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碑文の廻廊3

「明日の朝から行くけど、マーカーを設置していないから、またはじめからの探索になる」

 ほとんど定例になりつつある食堂での集まりで、隼人は智輝と伊織にダンジョン探索の許可を貰ったことと、今回の探索の注意事項を報告する。

「はじめからか、なら主の部屋の前にマーカー置いて、主を倒すのはその次の探索がいいかな?」

 智輝が二人を見回して首をかしげると、その智輝の言葉に頷いた伊織が、

「そうだね、先生方が対処してくれたらしいから、前回の馬鹿みたいに強い主じゃなくなったけど、それでも主だからね、疲れたままだとキツいかもしれないね」

「それじゃ、明日は主の部屋の前までを目標にしようか。その後マーカーを設置してから帰還して申請出すから、主と戦うのは明後日でいいかな?」

「いいと思うよ」

「ええ、それでいきましょう」

 碑文の廻廊を攻略するまでの順序を確認した三人は、そのまま歓談しながら食事をはじめた。



「なんか久しぶりだねー」

 碑文の廻廊の入口を見回した伊織が、少々の懐かしさが混ざった声をあげる。

「一ヶ月以上ほぼ毎日ここに来たからね、数日来てなかっただけでなんか懐かしいよね」

 隼人は感慨深げに伊織の言葉に同意する。

「……オレは懐かしいというより、早く終わらせたいけどね」

 伊織とは違う意味でキョロキョロと忙しなく辺りを見回していた智輝が、ぼつりとそう呟いた。

「主との戦いの時はちゃんと参戦出来てたのにね」

 そんな智輝の様子を、わざわざ振り返ってまで不思議そうに観察する伊織。

「あれは一大事だったからで、そんなに簡単に治りはしないよ。今でも風見先生のところに通ってるんだからさ」

 キョロキョロと辺りを警戒しながらも、伊織の言葉に、少しいじけたように抗議する智輝。

「そうなんだ、中々上手くいかないね。逃げれるようになったのは進歩だけどさ」

 伊織はう~んと、口を尖らせると、難しい顔で考えはじめる。

「そろそろ最初のモンスターが来るよ、おしゃべりもいいけど、気をつけてね」

 隼人の声で我に返った伊織は、振り返って戦闘態勢をとると、前方を注視する。その直後にモンスターが現れた時には、智輝は既に避難していた。



「やっとここか~」

 前回通った時の休憩場所を過ぎて、マーカーを設置した場所まで到着すると、伊織は疲れたように言葉を吐き出した。

「前来た時よりは大分早く着いたね」

 最初の予定通りに左回りの道を選んだ隼人達三人は、二度目ということもあり、比較的慣れた足取りで道を進むと、前回よりも早く、以前マーカーを設置した場所に到着したのだった。

「ここまで来たってことは、主の部屋まであと少しってことか」

 智輝は一度ぐっと伸びをする。

「前回はこの先まで一回じゃ行けなかったからね、二度目だと少しは楽になるものだね」

 隼人は歩きながらしみじみと呟く。

「さて、じゃあ残りあと少し、張りきって行こう!」

 伊織は自分を鼓舞するように声を出す。碑文の廻廊の主の部屋の前に到着するまであと少しだった。



「ぐはッ、……バカな、この俺様がこうも容易く……ッ」

 槍を手にした長身の男は、ぬかるんだ地面を背中で滑るように飛ばされると、驚愕に目を丸くして、自分を吹き飛ばした相手を視界に収める。

「はぁ、退屈ですわね」

 男から驚愕の視線を向けられた少女は、浮かない顔でため息を吐くと、戦っている相手ではなく、空を見上げる。その瞳は、ここではないどこか遠くを見詰めていた。

「クソッ、俺様をなめやがって!!」

 そんな少女の態度に、男は苛立たしげに奥歯を噛みしめると、持っていた槍を強く握りしめる。

泥濘ぬかるみだからって、距離取って油断してんなよ!」

 男はぬかるんだ地面を力強く蹴ると、地面すれすれを飛ぶように滑空して距離を詰める。

「うりゃぁ!」

 男は気合いの入った声をあげると、ぬかるんだ地面ではなく、その上の虚空を蹴る。

「喰らえッ!」

 そうして少女との距離を一気に縮めた男は、少女目掛けて槍を勢いよく突き出した。

「なに……ッ!」

 男が高速で突き出した槍は少女を貫く直前、折れるのではなく、内部から爆発したかのようにバラバラに飛散してしまった。

「はぁ、やはりつまりませんわね」

 目の前の光景にショックを受けて少女の目の前で一瞬固まってしまった男目掛けて、少女は周りを飛ぶ羽虫を追い払うかのように、鬱陶しそうに手を右から左へと水平に振るうと、男は真横へと勢いよく吹き飛ぶ。その際、手が触れた顔はひしゃげて、首より下の部分より遠くへと飛んでいってしまった。

