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不穏な面影

 隼人達が鮮血の聖堂の攻略を完了してから二日経った頃、三人の元に鏡花を伴った久遠が訪れていた。

「こちらの準備は整いましたが……皆さんの方はどうでしょうか?」

「大丈夫です!こちらの用もちょうど区切りがついたところですから!」

「そうですか、それは良いタイミングでした」

 隼人の答えに、久遠は安堵するように柔らかく微笑む。

「それでは、今から付いて来て頂けますか?」

 久遠の問い掛けに、三人は一度互いに顔を見合わせて意思の確認をすると、「はい」と揃って頷いたのだった。



 隼人達が久遠に連れて来られた場所は、広大な草原の中央に威風堂々とした佇まいで建っている、古めかしくも頑丈そうな石造りの神殿であった。

「あの神殿に魔神が封じられております」

 神殿から漏れでる魔力の濃さに、神殿から少し離れた位置からでも隼人達の鼓動は早くなり、無意識に喉を鳴らしていた。

 そのいっそ凶悪とまで表現できそうなまでに威圧的な魔力に、鏡花の説明が無くともあの神殿に魔神が封じられていることは嫌でも理解出来た。

「今からあんな魔力の化け物と対峙するのか………」

 その事実の重さを改めて理解した隼人は、緊張や恐怖を紛らわせるように大きく息を吐き出す。

「そう気負わずとも良いですよ、魔神に相対すのはあなた方だけではありませんから」

「そうなんですか?」

 久遠の気遣うような口調で放たれた言葉に、隼人は若干の驚きを滲ませる。

「はい。今回はことがことですから、守護者の方々とその守衛や協力者の方々にもお力添えをお願いしてあります」

「………協力者?」

 守護者や守衛については以前鏡花から説明を受けたし、守護者が動いていることも聞いていたが、協力者という聞き慣れない単語に、隼人は思わず首を傾げた。

「そのままの意味ですよ。主に守護者の方の仕事の手伝いなどをしている方々を指しますね。私たち守衛も協力者と言えますが、守衛の主な仕事は守護者の方の護衛ですから、そこだけが違います………とはいえ、今では護衛も兼ねる協力者の方も存在していますから、明確な線引きは血筋でしかありませんけれど……それもまた、現在では変わりつつあるのですがね」

「そうなんですか!!」

 複雑な感情が込められた鏡花の説明に、隼人は大きな頷きを数度繰り返した。

「そういう訳で、今回の件には沢山の方が関わっております。皆さんのお力には期待していますが、そんなに肩に力を入れすぎなくても大丈夫ですよ!」

 肩越しに振り返った久遠は、そう言って隼人達を安心させるような笑みを向ける。

「さて、着きましたね」

 顔を正面に戻した久遠は、一度立ち止まって堂々と聳え立つ神殿を見上げると、神殿内部へと続く石段へと足を進めた。



 神殿のなかには既に沢山の人が集まっていた。

 その中には隼人たちの見知った顔もちらほらとありはしたが、やはり半数以上は見知らぬ顔であった。

「あれは……」

 そんななかで隼人は、一人の少女の姿を目撃して驚きの声を出した。

「?」

 そんな隼人の様子に、智輝と伊織も視線をそちらに向ける。

「羽山さん?何でここに……?」

 視線の先に居た少女を確認した伊織は、少し意外そうに声を漏らした。

 三人は羽山恵に声を掛けるべきかと一瞬迷うも、意を決して足を一歩踏み出すが、そこで従者らしき女性を従えてこちらに近づいてきた、一人の女性に声を掛けられて足を止めた。その女性は美しい白銀の髪を持ち、またそれに負けないくらいに美しい容貌の持ち主であった。

