ネックレスと少女
碑文の廻廊から撤退した後、三人は保健室を訪れていた。
帰還魔法が発動する寸前の最後の少女の大鎌の一撃は、大怪我とまではいかなかったが、隼人にしっかりと届いていて、少女の魔法の攻撃を受けた伊織と一緒に保健室で怪我の手当てをしてもらっていた。大して怪我をしなかった智輝は、その付き添いで来ていた。
保健室で養護教諭である一色先生に傷の手当てをしてもらうと、今日はもう解散ということで、三人は寮へと戻ったのだった。
◆
碑文の廻廊の主の件は先生方が対処をするらしく、三人には必要なら話を聞くこともある。ということだけだった。
「さすがに疲れた」
自室に戻った隼人は制服から私服に着替える。
「うわぁ、綺麗に制服切れてるよ、これ、どうしよう」
綺麗に背中の部分が切れた制服は、あの大鎌の切れ味の鋭さを物語っていて、隼人は今更になってぞくりと寒気を感じる。あの時、あとほんの一瞬帰還魔法の発動が遅れていたら、背中を少し斬られただけでは済まず、胴を真っ二つに刈られていたであろう。
「……難易度が上がればあんな強さの敵がこれからも出るのかな……」
今回の敵は外部からの助力により想定外の強さを得ていたが、この先このレベルの強さの敵が出ないという保証はどこにもなかった。
「あと二人、強い人にパーティーに加入してもらって、自分達の技術にも磨きをかけて……やることはいっぱいだな」
はぁ、と、隼人はため息を吐くが、それで少し落ち着いた隼人は、そこで自分の首にいつもしているはずのネックレスがない事に気がついた。
「どこかに落とした?あの大鎌で鎖が斬られたとか……いつからなかったっけ」
隼人は焦る気持ちを抑えて、必死に時間を遡ってネックレスの有無を思い出そうとする。
「ダンジョンの主の部屋に入る頃には……あった、と思う。その後に異空間に飛ばされて……」
いつも服の下に隠すようにつけていただけに、はっきりとは思い出せずに苦労する隼人。
「異空間では分からないが、そもそも異空間は実体だったのか?……んーその後、ダンジョンの主と戦う前には……あった……か?あれ?あったっけ?」
ダンジョンの主と戦う前には既になかったような気がしてきた隼人は、もう一度ダンジョンの主の部屋に入るところから思い出す。
「えっと、まずは智輝が門を見上げて、それを素通りして、部屋に入ると異空間で………うん、この時はまだあったな、入る時に触れて確認したし。異空間でも、途中確認したからあったな、うん。ということは……」
そこまで思い出したところで、ふとダンジョンの主の少女が言っていた事を思い出す。
「……あのお姉ちゃん、か。僕達よりも前に来た人かもしれないけど、もしかしたら僕達が部屋に入ったあの瞬間、あの場所にはもう一人居たのかもしれないな……」
ふむ、と考え込む隼人。河野先生と一緒に碑文の廻廊へと行ったのは隼人達三人だけで、それは河野先生も話していた。ということは、犯人が学園の生徒の場合は違反者ということになるが……、
「いったい誰が……」
隼人は落ち着かないように胸の辺りを強く掴む。そこはいつもネックレスがあった場所だった。
◆
「ああ、明良様!さすがは貴方がお作りなられたネックレスです。この指輪同様にとても美しい……」
隼人がつけていたネックレスを見詰め、うっとりとした声を出した黒髪の少女は、そのネックレスを丁寧な手つきで、鍵つきの丈夫そうな作りをした小箱にしまう。
「フフフ、こうも上手くいってしまうと逆に不安になってしまいますわね」
少女は小箱の縁を確かめるように人差し指で優しくなぞると、その小箱を引き出しにしまう。
「念のために引き出しにも封印を施しておきましょう」
