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想い

 魔神の封印を解いてから結構な時間が過ぎた頃。

「後少し……!」

 久遠の施す封印が完成するまで残すところ後僅かとなり、久遠はラストスパートとばかりに奥歯を噛み締めると、気合いを入れ直した。

 その間、魔神を抑え込む結界を修復し続けていた隼人・智輝・伊織の三人は疲労が顔に浮かび、何度も集中が途切れそうになってはそのまま気を失いそうになりながらも、それでもなんとか結界を修復しながら正気を保っていた。

 そして、とうとう封印が完成するという瞬間、久遠たちの背後から、四人の頭上に向けて何かが投げられた。

「クッ!!」

「「グアァァァワワワワワッ!!!」」

「キャッ!!クウゥゥッ!!」 

 その投げられた物から放たれた雷撃に、強制的に作業を中断させられた四人は、顔を歪ませて痛みに耐える。

「これは………マズイ………です、ね………」

 魔神に目を向けたまま、久遠は痺れる身体を無理矢理動かそうと力を入れる。

 そうして、久遠はなんとか魔神の封印を再開させるも、隼人たちのサポートは得られず、なおかつ中断させられていた時間が致命的となり、とうとう魔神を抑えていた結界が破られてしまい、それにより封印が失敗に終わってしまった。

