鮮血の聖堂2
鮮血の聖堂探索後、少し時間があった隼人は、一人だけ寮ではなく学園に戻ってダンジョン内で遭遇したモンスターについて調べていた。
「腐敗種?要は動く死体ってことか?」
隼人はダンジョンについて書かれた大きく分厚い本を図書館に備え付けてある複数人で使える大きな机の上に広げると、鮮血の聖堂について書かれているページを開いて読みはじめる。
そして、目的だった鮮血の聖堂内に顕れるモンスターについて記された文を目にして、隼人は不快げに眉根を寄せた。
「……随分と趣味の悪いダンジョンだことで」
本来ダンジョンで何が出てきても不思議ではないのだが、今回戦ったモンスターの姿を思い出した隼人は、少し気分が悪くなってくる。
「今日はこのぐらいでいいかな……」
気分が悪くなった隼人は、一度図書館の壁に掛けてある時計で時間を確認すると、本を所定の場所に戻してから、そのまま寮へと帰ったのだった。
◆
「腐敗種、ね……」
翌日、鮮血の聖堂内を探索している最中に、隼人は前日に調べたことを智輝と伊織に話していた。
「それで、弱点は分かったの?」
「属性に弱点は無いみたいだけど、衝撃には弱いみたいだよ」
「つまりは打たれ弱いと?」
「そういうことだね」
隼人が頷くと、伊織は目の前の腐った犬のような姿のモンスター目掛けて空気を圧縮した弾を射ち放つ。
「確かに効果的なようだね。……だから昨日倒せたのかな?」
高速で朽ちていくように溶けて消えていくモンスターを見ながら、伊織は納得したように呟いた。
「それにしても、ここは相変わらず暗いし、広いな」
不安げな智輝の呟きに、隼人と伊織は小さく笑う。
「さ、どんどん先に進もうか!このダンジョンの攻略に時間掛けてる場合じゃないしさ!」
気合いを入れて先頭を歩く隼人に、智輝も伊織も後に続く。
その後も何度か同じ腐った犬のような姿をしたモンスターとの戦闘がありはしたが、それ以外には特筆するところのない、相変わらず両側に牢屋が連なるだけの空間を進む、静かな探索が続いていた。
「そういえばさ、このダンジョンの名前についてる鮮血って何を指してるんだろう?聖堂は上に建ってたやつなんだろうけどさ」
不意の智輝の問い掛けに、隼人は「あぁ」と溢すと、歩きながら背中越しに説明をはじめた。
「見れば分かるけどさ、ここは昔刑務所だったらしくてね、その時に拷問やら処刑やらで長年大量に血が流されたことに由来するらしいよ」
「昔はダンジョンに人が住んでたの?」
「いや、それはちょっと正確じゃないな。昔のここはダンジョンじゃなかったみたいだし」
「え!?どういうこと?後からダンジョンになったの?」
「そうみたいだね」
「何で?」
「それは……」
どう説明するべきかと言葉を詰まらせた隼人に代わり、伊織が智輝に説明を続ける。
「現在、ダンジョンになるのは何かしらの力を持った秘宝が原因なのではないかと言う説が有力なんだけど、その説に依れば、元からではなく後からダンジョンになる場合には、この力在る秘宝が外から持ち込まれたからじゃないか、って説が有力らしいよ?……っていうか、これは一学期のはじめの頃の座学で習ったはずだけど?」
「そ、そうだっけ……」
伊織の冷ややかな視線に、智輝はそっと視線を逸らした。
「ま、大方寝てたんでしょうけど?」
そんな智輝に、伊織は呆れたように肩をすくめた。
「も、もうこんな時間か!そろそろお昼ご飯にしないかな?」
態とらしく時計を確認して驚く智輝に、伊織は小さく息を吐いた。
「そうだね、どこかにマーカーを設置したら一度帰還しようか」
智輝の言葉に時計を確認した隼人は、マーカーを設置する場所を探してキョロキョロと辺りを見回しはじめた。
◆
「はぁー、お腹いっぱい!」
昼御飯を食べ終わりダンジョンに戻ってきた隼人達は、中断していた探索を再開していた。
「何か今日の智輝君のお弁当の量が多かった気がする……」
満足そうにしている智輝を、伊織はジト目で見詰める。
「今日は多目に詰めてもらったからね!」
