくしが明良様のネックレスを持っていたとして、それが貴女になんの関係があるんでしょうか?」

 少女は美しい黒髪をかき上げると、気の弱い者なら倒れてしまいそうなほどに冷たい眼差しを一色先生に向ける。

「いやなに、もし君がネックレスを持っているのなら、持ち主に返して欲しいと思ってね」

「持ち主の明良様はもうお亡くなりになりましたが」

 即答する少女に、

「ハハッ、その明良君がネックレスを託した彼にだよ。明良君が彼に託したってことは、それは彼が持っ

ているから意味がある、そういうことだろう?」

 一色先生は可笑しそうに笑うと、目を細めて挑発的に問いかける。

「…………」

 一色先生の言葉を聞いた少女は、不快そうにじっと一色先生のことを見詰める。

「どうした?私の顔になにかついてるか?そんなに見詰められては照れるではないか」

「それは貴女の憶測でしょう。いくら貴女が守護者の一人でも、明良様のお心を貴女が騙るなど不敬ですよ?」

 今度は少女が挑発的な目を一色先生に向けて静かに語りかける。

「フフ、それはどちらにしても私か君が、明良君の心を騙ることになるのではないのかね?」

 一色先生は、そんな少女を楽しげに見詰める。

「……喧嘩を売りに来たのですか?いくら守護者の方でも、容赦はしませんよ」

「確かに君は強い、魔力量も技量も、学生の域をとうに越えている。なにせこの学園の難関のひとつである『叫びの沼地』を単独で難なく突破したようだからね。でも、あまり守護者をなめない方がいい」

 一色先生は鋭く目を細めると、威圧的な雰囲気が漂いだす。

「まさか、明良様が受け継ぎ、守り、託した守護者を尊敬こそすれ、軽んじることなどあるわけがないではないですか。ただ、大人しく負けるつもりはないだけですよ」

 一色先生の射竦められるような視線を受けても少女は怯むことなく、不敵な笑みを浮かべる。

「………」

「………」

 一触即発の雰囲気の中、不意に少女が艶然と一笑する。

「まぁいいでしょう、ここで貴女と殺りあっても双方に益はありませんから。ネックレスの件は、もしわたくしが見つけたならば、彼に返すことを前向きに検討しましょう」

「また面倒くさい言い方をする」

 一色先生は興が削がれたと言わんばかりに肩をすくめると、

「それではな、邪魔をした」

 もう用は無いとばかりにそう言って少女の部屋から出ていった。


「ネックレスを返せ、ですか」

 少女は一色先生が出ていった扉に小さく語りかける。

「返せもなにも、あれは彼のではないというのに。…まぁ少なくとも、あのネックレスの価値の一端でも彼が理解したならば、貴女の提案を考えてみますよ」

 少女はつまらなさそうに笑うと、右手の薬指に嵌まる指輪を慈しむように撫でた。



「保管場所か、僕がなにかしらの理由で誰かのネックレスを盗んだとしたらどうするだろう?」

 隼人は寝る前に、はたと智輝の言葉を思い出してしまい、眠れずに思案に耽る。

「まずは気づかれないようにするだろう、例えば…分解?いや、ネックレスそのものが大事だとしよう。それなら、隠すかな。…どこに?目の届く範囲で安全だと思う場所かな。…例えば自室、かな?それかずっと持ってるとか……いや、それは逆に不安だな。ならば自室のどっかかな。どこがいいかな?引き出し?押し入れ?ベッドの下?うーん、難しい。ただ、鍵掛けるとか、物の中や見た目を偽装するなりして保険はかけたいな、うん。となると?………どこだろう?自室で見つかりにくい場所……天井裏…はないな、床下……もないな。小さいからどこでも隠せるからな、隠し場所の候補がありすぎて難しいな」