 結果として、魔神が世界に解き放たれる事態となったのだった。



「恵さん!!貴女一体何を!?」

 隣に立つ羽山恵に、可憐は驚愕の目を向けた。

 先ほど、久遠たちが魔神に封印を施していた頭上に、羽山恵が拳大の石のような物体を投げ放ったのを可憐は目撃していた。

 その直後、その物体から放たれた雷撃により、久遠たち四人の動きが止まると、魔神を抑えていた結界に大きなヒビが入った。

 それを見届けた羽山恵は、真意を探るような目を自分に向けている可憐の方へと、ゆっくりと顔を向けた。

「そんな顔をされてどうかされましたか?」

 そう言うと、羽山恵は無表情のまま可愛らしく小首を傾げた。

「ッ!!」

 無表情ながらも、ともすれば微笑みさえ浮かべてそうな雰囲気を纏う羽山恵の異様な様子に、可憐は思わず息を呑みこむ。

「それにしても、さすがは明良様の跡を継いだ方ですね、こんな状況でも余裕があるのは頼もしいものです」

 羽山恵のその言葉に、可憐が魔神の方へと顔を向けると、ちょうど魔神を抑えていた結界が崩壊するところであった。

「話は後で聞かせてもらいます!」

 それだけ言うと、可憐は急いで魔神の方へと移動する。

 他の守護者や守衛、協力者たちも魔神を包囲するような配置につくと、魔神を弱らせて再封印を施すために攻撃を開始する。

「フフフ、魔神が相手ですよ?それだけの戦力で足りると本当にお思いで?」

 その様子を、光を吸い込んで逃がさないかのように淀んだ瞳で眺めていた羽山恵は、作り物めいた笑みを浮かべると、暗い愉悦を滲ませた声音で歌うようにそう呟いたのだった。



「クッ!!これはまずいですね……!!」

 目の前の光景に、久遠は悔しげに歯噛みすると、魔神の封印を一旦諦めて、魔神を抑え込むことに集中する。

「やはり厳しいですか……」

 この場に集った者たち全ての攻撃を受けて揺るぎもしない魔神の様子に、久遠は格、というよりも次元が違うことを痛感させられる。

 それは久遠だけではなかったようで、久遠以外のほぼ全員の顔にも絶望の色が見てとれた。

「このままでは……!!」

 久遠の魔法も軽々と破られてしまい、もはや魔神を止められる者は誰も居ないという最悪の状況にあったも、久遠は諦めずに何か打開策はないかと必死で頭を回転させる。

 しかし、

「……無理、ですね……現在の私たちの力では、魔神を僅かに足止めすることさえ難しそうです」

 どう思考を巡らそうともそうとしか結論が出ない現状に、久遠は考えることを半ば放棄すると、自嘲気味に小さく笑った。

 そうして久遠が諦めかけている状況でも、どうにか魔神を止めようと、隼人たちは必死に抵抗していた。

「何かいまいち効果が感じられないんだけど!?」

 聖なる魔法を放ちながらも、智輝が困惑気味に近くに居た隼人に話し掛ける。

「そりゃ実際に効いてないみたいだからそうだろうさ!」

 それに隼人は声だけで返事をする。

「は?じゃあこれに、この前までの特訓には何の意味が在ったんだ?」

「さぁ?でも無意味ではなかったさ!!」

 智輝の叫ぶように発せられた苛立ち混じりの言葉に、隼人は肩をすくめると、涼しげにそう返した。

 二人がそんなやりとりをしながらも手を休めずに攻撃していた魔神は、何事も無いかのようにゆっくりとした動作で移動を開始した。

「逃がすかよ!!」

 それを止めようと隼人たちも必死で魔神を攻撃するも、変わらず魔神は気にする素振りさえ見せなかった。

「やっぱりダメか……いったいどうすれば……」

 諦めたようにそう呟きながらも、それでも最後まで諦めきれない隼人が焦燥を感じていると。

『今すぐ私に魔力ちからを!!』

 頭の中に直接響くように、女性の声が聞こえてきた。

「この声は!!」

 聞き覚えのあるその声に、隼人は声の発生源であろう手元の抜き身の短剣へと目線を落とす。

「よく分からないけど、これでいいのかな?」

 隼人は先ほどの小夜のものであろう声が発した内容がどういった意味を持つのか理解は出来なかったが、わらをもつかむ思いで、短剣にありったけの魔力を注ぎこんだ。

 すると、久遠の封印を解いた時のように短剣が光だすと、短剣は隼人の手元からひとりでに離れて中空に浮き上がった。

「……今度は、何が起きるんだ?」

 大量の魔力を短剣に注ぎこんだことで体力を消耗した隼人は、喘ぐように言葉を紡ぎながらも、事態の推移を見守る。

 隼人が見守るなか、短剣は一層輝きを強めると、次第に光は短剣から人の形へと変化していき、そして。

「え、……小夜、さん?」

 光が収束して現れた一人の女性に、隼人は理解が追いつかないのか、呆けた表情のまま、呆然とその女性を見詰める。

「はい、そうですよ。急なことですから、詳しい説明をしたいところではありますが、今はお話している時間が無いようなので、割愛させていただきますね」

 そう言って、隼人に少し悪戯っぽい笑みを向けた小夜は、すぐに魔神の方へと顔を向けると、魔力を体内に巡らせつつ、手足の調子を簡単に動かして確かめると、安堵の息を吐いた。