小箱を仕舞った引き出しの縁を指先だけで軽く触れると、縁をなぞるように指先を丁寧に動かす。
「これで封印完了ですわ。それにしても……」
少女は碑文の廻廊で出会った主の少女のことを思い出す。今回は彼女の能力のおかげで上手くことは運んだが、あのままだと後々厄介な存在になるだろう。
「まぁ、先生方が黙っているとは思えませんので大丈夫でしょうけど」
少女は封印を施した引き出しを一瞥すると、軽い足取りで自室を後にした。
◆
「ネックレス?そんなのつけてたっけ?」
翌日の朝、教室での隼人の言葉に、伊織は首をかしげる。
「うん、普段は服の下につけてたんだけど、昨日、寮に戻って私服に着替えた時になくなってることに気がついて」
元気がない隼人に、困ったように頭をかく伊織。
「いつ無くしたんだ?主との戦闘でか?」
智輝の質問に、隼人は首を左右に振る。
「多分その前、異空間に行って帰ってきた時だと思う」
「どういうこと?異空間に忘れてきたってこと?」
伊織の言葉を、隼人は首を左右に振って否定する。
「違う、おそらく寝ている間に誰かが持ち去ったんだと思う。それも多分女性が」
「女性が?何で分かるんだ?」
智輝は訝しげに眉を寄せる。
「碑文の廻廊の主が言ってたじゃないか、『あのお姉ちゃんと違って』って。それは多分、僕達が部屋に入った時に居たかもしれない先客の事を言ってたんじゃないかなと思ってね」
「でも、昨日はわたし達以外には誰も参加してなかったよね?」
「違反者って事か!?」
伊織と智輝の言葉を隼人は、首を縦に振って肯定の意を示す。
「それはまた厄介な……」
伊織は肩をすくめると、嘆息する。
「で?その違反者を見つける手伝いをすればいいの?」
「うん、お願い出きるかな?」
「わたしはいいけど……」
伊織はちらりと窺うような視線を智輝へと向ける。
「オレもいいに決まってるだろう」
智輝はそう言うと、ドンと力強く自分の胸を叩いた。
「ありがとう二人共!」
感謝を込めて頭を下げる隼人に、
「先生たちの結果待ちで暇だからやるだけさ」
智輝はそっぽを向いてそうぶっきらぼうにいい放つ。
「照れ隠しなんて智輝君に似合わないね」
伊織はそんな智輝の様子に、少々意地の悪い微笑みを浮かべると、からかうように話かける。
「……別に照れ隠しなんかじゃ」
そんな伊織に、そっぽを向いたまま小さく反論する智輝の顔は、うっすら赤く染まっていた。
◆
智輝と伊織の協力を得て、犯人捜しが始まった。とはいえ、おそらく女性という曖昧なことしか分かってない状況で、捜索など慣れていない三人には、どこをどう捜せばいいのかが分からず、三人を悩ませていた。
「………」
現在は授業中、久遠魔法学園では、卒業までに一定の講義を受けなければならず、そのために個別やパーティー単位での授業も行われていた。隼人達は最近ダンジョンに入り浸りで、座学の授業が滞っていただけに、こうして消化していくのはどこかで必要だったのだから、ある意味では現状は計画的と言えなくもなかった。
正直なところ、たとえ情報が少なくとも、隼人は今すぐにでもネックレスを探しにいきたかったが、パーティーメンバーと足並みを揃えないと後々に響いてしまうことになるので、隼人は大人しく授業を受けていた。
(それにしても、何故わざわざ違反をしてまであのネックレスを奪ったんだろう)
そんな事情で授業に身の入らない隼人は、ぼんやりとした視線で講義をしている先生を眺めながら、そんなことを考えていた。
(あのネックレスは明良さんが御守り代わりにくれたもの。あの金属の花などは精緻な細工ではあるけれど、それ以上でもそれ以下でもない普通のネックレスのはずなんだけどな……)
