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鮮血の聖堂

 小夜の助言に従い、隼人が短剣の能力を用いて三人の能力を向上させはじめてからというもの、訓練は順調に進んでいた。

「最終的には、その短剣の力を使わなくとも、聖なる魔力の抽出が出来るようになるのが目標ですよ」

 魔力の違いが分かるようになった隼人達に、久遠がそう注意する。

 一度理解さえすれば魔力の違いを感じることなど簡単そうではあったが、魔力を悪意の魔力と聖なる魔力に分けるのは、短剣の能力向上無しでは、少々難航していた。

 それでも、能力向上有りでは、既に隼人と伊織は、聖なる魔力のみを抽出するところまでは出来ていた。後はそれを精製して各自に最適化したあとに、魔法に変換するだけであった。

 一方智輝はと言うと、聖なる魔力の抽出に苦戦していた。

「魔力の取り込みを完全に意識出来るようになったら、魔力量が増えた気がする!」

 隼人は体内に感じる魔力の流れに、驚愕と期待に目を輝かせる。

「念願が叶ったって感じかな?」

 伊織の言葉に隼人は笑顔で頷く。

「これで智輝と伊織さんに迷惑掛けずに済みそうだよ!」

「別に迷惑だとは思ってないのだけどね」

 伊織は困ったように肩をすくめた。

「どうですか?そろそろ聖なる魔力を使って魔法を発動させる感覚は掴めてきましたか?」

 久遠の問い掛けに、隼人と伊織は「はい」と、小さく頷いた。

「それでは、あとはその短剣の能力に依らないでそれが出来るようになるだけですね」

 久遠は満足げに頷くと、智輝の方へと移動する。

「……しかし、聖なる魔力ね。見た感じは今までの魔法と何ら変わらないんだけどね」

「それでも、感じる魔力は別物だよ」

「それはそうなんだけどね。何かこう、聖なる魔力って言うぐらいだから見た目が少しぐらい変わらないかなー、と思ってね」

 伊織がそう言うと、隼人は可笑しそうにクスクスと笑う。

「な、なにかな?」

 隼人のその反応に、訳が分からずともなんとなく恥ずかしくなった伊織は、羞恥で顔を赤くしながらも隼人に問い掛けた。

「いや、別に。ただ、智輝みたいなことを言うなーと思ったら何だか可笑しくなってきてね」

 隼人のその指摘に、伊織は一瞬固まると、一緒になって笑い出した。

「本当だ!あははははは!」

 二人は目尻に浮かんだ涙を指で拭いながらも、中々笑いは収まりそうもなかった。



「何とか抽出までは出来るようになりましたね」

 久遠は智輝に優しく笑いかける。

「隼人と伊織ちゃんには大分差がついてますけどね」

 力なく笑う智輝に、久遠は肩をすくめてみせる。

「いずれ追いつけます。今は出来ることひとつひとつに専念しましょう」

「はい、分かりました」

 智輝の頷きに久遠も頷きを返すと、他の二人にも顔を向ける。

「それでは本日の訓練は終わりにします。このあとは鏡花さんの座学がありますので、皆さん遅れないようにしてくださいね」

 そう言うと、久遠はちゃんと話を聞いていたかを三人の顔に一人ずつ目を向けてしっかりと確認すると、訓練に使っている部屋をあとにして、座学用に使っている部屋に移動する。