「……よかった、不備はないようですね。それでは、大願成就のためにも頑張りますか!」

 そう呟いて気合いを入れると、そのまま小夜は魔神に向かって飛んでいく。

「魔神さん、ひとつ私とお話をしませんか?」

 魔神の近くまで飛んでそう問い掛けた小夜だったが、魔神は歪んだ魔力を周囲へと放ってそれを迎撃する。

「……聞く耳を持たないという訳ですか、それは残念です。争いはあまり好みではないのですけれど――――」

 それだけ言うと、小夜は歪んだ魔力の奔流である魔神の中心へと移動をはじめる。

「残念ですが、それだけでは足りませんね」

 魔神の力を直接受けても気にした素振りもみせずに、小夜は魔神の中心へと楽楽移動すると、一気に体内の魔力を増幅させる。

「少しの間、私とともに踊っていただきますよ!」

 小夜が体内の魔力を解き放つと、魔神を包み込むようにそれが広がる。

「さぁ、今のうちに封印を!」

 小夜の言葉に、突然の事態に事の成り行きを見守っていた久遠は我に返ると、急いで封印の詠唱を再開させる。

「……申し訳ありませんが、何とか元の位置に戻せませんか?」

 封印を進めながらも、久遠は難しい顔で小夜に問い掛けた。

「分かりました、やってみましょう」

 それに小夜は気楽に頷くと、ゆっくりとではあるが、元々魔神が封印されていた場所へと魔神を移動させはじめる。

 そんな最中、小夜は微かな魔力の揺らぎを感じて勢いよく顔を上げると、睨むようにじっと空を見詰める。

「これは……嫌な予感がしますね、急いだ方がいいかもしれません」

 小夜は顔を戻すと、移動する速度を僅かに上げた。



 隼人たちが神殿に着いてからどれだけの時間が経過しただろうか、青く澄み渡っていた空も、今ではすっかり濃くなってきていた。

 そんな、もう夜空と呼べるほどに藍色に染まった空に、大地を寒々しいまでに青白い光で照らす真ん丸とした月が浮かび、中天を目指してゆっくりと昇っていた。

 その頃には魔神を元の封印されていた位置に戻し終わっていた小夜は、魔神を抑えながら封印が完成するのを待っていた。

「魔神さん、あなたが人を恨み、呪う理由は知っています。ですが、それから永い時が過ぎました。それこそ、永遠に近い寿命を持つ私たちですら気が遠くなりそうなくらいに永い時が。まぁ、私はまだそこまで永くは生きてはいませんが、それでもあなたが永い時間人を恨み続けているのは知っています。今更人を赦せとまでは言いません。ですが、少し歩み寄ってはいただけないでしょうか?……今のままでは共倒れですよ……それはあなたも既に理解されていると思いますが?」

 魔神を抑えている結界の中、小夜は魔神にそう優しく語りかけるも、魔神は何も反応を返さずに歪んだ魔力を放出し続けていた。

「私はあなたに意思があることは知っています。ですから、私の言葉を聞いてはいるのでしょう?……出来ましたら何か反応が欲しいのですが」

 小夜は魔神に語りかけながらも、反応を示さない魔神に少し寂しさを感じはじめていた。

 そんな小夜に、久遠が困った声で語り掛ける。

「あの!このままでは貴女ごと封印してしまうのですが……」

「構いません、私ごと魔神さんを封印してください!」

 はっきりとした小夜のその返答に、久遠は戸惑いを浮かべる。

「ですがそれは……!」

「心配なさらずとも、私は人ではありませんので」

 そう言うと、小夜は儚げな笑みを浮かべた……ように久遠には見えた。

 そんな小夜の姿に、久遠は昔の自分の姿が重なって見えてしまい、そのまま言葉を詰まらせる。

 そんな久遠の心情を察してか、小夜が久遠に声を掛けようと口を開いたその時。

「ッ!!」

 小夜は頭上に感じた嫌な気配に、勢いよく顔を空へと向けた。

「間に合いませんでしたか………いえ、この感じはまだ間に合うかも知れませんね……しかし、どうやって……」

 突然小夜が空を見上げたかと思うと、そのまま固まったように動かなくなり、久遠たちは不思議そうにしながらも、小夜と同じように空を見上げた。

 しかしそこにはすっかり藍色に染まった空と瞬く星、それに大地を明るく照らす月が見えるだけであった。

「どうしたんでしょうか?」

 久遠は封印の作業を進めながらも、小夜の行動の意味が分からずに首を傾げた。

 そんな久遠たちに構う暇も無いほどに小夜は思考を巡らしていた。



 そんな小夜の様子を、観察するような目で見詰める人物がいた。

「……………」

 羽山恵の淀んだ瞳の中には、本当に僅かではあるが、苛立ちのような色が滲み出ていた。

「流石は明良様の創造物ですね……」

 小夜が見詰める先を理解している羽山恵は、感嘆したような声でそんな感想を漏らすも、すぐに煩わしそうな声音に変わる。

「しかし、あれは厄介ですね、よもや創造主の意思に逆らうとは……明良様の創造物とはいえ、旧式ということですかね」

 そのどこか馬鹿にするような響きの結論とともに、羽山恵は小夜が魔神の周囲に展開している結界を注視する。

「……あれはさすがに私の力では壊すことは出来ませんね。かといって先ほどのように術者を妨害しようにも、彼女は結界の中で手の出しようがありませんね。これではお手上げです……ですから」