それに智輝は誇らしげに答えた。
「まぁ、それはいいんだけどさ、それでちゃんと動けるの?」
「大丈夫、大丈夫!」
心配そうな伊織に、智輝は自信ありげに胸を叩いた。
「それならいいんだけどさ……」
そんな智輝に、伊織は気にしながらも諦めたようにそう呟いた。
それから暫くはモンスターに遭遇することもなく進むも、グルルルルという獣の唸り声が、辺りに広がる闇の中から聞こえてくる。
「またあのモンスターかな?」
戦闘態勢をとりながら隼人は辺りに目線を巡らすが、魔法光が照らす範囲にはモンスターの姿は視認出来なかった。
「魔力の存在は……」
隼人は肉眼での警戒から魔眼での警戒に切り替えると、ここまでの戦闘で掴んだここのダンジョンのモンスター特有の魔力の存在を確認しようと辺りに目を向ける。
「……何か見知らぬモンスターが混ざってるな……」
複数のモンスターの存在を確認した隼人は、その中に今まで出てきた腐った犬のようなモンスター以外の魔力があることを確認する。
「二人とも、はじめて見るモンスターもいるみたいだから気をつけて!」
隼人の警告に、智輝と伊織もより警戒を強める。
周囲から聞こえるグルルルルという唸り声が近づいてくると、伊織は四方に圧縮した空気の壁を展開すると、それをそのまま闇の中へと押し出すように射ち放った。
僅かに時間を置いてゴンという硬質な音が伊織の耳に届くと、周囲で聞こえていた獣の唸り声が少し小さくなる。
「まだ割りと残っているのね」
自分の魔法の、威力の高さと反比例して効果範囲が狭くなるという弱点に、伊織は悔しそうに呟く。
「もう少し魔法光を奥に動かしてみようか」
隼人は周囲を照らす魔法光の半数近くを更に先へと進ませた。
しかし、周囲に進ませた魔法光の内の一方向で直ぐに灯りが消滅する。
「一瞬だけ見えたけど……」
魔法光が消滅する直前の辺りの様子を視認した伊織は、言いづらそうに口を閉じる。
「……何が見えたの?」
他の魔法光の明かりが腐った犬のようなモンスターを複数体映し出す中、それを警戒しながら隼人は慎重な声音で伊織に問い掛けた。
「…………人」
「は?」
「正確には人の腕のようなものかな……」
「……………」
なんとも言えない沈黙が三人を支配する。
「……それが正しかったら、見るのは覚悟が要るな……なんとか暗闇で倒せないかな……」
智輝は独り言のように小さく呟いた。
「とりあえず、確認出来てるモンスターを倒しながら考えようか!」
隼人は人の頭ほどの大きさの氷の塊を複数出現させると、それを視認出来ているモンスター目掛けて一気に射ち出す。
それが直撃したモンスターは小さな悲鳴と共に闇の中へとふっ飛んで消えていく。
智輝と伊織は視認出来ているモンスターや、襲い掛かってくるモンスターを撃退しながらも、明かりが消えている一角へと意識を向けていた。
「ハアァァァッ!」
時折、智輝と伊織は明かりが消えた方向へと攻撃有効範囲の広い魔法を放つと、ぐしゅという腐った犬のようなモンスターを斬った時のような水音が暗闇から聞こえてきていた。
「これで粗方片付いたかしら?」
暗闇から聞こえてくる唸り声が聞こえなくなると、伊織は確認するように周囲を睨んだ。
「後は、例の何かがいる方向から聞こえてくる、何かが動く水音みたいな音ぐらいかな……」
べちゃべちゃと小さな音を立てて移動するその音を聞きながら、智輝は予測して魔法の狙いをつける。
そうして智輝が音が聞こえる方向へと風の刃をいくつも飛ばすと、びちゃびちゃという音と、ゴトンという重たい音が響くと、少しの間を置いて、ばしゃ、という水の入った袋を高いところから落としたような派手な音を立てて静かになる。
「片付いたのかしら?」
伊織は確認するように隼人へと視線を向ける。
「………うん、周囲にモンスターの気配は無いよ」
その視線に、隼人はしっかりとした頷きを返す。
「そう……なら、先へと進みましょうか……」
伊織の言葉に隼人と智輝は静かに頷くと、三人はモンスターのいた方向を確認することなく、その場から足早に離れていった。