「はぁ~、疲れた」

 それを確認した智輝は、息を吐き出しながらその場にへたりこむ。

 そんな智輝の元に、隼人と伊織は疲労からか、僅かに覚束無おぼつかない足取りで移動する。

「お疲れー」

「お疲れ様」

 智輝は声を掛けてきた二人を見上げる。

「そっちもね。とはいえ、お二人さんはもう訓練メニュー全部を成し遂げられたみたいですが」

 智輝は少しだけ卑屈そうな笑いを浮かべると、立ち上がった。

「それじゃ、遅刻しないうちにさっさと移動しようか」

「うん」

「そうだね」

 智輝の号令で、三人はゆっくりとした足取りながらも、座学を受ける為に隣の教室へと移動を開始した。



「ここは相変わらずだな」

 可児維は草原の中央付近に存在する、その石造りの立派な神殿を見上げて呟いた。

「魔人……いや、魔神だったか、ここに封印されているのが魔力の塊だったとはね……」

 可児維は神殿の中央辺りに建つ石造りの簡素なほこらに近づくと、そこから漏れでる邪悪な魔力を間近で浴びて、背中に嫌な汗をかくのを自覚する。

「……本当に相変わらずだな」

「そうでもないですよ」

 忌々しげに呟かれた可児維の独り言に、背後から予期せぬ声が返ってくると、可児維はその声の主へと鋭い目線だけを向ける。

恭助きょうすけか、久しいな。しかし、貴様がここに居るとは、これは面倒くさそうなことが起こりそうだな」

 そう言って可児維が小さく笑うと、恭助と呼ばれたジーパンにTシャツ姿の長身の青年は、わざとらしく肩をすくめてみせた。

「そりゃ、例の少女の封印が解けたんですから、そう遠くない内に面倒くさい出来事が起こるでしょうけれど」

「……何を知っている?」

 可児維は警戒するように目を細める。

「何って、何でしょうね?色々と知ってはいますが、可児維さんのお気に召す答えが出せるかどうかは分かりませんがね」

 恭助は手を広げると、小さく笑う。

「……何故貴様が封印が解けたことを知っている?」

「あれほどの人物です、解き放たれれば、例え世界の裏側に居たとしても分かりますって」

 皮肉げな薄笑いを浮かべた恭助は、そのまま可児維の背後を指差した。

「そして、おそらく次はあれでしょうね」

 恭助が指差す先、祠の存在を背中に感じながらも、可児維は祠ではなく、恭助の一挙手一投足を警戒する。

「彼女のことだ、例え他の者がやらずとも、魔神の封印を解きにくるでしょうね」

「……君は……この祠の中身を知っているのか?」

 可児維の窺うような言葉に、恭助は呆れたように目を見開いた。

「そりゃあ、先ほど言った魔神ですよ?」

「そうではなく……」

 可児維はどう言ったものかと眉根を寄せる。

 それを見た恭助は、可笑しそうに短く笑った。

「いや、からかってしまってすいませんね。冗談はさておき、可児維さんが言いたいのは、あの祠の中身が魔力の塊だと言うことを知っているか?ということですよね?勿論知ってますよ」

 可児維にとって衝撃の事実だった出来事を、恭助はあっけらかんとした物言いで語る。

 それを受けて、可児維は困惑したように顔をしかめる。

「可児維さんでもそんな顔をするんですね」

 そんな可児維を恭助は楽しそうに見詰める。

「可児維さんは知ってますか?この世界のはじまりを……いや、この世界での私たち人間のはじまりを……」

「どういう?」

「この祠に封じられた魔神は旧世界の支配者、それは間違ってはないんですよ。という話です」

「だが……」

「中身は魔力の塊だ!ですか?いいんですよ、それで……寧ろ旧世界の支配者が魔力の塊以外では考えられないんですから」

「それは一体……」

「気になるのでしたら調べてみてはいかがです?後日答え合わせぐらいはしてさしあげますよ」

 それだけ言い残すと、恭助は手を振りながら去っていく。

「待て!まだ話は―――」

 その背中を呼び止めようとするも、恭助は振り返ることなく神殿を出ていった。

「何だと言うのだ一体……遥か昔にこの地で何があったと言うのか……」

 一度祠を睨み付けるように見詰めると、可児維は神殿を後にした。



「皆さん、邪悪なる魔力と聖なる魔力の認識及び聖なる魔力のみの抽出、そして精製からの魔法化までが行えるようになりましたね!」

 久遠の称えるような声音で発せられた言葉に、隼人達三人は自信満々に頷きを返す。

「それでは、今後の行動予定について簡単にお話致します」

 そこで久遠は表情を引き締める。

「まず、私は魔神の封印の状態について、現地の様子を調べてきます。その間の皆さんについてですが、ご自由に行動していてください。封印の様子が分かるまではやることがありませんので。そのあとは、封印の状態に合わせた封印解除の準備をしてから、封印を解きますが、皆さんにはその時に立ち会って頂きたいと考えていますが、よろしいでしょうか?」