 そこで羽山恵は、視線を小夜から長い間魔神に封印を施している久遠へと動かす。

「可哀想ですが、もう一度彼女には痛い目にあってもらわねばならないようですね……」

 そう言って羽山恵が目を細めた時、空から押し潰されそうなほどに強力な力が世界に広がった。



 心臓が止まりそうなほどに強力な力を感じた久遠は、一瞬封印の魔法を中断しそうになりながらも、なんとか中断せずに封印の魔法を構築する作業を続けると、慌てて圧力を感じた空へと顔を持ち上げる。

「これは……一体、何が?」

 暗雲の如き不吉な魔力が空に広がる様子を視た久遠は、不安に駈られて困惑した表情を浮かべる。

「落ち着いてください。あれはまだ予兆に過ぎません」

 そんな久遠に、この場にあってやけに冷静な声が掛けられる。

「予兆、ですか?」

 久遠はその冷静な声の主の方へと顔を向ける。

「はい、侵略者が再びこの地を荒らしにくる予兆です。……ですが、今ならまだ間に合います!」

 小夜は久遠にそれだけ説明をすると、決意を込めた鋭い視線で空を睨みつける。

「私があれを食い止めましょう……魔神さん、あなたの力もお借りしますよ!あなたもこれについての異議はないはずでしょう?」

 小夜は冷静に、それでいながらどこか脅迫めいた物言いをすると、天へと両手を翳した。

「さぁ、はじめましょう。この結末もまた、あの方が望んだ結末でしょうから!」

 そう言うと、小夜の体内から莫大な魔力が精製され、それが天に翳した両手の先に集約されていく。

「これではまだ足りませんね……もっと力をお借りしますよ!」

 小夜の力の籠った声とともに、魔力の密度が段々と増していく。

「凄い魔力!油断すると飛ばされてしまいそうですね!」

 封印の完成を急ぎながらも、まるで暴風のように圧倒されそうな小夜の魔力をその身に感じた久遠は、飛ばされないようにと必死に足に力を入れてその場に留まる。

 しかし、周囲の人間はその魔力の圧力に立っていられなくなり、姿勢を低くしてなんとか耐えていた。

 それでも、どんどんと力が増していく小夜の魔法に、久遠は辛そうに顔を歪める。

「もう少し、あと少し……!」

 小夜は夜空に浮かぶ満月を睨みつけながらも、自分と魔神のありったけの魔力を一点に集約させていく。そして。

「これで彼らを追い返してみせましょう!はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 小夜の裂帛れっぱくの叫びと同時に、両手の先に集約させていた魔力を一気に解放させる。

 その瞬間、世界を覆っていた強大な魔力が無くなると、それに伴い、押し潰されるような圧力からも解放される。

 しかし、それと同時に、隼人たちはどこか世界が変容してしまったような、言葉ではうまく言い表せない奇妙な感覚に襲われた。

「一体何が起きて………?」

 瞬きよりも短い刹那の時間とはいえ、その今まで経験したことがない感覚に、それを感じられた者たちは皆一様に戸惑いを隠せないのか、キョロキョロと周囲の様子を窺うように顔を動かすと、近くにいる中で一番詳しそうな人物に話し掛けたりしていた。

 久遠もまたその中の一人ではあったが、それでも封印構築の手を止めなかったのは、その現象を起こした人物が目の前に居て、そして短期間ながらも、その者が信頼するに値する人物だと判断していたからかも知れなかった。


