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碑文の廻廊

 翌日の昼休み、隼人達三人は予定を変更して昼食を先に摂ると、監督役の河野先生と一緒に碑文の廻廊の入り口まで移動していた。

「――探索時間は学園の授業が終わるまで、帰りのホームルームまでには学園に帰りつくようにしたいので、時間いっぱいまで探索するのは構いませんが、時間厳守でお願いします。時間になっても戻らない場合は強制帰還させますのでお忘れなく」

 碑文の廻廊入り口で河野先生が今回の碑文の廻廊の探索に参加した隼人達のパーティーともう一組のパーティーに探索の時間と注意事項について説明し終わると、隼人達は順番に碑文の廻廊へと足を踏み入れた。



「なんか不気味な感じだねぇ」

 隼人達は先行したパーティーから少し遅れて碑文の廻廊へと入った。

 碑文の廻廊というだけあって、道の両脇の所々に何か文字が書かれた石が立ち並ぶ空間で、洞窟や建物内ではないのに、周囲に石以上に林立している大木が日光を遮っているせいで、全体的に薄暗かった。

 そんなダンジョン内を興味深そうに眺める伊織と、既に口数が極端に減っている智輝を連れて、今回も三人の中では一番索敵が得意な隼人が先頭を歩く。

「いや~、何か出そうだね!しかし、この碑文には何て書いてあるんだろう?見たことない文字だけど」

 楽しそうにキョロキョロと辺りを見回していた伊織は、近くの碑文へと目を止める。

「古代文字らしいけど、完全にはまだ解読されてないみたい。内容は解読出来た部分からの推測らしいけど、古代の神話みたいだよ」

 隼人は伊織の疑問に、そう簡潔に説明する。

「さすが隼人君!よく調べてるね!」

 隼人に向かってグッと親指を立てる伊織。

 そんな楽しそうな伊織の一歩ほど後ろを、挙動不審なレベルで周りを警戒しながらついてくる智輝。

 そんな智輝に気を使った訳ではないだろうが、分かれ道についてもまだモンスターとは遭遇しなかった。もしかしたら先行したパーティーが粗方倒していったのかもしれない。

「ここを左、っと」

 隼人達は分かれ道を左へと進む。地図では分からなかったが、少し上り坂になっているようだった。

「おや、早速ですか」

 左回りの道を少し進んだところで、隼人は戦闘態勢をとる。それを見て後方の二人も同じように戦闘態勢をとる。

「智輝君、ちょっと腰が引けてるけど大丈夫?」

 さすがにこういう時までからかうことはせずに、智輝に心配そうに声を掛ける伊織。

「だ、大丈夫だよ。相手は幽霊じゃなくてモンスターだし、ちゃんと殴れるし、身体だって動くし!」

 剣の柄を強く握る智輝は、その場で軽く二度素振りをしてみせる。伊織はそれを見て小さくため息を吐くと、智輝に何か言おうと口を開くも、モンスターがこちらの事情など気にするはずもなく、三人の前に姿を現したことで、伊織はモンスターの方へと意識を切り換える。