「あなたが棗隼人さんかしら?そしてそちらが橘智輝さんと妹尾伊織さんで合っているかしら?」

「え?は、はい!そうですけど………?」

 突然のことに隼人は声を裏返りそうにしながらも、なんとか平常通りの声で返事をすることが出来た。

 そんな隼人の反応に、白銀の美しい髪を持つ女性は可笑しそうに微笑む。

 その様子は、女性のどこか神秘的なまでの美しさも相まって、隼人には非現実な光景のように映った。

「そう構えなくても大丈夫ですよ。ワタシは四の守護者の世界 理納という者です。そして、こちらが今回の従者を務めてもらっている明という者です」

 理納の紹介に、明は隼人達三人だけでなく久遠と鏡花にも軽く頭を下げる。

「そういえば、明は鏡花さんたちとも初対面でしたか!」

 明のその行動に、理納は今更ながらにその事実に思い至った、というようなリアクションを取った。

「えっと……、僕達に何の用件でしょうか?」

 そんな理納に、隼人は窺うような慎重な声で理納に問い掛ける。

「いえ、特別用があったという訳ではなく、ただ単純に挨拶に伺っただけですよ」

 理納はそれだけ言うと親しげな微笑みを浮かべて、五人に向かって丁寧に会釈をしてからその場を離れた。

「………なんか独特な雰囲気の女性だったな……」

 群衆に紛れて理納の姿が見えなくなると、隼人はぽつりとそう感想を漏らした。

「そうですね、あの方は他の守護者の方々と比べましても子どもっぽ……いえ、掴み所のない性格に、輝かしいまでに美しい容姿を合わせ持った方ですから、余計にそう感じたことでしょう。しかし、あの方には簡単にお心を許しませんようお気をつけください」

 横からの鏡花の忠告に、隼人は鏡花の方を振り返って、意図を問うように首を傾げた。

「理納様は知略に長けていらっしゃいますうえに、武力・統率力など、あらゆる面におきましても守護者でも一二を争うお方。正直、私ごときではあの方が何を考えていらっしゃるのかまでは解りかねますが、ただ、あの方が裏で何かをしてらっしゃることだけは判っておりますので―――」

「だから油断しないように、と?」

「はい、左様でございます」

 鏡花は「余計な差し出口を挟んでしまい申し訳ありません」と、詫びるように頭を軽く下げると、それ以上は他に言うべきことはないといった感じで一歩後ろに下がった。

「なるほど、守護者という人達は誰も彼もが一筋縄ではいきませんね……」

 今まで出会った守護者の顔を思い出して、隼人は重々しげに息を吐き出した。

「あと会ってないのは五の守護者の人だけだっけ?」

 智輝の確認に、隼人は少し緊張した面持ちで頷きを返した。

「どんな人なんだろうね……?」

 そこで智輝ははたと思い出した、理納たちが話し掛けてくる前に自分たちが何をしようとしていたかを。

「……………」

 智輝は急いで先ほどまで羽山恵が居た辺りに視線を向けるが、その姿は確認出来なかった。

「見失ったな……見間違いではなかったよな?」

 智輝はそう首をひねるも、結局、再度見つけ出すよりも前に久遠が邪悪な魔力を放出する小さな祠の近くに歩みを進めたことにより、それを中断して智輝は久遠の後についていく。

 その祠には、祠を中心に円形に囲むように、隼人よりも背の高い円錐形の物体がいくつも置かれていた。

 久遠はその祠を囲む物体の近くまで来ると振り返り、集まった人たちに語りかける。

「本日は集まっていただき感謝致します。以前にご説明致しました通り、今後の為にもこれから魔神の封印を解き、再度新たな封印を施します。皆様には不測の事態が起きた際のサポートをお願い致します!」

 久遠は深々と頭を下げると、祠の方へと向き直る前に、準備は出来ているかと隼人たちの顔を一度確認する。

「それでは、はじめます!」

 隼人たちの準備が出来ていることを確認した久遠はそれだけ言うと、祠に向けて両手を掲げるように広げた。

 すると、円錐形の物体に囲まれた祠が独りでに崩れはじめる。

「ッ!!!」

 それに伴い強さを増した邪悪な魔力に当てられて、集まった人々は顔を強張らせる。

 そして祠が完全に崩れると、そこから強大な魔力の塊が溢れ出した。

「あれが魔神!!?」

 強大な魔力の塊は決まった形を持たずに常に形を変えていたが、隼人はその圧倒的なまでの憎悪がこちらを睨み付けているかのような感覚に襲われて身震いする。

「あれは桁が違いすぎる……!!」

 隼人は魔力視で魔神を捉えようとしていたが、次第に眼にさえ収まりきらなくなる。

 それほどまでに強大な存在の魔神に、いますぐこの場から逃げ出したくなるも、それを隼人はなんとか気力でねじ伏せることに成功する。

 それでも、恐怖で足が鉛のように重くなるのだけはどうしようもなかった。

(膝が笑わなかっただけでも上出来だろう……)