「無事に切り離せましたね」

 夜空を見上げていた小夜は、疲弊した声ながらも、ホッとしたように呟いた。

 小夜は魔神の魔力を借りて、空を覆っていた強大な魔力を月の先へと送り返すと、あちらとこちらを繋ぐ門であった月を塞ぐことに成功する。

 更に、門を塞ぐだけではなく、念のためにこちらの世界とあちらの世界を切り離したのだった。

「私には永久とわに月の門を塞ぐなどと言うような芸当は到底出来そうにありませんからね……」

 遠く、ここには居ない誰かに語りかけるように小夜は言葉を紡ぐと、久遠の方へと視線を向けた。

「封印の方もあと僅かですね………どうやら妨害は来なかったようで」

 小夜は久遠の後方に居る人たちへと視線を動かすと、一瞬、特定の人物を視界に入れて、もの悲しげに目を伏せるのだった。



 空から強大な魔力を感じなくなると、羽山恵は小さく舌打ちをする。

「気をとられ過ぎましたか。しかし、世界を独立させるとは………本来の予定とは違いますが、それもまぁ、悪くはないでしょう。今なら疲弊した彼女を攻撃することは可能ですが、後は成長を待つだけで世界を浄化することも出来るでしょうから、ここは静観を決め込むとしましょうか」

 僅かに口元に暗い笑みを称えた羽山恵から、本当に微かではあるが、不穏な魔力が滲み出る。

「おや、私としたことが」

 それに気づいた羽山恵は急いでそれを引っ込めると、それと同時に顔から僅かだが存在していた色が抜け落ち、まるで仮面を付けたかのように無表情に変わってしまったのだった。



「ふぅ、あとはこれを構築すれば……!」

 小夜が世界を切り離したあと、久遠の封印の魔法は急速に進みだしていた。

 理由は単純に、小夜が魔神の魔力を大量に消費したことにより、魔神の抵抗が一気になくなったからだった。その結果として、久遠の施している封印の進行が順調に進んだのだった。

「これで、完成です!!」

 久遠は残りの工程を一気に終わらせると、息を吐きながらその場に座り込んだ。

 そして、そのまま地面に力なく座り込んだまま、久遠は寂しげに小夜を見上げる。

「これで貴女とはお別れですね……残念です」

 久遠のその言葉に小夜が優しく微笑むと、カチンという何かがピッタリ合わさったような音が鳴り響き、魔神と小夜はそのまま封印の祠の在った場所の下へと吸い込まれるようにして消えていった。

「最後に地上に祠を再建して……これで完全に封印が終了です!!」

 前回と同じ形ながらも、前回よりも真新しい祠が、魔神と小夜が吸い込まれていった場所の上に久遠の魔法で再建されると、先ほどまでずっと感じていた魔神の魔力を完全に感じなくなる。

「……これで終わり、ですか?」

 隼人の問いに、久遠は疲れたように頷いた。

「そう遠くない未来に魔神の魔力は回復するでしょう。その時にはまた魔神の魔力が溢れ出すことになるでしょうが、とりあえずは封印は完了しました。これで、少なくとも君たちの世代では魔神が脅威になるような事態には陥らないでしょう」

 それだけ言うと、久遠は座った姿勢から横に倒れた。

「さすがに疲れました。今は少し寝たい気分ですね……」

 か細くなっていく久遠の声を聞きながら、鏡花は静かに久遠の側に近寄ると、そっと久遠の身体を持ち上げる。

「私はこのまま彼女を学園まで送り届けますが、隼人さんたちは学園への道を覚えていますか?」

 鏡花の問いに、隼人たちは少し恥ずかしそうに首を横に振る。

「では、少し速度を落として学園に行きますので、はぐれないようにしっかりついてきてください。はぐれた場合は置いていきますので、悪しからず」

 鏡花は神殿の入り口へと足を踏み出そうとして、しかし急に足を止めると、一度周囲を見回して隼人たち三人に顔を向ける。

「何か忘れ物や、やり残したこと等はありませんね?」

 その鏡花の問いに、隼人と智輝は困ったような難しい顔で考えるが、伊織は群衆のどこかを一瞥しただけで鏡花へと顔を向けると、「ワタシは大丈夫です!」と返答を寄越した。

 その伊織の返答に、隼人と智輝は焦ったように周囲を見回したり、頭を叩いたりしたが、結局はすぐには思いつかなかったようで、鏡花に自信なさげな声音で、「多分大丈夫だと思います」と、返したのだった。

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