「一体か、幸先のいいことで。それじゃ、いくよ!」

 隼人は、浮遊する朽ちた女性の姿をしたモンスターの側面へと素早く移動する。

「我が敵を捕らえる為に集え――《氷縛ひょうばく》!」

 伊織が魔法の詠唱を終えると、モンスターの両手両足にまとわりつくように氷の塊が出現する。

「ハァッ!」

 隼人は伊織の魔法により動きが鈍くなったモンスター目掛けて勢いよく駆け出すと、すれ違い様に首目掛けて短剣を振り抜く。

「ゥゥゥ」

 隼人の斬撃で首が半ばから斬られてかしいでも、モンスターは小さく呻くだけで倒れない。

「………」

 隼人は直ぐに振り返りモンスターの背後をとるも、智輝の追撃が無いことに僅かに顔をしかめる。

「ゥゥゥ…ゥゥゥ…」

 モンスターは低く呻きながら伊織目掛けて突撃してくる。だが、魔法が効いているために動きはそこまで速くはなかった。

「智輝君!」

 伊織はモンスターの突撃に合わせて難なく横へと避けたが、智輝は固まったままその場から動けずにいた。

「ッ」

 目の前にモンスターが迫り、智輝は口を固く結んで悲鳴を呑み込む。

「ハァァァァッ!」

 モンスターが智輝へと襲いかかろうとする直前、モンスターは背後から降り下ろされた炎の剣によって真っ二つにされ、そのまま大気に溶けるように消えていった。

「智輝!大丈夫か!?」

 モンスターが消えると、隼人は目の前に現れた智輝へと声を掛ける。

「あ、ああ」

 短くどこか呆けた返事を寄越す智輝。

「どうした?何かあったのか?」

 先ほどからの智輝の様子に、困ったような心配する声で訊ねる隼人。

「………幽霊は…その、昔色々あって苦手で、もう大丈夫だと思ったんだけど、ああいうのを見ると、まだ身体が竦んで、動かなくなるみたいで」

 顔を伏せて気の抜けた声で話す智輝は、どこか今すぐ消えてしまいそうな儚さがあった。

「とりあえず……一旦戻ろうか、一応目的だったモンスターとの戦闘は出来たことだし、智輝の件も含めて、何か幽霊対策を考えた方がいいだろうしね」

 隼人が伊織の方へと顔を向けると、心配そうな顔で様子を見ていた伊織も、頷いて同意を示した。

「それじゃ、智輝も一旦戻るよ」

 隼人はまだ顔を伏せたままの智輝に帰還魔法を掛けると、三人は今回の碑文の廻廊の探索を中断したのだった。



「あら、早かったですね」

 隼人達が帰還すると、外で待っていた河野先生が僅かに意外そうな顔をして三人を出迎える。

「はい、今回は様子見が目的でしたから」

「そうですか、ならばそれをちゃんと次に活かしなさい。それが出来ればダンジョン攻略も格段にしやすくなりますから」

「はい、分かりました」

 隼人はしっかり頷いた後に河野先生に会釈をすると、智輝と伊織を伴い少し離れた場所へと移動する。

「さて、まずはどうして智輝があそこまで幽霊を恐がるか、だけど……」

 隼人は窺うような視線を智輝へと向ける。

「………はぁ、はじめに言っておくが、オレは説明が下手だからな。

 昔な、何時の話なのかは覚えてないが、聞いた話じゃオレがまだ五つか六つの頃の話だ、オレの家族はある村に住んでいた、村人みんな顔見知りという小さい村だったが、そこには幸せな時間があった。だがある日の夜、そんな村に幽鬼が現れた、それも五匹も。小さな村にはそれだけの幽鬼を倒せる戦力など存在せず、村人が力を合わせてなんとか二匹目を倒した時には、村は滅んでいた。幽鬼達が去り、夜が明けた頃に生き残っていたのは、オレを含めても片手ですら指が余る数だけだった。その幽鬼の襲撃の途中、オレの両親は命を落とした。母はいきなり背後から襲われて、父は自分の力を理解している人だったから、幽鬼と無駄に戦うよりも、全力で最後までオレを守ることを選んだ。父は全ての魔力を使ってオレに魔法の障壁を張ってくれたが、代わりに無防備な自分は呆気なく幽鬼に殺された。幽鬼は父の命を奪うと、今度はオレの命を奪おうとしたが、父が命を賭けて張った障壁は強力で、その障壁に阻まれて幽鬼は手出し出来なかった。それでも諦めきれなかったのだろう、しばらくの間幽鬼はオレの周りを飛び回って様子を窺っていたよ。その時に正面からじっと見られてな、それが今でも忘れられないんだよ、村から救い出されて親戚の家に引き取られた後も、幽鬼や幽霊といった単語を聞いただけで息が出来なくなるほどだった、それも時とともに克服したと思ってたのに、あれが目の前に現れたら頭が真っ白になって、動けなくなったんだ……もうあんな想いだけは、恐くて何も出来ずに大切なモノを全て失ったあんな想いだけはしたくないと思っていたのに、…結局、オレは何も変わってなかったみたいだ」

 そこまで言うと、ははっと、乾いた笑い声を出す智輝。

「幽鬼にね、珍しい話だけど……」

 幽鬼はこの世に遺した強い思念が実体化した存在で、それほどに強い思念を遺す者は少なく、滅多に存在しない。そして、その強い思念とは、大抵恨みや妬みなどの負の感情が多く、幽鬼は人を襲う恐ろしい存在として知られていた。

 隼人は、何も出来ない自分の不甲斐なさに奥歯を噛み締める。

(明良あきらさんならこんな時どうしたかな……)

 隼人は昔、自分に優しく微笑みかけてくれたとある青年の顔を思い出す。

「そっか……ごめんね、からかったりして。でも、今なら戦えるだけの力があるし、一緒に戦ってくれる仲間も居る、昔とは、違うよ」

 寂しげに呟かれた伊織の言葉を最後に、もう一組が帰ってくるまでの間、三人は誰も口を開かなかった。



「今日の授業は、一度魔法についてのお復習さらいをしましょう。

 では、以前授業で話しましたが、そもそも魔法とは何でしょうか?はい、藍羅あいらさん」

「はい、魔法とは想いだと教わりました」

「正解です。魔法というのは感情や想像といったものに影響され、またそういう内面的な、精神的なものが魔法の源と言われています。ですから、感情が高ぶり過ぎて魔法が暴走してしまった、という話は枚挙に暇がありません。皆さんの年頃は特に多感な時期ですから、その辺りは十分に注意するようにしてください。

 では次に、魔法を発動させる際に大抵の魔法使いは呪文を詠唱します。ですが、“大抵”と表現したように、必ずしも魔法の発動には呪文は必要ではありません。それでは何故、大抵の魔法使いは魔法を発動させる際に呪文を唱えるのでしたか?えっと、それでは隼人君、答えてください。以前の授業をしっかり聞いていたならば、これも難無く答えられる問題のはずですよ……隼人君!聞こえてますか?理由を答えてください」

 碑文の廻廊の探索の後、結局、智輝の幽霊に対する恐怖の克服の具体的な案も、恐怖で動けなくなった時の補佐の方法なども考えつかず、今のところ智輝を安全圏に待機させて、隼人と伊織で碑文の廻廊の主まで倒すぐらいしか方法は考えつかなかった。実際、碑文の廻廊程度なら、伊織は単独でも攻略可能な魔力量と技量を持っており、隼人が足を引っ張らない限り、智輝抜きの二人での攻略もあながち不可能ではない方法であった。しかし、その話が難航しているのも関係はあるものの、それとは別の理由で三人の空気は重苦しかった。その事でどうしようかと考えていた隼人は、河野先生の怒声で我に返る。