そもそも何故、隼人の近くにいた智輝や伊織も気づかなかったネックレスの存在を知っていたのか、わざわざ危険を犯してまであのネックレスを盗む動機やネックレスを盗んだ目的等々と、考え出したらきりがなかったが、ひとつだけ確かな事は、犯人にとってあのネックレスはそれだけの価値があったということだった。
(一応先生にもダンジョンの主の部屋で見かけたら回収してもらえるように頼んでおこうかな。確か今日の昼過ぎから潜るらしいから、まだ間に合うと思うし)
隼人は壁に掛かっている時計を確認すると、長い間考え事をしていたからか、もうすぐ授業が終わるところだった。
◆
「さて、職員室にでも行きますか」
授業が終わると、隼人は河野先生を捜して職員室を訪ねる。
職員室では、もう発つ準備を終えていた河野先生が、自分の席に座って何かしらの書類仕事をしていた。隼人は職員室に入ると、河野先生に事情を説明する。
「なるほど、分かりました。その五角形の盾と六枚花弁の花が付いたネックレスがあれば回収しておきましょう」
河野先生はひとつ頷くと、眼鏡の端を軽く持ち上げた。
「よろしくお願いします」
隼人は頭を下げると、河野先生に礼を述べて、職員室を後にした。
◆
「さて、じゃ隼人君のネックレス捜索隊の活動を始めようと思うけど、…なにから始めようか?」
昼休み、隼人達三人は裏庭に用意されている休憩所に集まって昼食を摂っていた。
「決まってないのかよ!やることっても情報が女性ってだけだからな、この学園の女生徒ってだけでも結構居るのに、黒い人の件もあるし、部外者の可能性だってある訳で……」
そこまで自分で言って、困った表情になる智輝。
「なら、最初は動機なんかを推測して情報を補強するのなんてどう?」
「なるほど、それでいこう!」
伊織は納得して頷くと、隼人をビシッと指差した。
「まずは動機?だけど……、そもそも隼人のそのネックレスってどんなのだったの?何か貴重な物とか?」
智輝の問いに隼人は静かに首を左右に振ると、
「友達からの貰い物で、友達の自作だから世界に一つだけの品ではあるけれど、それ以外では別段貴重な金属を使ってるとかはないから、貴重品という訳ではないよ」
「ふーむ、じゃなんでそんな物を盗んだか、だけど、しかもわざわざダンジョンの主の部屋で、密かにダンジョンに侵入してまで」
伊織の言葉に頭を捻る三人。
「思い出の品だったとか?」
「友達が作って直ぐにくれたらしいから、他の人に思い出なんてないと思うよ?」
「その友達は?」
「もう亡くなってる。だからもし、友達が犯人なら化けて出たことになるね」
「ふむ、その友達の知り合いとか、隼人君がしているネックレスを見て一目惚れしたとか?」
「そうなると追跡はかなり厳しくなるね、友達の交遊関係とか詳しくないし、一目惚れならもうみんなが容疑者だもん」
お手上げとでも言うように肩をすくめる隼人。
「そっか、ならなんでダンジョンで襲ったかだけど……」
「それは単に襲いやすいからじゃない?」
「襲いやすい?」
智輝の答えに首をかしげる伊織。
「ほら、学園内だと何かと人目があるし、先生達だって近くに居るしさ。人目につかず、尚且つ安全に、となるとダンジョン内が楽かな?って、密かにダンジョンに侵入出来るなら参加者からバレることもないし」
「でも、授業出てないとそれはそれで目立ちそうだけど?」
「それは仮病なり使って居ない理由を作れば――」
「ああ、そういう捜し方もあるのか!」
智輝の話を聞いていた隼人は、智輝の話の途中で感心したように何度も頷く。
「何が?」
話を遮られた智輝は、怪訝な顔で首をかしげる。