 隼人は心の中で自分をそう評すると、何とか自分を奮い起たせようと試みる。

 それは智輝も似たような状態のようで、恐怖で魔神から目を離せずにいた。

(ッ!!)

 伊織は血が出るほどに唇を噛み締めると、挑むように魔神を睨み付ける。

 そうしながらも、周囲の様子を観察する余裕も僅かに残っていた。

(久遠さんはさすがですね。わたしたちのなかで最も魔神に近いというのに、この魔力を受けても揺るぎもしないなんて)

 伊織は視線を久遠から動かすと、隼人と智輝に移す。

(二人はギリギリのところで持ちこたえている感じだな……大丈夫かな?)

 その様子に不安を覚えながらも、更に視線を周囲に動かす。

(鏡花さんは若干顔が強張っていますが、そこまで変化がないのは流石ですね。それに、他の方々もわたしや隼人君、智輝君ほどの動揺が見られないところを見るに、やはり一流揃いということですかね)

 伊織は他の人を観察したことで大分落ち着きを取り戻すと、意識を魔神に集中させる。

 魔神はどんどんその存在を増大させて世界に溢れていくも、それは途中で聖なる魔力によって生み出された不可視の壁によって遮られる。

 その魔神を遮る壁は、魔神を囲むように置かれた円錐形の物体によって作られていた。

 その壁の外側に、久遠が新たに更に頑丈そうな壁を構築していく。

 その間も魔神はその存在を増していき、そのまま結界となっている壁を突き破って世界に満ちようとするかのように圧迫していく。

 久遠は急いで封印の構築をするも、今のままでは魔神が結界を破るまでには間に合いそうになかった。

 その様子を見ていた伊織は、練っていた聖なる魔力を結界の修復に使う。

 その伊織の補佐によって結界の耐久力は増すも、それでもまだ封印の準備が完成するまでには持ちそうにはなかった。

 伊織の行動に隼人と智輝もそれに気がつくと、急いで伊織同様に結界の修復を行う。

 これにより更に結界の耐久力が増し、これで封印が構築させるまで結界が持ちこたえられそうになった。



「……………ほー」

 神殿の近くに存在する神殿を一望出来る小高い丘の上で、双眼鏡を使って神殿の様子を窺っていた恭助は、その隼人たちの様子に感心した声を漏らした。

「どうやら封印は無事に間に合いそうだね……」

 そう言って恭助は神殿に集まった他の人たちの様子を確認する。

「なっ!あれは!!」

 その最中、一人の少女の様子が目に映った恭助は、その目を驚愕で見開かせた。

「そんなはずは……いや、あの男のことだ、あり得ない話ではない……のか?」

 恭助は少女が浮かべている表情に見覚えがあった。

 その表情を言葉で表すなら喜悦だろうか、その表情、特にその目に恭助の目は釘付けになった。

 それもそのはず、少女の目には恭助の過去の記憶を呼び覚ますだけの理由があったのだから。

「あれは……やはりあの目は間違いなく、化け物になった明良がたまにしていた目だ!やつが死んだのはそういうことだったのか?いや、それよりも……」

 恭助は改めて少女の姿を確認する。

 その少女、羽山恵を知っていた恭助は、少女について思い出していた。



 その日は特に寒さの厳しい日だった。

 恭助は小さな山小屋に備え付けられている暖炉に薪をくべると、窓から外の様子を確認する。

「凄い雪だな……」

 視界を白く染める豪雪に、チラリと外に出ている山小屋の主の身の心配が頭を過るが、恭助はすぐに頭を振ると。

「あの人なら大丈夫だろう」

 意味の無い心配だったと小さく笑うと、食事の仕度に取り掛かる。

 予定通りならばもう少しで外に出ている主と、それに付き従っている護衛との二人が帰ってくる時刻になる頃だった。

「………しかし、なんで俺は食事の用意なぞしてるんだろうな……」

 材料を適当に切って、それを鍋に入れて煮込むだけのお手軽な料理とはいえ、恭助はテーブルに皿を並べつつ、その鍋をテーブルの中央に設置しながらも、ふとそんな疑問が頭に浮かんだが、それに諦めたように頭をかいた。