「は、はい!!」

 隼人が勢いよく返事を返すと、

「良い返事ですが、私は返事よりも、先ほどの質問の答えを待っています。それで、どうしてですか?隼人君」

「えっと……」

 隼人は言葉に詰まり、先生が何を話していたかを必死に思いだそうとする。

「分かりませんか?」

 河野先生の視線に焦る隼人。しかし、パーティーの事を考えていた時にも一応耳には入っていたのだろう、ふと魔法の詠唱について訊かれていたのだと思い至る。

「魔法のイメージをより鮮明にするため……です」

 早口気味に、それでいて最後は窺うように答えた隼人に、河野先生はゆっくりと頷くと、

「ちゃんと聞いていましたね。今、隼人君が答えてくれたように、魔法の詠唱とは、主に魔法の発動をより確実にする為の補助でしたね。ですから、同じ魔法でも人によって、また日によっても呪文が異なることがあります。ですが、そういう性質上、大体の呪文は手順をそのまま言葉にしただけの場合が多いですね。

 次に、本来魔法には名前がついていません。書物によっては便宜上名前がつけられているモノもありますが、基本的には魔法は事象を説明するモノであって、呼称するモノではありません。ですが、魔法使いのなかには呪文だけでなく、魔法にわざわざ名前をつける魔法使いが多いのも事実です。

 では、魔法使いがわざわざ魔法に名前をつけたがるのは何故でしたか?次は…美留さん、答えてください」

「はい!それはその方がカッコいいからです!」

「そうですね、カッコいいからというよりも、気持ちを昂らせる為、ですね。最初の方で話しましたが、魔法は感情の影響を強く受けます。ですので、感情により魔法が強くも弱くもなり、また成功するか失敗するかも決まる場合があります。ですから、気分を高めるというのはとても重要な事なんですね。しかし、先ほども注意しましたが、昂りすぎてもいけませんので、皆さんはその辺りの加減もしっかり覚えてくださいね」

 河野先生がそう言い終わると、ちょうど授業の終わりを告げる鐘が鳴った。



 河野先生の魔法学の基礎についての授業が終わったところで、昼休みとなった。

 隼人は智輝と伊織に声を掛けると、天気が良かったので、校庭の隅にある木陰が気持ちいい場所へと移動した。

「碑文の廻廊の件だけどさ、僕と伊織さんでモンスターと戦って、戦えるようになったら智輝も参戦するってのでいいんじゃないかな?碑文の廻廊ならまだそれでもいける訳だし」

 黙々と弁当を食べている中、隼人は二人を誘った本人として、意識していつもより明るい声を出して重い沈黙を破る。

「……うん、とりあえず今回はそれでいいけど、この先同じようなダンジョンがあったら、今のままだと詰むよ」

 視線を弁当箱に落としたまま、伊織らしくないどこか責めるような口調で話す。

「………」

 その言葉に、智輝は箸の動きを止める。

「はぁ、じゃあ碑文の廻廊の攻略いつにしようか?」

 そんな二人の様子に、疲れた声で訊ねる隼人。

「もう一度……」

「ん?」

 ぽつりと呟かれた智輝の言葉に、何事かと首をかしげる隼人。

「……もう一度、碑文の廻廊でモンスターと戦ってみたい、恐怖を克服したいんだ!」

 勢いよく顔を上げると、泣き叫ぶような勢いでそう告げる智輝に、隼人はおもわず目を丸くする。

「だけど――」

 あの調子じゃ直ぐには無理だ、と、続けようとした隼人の言葉を遮って、智輝は言葉を続ける。

「さっき河野先生の授業でやったばかりじゃないか、魔法は想いの力って、オレはこの恐怖を克服して仲間を、友を、そして大切な人逹を守れるだけの力を手に入れたいんだ。もうあんな想いは嫌なんだよ」

 必死でそう訴えかける智輝に、隼人は驚きながもこくりと頷く。

「わたしも賛成、せめて逃げられるぐらいには動いてもらわないと困るからね」

 小さく手を上げた伊織は、そう言って僅かに目を逸らした。

「ありがとう、期待に答えられるように頑張るよ」

 両手で拳を握ると、そう気合いを入れる智輝。

「じゃ、じゃあ、早速明日にでも行ってみる?今から申請すれば明日には碑文の廻廊を探索出来ると思うからさ」

 隼人のこの提案に、智輝は微かに緊張した面持ちで頷いた。

「それじゃ、昼休みが終わる前に探索許可申請出してくるね」

 そう言うと、隼人は立ち上がって校舎の方へと歩き出した。

「……悪かったと思ってる」

 遠くなっていく隼人の背中を見ていた智輝は、伊織の方へと身体の向きを変えると、座ったまま会釈するように頭を下げた。

「なんの話?」

 それを受けて不思議そうに首をかしげる伊織。

「仲間に頼らなかったことさ」

 頭を下げたままの智輝の言葉に、あーという顔をした伊織は、智輝へと微笑みかける。

「別に気にしてない……といったら嘘になるけど、さっきの啖呵は中々カッコよかったよ。ま、後は結果を出してくれれば尚良し、だけどね。さっき言ったけど、せめて逃げられるぐらいは出来るようになってね」