 隼人は降参するように息を吐くと、目を瞑って寝ようと試みる。のだが、

「……………眠れない」

 思案したことですっかり頭が覚醒してしまい、隼人は全然眠れなくなってしまう。

「ううむ、どうしたものか…いっそ眠くなるまで考えるか、目を瞑ってもなにかしら考えてしまうからな…」

 隼人は結局は同じと開き直ると、寝るのを諦めて考え出すが、結局名案が浮かぶことはなく、かと言ってろくに眠る事も出来なかった。



 翌日、眠そうな顔で教室にやってきた隼人に、心配そうに伊織が話し掛けてくる。

「どうしたの!なんかつらそうだけど?」

「ああ、大丈夫。ただの寝不足だから」

 隼人は伊織に昨夜のことを話す。

「なるほどね。しかし、それで寝不足とは」

 伊織は呆れたように笑うと、昨夜の隼人の考えについて思案する。

「…でも、わりといい線いってるんじゃない?部屋の安全そうな場所に隠すって。わたしならなくさないように小箱に入れて、引き出しの奥にでも仕舞っちゃいそうだけどね」

 伊織はそう言うと、冗談っぽく笑った。

「なるほど、なるほど。変に難しく考えなくても、そういう簡単な方法もあるんだよね」

 隼人は伊織の話に感心したように頷くと、

「僕なんて結局、引き出しを二重か三重底にして、尚且つ底の蓋を封印までするところまで考えちゃってたよ」

 隼人は恥ずかしそうに頭をかいた。

「それはそれでいいんじゃない?そっちの方が安心出来そうだし」

「でも二重底以上の細工に、わざわざ封印を施すんだよ?他にも、封印した小箱を校庭かダンジョンにでも埋めるとか考えちゃったし」

「そういうのもありだと思うよ。だけど、そこまでいくと取り出す時が大変だね」

 伊織は楽しそうに小さく笑うと、肩をすくめた。

「だね、とりあえず隠し場所は部屋ってことにしようか」

「いいんじゃない。これで女性で自室にネックレスを隠してる人って想定が出来たね」

「推測だけどね。ま、あとはせめて学年だけでも分かればかなり楽なんだけど」

 困ったように首に手を置いて話す隼人。

「情報少ないからねぇ……ふむ、ならまたあの日に休んだ女の子二人に話を訊いてみる?」

 伊織が思いつきを提案してみると、隼人は少し考えて頷き返した。



「いえ、改めて言われましても、やはり知りませんね」

 隼人の「先日話したネックレスについて、何か思い出しませんでしたか?」という質問に、沙也佳は首を左右に振る。

「そうですか、ご協力ありがとうございました……」

 嘘をついたなら分かるようにと、じっと沙也佳の瞳を見詰めていた隼人は、変わらない瞳の輝きに、本当になにも知らないのだと考えて頭を下げると、礼を述べた。そうして沙也佳と別れると、次の相手の羽山恵に話を訊くべく移動を開始した。