 久遠の問い掛けに、隼人達は何を今更という顔で頷いた。

「ありがとうございます。そうして最後は再封印を施しますが、その時にもしも魔神と戦闘になるような事態になれば、皆さんが習得された聖なる魔力による魔法でご助力願います」

「分かりました!」

 頭を下げる久遠に、隼人が三人を代表して答えた。

「ありがとうございます!」

 それに久遠は再度頭を下げると、ノックとともに鏡花が入ってくる。

「それでは、隼人君達三人を地上へと案内いたします」

「後のことよろしくお願い致します」

 隼人達が立ち上がると、久遠が鏡花に軽く頭を下げた。



 鏡花を先頭に、隼人達は行儀よく後に続く。

 過去にあった迷路はなくなり、広々とした室内を抜けると、隠し部屋へと続く地下室に出て、そのあとにまだまだ薄暗いとはいえ、魔法光が所々に灯されるようになった、見上げても地上が見えないほどに高い階段を昇ると、やっと地上へと到着した。

「訓練お疲れ様でした。それではこのまま寮へと移動しましょう」

 久遠の封印が解けてからというもの、封印の地を隠す必要せいが薄くなったことで、わざわざ遠回りして往き来しなくてもいいように、学園と封印の地とを繋ぐ道が密かに造られていた。

 隼人達はその道を通って学園へと戻ってくる。

「久しぶりだな……何か帰郷した気分になるな!」

「そうだね、まだここに来て一年も経ってないのにね」

「だね~。ずっと地下だったから、僕はこの太陽すら懐かしいよ!」

 懐かしげに辺りを見回す智輝に、それを微笑ましげに眺める伊織。

 そんな中、隼人は地上に出てきた時同様に、太陽に手のひらを翳す。

 そんな三人を他所に、鏡花は歩く速度を気にしながらも、淡々と寮へと続く道を歩いていく。

 やがて寮が見えてくると、隼人達三人は「わぁー」と、懐かしそうな声を出した。

 そして、寮の入り口近くに到着すると、鏡花は足を止めて三人を振り返ると、軽く頭を下げた。

「それでは、私はここで失礼致します」

 隼人達は鏡花に礼を言うと、鏡花と別れて寮の中へと入っていった。



「さて、それでは次の仕事に移りましょうか」

 鏡花は隼人達が寮の中へと入っていくのを見届けると、今来た道を戻っていく。

「これからどうなるのでしょうね」

 先ほどまでの少しのんびりとした歩き方と違い、滑るような動きで歩きながら、鏡花はこの先に起こるであろう出来事に思いを馳せて、ため息を吐きそうになるのをグッとこらえる。

「……世界が終わることだけは何としてでも避けねばなりませんね」

 鏡花は改めてそう決意すると、気を引き締めて地下へと続く階段を降りていくのだった。



 昼過ぎごろに戻った隼人達は、一度自室へと戻り着替えなどを済ませると、各部屋へと戻る際に決めていた時間に食堂に集まって、恒例のダンジョン攻略会議をはじめた。

 そこで久遠に助っ人として呼ばれるまでの自由時間はダンジョン探索をしようと決まると、食事を済ませて、そのまま許可を取りに職員室に向かったのだった。



 翌日、隼人達は次のダンジョンへと探索に来ていた。

 隼人達が次の攻略に選んだダンジョンは、『鮮血の聖堂』と呼ばれているダンジョンであった。

 そのダンジョンの入り口である二階建てのレンガ造りの聖堂へと足を踏み入れると、中は装飾品も何も見当たらない、がらんどうの空間であった。

「……廃墟?」

 そのあまりにも何も無い空間に、隼人は困惑したように呟いた。

 隼人達はとりあえず辺りを見回すと、吹き抜けとなっている二階へと続く、人一人が通れるぐらいの幅しかない石で出来た階段が目立たないように隅に設置されているのを見つける。