「仮病だよ!つまり、昨日学園を休んだ女子か、僕達がダンジョンに潜っていた時間だけでも授業を受けてなかった女子を捜せば、その中に犯人が居る可能性が高いということだよ!」
「ああ、なるほど」
隼人の言葉に納得した頷きを返す智輝。
「でもどうやって?先生に聞くの?」
「それが一番手っ取り早いね、教えてもらえなければ地道に聞きこみで……」
隼人の言葉に、伊織は呆れたようにため息を吐いた。
「え?僕、何かおかしなこと言った?」
伊織の反応に、隼人は少し慌てた声を出す。
「いや、教えてもらえるかどうかは別にして、先生に当たってみるのは妥当として、次善策が地道にってのはちょっと大変かな、って」
「まぁ、一学年だけでもクラスが五、六個はあるからね……」
「それもだけど、そうじゃなくて、隼人君と智輝君は他のクラスや学年に知り合いって居るの?わたしは同学年の別の二、三クラスなら居るけど、それだけだし」
伊織の言葉に、隼人と智輝は目配せすると、同時に首を左右に振る。
「だよね、それじゃ大変だねぇ。上級生の教室に訊きに行くのとか、わたし嫌だよ?行くなら二人のどちらかにしてね?」
真顔でそう宣言する伊織に、上級生の教室へ訊きに行く自分でも想像したのか、なんとも微妙な表情になる隼人と智輝。
「先生に賭けるしか……」
「保健室の先生や寮母さんに訊くのもひとつの手だけど、とりあえずこの話は先生に訊いてから考えよう」
伊織の提案に隼人と智輝は揃って頷く。
「それじゃ、松野先生は今も居るはずだから、松野先生に訊いてみるよ!」
隼人は席を立つと、空になった自分の弁当箱を片手に、職員室へと走っていった。
「隼人君が走って行くなんて、よっぽど大事なネックレスなんだね」
そんな隼人の背中を見送りながら、伊織はどこか感心したような響きのある呟きを漏らしたのだった。
◆
結論から言うと、隼人達が碑文の廻廊の主と戦っていた日に欠席していた人については、松野先生から教えてもらえた。だが、さすがに全学年全クラスは把握してないようで、教えてもらえたのは担当している隼人達のクラスの他には、その日松野先生が授業をした二クラスのみだった。
「それにしても病欠や早退無しとは、他のクラスか学年か……」
少し落胆した表情を見せる隼人。
「まぁ、明日にでも他の先生に訊いてみればいいんじゃない?河野先生辺りとか、クラスや学年問わず結構把握してそうだし」
伊織は慰めるような微笑みを隼人に向ける。三人は現在、いつもの如く食堂に集まっていた。
「うん、そうするよ。碑文の廻廊の件も気になるし」
隼人はこくりと頷くと、食事をはじめる。
「ああ、そういえばそんな話もあったね、ネックレス騒動ですっかり忘れていたよ」
智輝は口へ運ぶ途中だった箸を止めてそう呟くと、食事を再開する。
「忘れてたって……」
そんな智輝に、伊織はわざとらしくため息を零した。
「………ん?」
そんな二人を食事をしながら眺めていた隼人は、少し離れた席に羽山恵が座っていることに気づいたが、今までのような背筋が伸びるような、重圧を感じるような視線は感じられなかった。というより、こちらにはもう関心がないような雰囲気であった。
「…………」
そんな羽山恵の様子に、隼人はホッとしたような、何か引っ掛かるようなおかしな気持ちになる。
「隼人君どうしたの?ボーッとして」
そんな微妙な感覚を感じていた隼人の顔を、心配するように覗き込む伊織。
「ん!?いや、何でもないよ」
ふるふると慌てて首を左右に振る隼人に、
「大丈夫だよ、きっとネックレスは見つかるから」
ネックレスの件でボーッとしていたと勘違いした伊織が、そう励ましてくれる。
「うん、ありがとう」
隼人は感謝を込めて、にこりと伊織に微笑み掛ける。
その隼人の様子に満足げに微笑み返すと、伊織は食事を再開したのだった。