 優しく語りかける伊織に、智輝は顔を上げるとこくりと大きく頷いた。

「頑張ってみるよ。想いを力に、それがオレ逹魔法使いだからね」



「明日は朝からか」

 放課後、三人は食堂に集まると、隼人は明日の碑文の廻廊の探索時間について伝えた。それを聞いた智輝がそうぽつりと呟くと、

「緊張してるね、智輝君」

 見守るような、それでいてたのしそうな笑みを浮かべて話し掛ける伊織。

「ま、まぁね。前回の失態があるからさ、名誉挽回のチャンスってやつだよ」

 グッと拳に力を込める智輝。そんな二人の様子を、驚いた表情で見ている隼人。

「?どうしたの、隼人君、そんな呆けた顔して」

 それに気づいた伊織の口元が、可笑しそうに緩む。

「いや、なんかちょっと居ない間に雰囲気が前に戻ったなー、と思ってさ」

 そんな伊織の反応に居心地悪そうに首に手を置く隼人。

「あー、それね、ちょっと智輝君と二人で話をしたんだよ。大した話はしてないから、そんないじけなくてもいいじゃない」

 相変わらず楽しそうにニコニコとしている伊織。

「いじけてはないよ、前の雰囲気に戻ったのならよかったさ」

 そんな伊織に隼人は肩をすくめると、ご飯を口に運ぶ。智輝と伊織も会話が一旦途切れたことを合図に、食事を再開するのであった。



 夜空に浮かぶ、大口開けて笑っているような月の明かりが室内を照らしている以外には灯りのない薄暗い部屋で少女は、右手の薬指に輝く、緑色の水晶が台座に嵌まっている以外には飾り気のない指輪に月明かりを反射させると、それを悩ましげに見詰める。

「やっぱり綺麗……」

 少女はその指輪の美しさにはぁと、艶かしいため息を零す。

「貴方が逝去されてから、まだ一年しか経っていないのですね」

 少女は指輪の製作者にして、この指輪を少女に託した、もう生きて会うことの叶わない青年に想いを馳せる。

「貴方が居たから今のわたくしが在る……。だというのに、結局貴方は、わたくしに何一つ恩を返す機会を与えてはくださらなかった」

 少女は悔やむように小さく唇を噛むと、いたむように目を伏せた。

「わたくしは貴方を助けられなかった。そんなわたくしが、この学園で貴方が自分の友だと語ったあの男と出会いました。……しかしあの男は、貴方の死を知っても駆けつけもしなかった!貴方ではなく、そんな男が今でものうのうと生きていることがわたくしは許せません!しかも、貴方が珍しく傑作だと自賛されていたネックレスを厚かましくも身につけて……」

 少女は、気がつくと爪が掌に食い込むほどに強く握っていた拳をゆっくりと開くと、暗い笑みを浮かべる。

「あの素晴らしいネックレスはあの男には相応しくはありません。ですから、あれは貴方の代わりにわたくしが大切に保管致します。どうかそれを御許しくださいませ……明良様」

 少女は目を瞑り、胸の前で両手の指を絡めると、月に向かってこうべを垂れる。その姿は真摯に祈りを捧げる聖女のように美しく、それでいて必死に赦しを乞う咎人のように罪深くもあった。



 智輝が自分のトラウマと向きあうと決めた日から一月が経過した。その間、ほぼ毎日碑文の廻廊を探索した隼人逹だったが、結局まだ智輝はトラウマを克服出来ていなかった。それでも進歩はあり、最初の頃はモンスターと遭遇すると全く動かなかった身体が、今では多少だが動けるようにはなった。まだ伊織が言うところの逃げられるようには、という状態にはほど遠かったが。

「ハァ~~~」

 体内の空気を全て出し尽くすような深いため息を吐く智輝。

「ま、まだ一学期じゃない、そんなに気にすることでもないよ」

 今日も碑文の廻廊の探索が上手く行かずに帰還すると、さすがに堪えたのか、先ほどからしゃがみこんでため息を吐いて落ち込んでいる智輝に、慌てたように慰めの言葉を掛ける伊織。

「そうだよ、長年苦しんでたんだ、直ぐに克服は難しいさ」

「そうかな……」

 よっぽど不甲斐なく感じてるのか、一生懸命励ます二人に、智輝は情けない声を返す。

「そう、そう。少しずつだけど前進してるしさ」

 努めて明るく振る舞う伊織と、

「ま、もう少しで戦闘が始まったら自主的に離脱出来るぐらいにはなるさ」

 いつもの調子で話す隼人。そんな二人の気遣いを察して、逆に惨めに感じる智輝。

「……そうだ、風見かざみ先生に相談してみたら?」

 思わず手を叩いてそう提案する伊織。

「風見先生に相談って、なんで?」

「忘れたの?風見先生は生徒の相談役でもあるからだよ」

「……ああ」

 伊織に言われて思い出す智輝。風見先生は教壇に立つ以外に、生徒の悩みなどを聞くことが職務に含まれている。含まれているというよりも、そちらの方が主な役割で、所謂いわゆるカウンセラーというものに近い先生だった。