「はぁ、またですか」

 隼人の質問に、羽山恵は面倒くさそうにため息を吐く。

「何度訊かれようと、記憶にないものをどう教えればよろしいので?」

 呆れたような羽山恵の視線に、少したじろぐ隼人だったが、それでも沙也佳同様に、しっかりと相手の目を見詰める。

「……はぁ、見詰めるのは構いませんが、そう挑むように見られると、あまり気分はよくないですね」

 羽山恵は苦笑いを浮かべると、態とらしく肩をすくめてみせる。

「あ、こ、これは失礼しました」

 慌てて頭を下げる隼人。羽山恵相手だと、毎回こんな感じになっている気がする。

「……それで、もう用件は済んだのかしら?」

 そんな隼人を何か言いたげな瞳で見詰めていた羽山恵だったが、感情を隠すような声で隼人に問いかけた。

「は、はい、ご協力ありがとうございました」

 ペコリと頭を下げる隼人を確認すると、羽山恵は踵を返してその場を後にする。


「はぁ、緊張した」

 羽山恵の姿が見えなくなると、隼人は自然と安堵の息を吐いていた。



 羽山恵と別れた隼人と伊織は、一度気分を変えるために裏庭を目指していた。

「おや、二人してどうした?橘君は一緒じゃないのか?」

 その途中、一色先生が隼人と伊織を呼び止める。

「智輝は風見先生に呼ばれてまして。ああ、そうだ――」

 ネックレスについて再度訊ねて回った隼人は、ついでに一色先生にもネックレスについてもう一度訊ねてみた。

「……そのネックレスついてだが、他に誰かに訊ねてみたか?」

 一色先生は隼人の問いに僅かに何かを思案すると、答える代わりに真面目な声でそう問いかけてくる。

 隼人がネックレスについて訊ねた人達の名前を指折りながら答えると、

「なるほど、既に羽山君にも訊ねていたか」

 一色先生は感心したように頷いた。

「羽山恵さんに何かあるんですか?」

 そんな一色先生の様子に、隼人は不思議そうに首をかしげる。

「……ふむ、そうだな。その様子だと収穫がなかったようだし、老婆心ながら教えようかな」

 そう言うと、一色先生は隼人達を保健室へと案内する。


「ここなら静かに話が出来るだろう。とりあえずそこら辺の椅子かベッドにでも座ってくれ。生憎と茶と茶菓子は無いが、代わりに面白い話を提供するからさ」

 一色先生が近くの椅子に腰掛けると、隼人と伊織は保健室にあった椅子を一色先生の近くまで持ってきてそれに腰を下ろした。

「よし。ではまず君のネックレスについてだが、あれは現在羽山君が持っているはずだ」

 さらりと告げられた重要な情報に、隼人と伊織は理解が追いつかずについついキョトンとした顔になってしまう。

「「…はい!?」」

 やっと理解が追いついた二人は、揃って間抜けな声を出した。

「一応交渉はしたんだがね、はぐらかされてしまったよ」

 一色先生は二人の反応など気にせずに話を続けると、やれやれと頭を左右に振った。

「えっと、どういう事でしょうか?何故羽山恵さんが僕のネックレスを持っていて、それを一色先生が知っているのでしょうか?」

 隼人は情報を整理するようなゆっくりとした口調で一色先生に質問する。

「それは羽山君が君から奪って、私がそれに気づいたからだよ」

 事も無げに答える一色先生に、

「え?いや、えっと、そうなんですが、そうではなくて……ですね」

 マイペースな一色先生にどう対処すればいいか分からない隼人は、こめかみを人差し指で押さえながら言葉を探す。

「えっと、…まず、何故羽山恵さんは僕からあのネックレスを奪ったのでしょうか?」

 言葉を選ぶように慎重に質問する隼人。

「それは、君が彼のネックレスを所持している事が許せなかったからだろうね」

「彼?」

「明良君の事さ。まさか彼の事を忘れてたりはしないだろ?」

 確認する一色先生に、隼人は一色先生の口から出てくるとは思ってなかった人物の名前が出てきた事に驚きながらも、コクコクと頷きを返す。

「それはよかった。その明良君のネックレスを君が持っている事が彼女には許せなかったみたいだね。ま、少々独善的ではあるがな」

 出来の悪い生徒について語るように、それでいてどことなく好感を持っているような口調でそう語ると、一色先生は肩をすくめる。

「羽山恵さんは明良さんと知り合いなんですか?」

「ああ、そうだよ。明良君と長い間一緒に行動してたみたいだしね」

「そうなんですか!」

 隼人は一色先生の言葉に、ついつい大声を出してしまう。