◆
「力を、ね……」
三空学園長は、手元の報告書を読み終わると、ぽつりとそう呟いた。
「はい、どうぞ」
三空学園長は傍らに控える鏡花へとその報告書を渡す。
「……………」
鏡花は三空学園長から報告書を受けとると、その報告書へとさっと目を通す。
「警告……ですかね?」
鏡花の問いに、三空学園長は静かに頷いた。
「やっぱり彼らが狙われたんだろうね。……といっても、警告はこちらに向けてだろうけども」
「どうされますか?」
「どうもしないよ、これはつまり相手も追い詰められてきた、ということだろうし、私達のやることに変わりはないさ。ま、職員全員に今後注意するように、ぐらいは通達するけどね」
それを聞いて鏡花は、そっとどこか呆れたようなため息を吐いた。
「尻を捲られたというのに、相変わらず適当ですね」
「これが私の持ち味だからね」
「そうですか……」
おどける三空学園長に、鏡花は素っ気ない返事を寄越すと、
「それで、追い詰めてる兼護様はいつになったら鍵を奪還出来るのでしょうか?」
他人事のような鏡花の冷たい呟きに、三空学園長は一瞬困ったような表情をする。
「……鏡花は相変わらず容赦ないな。しょうがないだろう、相手の本拠地が沢山あるんだから、本拠地なのに……」
三空学園長のその拗ねたような物言いに、
「その本拠地の大半を潰したのは私ですけれど」
冷めた眼差しを三空学園長に向ける鏡花。
「あ、あれー?そうだったかな?それは困ったな、次からは善処しよう、うん」
三空学園長はおどけた声を出して大きく頷いた。
「はぁ、まぁその事はまた機会をみて問いただすとしまして、」
「終わってない…だと!!」
「そろそろ鍵を奪還しないと、封印の場所が特定されてしまいますよ。もしくは生徒に害が及びます」
「封印の場所はまだ大丈夫でしょうが、生徒の身に何かあったら困りますね、これでも一応学園長ですからね」
どうしたものかと頭をかく三空学園長に、
「では、役割を分担しましょう。私は生徒を守りますので、兼護様は鍵の方をお願いします」
鏡花は前方を見たまま人差し指を立てると、起伏の乏しい声でそう提案した。
「えー、逆なら……」
「却下です」
鏡花ににべもなく断られて、落ち込む三空学園長。
「それでは、鍵の方はお願いします。鍵の奪還は元々兼護様の役目でしたので、この分担が自然だと思いますが」
淡々とした鏡花の声を聞きながら、色々諦めた三空学園長であった。
◆
「出欠についてですか……」
職員室の河野先生の机の前で小さくなる隼人。
「本来、いくら学園の生徒とはいえ、他の生徒の個人情報を教える訳にはいかないのですが」
そこまで言うと河野先生は、クイッと眼鏡の縁を持ち上げて隼人を見詰める。
「しかし、状況が状況ですからね、隼人君の話が事実なら、違反者は規則通りに罰を受けなければなりません」
ふむ、と静かに考え込む河野先生。
「………」
隼人は窺うような視線を河野先生に向ける。
「まぁそれでも、生徒に教える事ではありませんね、ネックレスを見つけることが出来たら返還しますので、それで満足してください」
「それは――」
「焦る気持ちは分かりますが、あなたは学園のいち生徒でしかないのですから、よほどの理由がない限りは、学園が管理する個人情報を教える訳にはいきません」
「………」
隼人を見詰める河野先生の眼光は揺るぎなくて、交渉の余地がないことを物語っていた。
「分かりました、失礼しました」
隼人は河野先生に会釈をして職員室を後にすると、教室へと戻っていった。
◆
「ダメだったか…」
教室に戻って話を聞いた智輝が、残念そうに呟いた。