◆
引き続き三人が鮮血の聖堂内を探索していると、また牢屋に閉じ込められた骸骨が牢屋の中を動いているのを目撃した。
「これは何で閉じ込められているのだろうか……?」
それを隼人達は不思議そうに眺める。
「意味があるのかどうかも分からないね。もしかしたら昔の名残かも知れないしさ」
智輝は冗談ぽく言うと、肩をすくめた。
「ま、とりあえず考えても分からないし、先に進もうか」
隼人が牢屋を離れて先へと進むと、智輝と伊織も慌ててそのあとに続いた。
◆
あの後、鮮血の聖堂内の探索を続けた隼人達は、一度腐った犬のようなモンスターの群れと遭遇したが、これを戦って難なく撃退すると、いつも通り周囲の安全を確認してからマーカーを設置してから帰還した。
そして、現在隼人は寮の自室でベッドに横になって天井を見上げながら、少し前の出来事を思い出していた。
◆
それは隼人が智輝と伊織と一緒に食堂で食事を終えた後のこと、食堂を出た三人を呼び止める女性の声に振り返ると、そこには鏡花が静かにたたずんでいた。
「……準備が整ったのですか?」
その鏡花の姿を確認した隼人は、鏡花の用件を察して、そう問い掛けた。
しかし、その隼人の問い掛けに、鏡花は小さく首を横に振った。
「いえ、そちらの方は調査は殆ど終わりましたが、現在は準備をしている段階です」
「そうなんですか……では?」
他に思い当たる節のなかった隼人は、首を傾げて鏡花に問い掛ける。
「はい、そう言う訳でして、まだ数日時間が掛かりそうだというお話が一点、そしてもう一点、兼護様や可児維様以外の守護者の方々も動きはじめたみたいですので、お三方には何事も無いでしょうが、念のために注意しておいて欲しいという事で声を掛けさせて頂きました」
「他の守護者……」
「一の守護者の一色様、四の守護者の世界様、五の守護者の井角様です」
「一色先生は知っていますが、他の二人は危険なんですか?」
智輝の疑問に、鏡花は首を横に振る。
「いえ、危険な方々という訳ではありませんが、念のためです」
「そうですか……」
納得しきれない智輝だったが、鏡花はそれだけ告げると、一礼して「それでは、私はこれで」とだけ言い残して、足早にその場を去っていってしまった。
「あっ、ちょ!………忙しかったのかな?」
反射的に呼び止めようとした隼人だったが、その普段よりも忙しなく去って行く背中を見て、呼び止めようとした言葉と手を引っ込めると、そんな感想を抱いたのだった。
◆
「守護者、ね」
隼人は天井を見上げたまま、独り小さく呟いた。
隼人が亡くなった今でも尊敬している明良がかつて所属していた存在。
隼人はその守護者の内三人とはもう出会ってはいるが、後の二人は未知の存在であった。特に……
「井角か……」
明良と同じ名字の守護者、それはつまり明良の後継者ということを意味している。
その現・五の守護者たる井角は、隼人にとっては最も気になる存在であり、特別な意味を持つ名を継いだ存在でもあった。
「どんな人なんだろうか?」
ポツリとそう呟くと、隼人は静かに天井を見上げながら、独り物思いに耽るのであった。
◆
翌日、本日も隼人達は鮮血の聖堂内を前日の続きから探索していた。
「相変わらず暗いな、ここは」
魔法光を飛ばしながら、智輝が頼り無げに呟く。
「地下だからね……しかし、この辺りはさっきまでと空気が違う気がするな……」
先頭を進む隼人は、どこかどんよりとしたような重たい感じの空気に、辺りを警戒するように目を走らせる。
「ん?」
そんな隼人の様子に、伊織も辺りに意識を向けると、空気が変化したことに気づいて片眉を動かす。
「この感じは……」
過去に感じたことのあるその空気に、伊織は不安を覚えて鼓動が早くなる。
「伊織ちゃん、どうしたの?大丈夫?」
隣を歩く伊織の様子の変化に気づいた智輝は、心配そうな顔を向けると、心の底から気遣うような優しい声でそう問い掛けた。
「……大丈夫……だけど、少し歩く速度を上げない?ここは嫌な感じがするから……」