「……この大雪だ、予定通りとはいかなかったか?」

 食事の準備を終えて暫く経っても帰って来ない二人に、恭助は窓の外に目を向けると、相変わらず大雪の窓の外の様子に、恭助はこれではしょうがないかと肩をすくめた。

「ん?」

 そこで恭助は、降り積もる雪が邪魔で確認しづらいが、窓の外に動く人影を目撃する。

「やっと帰ってきたかな」

 恭助は新たに暖炉に薪をくべて室内の温度を上げると、まだ鍋が温かいかを触って確認した。

「むしろちょうどいい頃合いだったかな?」

 ある程度時間が経ってもまだ熱いぐらいの鍋に、恭助は苦笑めいた笑みを浮かべる。

 そうしていると、扉が勢いよく開かれた。

「今帰りました!」

 それと同時に恭助の耳朶を打つのは、聞き間違えることの無いほどに聞き慣れた、まだ幼さの残る男の声であった。

「お帰り、明良に可憐、と……どこで拾ってきたんだ?その少女は?」

 恭助が入り口に向かうと、そこには予想通りの少年と青年の間ぐらいの年齢の優しげな顔の男と、黒髪に名前通りに可憐な顔立ちの少女が室内に入ってきたところであったのだが、そこに一人、恭助の見覚えの無い少女の姿があった。

「麓の村で色々ありましてね……」

 明良は疲れたように首を横に振ると、小さくため息を一つ溢した。

「色々?」

「ええ、色々。ですが、詳しい話は後でお願いします、お腹が空きましたので。……帰るのが少し遅くなりましたが、食事の準備は出来ていますか?」

「ああ、それは出来てるが……それならもう一組食器を用意しないとな」

 恭助は台所に戻ると、来客用兼予備として置いていた皿やスプーンを用意してテーブルについていた明良たちの元に戻る。

「食器は三組在ったんだし、先に三人で食べていてよかったんだが?」

 食事をはじめるどころか食器に触れてもいない三人の様子に、恭助は素っ気なくそう言うと、持って来た食器を少女の前に並べる。

「用意してもらっていてそういう訳にもいきませんよ。それに、段取り等もあるでしょうし」

「そうかい」

 申し訳なさそうな声音の明良に、恭助は軽く肩をすくめると、用意していた料理を各人に取り分ける。

「さ、食べようか」

 恭助は取り分け終わると席に着いてそう述べる。

 それを合図に、四人は食事を開始した。

「「「いただきます!」」」



「ごちそうさま」

 恭助は手を合わせると、目の前のテーブルの上に目をやる。

「もう少し多目につくるべきだったかな……」

 眼前に広がる空の食器や鍋等に、恭助は参ったというように頭をかいた。

「ご、ごめんなさい!」

 そんな恭助に、少女は恐縮したように勢いよく頭を下げた。

「いいよ別に、怒ってる訳ではないし。寧ろすまなかったね、今からでも何か作ろうか?」

「い、いえそんな、大丈夫です!」

 少女は慌てて両手を身体の前で振ると、それと同時に素早く頭を振る。

「そうかい?」

 そんな少女に、恭助は気遣わしげな声音でそう返した。

 元々、翌朝の分も予定して作っていたので、少女一人増えたぐらいでは足りないという事はないと思っていた恭助だったが、蓋を開けてみると、少女はよほどお腹が減っていたのか、その小さな身体のどこにそんなに入るのかと問いたくなるほどの食欲を発揮して、用意していた分の全ての料理を食べ尽くしてしまっていた。