「まぁ、先生の言い分も分かるからね、ネックレスを見つけたら返してくれるだけでも感謝しないと」
隼人は肩をすくめて答える。
「それじゃ、次はどうするの?」
「とりあえず、寮母さんに話を訊いてみようと思うんだ、話を訊く生徒は全員じゃないとしても、数が多いからね」
「じゃ、戻ったら寮母さんのところだね」
伊織の言葉に隼人は頷くと、
「それと、碑文の廻廊の主は正常に戻ったみたいだよ」
「さすが先生達だね、あの主を倒すとは……」
驚く智輝と伊織。
「こっちも進めていかないとね。意志疎通が出来たから、もしかしたら主からネックレスを奪った犯人の話を聞けるかもしれないし!」
拳を握り、熱く語る隼人に、どこか困ったような笑みを浮かべる智輝と伊織であった。
◆
「一昨日の休んだ生徒ねぇ」
学校が終わり、寮に戻った三人は、すぐに寮母の下へと訪ねていた。
「確か三人居たかしら、全員新入生だったわね。もうすぐ一学期も終わる頃だから、疲れが出始めたのでしょうね。あなたたちもしっかり食べて、しっかり寝て、体調管理を怠らないようにしなさいね」
寮母は心配そうに隼人達に注意する。
「はい、気をつけます。ところで、その休んだ三人の内に女子は居ましたか?」
「えっと、二人居たはずだよ」
「名前は分かりますか?」
「梶 沙也佳って子と、羽山恵って子だったね」
「ありがとうございます」
隼人は深々と寮母に頭を下げると、三人は一度着替えるためにそれぞれの部屋へと戻っていった。
◆
「で?どっちからいくの?」
食堂の片隅に三人は集まると、作戦会議をはじめる。
「最初は梶さんからかな、どっちかクラス分かる?」
「沙也佳ちゃんは一組の子だよ」
「知り合い?」
「うん、友達の友達の縁で仲良くなったんだ♪」
嬉しそうに語る伊織。
「どんな子?」
「優しくて大人しい良い子だよ。だから、隼人君のネックレスを盗ったのは沙也佳ちゃんじゃないと思うけど」
「なるほどね」
大きく頷く隼人。
「羽山さんってどんな人だか知ってる?」
智輝は伊織と隼人を交互に見ながら質問する。
「知らない、そもそも四組にはまだ知り合いが居ないからね」
伊織は首を横に振る。
「…僕も名前以外は知らないかな」
苦手意識からか、少し答え難そうにする隼人。
「そっかー、羽山さんは近寄りがたいというか、なんか恐いよね」
「あー、それ分かる、綺麗過ぎるっていうか、ミステリアスというかさ」
智輝の言葉に同意する伊織。隼人は静かに頷いていた。
◆
「はい、その日はずっと自分の部屋に居ましたけど」
食事を終えた三人は、伊織の紹介で梶沙也佳と対面していた。
「ずっと一人で?」
「はい、体調を崩してたので一日中寝てましたから」
「そうですか……」
隼人は、ふむ、と一瞬顔背けて何かしら考えると、質問を変える。
「五角形の盾に、六枚花弁の花の意匠が付いたネックレスを見ませんでしたか?」
隼人は手振りを交えながら沙也佳に説明する。
「いえ、そんな特徴的な意匠のネックレスは見たことないですね」
左右に首を振る沙也佳に、「そうですか、ありがとうございます」と、力なく答えた隼人は、智輝と伊織とともにその場を後にする。
去り際に伊織が、二言三言沙也佳になにか言っていたが、隼人には聞こえなかった。
◆
沙也佳に話を訊いた後、三人は明日の昼休みに次は羽山恵に話を訊くことを確認して解散した。
「はぁ、明良さんから頂いたネックレスどこにいったんだろう」
隼人は自室の窓から外を眺めて、ため息を吐いた。
明日は羽山恵に話を訊くが、ただ隼人達が碑文の廻廊を探索した日に休んでいただけで、確実に持っている保証も、真実を話す確証もなかった。
「それを言ったら沙也佳さんも同じなんだけどさ」
隼人は独りごちると、夜空に輝く月を見上げた。