「でも……」

 さすがに専門の先生とはいえ、心の傷を他人に明かすのは抵抗があり、言葉を濁す智輝。

「わたし逹じゃ他に方法はないし、早く解決したいなら専門家の力を借りた方が良いと思うよ」

「………わかったよ、学園に戻ったら相談してみる」

 智輝は伊織の説得に渋々というように承諾する。智輝自身としても早くなんとかしたい気持ちは強かったので、伊織の説得とは別に、今はどんな小さな可能性にでも賭けてみたい気持ちもあったのだった。



「……………」

 あの後、智輝と伊織と一緒に学園へと戻った隼人は、用事があったので二人とは別行動をとった。今日はダンジョン探索の他にはホームルームなどもなかったので、用事を済ませた隼人はそのまま寮へと帰ってきていた。

 寮に帰ってきて着替えを済ました隼人は、着替えの際に外したネックレスを手にとると、それをじっと見詰める。

 そのネックレスには、五角形の縦に少し細長い盾の形をした意匠の上に、盾より一回りほど小さい、六枚の花弁が付いた金属製の花があしらわれている、というより接合されていた。まるでどちらも主役と言わんばかりに。

 隼人はこのネックレスを見ると、このネックレスを隼人にくれたとある青年のことを思い出す。青年の名前は井角いすみ 明良あきら、隼人の親友にして恩人で、隼人自身、最も影響を受けた人物だと自覚している青年である。

「今ごろどうしてるのだろうか…………」

 そこまで考えると、隼人は寂しそうな顔で頭を左右に振る。

「どうしてるも何も、明良さんはもう……」

 訃報を知らされたのは今から約一年前、病死だと聞かされた。元々身体は丈夫な方ではなかったが、突然過ぎて、その報せを聞かされた時は頭が真っ白になったのを覚えている。

 報せを聞いて直ぐに駆けつけたかったが、その時は色々と立て込んでいてそれが出来なかった。亡骸を見てないからだろうか、あれから一年経った今でも、まだ明良さんが逝去した実感がわかないでいた。

「貴方からはまだまだ沢山の事を学びたかったのですが」

 隼人は今は亡き明良の代わりにネックレスへと語り掛ける。

 もしも明良が生きていたならば、学校に通うよりも遥かに大事なものを彼から学ぶことが出来ただろうなと、隼人は考えた。偉大な人だった、隼人は何度も救われたし、明良の見せる世界は、隼人の視界を随分と広げたもので、気づけば何か壁にぶつかると、もし明良さんならば……と、考えてしまうほどに尊敬していた。

「貴方が生きていれば、智輝の事も相談出来たのですがね」

 隼人は小さく息を吐くと、服の中に隠すようにネックレスを身に付ける。

「お腹も空いてきたし、食堂に行きますか」

 そう言うと、どこまでも沈みそうになる気持ちを切り換えて、食堂を目指して部屋を出るのだった。



「で、結局風見先生のところはどうだったの?」

 次の日の朝、教室で伊織と話をしていた隼人は、昨日あれから風見先生の元へと相談に行った智輝に付き添っていた伊織にそう質問した。因みに、智輝は今席を外していて居なかった。風見先生に呼ばれているらしい。

「どうだったと言われてもね、まだ相談したばかりだから、さすがに結果はすぐには出ないよ」

「それはそうだけどさ、そういうことじゃなくてさ……」

「まぁ、相談した感触はどうだった?とでも訊きたいんだろうけどさ……」

 口ごもる隼人に、意地の悪そう笑みを一瞬浮かべた伊織は、質問の意図は理解していると、言葉にするも、

「途中までは付き添ったけど、さすがに相談している時まで同じ部屋に居た訳じゃないからね。智輝君を見た感じは、感触としては悪くはなかったと思うとしか」

 肩をすくめる伊織に、隼人は「そうか」と息を吐いた。



「鍵はまだ見つかりませんか……」

 それなりに広いはずなのに、全面の壁に設置され、隙間なく本で埋められた本棚の圧迫感のせいで狭く感じる学園長室で、学園長・三空兼護は後方に控える鏡花に疲れたように話しかける。

「はい、未だ捜索中です」

 鏡花は前を見たまま答えを返す。

「鍵を盗んだのはやはり彼なんでしょうね」

「おそらくは」

 はぁーと、盛大にため息を吐く三空学園長。

「明良君が死んだ途端にこれですよ、今の井角家は役に立たないし……いや、それ以前の問題か、今の井角家に秘密を知る者はもう居ないんでしたね。……自称井角の彼女を除いて、ですが」

 鏡花は、そう言って困ったように頭をかく三空学園長へと目線だけを動すと、事務的な声で質問する。

「あの方の狙いはどちらなのでしょうか?」

「今の段階ではどちらか、か、どちらも、かは分かりませんが、鍵を盗んだうえに学園のダンジョンでの黒い影の目撃と、少なくとも彼女を狙っているのは確かでしょうね」

「なるほど、しかしそちらは明良様が対策済みと聞いておりますが?」

「私もそう聞いてはいますが、人伝に聞いているだけで、具体的な内容については知りませんからね、……真偽のほどは定かではないのですよ」

 三空学園長は肩をすくめると、正面の扉の上に大事そうに飾られている宝剣へと目を向ける。

「結局、今代のまとめ役は舞台から早々に立ち去ってしまった。代わりに彼が育てた後継者が舞台に上がりはしましたが、確かに彼女は有能なれど、あの者では彼の代わりは務まらなかったらしい」