「オレはいいけど……」
ちらりと、前を歩く隼人の後ろ姿に目を向ける。
「……なんとなくだけど、僕もそうした方がいいような気がする……」
辺りを警戒しながらも、伊織の提案に同意した隼人は、そのまま魔法光を更に奥へと進ませると、それに併せて歩く速度を上げる。
暫くすると辺りに漂う空気が元に戻ったのを感じた隼人は、歩く速度を落として、魔法光を少し手前に移動させる。
「………で、結局何だったの?」
隼人と伊織の雰囲気から異常事態を脱したとみた智輝は、訳がわからないと首を傾げた。
「………血、だよ」
それに伊織が小さな声で答える。
「血?」
「あの場所で大量の血が流された、それも凄惨な方法で流された血が……」
「それって……」
智輝は今しがた通り過ぎた方向に目を向ける。
「もしかしたら、強い怨念が残っていたかも知れない……」
「――――ッ!!」
伊織の呟きに、智輝は一瞬心臓が止まったかのような衝撃を受ける。
それはすなわち、もしかしたらあの場所には幽鬼が存在していたかも知れないということなのだから。
「あの感じは、昔を思い出すから嫌なんだ……」
伊織の子どものような声音のその微かな呟きは、幸いというべきか、隣でショックで身を強張らせていた智輝の耳には届かなかった。
「そろそろ、昼休憩のために一旦帰還しようか?」
二人の会話を何とはなしに聞いていた隼人は、話が途切れたのを見計らって、二人にそう提案した。
「さんせーい」
「そうだね、ちょっと疲れちゃったし……」
智輝が力無く手を上げると、その隣で伊織も弱々しげに頷いた。
◆
「こんな所に遺跡がね……」
可児維は、足が埋まるほどの積雪と、強風に流されて雪がほぼ真横へと移動しているような、そんな吹雪が吹き荒れる雪山の中腹で、雪に隠れるようにひっそりと存在していた洞窟の中へと入っていく。
その洞窟の中には何故だか殆ど雪が入っていないようではあったが、どこからか水が染みているのか、そこかしこに氷柱が天井から垂れ下がり、床は所々が凍りついていていた。
「いつの時代の遺跡だ?」
剥がれたり薄くなっている所もあったが、壁には絵らしきものがあり、周りをよく見ると、人工的に造られたようなものが散見出来た。
しかし、その多くは可児維が未だ見たことがないものだったが、一部分だけではあるが、似た特徴があるものを知っているものも存在していた。
「ここに一体何が在ると言うんですかね……」
可児維は、昔、人が居たであろうその痕跡を見ながら、恭助の去り際の言葉を思い出して、ため息を吐きそうになる。
あのあと、可児維は人の歴史について書かれているものを読み漁り、昔の碑文などが在りそうな場所を調べては、そこに赴いて調査していた。
元々そういう研究をしていた可児維にとっては日課の延長ようなものではあったが、ここ数日はその調査の量が桁違いに増えていた。
洞窟の最奥にまでたどり着いた可児維ではあったが、遺されていたのは碑文などの類ではなく、壁に人間同士の争いらしき画が遺されていただけであった。
「はずれか……」
それを確認した可児維は、急いで来た道を戻る。
この世界には、まだ調べるべき場所がいくつも点在していた。
◆
昼休憩を終えた隼人達は、鮮血の聖堂の探索に戻っていた。
光の届かぬ地下に住まう闇を、魔法光をいくつも飛ばして辺りを照らすことで、自分たちの周囲から追い払う。
コツコツと石畳の上を歩く硬質な足音が闇に響く中、数があるとはいえ、周囲を包み込むように存在する闇に比べて儚いその魔法光の明かりを頼りに歩くのは、少々頼りなかった。
「久遠さんみたいに、真昼のような明るさの魔法光が出せたらいいんだけどね……」
三人の先頭を歩く隼人が、更に先を進む魔法光を眺めながら呟いた。
「あれはどうやってるのかね。普通にやったら、世界から魔力を取り込んでてても、魔力が枯渇しそうな気がするよ」
伊織の理解出来ないというような答えに、隼人と智輝は苦笑めいた顔をすると、二人は揃って同意とばかりに肩をすくめた。
「まぁ、あの人は別格ってことでしょうよ」