 そこで隼人達は、その石段から二階へと上がるか、それとも聖堂の中に入って直ぐに目についた、奥に見える二つの扉を先に調べるかを話し合う。

 その結果、まずは二階から調べようということに決まり、隼人達は階段を昇る。

 二階も階段同様に、人一人が通れるぐらいの幅しかなく、欄干も腰辺りまでしか高さがなかった。

「ここからだと一階の様子がよく見えるね」

 目線を一階に向けた伊織の呟きに、二階や天井の様子を観察していた隼人と智輝も一階へと視線を移すした。

「それにしても、ここから見る分には、二階も一階も何も無いけど、本当にここで合ってるのかな……」

「まぁ、まだあの二つの扉があるしさ」

 不安そうな隼人の呟きに、智輝は奥に見える二つの扉を指差す。

「そこに道があればいいけどね……さすがにいきなり主がいるってことはないだろうしさ」

 視線を一階の扉から二階の通路へと戻すと、注意深く様子を窺う。

「ここには何も無さそうだね」

 隼人の言葉に、智輝も伊織も同意の頷きを返す。

「そういえば、地図はどうしたの?何か描いてなかったの?」

 伊織の問い掛けに、隼人は困ったように肩をすくめた。

「地図ではこんなに狭くないというか、もう少し入り組んだ造りのダンジョンのはずなんだよね」

 隼人は前回の霧のダンジョン攻略時、次の探索候補であるダンジョンを二つ三つ先に調べていた。

 その際に調べた鮮血の聖堂は、相変わらず完全な地図ではないとは言え、もっと広大な敷地で描かれていた。

「じゃ……隠し部屋とかあるのかな?」

 一階へと降りた隼人達は、奥の扉へと警戒しながら近づくも、何事もなく扉のもとに到着する。

「……それじゃあ、開けるよ」

 扉越しに中の様子を窺った隼人は、慎重にドアノブに手をかけると、ゆっくりと扉を開けた。

「敵はいないみたいだね……」

 扉の陰から中の様子を目視でも確認した隼人は、そのまま陰から出て数歩室内に歩みを進める。

「ここは行き止まりみたいだね?」

 部屋を調べるように見回した伊織は、確認するように隼人と智輝に顔を向けた。

 その視線を受けて、隼人は改めてぐるっと室内の様子を簡単に見回した。

「……みたいだね」

 隼人が頷くと、隣で智輝がキョロキョロと何かを探すように忙しなく左右に頭を動かす。

 それを見た伊織は、不思議そうに智輝に「どうしたの?」と、問い掛けると、智輝は残念そうな声で答えた。

「いや……隠し扉とかないかな?と思ってさ」

 智輝は期待はずれだと言うかのようにため息をひとつ吐く。

「次は隣の部屋に行ってみようか」

 これ以上この部屋に居ても収穫なしと判断した隼人は、隣の部屋に行くために、部屋から出ていく。

「所々脆くなってはいるけど、石造りって結構丈夫なんだね」

 感心して辺りを観察しながらも、伊織は隼人の後に続いて部屋から出ていく。

「二人ともちょっと待って!」

 諦めきれずに部屋の中を調べていた智輝は、部屋を出ていく隼人と伊織の姿に慌てて調査を取り止めると、二人のあとに続いて部屋をあとにした。

「さて、とりあえず外からは異常なしだけど……中はどうなってるのかな?」

 先ほどの部屋の時同様に、扉越しに中の様子を窺った隼人は、同じようにドアノブに慎重に手をかけると、ゆっくりと扉を開いた。

 中の造りは隣の部屋同様に、朽ちかけた木の棚が壁際に置いてある以外には何も無い、寒ささえ感じそうなほどに寂しい部屋であった。

「道も無ければ、敵もいないね……次はどこを調べればいいんだろう……」

 周囲の安全を確認した隼人は、困ったように首を傾げた。