「……彼女はよくやっています、寧ろ彼女ほどの者でもまとめらない一団をまとめてた明良様の方が異常だったのです」

 鏡花の物言いに、三空学園長は可笑しそうに笑うと、

灰汁あくの強い連中ばかりですからね、確かに冷静になって考えてみれば、あれを何事もなくまとめられていたのは異常ですね。守護者達の長い歴史の中でも、あれほどまでに個性の強い守護者連中を完璧にまとめあげた者は、私が記憶している中でも、片手で数えられるほどしか居なかったはずですよ」

 ひとしきり笑うと、三空学園長は目尻にうっすらと浮かんだ涙を指先で拭う。

「とりあえず、彼の暴走を止めないといけませんね、それが私の役目なのでしょうし。まずは鍵探しからですが、彼自身が所持していたら厄介ですが、彼の性格を考えれば、まぁそれはないでしょうね」

 そう言って椅子から立ち上がる三空学園長。

「御供致します」

 そう言うと、出入口に向かって歩き出した三空学園長の後に付いていく鏡花。

 ぱたりと扉が閉じられ、誰も居なくなった学園長室が暗闇と静寂に包まれると、一瞬、まるで衣擦れのような、何かが動くような音が闇に響いた。



「今日こそは!」

 智輝が風見先生に相談してから一週間が経っていた。その間一度も碑文の廻廊へと足を踏み入れなかった隼人達は、「もう大丈夫そうな気がするから挑戦したい」という智輝の言葉を聞いて、久しぶりに探索に来ていた。

「どっからでもかかって来いやー!」

「……なんか智輝君が壊れてる」

「鬱憤でも溜まってるんじゃない?いつもより鬱陶しいもん」

 智輝の妙に高いテンションに困惑する伊織と、気にしてないのか、他人事のようにそう言う隼人。

 当の智輝は、そんな二人の様子など気にすることもなく、ふんふんと鼻息を荒げながら周囲を警戒していた。

「本当にどうしたんだろう?」

 伊織は心配そうに智輝を見詰める。

「まぁ、気合い十分なのは良いことではないかと……あれが虚勢ではないことを祈るよ」

 隼人は肩をすくめると、小さく首を左右に振る。

「まぁね、あの調子なら逃げるどころか戦闘もいけそうだよね」

 伊織がそう言って冗談っぽく笑った時、

「来た!」

 隼人は短くそう告げると、戦闘態勢に移る。

「とりあえず、期待はあまりしないでおこう」

 伊織も戦闘態勢をとると、その後ろで智輝も戦闘態勢に入った。

 三人が戦闘態勢をとると、碑文の廻廊をはじめて探索した際に遭遇した、朽ちた女性の姿をして浮遊しているモンスターが姿を現す。

「今回はニ体か」

 隼人は短剣を構えたまま、相手が攻撃を仕掛けてくる前にモンスターの側面へと素早く移動する。

「流石に何度も戦ったからね、アンタの弱点は判明してるわよ!切り払え――『鎌鼬かまいたち』!」

 隼人がモンスターの側面へと移動したことにより、正面にモンスター二体を捉えた伊織が、風の魔法でモンスター二体の胴を斬りつける。

「ゥゥゥ」

 斬りつけられたモンスターの内一体は、短く呻いて消滅するが、もう一体は横へと滑るように移動する。

「くっ、浅かったか」

 伊織が悔しそうに呟くと、その隙にモンスターとの間合いを詰めながら背後に回った隼人が、伊織の風の魔法で少し切れたモンスターの脇腹を薙ぎ払う。

「ゥゥゥァァ」

 隼人の短剣で、腹から上半身と下半身に分けられたモンスターは、低く呻いて消えていく。

「ふぅ、そういえば智輝君は―――」

 戦闘に集中していてすっかり智輝の存在を忘れていた伊織は、慌てて智輝の方へと振り返るが、

「…………あれ?」

 そこには、誰も居なかった。

「智輝君は?」

 不思議そうな顔で隼人へと振り向く伊織。

「僕がモンスターの側面へと移動した時には逃げてたよ。ほら、あの大木の陰に居るよ」

 伊織は隼人が指差した後方へと再度顔を向けると、そこには大木の陰からこちらを窺うように半身を晒した智輝の姿があった。

「……まぁ、逃げられただけ進歩だけどさ……」

 そんな、先ほどまで吠えていた時と違う智輝の姿に、逃げられるまでに進歩したと喜ぶべきか、それともあれだけ威勢よく吠えていて、戦闘が始まったら速攻逃げたのかと呆れるべきかと、ちょっぴり複雑な気持ちになる伊織だった。