「……気晴らしにもなりませんでしたわね……本当に、世界はいつになったら色を取り戻すのでしょうか……」

 遠い声で寂しげに呟く少女の手には、いつの間にか一冊の本が握られていた。その本の表紙には、『叫びの沼地』とだけ書かれていた。



「つーかーれーたー」

 碑文の廻廊の外へと帰還した隼人は、先生へと帰還報告と、明日の探索許可申請を願い出る。そんな隼人から離れた場所で、伊織は駄々っ子のような大声を出す。

「お疲れ様です」

 そんな伊織の相手をしている智輝は、戦闘を任せている負い目からか、逆らわずに感謝の言葉を述べつつ丁寧に頭を下げる。

「とりあえず無事に主の部屋の前までは辿り着いたけどさ、今回は敵多かった!前回よりも二割増しぐらいだったよ!」

 伊織は疲労の濃い声で抗議する。智輝に言っても無駄なのは分かっているが、抗議せずにはいられないようだった。

「ごめんね、戦闘に参加出来なくて。主との戦いでは参戦出来るかもしれないからさ……」

 宥めるように優しく伊織に語りかける智輝。

「むむむむむ、……しょうがないな、絶対参戦してよね、それで赦してあげるから」

 なんとなく酔っぱらいを相手にしている気分になってきた智輝だったが、それでも思うところもあったので、腹をくくってしっかりと頷いた。



 夢を見た、幼い頃の夢を。

 その頃の僕は、自分の弱さが負い目となって、いつも暗い顔をしている子どもだった。

『おや?そんな暗い顔をして、どうかしたのかい?』

 ある日、いつものように暗い顔をしている僕へと話し掛ける、見知らぬ少年が現れた。

『どうもしないよ、ただ笑えないだけさ。そんなことより、お兄さんは誰だい?』

 幼い僕は、少年へと光のない瞳を向ける。

『ははっ、そうか。僕の名前は井角明良という、よろしく頼むよ、少年』

 明良さんはそう言って僕に笑いかけると、手を差し出した。

『………俺は雲雀隼人だ。よろしくするかはお兄さん次第だよ』

 僕はその差し出された手を一瞥すると、つまらなさそうにそういい放った。この頃の僕はまだ、雲雀姓を名乗っていた。

『ははっ、そうだな。僕は当分雲雀家に出入りするから、その間に隼人君に信用してもらえるように努力するとしよう』

 明良さんは差し出した手を引っ込めると、首の後ろを擦るように手を置いて、そのまま僕へとニコニコと人懐っこい笑顔を向けてくる。


――――――


 そこで急に世界が歪むと、場面が変わった。

『弱い、ね…』

 明良さんはぽつりと呟く。どうやら僕が悩みである自分の弱さについて話した時のようだった。

『俺にもっと魔力量があれば、父様も母様もあんなに責められずにすむのに……』

 僕は弱々しく語る。この頃には僕に弟が出来て、魔力量の少ない僕の立場が危うくなってきた頃だった。

『……確かに魔力量は先天的なもので、衰えることはあっても増えることはない。しかし、魔力量が少ないだけで弱いという訳ではないよ。魔法使いの強さは魔力量だけで決まるものではないからね』

 明良さんは優しい顔を僕に向けてくれる。

『それはお兄さん自身のことを言っているのかい?…それでも目安の一つに変わりないだろう、分かりやすい目安の。雲雀家は名家だ、代々魔力量の多い強者を輩出してきた名門だ。そんな名門にあって、どうあがいても、俺は魔力量が少ない弱者だ』

『弱者ね、隼人君にとって弱者とは、魔力量が少ない者のことを指すのかい?』

 明良さんは首をかしげて問いかける。そうすることで、腰を屈めて目線を合わせてくれていた明良さんは、少し覗き込むような格好になった。

『そうだろ、弱者は弱い者のことだ、魔力量の少ない者は大概弱い、だから弱者で間違ってないだろ』

 僕は怒鳴るような勢いで明良さんに言葉を投げつける。

『そういう見方もあるな。だけどね、弱者とは単に戦う力がないものを指すわけではないよ。弱者とはね、大まかにいえば庇護される側の者のことだと僕は考えている、そこに強弱は存在しない。そしてね、僕は思うんだよ、弱者とは弱い者と書くが、本当はしたたかな者と書いて強者じゃくしゃと呼ぶべきだと』