 お陰で残りの食材で朝食の支度のやり直しになったのだが、主食のパンが尽きてしまったことで献立を考え直さなければならないのは少々面倒ではあったが、それ以上に朝食はもっと量が多い方がいいのだろうかという方が一番恭助の頭を悩ませていた。しかし、今はそれよりも、その目の前の大食い少女の正体の方が問題であった。

 恭助は少女から、のんびり食後のお茶を楽しんでいる明良へと視線を動かす。

「それで、結局この少女は何者なのよ?そろそろその“色々”とやらを教えて欲しいんだけど?」

 恭助のその問い掛けに、明良は視線だけを恭助に向けると、小さく息を吐いた。

「……あれは山周辺の様子を確認していた時でした。この山の麓にある村に賊が押し入ろうとしていましてね、それを退治したのですよ」

「……この少女はその村の生き残りって訳かい?」

「いえいえ、幸いすぐに撃退出来たので村の被害は軽微でしたし、死者は一人も出ていませんよ」

「じゃあ?」

「この少女は恵と言う名前らしいのですが、元から親御さんを亡くしていましてね……」

 そこで明良は困ったように首に手を置く。

「まぁ……色々とありましてね、村長から彼女のことを委されました」

「は?」

 その、途中で説明が面倒くさくなって結論だけ告げたであろう明良に、恭助は呆れたように口を開けると。

「そこが一番大事なところじゃないのか?なんだよ、また色々って!」

 恭助の当然の抗議を、明良は顔色一つ変えずに平然と流した。

「まぁとにかく、恵さんが今日から一緒に住むことになりましたので、面倒のほどよろしくお願いしますね!」

「いや、一緒に住むって……」

 先ほどの恵の食事量を思い出して、恭助は軽くめまいを覚える。

「可憐は……賛成だよな~、やっぱり……」

 恭助の視線に、可憐は当然と言わんばかりの顔で「はい」と、しっかりと頷いた。

「それでは、僕は先に休ませてもらいますね。恵さんの部屋は明日用意するとしまして、今日のところは可憐さんと同じ部屋で休んでください」

 そこまで言うと、明良は椅子から立ち上がり自室へと移動する。

「ちょっと待ってくれ!」

 恭助は慌てて声を出すも、明良は気にせず部屋に戻っていった。

「はぁ~。とりあえず可憐、もう少し詳しい話を―――」

「申し訳ありません、恭助さん。恵さんが眠そうですのでお先に失礼致します」

 それだけ言うと、可憐は眠そうな恵を連れて自室に帰っていった。

「………結局、色々ってなんだったんだ?」

 一人残された恭助は、三人が移動した方角を呆然と眺めながら、困ったように頭をかくしかなかった。



「………結局、未だにあの時何があったのかを聞きそびれたままだったな……………」

 恭助はそのことを思い出すと、懐かしげに頭をかく。

「その後は彼女に俺たちの事情や立場なんかを色々と教えたりして忙しかったからな。しかしまぁ、今思い出しても彼女はずっと明良にくっついていたっけな」



「おはようございます!」

 朝、恭助が起きてくると、少女の元気な声の挨拶が掛けられる。

「おはよう、恵ちゃん!」

 その光景にもすっかり慣れた恭助は、いつも通りに恵に挨拶を返した。

 それに恵は一層笑顔を深めると、朝食の準備をはじめる。

(慣れるものだな……)

 朝食の準備をしている恵を眺めながら、恭助はふと、そう思うのだった。

 恵が明良に引き取られてから時間が経過すると、すっかり恵は家族の一員のようになっていた。

(時は偉大なり!というやつか?)