 碑文の廻廊の分かれ道を過ぎて、どんどん先へと進む三人。途中幾度か戦闘になるも、隼人と伊織の二人で難なく退けていった。

「今どのくらい進んだ?ダンジョンの主まではまだかかりそう?」

 戦闘をこなしながらの探索で疲れてきたのか、少し呼吸が乱れてきている伊織。

「今はまだ地図の後半辺りで、地図の先は詳しくは分からないから、ダンジョンの主まではまだまだかかるかも知れないね」

 周囲を警戒しながら声だけで答える隼人。

「そっかー」

「……疲れてきたからそろそろ少し休憩にしない?」

 疲れたような伊織の呟きを聞いた隼人は、二人に振り返ると、疲れて気だるそうにして、そう提案する。

「さんせー、わたしも疲れてきたよ」

 その提案に伊織は手を上げて乗ると、近くにあった手頃な岩の上に腰を下ろす。隼人も手近な岩に座るも、智輝は座らずに、近くに立っている大木へと身体を預ける。

「智輝は休まないの?」

「座るとよけいに疲れるから、オレはこっちの方がいいんだよ」

「そっか」

 隼人は頷くと、空を仰ぐ。といっても、大木の枝と葉が空を覆っていて、その隙間から僅かにしか見えなかったが。

「もうすぐ一学期が終わるね」

 弛んだ空気が漂うなか、寂しげに伊織が呟いた。

「だねー、なんか色々あってあっという間だった気がするよ」

「騒がしかったからね」

 隼人の言葉に、笑いながらそう言葉を返す智輝。

「二学期は何があるのやら……」

「その前に、一学期が終わるまでには碑文の廻廊までは終わらせたいね」

「だねー。せっかくここまで来れたんだから、このままダンジョンの主まで倒せればいいけど」

 そう言って隼人は腕時計で時間を確認する。

「んー、でも、もうすぐ探索の時間が終わるから、今日中の攻略は難しいかな。もう少し行ったら、どこか適当なところにマーカー置いて帰らないとね」

 長いダンジョンを探索することもある魔法使いにとって、マーカーと呼ばれる魔法道具は必携ひっけいの品と呼べる代物であった。マーカーは手のひらサイズの球体で、それを半分に分けて使う。二つで一つの魔法道具で、片方の半球をダンジョンに置き、もう片方の半球を所持したままで離れた場所から使えば、ダンジョン内に置いた半球の場所へと一瞬で飛べるという便利なアイテムなのだが、マーカーの寿命は短く、マーカー同士が反応する範囲も決まっているため、あまりにも深いダンジョンでは複数のマーカーを使うか、マーカーが反応するまで最初から進み直さなければならないという欠点もあった。

「マーカーか、隼人君は持ってきてるの?」

 伊織が首をかしげる。

「こんなこともあろうかと、一応ね」

 隼人は腰に巻きつけていた小物入れからマーカーを一つ取り出す。

「おお!さすが隼人君だね」

 その準備のよさに伊織は驚きの声をあげと、素直に称賛する。

「まぁ、ダンジョン探索の必需品だからね。念のためにはじまりのダンジョンでも持ってたし」

「おお!まるでお母さんみたいだね!」

「……ごめん、たとえの意味が分からない」

 隼人に可愛らしく微笑みかける伊織だったが、少々難解な喩えに、隼人は困惑した表情を返す。

「えー、だってお母さんって外に出る時色々持っていくじゃない?わたしが出掛ける時も忘れ物がないかしつこく訊いてくるし」

「えー、あー、うん、そうだね?」

「何故疑問文!?えっ、わたしん家のお母さんだけ!?」

 隼人の理解出来ていない様子に、助けを求めるように智輝へと顔を向ける伊織。

「母さんとの記憶はそんなに覚えてる訳じゃないけど、多分ウチの母さんもそんな感じだったと思うよ」

 さらりとそう言う智輝に、少しばつが悪そうな顔をする伊織。

「あっ、ごめん」

「別に謝られるほどのことを言われた覚えはないけど」

 気にしてない、というように肩をすくめてみせる智輝だが、それでも申し訳なさそうな顔をする伊織。

「それじゃ、十分休んだし、そろそろ行こうか!」

 微妙な空気が流れだしたのを感じ取った隼人は、それを断ち切るようにぱちんと、手をひとつ強く叩くと、明るく力強い声を出して立ち上がる。

「うん、そうだね」

 智輝はそんな隼人の気遣いに心の中で感謝すると、その提案に直ぐに乗ると、木に寄りかかるのをやめる。

「あ、うん。行こうか」

 少し遅れて伊織も立ち上がり、探索は再開された。


「どこにマーカー置こうか?」

 休憩を終えて直ぐ、歩きながら伊織が二人にそう訊いてくる。

「ここぐらいの広さのダンジョンならどこに置いてもマーカーの範囲内だから、僕は安全そうなところならどこでもいいと思うよ」

「オレは少し広いところがいいかな」

 二人の意見に伊織がふんふんと頷いていると、

「モンスターが来るよ」

 突然隼人が警戒した声を出して戦闘態勢をとる。

 智輝と伊織の二人は、慣れたように少し下がっていつもの陣形を組む。

「アァアァアァ」

 掠れた叫び声をあげながら、姿が見えた途端に三人目掛けて突撃してきたモンスターは、人の姿をしてはいるが、皮膚の色は紫色をしていて、所々肉が腐り落ちて骨が見えていた。