「ああ。だから君が持っている事が許せなかった。というか、君が明良君が亡くなった時に駆けつけなかったことへの恨みっぽいけどね」

「それは……」

「ま、とにかくそんな訳で、現在君のネックレスは羽山君が持っていると思われる。そして、君が力を示さない限り、取り合ってもくれないだろうね」

「力、ですか?そんなの――」

 無理に決まっている。と、言いそうになった言葉を、隼人はすんでのところで呑み込む。

「……分かっているじゃないか」

 そんな隼人に、一色先生は満足げに口元を歪める。

「別に強いモンスターを倒しまくって名を上げろ、と言ってる訳ではないからね。ただ単に、あのネックレスを所持するに相応しいかの力を示せってだけだから」

「でもどうやって…?」

「それは自分で考えるべき案件だな」

 そう言って肩をすくめてみせると、一色先生はゆっくりと席から立ち上がる。

「とにかく、ネックレスは羽山君が所持していて、それを返して欲しいならそれ相応の力を示さないといけないって事さ。ま、がんばるんだな」

 一色先生はそこまで言うと、満足そうにあくびをしてベッドに横になる。

「眠くなったから私は少し寝るとするよ」

 それだけ言うと、すぐに一色先生の寝息が聞こえてくる。

「早っ!」

 一色先生が即眠ったことに驚きながらも、隼人と伊織は立ち上がって一色先生に礼を言って保健室を後にした。



「ふぅ、なんか色々衝撃的だったな」

 隼人は保健室から廊下に出ると、ひとつ息を吐き出した。

「うん、そうだね。……あれが全部本当ならね」

「え?」

 伊織の放った言葉に、隼人はつい声を出してしまう。

「まぁまだ羽山さんに確認した訳でもないからね。それに、…一色先生は自分の事はなにも話してないし」

 伊織の話を聞いて、そういえば、と思い出す隼人。

「ま、そう難しく考えずに、とりあえず羽山さんにでも話を訊いてみる?」

 そう問いかける伊織に、隼人は「そうだね」と頷き返した。



 昼休み中に羽山恵に話を訊くことが間に合わなかった隼人と伊織は、放課後に羽山恵に話を訊きに四組の教室に来ていた。

「……なるほど」

 最初、再度訪れた隼人達に「また来たのですか」と、呆れたような顔をした羽山恵だったが、隼人が一色先生から聞いた話をすると、今度は神妙な顔つきで頷いた。

「…そうですね、とりあえず憶測の部分が多すぎるようですが、一色先生は嘘はついていませんよ、嘘は。ただ、選別した事実を意図的にちらつかせて、自分の望む道へ誘導している節が見受けられますけれども……」

 羽山恵は、不愉快さを隠そうともせずに二人にそう告げる。

「望む道へ誘導?それはどういう?」

 隼人は意味がよく分からずに顔をしかめると、羽山恵に問いかけた。

「簡単な話です。わたくしに貴方方をぶつけたかったのでしょう。……結果は分かっているでしょうに」

 小声で呟かれた最後の部分は隼人達には聞こえなかったが、それでも、隼人達は知りたかった答えをちゃんと聞けた気がした。

「何故わたし達を羽山さんに?」

 伊織は小さく手を上げると、羽山恵にそう質問する。

「現在の貴方方の立ち位置が、一色先生にとって目障りなのかも知れませんね」

「わたし達の立ち位置?」

「はい、貴方方は二の守護者が興味を抱いている人達ですから……この場合は目障りというよりも嫉妬、ですかね」

「……すいません、羽山さんが話している内容が理解出来ないのですが…」

「分かりやすく言えば、貴方方は黒い人に興味を持たれている。ということですわ」

 黒い人という言葉に隼人と伊織はピクリと反応すると、

「何故それを?」

 警戒するように質問する隼人。

「黒い人について言っているのならば、勿論わたくしは存じていますわよ。わたくしはあれを止める側の関係者ですから」

 特に気負う事も隠す事もなく、さらりと告げられた事実に、隼人も伊織も首をかしげる。

「止める側?関係者?そもそも黒い人の正体って?」

「…何も聞かされていないのであれば、その反応も致し方無いですわね。そうですね、簡潔に、明瞭に表現するならば、わたくしは黒い人の敵であり、一色先生は黒い人の味方ということです。そして、貴方方は黒い人がちょっかいをだしてる存在で、一色先生は黒い人に貴方方ではなく自分を見てほしいと願っているのですわ。まぁ、あれでも職には誇りがあるらしいので、養護教諭としてはそういう私情は挟まずに、しっかり勤めているみたいですけれど」