「……この魔法光でもなんとかなってるし、とりあえず今はこれでいっか」
隼人が諦めたようにそう口にすると、前方に微かな魔力の揺らぎを感じとる。
「………どうかしたの?」
隼人の雰囲気が変わったのを感じとった伊織は、若干声の音量を落として問い掛ける。
伊織の問い掛けに、隼人は前方を凝視したまま困惑したように答えた。
「詳しくは解らないけど、何かが少し離れたところにあるみたい。……ただ、モンスターではないと思う」
「んーーー?」
隼人に倣って伊織も前方の魔力の動きを確認するが、あまりに僅かな揺らぎなのか、それともまだ距離があるからなのか、伊織にはまだ確認出来なかった。
「どうする?」
智輝は魔力の揺らぎを感じとれている隼人に、このあとにどう行動するかの確認をする。
「………まだ正体が解らないから迂闊に近づかないほうがいいんだろうけど、迂回出来るような道も確認出来ないし、正体を調べる為にも、もう少し近づいてみようか」
隼人は辺りを警戒しながらも、慎重に前に歩みを進める。
「……そろそろ伊織さんにも見えてきたんじゃない?」
「うん、多分あれだと思うけど………なんだろうあれ?」
隼人の問い掛けに伊織は頷くも、そのよく解らない魔力の動きに首を傾げた。
「魔力を出してるみたいだけど、あの魔力なんか可笑しくない?」
「うん、あれはあまり良くないものだね」
「毒?」
「それに近いかも」
「じゃあ、吹き飛ばす?」
智輝は片手に風の魔法を纏わせる。
「そうだね……ちょっとやってみようか」
隼人のゴーサインに、智輝は前方に突風を起こす。
「どう?」
智輝の確認に、隼人は一つ頷いた。
「周囲の害になりそうな魔力は散ったけど、根本は変わってないね」
「じゃあ?」
「今のうちに一気に駆け抜けようか、他には魔力反応は確認出来ないし」
隼人が一気に移動速度を上げると、智輝と伊織も急いでそれに続く。
そのまま危険地帯を駆け抜けると、隼人は移動速度を緩めた。
「ここまで来れば大丈夫だけど……」
隼人は振り返ると、今通り過ぎた道を注視するが、また毒素を出しているそれの正体までは分からなかった。
「そういえばさ、毒を出してた割には毒が漂っていた範囲は限られていたけど、あれはなんでだろう?」
「それは、強力ではあるけど毒が短時間しか効果が無いからか、時間とともに消えていってるのと、あの毒を吸っている何かが近くに存在しているからだと思うよ」
「毒を吸っている何かって?」
「さぁ?そこに毒が吸収されてるところが見えただけだから、何かまでは分からないよ」
「そうなんだ」
隼人の困ったような声に、智輝はそれ以上質問を重ねることはしなかった。
それから暫くの間は何事も無く進むも、遠くから獣の唸り声が聞こえてくる。
「また例のモンスターかね?」
先へと進みながらも、隼人は警戒の目を先へと向ける。
グルルルルという唸り声が大きくなってくると。
「いつもの犬型のモンスターだけみたいだよ」
隼人は背中越しにそう後方の二人へと伝える。
「数は?」
「三体……ここは三匹と言うべきなのかな?」
はて?と、悩む隼人に、智輝と伊織は、そんなことはどうでもいいとばかりに無視して戦闘がしやすいように魔法光を動かしはじめる。
「さて、さっさと片付けて、今日の探索を終わらせようか!」
智輝は不馴れな魔力視だけではなく、風による探知でモンスターの位置を調べると、そのままモンスターに風の刃を見舞わせる。
キャインという鳴き声が闇に響き、三人の耳朶に触れる。
「やるじゃない!」
その智輝の活躍を魔力の動きで確認した伊織は、智輝に驚いた顔を向けた。
智輝は伊織のその賞賛に、ふふんと、得意気な顔を返した。
「……後一匹残ってるよ」
その様子を背中越しに感じとった隼人が、とても言いづらそうにそう告げと。
「…………」
智輝はドヤ顔のまま固まり、直ぐに残った一匹へと攻撃する。
智輝のそのあまりの早技に、伊織は呆れ混じりながらも、素直に驚きの表情を浮かべるのだった。
今回の更新はここまでです。