「隠し部屋や隠し扉みたいなのも見当たらないね……」

 伊織は智輝と一緒に部屋中を調べたが、何も見つからずにため息を吐いた。


「他に見落としはどこかあったっけ?」

 智輝の問い掛けに、隼人も伊織も難しい顔をする。

「とりあえず、部屋を出ようか」

 隼人の言葉で三人は部屋を出る。

「そういえばさ、この辺りって調べてないよね?」

 部屋を出た伊織は、思い出したように辺りを見回すと、何も無い一階の部分を調べはじめる。

「それはそうだけどさ……まぁ、周囲を見た感じ特にめぼしいものが何も無かったからね」

 かつて椅子にでも使われていたのだろうか、手近に板切れを見つけた隼人は、それをどかしながら伊織に答える。

「大きめの石とか、板なんかは落ちてるけど、入り口になりそうな所は何にも無いね……」

 伊織は床に散乱している石や板をどかして調べながらも、疲れたようにため息を吐いた。

「……………ん?何か風が吹いてるような………?」

 隼人と伊織に倣って辺りを調べていた智輝は、先ほど入った部屋から少し離れた場所で、どこからか微かではあるが、風が漏れているような感覚を覚える。

「えっと……多分この辺りだと思うけど……」

 智輝は無造作に落ちていた大きめの板をどかすと、風が漏れている箇所を探して、その板の下に隠れていた石の床の上をなぞるようにして手をゆっくりと滑らせながら調べる。

「……見つけた!」

 智輝は手の動きを止めると、石の床をノックするように軽く叩いた。

「音が軽いということは……」

 智輝は床を軽く叩きながら、目を皿のようにして継ぎ目が無いかを観察する。

「壊した方が早いかな……?」

 音が変わる辺りを観察してみるも、継ぎ目のようなものは見当たらなかった。

「二人とも!ここに何か在りそうなんだけど……!」

 智輝は二人を呼び寄せると、床を叩いて説明する。

「確かに音は違うけど……」

「面倒くさいから壊す?」

 悩む隼人に、伊織は智輝と同じ手っ取り早い方法を提案する。

「まぁ、もう少し待ってね……」

 隼人は伊織を手で制すと、じっと床を見詰める。

「……分かった!分かったよ!」

 そう言うと、おもむろに隼人は石の床に手を伸ばして床の石の一部を押した。

「動いた!」

 すると、重そうな音を立てて石の蓋がひとりでに持ち上がると、そのまま横へとずれる。

 石の蓋の下からは、真っ暗闇へと延びる地下への階段が姿を表す。

「ここが鮮血の聖堂の入り口……」

 隼人は一度大きく息を吸って覚悟を決めると、階段を慎重に降りはじめる。

 階段は、入り口から見下ろした通りの真っ暗な空間であった。

 三人はそれぞれに魔法の光を呼び出すと、足元を照らしたり、先行させたりする。

「どこまで降りるんだろう?」

 降りはじめてそんなに長くは経っていないだろうが、妙に長く感じる時間に、智輝は僅かに不安そうな声を出す。

「……どうやら階段は終わりみたいだよ」

 先行する魔法光が照らしだす開けた空間を確認した隼人は、静かな声で後ろを付いてきている二人にそう告げる。

「ここからが本番、ということかしらね」

 その開けた空間の奥に広がる闇から微かに聞こえてくる獣のような唸り声に、伊織は油断なく辺りに目を配る。

「こうも暗いところが続くと、暗視の魔法を習得したくなるね」

 魔法的な存在を捉える眼で辺りを警戒している隼人の独り言に、

「暗視よりも高度な魔法を使いながら何を言っているのやら」

 伊織は呆れたように息を吐き出した。