 そこまで話すと、羽山恵は髪をかき上げてふぅ、と息を吐く。

「ああ、あと、わたくしは棗さんのネックレスを盗んでなどいませんので」

「え?でも…」

 その一言で、今までの話や雰囲気などがふっ飛び、一色先生の言葉が気になり聞き返す隼人。先ほど羽山恵も一色先生は嘘はついていないと言っていた。

「はぁ、棗さんの言いたい事は分かりますけど、わたくしは一色先生が語られた事は一色先生の憶測が多すぎると言ったと思いますけど?あの話の中で事実なのは、わたくしが明良様と共に行動させて頂いていた。という話と、棗さんが明良様が逝去された時に駆けつけなかった、というところだけです。ま、状況が状況だったので、駆けつけなかった貴方を赦すつもりはありませんが、別に恨んでるということはないですわよ」

 たいして気にしてないように語る羽山恵だったが、隼人は駆けつけたくても駆けつけられなかったとはいえ、心の中で師と仰ぐ親友の最期に会えなかった罪悪感からか、少し居心地の悪さを感じた。

「それ以外は一色先生の憶測ですわ。だからネックレスを盗んだ事実は無いですわね」

「でもそれじゃ、ネックレスは今どこに?」

 助けを求めるように羽山恵に問いかける隼人。

「ああ、それならばご心配なく、ネックレスの所在しょざいならこちらで把握していますので。…そういえば、一色先生は貴方に力を示せとおっしゃったのでしたわね、ならばそうされてみればよろしいかと」

「そう言わずに、あとは自分でなんとかしますから、ネックレスの在る場所だけでも教えてください」

 隼人は羽山恵に深々と頭を下げる。

「……はぁ、教えたところで、今の貴方では無理ですわよ。そもそも、貴方はあのネックレスの価値をご存知で?よもやただのネックレスなどとは言いませんわよね?」

 失望から苛立ちへ、隼人を見下ろす羽山恵の瞳は次々と色を変える。

「価値…ですか?」

 恐る恐る顔を上げた隼人は、羽山恵を見上げながら小さく首をかしげる。

「……………話になりませんわね。立派な事を口にしたいならば、せめて少しぐらいはあのネックレスの価値を思い出してほしいものですわね」

 ため息でも吐くような長い沈黙の後、羽山恵は感情の籠らない冷たい瞳を隼人に向けると、教室を出ていこうとする。

「…あっ、待って、待ってください」

 羽山恵の路傍の石でも視るような視線に萎縮した隼人は、少し遅れて引き留めようと離れていく背中に言葉を投げ掛けるも、その声は虚しく響くだけで、羽山恵は止まること無く教室を出ていった。

「隼人君……」

 誰も居ない教室で、呼び止めた姿のまま固まる隼人に、心配そうに声を掛ける伊織。

「いつぶりだろう、ここまで自分の力の無さが悔しいのは…」

「………」

 拳を握り、独り佇む隼人の姿はどこか痛々しくて、伊織はだんだん隼人の背中が小さくなっていくように感じた。



「示す力がどんなのかは分からないけど…」

 暫くすると、隼人はぽつりと呟いた。

「それでもまだ可能性があるんだ、まずはあのネックレスについて知る事からはじめよう!だけど…」

 そこで隼人は困ったように首をかく。

「分からないの?…そういえば、そのネックレスをくれた友達はもう亡くなってるんだっけ」

「ああ。それに、その友達があのネックレスをくれた時に、何を言ったのかをはっきり思い出せなくて」

「なるほど、そんな時はどうすればいいんだろう?」

 うーんと、二人して頭を捻って考える。

「ネックレスについて知ってそうな人は……羽山恵さん以外なら一色先生ぐらいかな…」

 そう自分で口に出して微妙な表情をする隼人。

「一度話を訊いてみる?他に方法も無さそうだし」

「……そうだね、他に名案も浮かばないしね」

 隼人は観念したように息を吐くと、力無く頷いた。

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