「月、ね。天上に空いた穴って言ってたっけ」
明良との会話を思い出して、くすりと笑う隼人。
「あの穴の先には新しい世界が広がっている、か。貴方は今、その新しい世界とやらに居るんですかね?」
隼人は月へと手を伸ばすが、どれだけ伸ばしても、月に触れることは叶わなかった。
◆
「その日は体調が思わしくなくて、夜まで一人で自室で休んでいました」
羽山恵は隼人の瞳をじっと見詰めたまま、隼人の問いに答えた。
「そ、そうですか、体調はもうよろしいので?」
緊張で固くなる隼人。
「ええ、一日休ませてもらえたので、その日の夜にはすっかり良くなりましたわ」
「あ、あの、五角形の盾に六枚花弁の花の意匠が付いたネックレスを見ませんでしたか?」
「ネックレスですか、……いえ、わたくしの記憶の中に、そんな意匠のネックレスは在りませんね」
羽山恵は僅かに考えるような素振りをみせると、首を一度左右に振った。
「そ、そうですか、お話を聞かせて頂きありがとうございました」
「いえ、お力になれなかったようで、こちらこそすいませんね」
羽山恵は申し訳なさそうに目を伏せて軽く頭を下げる。
「そ、そんなことは」
そんな羽山恵の様子に慌てて声を出す隼人だが、
「それではこれにてわたくしは失礼致します」
羽山恵は隼人の慌てた様子など気にも留めずに隼人達三人に会釈すると、教室へと戻っていった。
「「「はぁ」」」
羽山恵が教室に戻るのを見届けた三人は、同時に緊張が解けて力が抜ける。
「き、緊張した」
「威厳というか貫禄?ありすぎ、あれで同い年とか」
伊織と智輝がホッと安堵の息を吐く。
「さ、さぁ僕達も教室に戻ろうか」
隼人はぎこちなく笑うと、二人にそう促す。
「へいへい」
智輝は適当に返事をすると歩き出す。その後を伊織と隼人が追うが、隼人はまだ完全に緊張が解けてないようで、かくかく動いていた。
「それにしても、沙也佳ちゃんに続いて羽山さんも知らなかったね。次はどうする?」
教室へと戻る道中、伊織は二人にそう問いかけた。
「どうしようか……、休んでた人がダメなら、授業中に保健室で休んでた人が居ないか保健室の先生に訊いてみようか。後は早退した人が居ないか寮母さんにもう一回訊いてみるとか……、他には碑文の廻廊に潜って、攻略ついでに碑文の廻廊の主の少女に訊いてみるとか、かな」
隼人の考えを聞いて、
「とりあえず、碑文の廻廊の主の件が片付いたんなら、先に碑文の廻廊を攻略しようよ」
智輝は隼人と伊織にそう提案した。
「そうだね、主の少女に話を訊くのもだけど、主の部屋の中になかったか、改めてわたし達の方でも探してみるのもいいかもね」
伊織は智輝の提案に同意する。
「……そうだね、じゃあ早速申請してくるよ」
教室に着いた後、隼人は二人と別れて職員室へと向かった。
◆
「………」
現在は授業中、既に知識として知っている事の浅い部分の話を教員がしているが、少女はつまらなそうに窓際の自分の席から見える空をぼーっと眺めている。
(期待など、してなかったはずですけど……)
少女はある白髪混じりの黒髪の少年の顔を思い出す。
(なのに何故こうも虚しさを感じているのでしょうか……)
少女は物憂いげなため息を吐く。
(期待はずれ?……違いますわね、この虚しさは失望、という方が相応しいでしょうね)
少女は無気力に空に向けていた視線を、未だ話を続ける教員へと向ける。
(ネックレスを見つけられないこともですが、あのネックレスの価値を解してないこともまた、救いようがない……)
少女は内に僅かに起こった苛立ちを抑えるために数秒目を閉じる。そして、目を静かに開けたと同時に、ちょうど学園中に終業の鐘が鳴り響いた。