 そんなことを恭助がぼんやり考えていると、可憐が起きてくる。

「おはようございます、可憐さん!」

「おはよう」

 それに気づいた恵が挨拶をすると、可憐もそれに優しく応える。

「おはよう、可憐」

「おはようございます」

 恭助は、向かいの席に着いた可憐と挨拶を交わすと、気になっていたことを問い掛ける。

「それで、恵ちゃんの名字は決まったの?」

 明良に引き取られた恵は、当初名前以外何も持っていなかった。

 そんな恵に名字を送ろうと明良たちはしていたのだった。

「いえ、いくつか候補はありますが、まだ決まってはいません」

 可憐が頭を左右に振ると、恭助は「そうか」とだけ返した。

 名字を決めるのは可憐が引き受けていたからだ。

 恵が朝食の準備をしている横で二人がそんな会話をしていると、明良が起きてきて顔を出す。

「おはようございます!明良様!!」

 それに素早く気づいた恵は、二人にした時以上に元気で、深い親愛の情のこもった声で挨拶をする。

「おはようございます。恵さん」

 そんな恵に、明良は親しげな笑顔を浮かべて挨拶を返した。

「おはようございます!」

 恵に遅れて可憐も明良にしっかりとした声で挨拶をすると、それにも明良は笑顔で挨拶を返した。

「おはよう!相変わらずタイミングがいいことで」

 隣の椅子に腰掛けた明良に、恭助は朝の挨拶がてら言葉を掛ける。

「恭助もおはようございます。ちょうど朝食が並んだところですか、今朝も良いところで起きれたようですね」

 目の前に準備された朝食に、明良は機嫌のよさそうな声を出すと、本日の当番である恵に感謝の言葉を述べた。

 それを受けて、恵は嬉しそうに照れた。


「ああ、そうでした!」

 朝食を食べている途中、明良ははたと思い出して声を上げた。

「恵さんの名字ですが、ここの山の名前を取って端山というのはいかがでしょうか?」

「端山、ですか……?」

 明良の提案に、可憐は朝食を食べていた手を止めると、机に視線を落として、少し考えるように黙り込む。

「ここは、はやまって言うんですか?」

 その間に、恵が明良にそう問い掛ける。

「ん?そうですよ、ここは長大な山脈の端に位置する山ですから端山と呼ばれています。しかし、恵さんの居た村でもそう呼ばれていませんでしたか?」

「分かりません。私はただ山としか聞いてませんでしたから……」

「そうでしたか」

 明良と恵の話が終わったところで、可憐が先ほどの明良の問いに回答する。

「せっかくの明良様の提案ですし、それでよろしいのではありませんか?ただ、恵さんも女の子ですし、名字とはいえもう少し可愛らしく、端山の字を少しだけ変えまして、羽の山で羽山などにしてはいかがでしょうか?」

 可憐のその提案に、明良は「そうですね」と、同意を示したあと、恵の方へと顔を向けて、「それでどうでしょうか?」と、問い掛けた。

「はい、嬉しいです!皆さんに付けて頂いた羽山という名を大事にします!」

 そう言って、羽山恵となった恵は、言葉通りに嬉しそうな顔を三人に見せた。

「それはよかった」

 その様子に、明良も嬉しそうに柔和な笑みを浮かべたのだった。



 朝食の後、用事で外に出掛ける明良に、守衛の可憐と、朝食の片付けを済ませた羽山恵が一緒についていく。

「また俺が留守番か……」

 その状況に小さく息を吐いた恭助に、明良は済まなそうな顔で「すみません」と、一言謝った。

「気にするな、言ってみただけだ」

 それに恭助は小さく笑い返すと、三人を見送ったのだった。



「あの頃はまだ、アイツの狂気には気づけてなかったんだよな……」

 懐かしさの中に悔しさを滲ませて呟く恭助は、かつての家族で、今は明良の跡を継いだ可憐と、その補佐をしているはずの羽山恵の二人を見つめる。

「可憐も立派になったものだ。そして、恵ちゃんは……あの頃からずっとアイツに付いて色々な場所を巡っていたからな、その時に何かされたのかね……?」

 羽山恵を見詰める恭助の瞳が暗くなってくる。

「救えなかったと言うべきか、それとも間に合わなかったと言うべきか………どちらにしろ、今の状況はアイツの手のひらの上、と言うことか……」

 先ほどとは違う悔しさが滲む呟きを恭助が漏らした時、神殿で禍々しくも巨大な魔力が解き放たれたのが、恭助の元まで伝わってきたのだった。

 今回の更新はここまでです。

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