 そのモンスター以外にも、後方よりゆっくりと近づいて来る別のモンスター二体の姿が確認出来た。

「三体かっ、と」

 隼人は真っ直ぐ突撃してくるモンスター目掛けて炸裂弾を投げて勢いを殺すと、伊織の魔法の邪魔にならないように横へと移動する。

「押し潰せ、大気の鉄槌よ――『天掌てんしょう』!」

 伊織の魔法により、見えない拳が上空より振るわれたかのように、ぺしゃんこになって消えていくモンスター。

「まずは一体!」

 伊織はそのまま次の魔法の準備にとりかかる。

 先行したモンスターの後方から現れたモンスターは、一体は足の無い透けた人のような姿で、もう一体は丸い巨大な岩だった。

 身体が透けている方のモンスターは左右に滑るように移動するだけで、こちらの様子を窺っているようだった。もう一体の丸い巨大な岩のモンスターは、ゴロゴロと重たそうに転がっていたかと思うと、突然、勢いよく隼人目掛けて転がってくる。

「くっ、速いな」

 隼人は斜め前方へと転がるような勢いで回避することで、ギリギリモンスターの突撃をかわすことに成功する。

「滑り、踊れ――『氷床ひょうしょう』」

 モンスターが一度動きを止めた隙に、伊織は岩のモンスターの足下に、一面の氷の床を出現させる。モンスターは再度隼人目掛けて突撃しようとするも、氷の床で滑って上手く狙いが定まらず、突撃する勢いも先ほどよりも弱くなっていた。

「これなら!」

 隼人は自らの短剣を地面に突き刺すと、モンスターの先ほどよりも遅い突撃に難なく合わせて地面から土の槍が飛び出す。

 その槍に貫かれたモンスターは、幾つかの破片となって砕けて消えた。

「残り一体!」

 隼人は素早く最後のモンスターへと身体を向けると、モンスターは変わらず左右に揺れながらも、少しずつ前進していた。

「これでどうかしら?貫け――『氷槍ひょうそう』!」

 慣れてきて詠唱が短くなった氷の槍が伊織の目の前に出現すると、最後のモンスターを貫かんと射出される。

「ほぅ」

 ついつい驚きの声を漏らす隼人。モンスター目掛けて射出された氷の槍は確かにモンスターを貫いたが、そのままモンスターをすり抜けて、少し離れた地面へと突き刺さっていた。

「効かないの!」

 隼人とは異なる驚きに包まれる伊織。

「ならこれならどうかな?」

 隼人はモンスターへと炸裂弾を投げつける。

「ふむ、これは少し当たった……のか?」

 モンスターが怯んだ様子を見せて少し後退する。

「ではこれは?」

 そのまま隼人はナイフをモンスターへと投擲するが、これは先ほどの伊織の魔法と同じようにすり抜けていった。

「爆薬が効くのかな?それとも衝撃?もしくは火とか?」

 その結果に、隼人は炸裂弾が効いた理由を考察する。

「軽度な怪我をしているようだな。……あれは火傷やけどかな?ということは……効くのは火、かな」

 隼人はそう結論を出すと、早速短剣に薄く炎刃を纏わせる。

「これで決める」

 隼人は足に力を込めて炎刃を纏う短剣を構える。対するモンスターは、隼人が構える炎刃を見て激昂したかのように表情を変えると、凄い速さで隼人に突撃してくる。

「ハッ!」

 隼人も地を蹴り、モンスターへと襲い掛かる。モンスターは腕を付きだし、激昂して急に伸びた爪を隼人に突き刺そうとするが、隼人はそこで姿勢を更に低くしてギリギリでかわすと、モンスターの脇から飛び出すように炎刃を切り上げる。

「っと」

 隼人はその勢いのまま身体を反転して炎刃を構え直すが、モンスターは交差した時の去り際の隼人の一撃で腹から胸の下辺りまで斬られ、上下に二つに分けられ消えていった。

「ふぅ」

 それを確認した後、周囲を警戒して他にモンスターが居ないことを確認すると、隼人は安堵の息を吐いた。

「終わったの?」

 戦闘態勢のまま隼人に訊ねる伊織。

「うん、とりあえずここでの戦闘はね」

 頷いた隼人に、フッと力を抜いて戦闘態勢を解除する伊織。

「それじゃ先に進むよ、智輝も戻ってこい」

 隼人は、少し離れた場所でこちらの様子を窺っていた智輝へと呼びかける。

「もう、大丈夫なのか?」

 智輝は少しびくびくしながら元の場所へと戻る。

「この辺りについてはね」

 隼人はそんな智輝の様子に、心の中でため息を吐きつつも、いつもの隊列を組み直す。

「それじゃ、もう少し行ったらマーカーを置いて帰還しようか」

 右手を突き上げると、歩みを再開する隼人。

「もうそんな時間か」

 その後を伊織と智輝がついていく。

「時間が経つのが早いよねー」

 隼人は周囲に目を配りながら後方へと話しかける。

「隼人君はおじいちゃんみたいなこと言うね」

 伊織がふふふと楽しそうに笑う。

「そうだねぇ、歳はとりたくないものだ」

 それに乗る隼人。そうやって一行がわいわいと賑やかに碑文の廻廊の道を歩いていると、少し開けた場所に出る。

 隼人達はそこにマーカーを設置すると、今日の探索を終えて帰還するのであった。

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