『強かな者?』

『ああ、弱者と呼ばれる人たちは、言葉は悪いかもしれないが、とても狡猾だ、生きるためならばなんだってする。たとえそれが悪事だとしてもな。なんたって弱者には自由があまりない、そして、それに比例して責任だって多くない。だが逆に、強者というのは大変だ、強いが故の責任や義務が多い。まぁ、何でも例外はあるがね』

『…で、何が言いたいの?』

『君が本当に自分を弱者だと思うなら、弱者であることを活用すればいい』

『弱者を…活用?』

『ああ、弱者は助けられても恥と思う必要はないし、誰かに頼るのも恥ではない。無論、それを当たり前だと思ってはいけないけれど、それでも気楽なものさ』

『……そんな矜持のない生き方』

『ふふ、そう思うのなら君は自分を弱者だとは思ってないのだろうね。ならば技術を磨けばいい、こちらも矜持がないと言われるかもしれないが、勝つために手段を選ばずね』

『……結局何が言いたいの?』

『好きに生きろってことさ。君は少々家に囚われすぎている』

『………お兄さんは、どうなの?井角家だって名家じゃないか』

『家の跡は弟が継ぐからね、僕には関係ないよ』

『………』

 あっけらかんと答える明良さんに、僕は少し意表を衝かれて黙ってしまう。

『僕はね、やりたいことがあるんだよ』


――――――


 そこで再度世界が歪むと、意識が浮上する感覚を覚える。その刹那、『そのネックレスは、いざという時に君を守ってくれるだろう。なんせ――』明良さんの言葉を思い出しそうになるが、目に入る光で意識がはっきりとしだした。


「ん、んんん」

 目を開けると、見知った自分の部屋の天井だった。

「朝、か」

 隼人はゆっくり身体を起こす。

「なんの夢だったっけ?」

 先ほどまで見ていた気がする夢について思い出そうと試みるが、結局何も思い出せなかった。



「さぁ、主を倒して、碑文の廻廊を攻略しよう!」

 現在地は碑文の廻廊の主の部屋の前、隼人は確認がてら気合いを入れるように声を出す。

「やっとだね。前回が酷かったからね、今度こそ主を倒して次に進むよ」

 グッと両手で拳を握って気合いを入れる伊織。

「が、頑張るぞ!」

 僅かに震える声で智輝も気合いを入れた。

 こうして気合い十分な三人は、主の部屋へと足を踏み入れた。



「いらっしゃい、お兄ちゃん♪お姉ちゃん♪」

 前回と違っていきなり異空間に飛ばされることなく部屋へと入れた三人を、嬉しそうに迎え入れたのは、半透明な身体に、左腕だけが骨になっている少女であった。

「前はいいところで逃げちゃって酷いよ。でも、また来たってことは、今度こそワタシを殺しにきたの?」

 そう言うと、少女は可愛らしく首をかしげる。

「ああ、君を倒して僕らは先へと進ませてもらう!」

 今度は迷うことなく隼人は少女にそう告げる。

「そっか……、この前はお兄ちゃん達が逃げちゃった後に大人の人達がワタシをいじめに来たから、今度こそお兄ちゃん達はワタシと遊んでくれると思ったんだけどな……」

 底冷えのするような暗い声音で呟いた少女は、虚空から少女の身長よりも長い、一本の大鎌を取り出した。

(今回は、あの大鎌から禍々しさが感じられない、先生達がちゃんと対処してくれたんだな)

 隼人達はその大鎌を見て安堵するも、直ぐに気を引き締める。

「いっくよー」

 少女は可愛らしい声でそう言うと、大鎌を引き摺るように構えて、一番近くに居る隼人目掛けて駆け出した。

(やはり、大鎌が正常に戻ったから今回は前回よりは遅い……けど)

 前回の一足飛びに距離を詰めてきた時と違って、今回はちゃんと走ってくるところがしっかり見えるぐらいの速さだった。

「それでも速いんだけどねッ、と」

 隼人の近くで少女が身体ごと大鎌を振り回すが、隼人は後方へと飛び退くことで回避する。

「きゃっ!」

 隼人が後方へと飛び退く際に、少女目掛けて投げた炸裂弾が目の前で爆発して、少女は小さく悲鳴をあげる。

「痛いな、もおっ!」

 たいして怪我をしてない少女は、怒ったように頬を膨らませると、地を蹴って再度隼人に襲いかかる。

「もう一発!」

 そんな少女目掛けて、隼人はもう一度炸裂弾を投げつけるが、炸裂弾が直撃した少女は煙のように消えてしまい、その消えた少女の両わきに、新たに同じ姿の少女が二人出現する。

「「へっへー、そう何度も同じ手は喰らわないよー、だ」」

 二人の少女は同時に同じことを口にすると、片方は隼人に、もう片方は伊織目掛けて突撃する。

「うおッと」

 隼人は振り上げられた大鎌を更に後方へと飛んで避ける。

「危なっ!」

 伊織は咄嗟に目の前に魔法の障壁を張って、横へと振り払われた大鎌を防ぐ。

「凄い、凄い」

 その光景に、少女は楽しそうにはしゃぐと、更にもう一人増える。

「「「まだまだいくよ!」」」

 三人の少女は、それぞれが隼人達一人ひとりに当たる。


「ほらほら、反撃してこないとワタシを殺せないよ」

 隼人に相対した少女は、全身を使って踊るように隼人を間断なく攻め立ててくる。

「くっ、やりづらいな……」

 大鎌と短剣の間合いの差から攻めようにも中々攻めきれず、隼人は反撃の機を窺いながらも、避けることに専念する。

「まだまだ続くよ!」

 クルクルと舞うように大鎌を振るう少女が隼人に背中を見せたその刹那、隼人は短剣の間合いの外から短剣を振るうと、短剣の先から突然炎の刃を出現させて少女を斬りつける。

「きゃっ!!」

 少女は何が起きたか分からないという顔をして隼人から距離をとる。

「忘れてたよ、お兄ちゃんは暗殺が得意なんだったね」

 炎の刃で斬りつけられた肩口を見て、何をされたのか理解した少女は、口元を弓なりに歪める。

「浅かったか……」

 隼人はその結果に、奥歯を噛み締める。

「そうだな……、それじゃこんなのはどうかな?」

 少女が隼人から離れた場所から大鎌を振るうと、隼人の背中に激痛が走る。

「なっ!」

 隼人は反射的に前方に逃げる。その途中で後方を確認するが、そこには何もなかった。

「ふふふ、暗殺が得意なお兄ちゃんに気に入ってもらえたかな?」

 可愛らしく小首をかしげる少女は、口元に嗜虐的な笑みを浮かべていた。


「う~ん、お姉ちゃんの守りは堅いね」

 伊織は少女の攻撃を魔法障壁で防ぎながらも、ぶつぶつと呪文を詠唱する。伊織の詠唱が完了すると、少女を囲むように槍の穂先のような氷の塊が出現する。

「やばっ!」

 少女はそれを確認すると、急いで後方へと飛び退こうとするが、伊織の攻撃の方が一瞬早く襲い掛かる。

「きゃっ!くぅぅぅ」

 少女は全身を氷の塊に貫かれ、苦しそうに呻く。

「まずは一人目!」

 伊織は目に前に氷の槍を出現させると、それを少女目掛けて射出する。

「が、ぐぅっ」

 少女は氷の槍に刺し貫かれて泣きそうな顔をすると、そのまま大気に溶けるように消えていった。

「よし、こっちは倒せたけど……」

 伊織は心配そうに智輝の方へと顔を向ける。


「風の刃よ!」

 智輝が短く詠唱すると、不可視の刃が少女へと襲い掛かる。

「効かないよ~」

 少女はその場で大鎌を回転させると、不可視の刃を全て防いでしまう。

「クソッ!」

 智輝は悪態をつくと、斜め後方へと跳んで少女と距離をとる。

「風の刃よ!」

「だから効かないよ~って」

 智輝の叫びに、少女はつまらなさそうに大鎌を回転させる。

「………あれ?」

 いつまで経ってもやってこない不可視の刃に、少女は大鎌を回すのを止める。

「ぶー、騙された!」

 少女は頬を膨らませて智輝に抗議する。

「それは悪かった、よッ!」

 智輝は謝罪の言葉を口にしながらも、左腕を右下から左上へと素早く振り上げる。

「あ、あれ?」

 少女は急に世界が傾いだことに驚き、困惑した声を出す。

「なんとか倒せた…」

 智輝は飛ばすのではなく、左腕に纏った長大な風の刃でもって、油断した少女の胴体を斜めに斬りつけると、少女は胴体から上下に二つに分かれて消えていった。

「こっちは終わりっと」

 智輝はひとつ息を吐くと、他の二人へと視線を向ける。すると、ちょうどこちらを見ていた伊織と目が合った。

「そっちも倒したんだね」

 智輝に気づいた伊織が手を上げる。

「ああ、なんとかね。……さて、あとは……」

 智輝と伊織は同時にあと一人、隼人の方へと顔を向けた。


「はぁ、はぁ、はぁ」

 隼人は肩で息をしながらも、周囲へと意識を向ける。前回の異空間への転移や、虚空から大鎌を出したりと、どうやら少女は空間をいじるのが得意らしく、今も大鎌を降り下ろした空間と、隼人の背後の空間を繋げて、遠距離からの背後からの奇襲という離れ業を可能にしていた。

「これは厄介だね」

 隼人は短剣を構え直す。さすがに遠距離から近接攻撃が可能な相手に短剣では心許なくはあったが、今はこれしか武器がなかった。

「さて、どうしたものか」

 隼人が間合いを詰めようと前進すると少女は後退し、隼人が後退すると少女は動かなかった。いくら部屋の空間には限りがあるとはいえ、それなりに広い空間なうえに、あまり追い詰めると、どれぐらい移動出来るかは分からないが、少女自身が空間から空間へと移動しかねなかった。もしかしたら異空間に逃げられるという可能性も存在していた。

「本当に厄介な相手だね」

 隼人は少女の奇襲をギリギリで回避しながらどうしようかと思案する。

「ははっ、まだお兄ちゃんからは来ないのかな?それならまたワタシからいくよ!」

 少女は愉悦を隠そうともせずに攻撃してくる。

「どこからでもッ、攻撃可能はッ、本当に厄介だなッ、と」

 少女の攻撃を紙一重でかわしながらも、隼人は背中の傷の具合を心配する。

(この傷で強制帰還はないだろうけど、少し血を流しすぎてる気がしますね……)

 隼人がそんなことを考えていると、少女は愉しそうに口元を歪める。

「やるね、お兄ちゃん」

 そう言って少女が再び大鎌を構えると、

「きゃ!」

 少女は短い悲鳴とともに、横からの攻撃に吹き飛ばされる。

「くっ、なに!?」

 少女はわき腹から血を流しながら立ち上がると、攻撃が飛んできた方へと顔を向ける。

「もう一丁!」

 そこには、少女の分身を倒した智輝と伊織が、魔法を発動させる寸前で少女の方へと向いていた。

「なっ!!」

 少女は急いで大鎌を構えるが、

「グハッッッ!!!」

 智輝と伊織の魔法の発動の方が早く、氷の槍が風の力を借りて物凄い速さで少女を貫いた。

「う、うう、また、死んじゃうのか………」

 氷の槍で壁に固定された少女は、自分を刺し貫いている氷の槍を見詰めると、一筋の涙を流して消えていった。


「ありがとう、助かったよ」

 ふらふらになりながら二人に近づいた隼人は、弱々しく礼を言う。

「大丈夫!?ごめんね、助けるのが遅くなって」

 二人は隼人の元へと駆け寄ると、両わきから支えるようにして並ぶ。

「大丈夫だよ、ちょっと血を流しすぎただけだから。でも、さっさと本を回収して戻りたいかな」

 ははっと、隼人は力なく笑うと、智輝と伊織に支えてもらいながら少女が消えた場所へと移動する。

「あ、あったあった!」

 伊織が地面に落ちていた本を見つけて回収すると、三人は揃って帰還した。



「先生、これを」

 三人は帰還すると、伊織が今日の探索の監督役である黒尾先生に本を提出する。

「……確かに受け取りました」

 黒尾先生は本の表紙に書かれている『碑文の廻廊』という文字の他に、本の作りや中身を確認すると、大きく頷いた。

「棗隼人・橘智輝・妹尾伊織の三名の碑文の廻廊の攻略が完了したことをここに認めます」

 黒尾先生の承認とともに、隼人達三人の碑文の廻廊の攻略が終わったのだった。


 今回の更新はここまでです。

 次の更新はまた貯まり次第始めますので、気長にお待ちください。

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