 隼人達が辺りを魔法光で照らしてながら探索してみると、そこは地上部の聖堂よりも広く、両側には何も入っていない牢がいくつも存在していた。

「聖堂の地下は牢獄でした、ってか?」

 牢に近づいて中の様子を窺うと、毛布代わりだったのか、ボロボロの布切れが落ちていて、他には隅に洗面器のようなものが置かれていた。

「昔はここに誰か居たのかね……」

「そもそもここって学園が造ったダンジョンじゃ?」

 隼人の呟きに、智輝は不思議そうに首を傾げる。

「そういうダンジョンもあるけど、全てがそういう訳ではないんだよ」

 智輝の疑問に、横にいた伊織が答える。

「元々この辺りには複数のダンジョンが在ったらしくてね。久遠さんが封印されてからはそれを利用して、偽装の為に学園がいくつか追加で造ったらしいよ。……ただ、難関の五つのダンジョンは学園が出来た後、つまりは久遠さんが封印された後に自然発生的に顕れたらしいよ。ま、これに関しては真実かどうかは不明だけどね」

 そこで伊織は、冗談めかして肩をすくめてみせた。

「へぇー、そうだったんだ!じゃあ、ダンジョン探索の訓練と言いつつも、その実本物を使ってたってことなんだね!」

「そういうこと」

 辺りを警戒しながら二人が話をしていると、

「来るよ!」

 先頭を歩く隼人から、小さな警告が飛んでくる。

 その警告を受けて、智輝も伊織も瞬時に戦闘態勢に移行する。

「グルルルルルッ!」

 階段を降りてからというもの、離れた闇の中からずっと聞こえていた唸り声が三人の近くまでゆっくり近づいてくる。

「声だけで判断すれば獣系のモンスターだろうけど……」

 隼人が声がする方へと魔法光を放つと、そこには犬のような動物がいた。ただし、身体を覆っているのは腐った肉のようではあったが……。

「あれを獣と表現するべきなんだろうか?」

 その姿を確認した隼人は、戦闘態勢を取りながらも、そんなどうでもいいようなことが頭を過ぎる。

「さぁね、それは学園に戻ったら調べてみれば?それよりも、今は目の前の敵に集中しようよ!」

 やれやれとでも言いたげな口調で伊織は隼人に注意する。

「そうだね、ごめんごめん!」

 隼人が背中越しに伊織に謝った時、腐った犬のようなモンスターが隼人目掛けて飛び掛かってくる。

「さすがにそれは簡単だよ!」

 それを難なく横に避けてかわした隼人は、そのままモンスターの側面を、刃を伸ばした短剣で斬りつける。

「キャイン!!」

 モンスターは軽く悲鳴をあげると、隼人達から距離をとる。

「あれでまだ動けるとはね」

 殆ど半ばまで斬られて、そこからどす黒い物体と液体をぼたぼたと撒き散らしながらも、気にした風もないモンスターに、隼人は生理的な嫌悪感を感じて顔を顰める。

「獣なら火はどうかしら?」

 距離をとったモンスターに、伊織はすかさず十数本の火の矢を放つ。

 その火矢がモンスターに命中すると、火に包まれたモンスターは、身体に刺さった火矢を振り払おうと身体を激しく左右に振る。

 しかし効果が薄いとみるや、火矢が突き刺さったまま、牙を剥いて隼人達の方へと突進してくる。

「火に怯みもしないのね。それに、あの様子じゃ痛覚さえあるのかも疑わしいわ」

 どす黒い液体を垂れ流し、何本もの矢を身体から生やし、尚且つ火に包まれながらも平然と突進してくるその異様な光景を前にしても、 伊織は冷静な目を向けていたが、隼人と智輝は理解し難いその光景に、恐怖から思わず頬をひきつらせる。

「……とりあえず近寄らせるのだけはやめときましょう、か!っと」

 恐怖で動きが鈍い隼人と智輝に代わり、伊織は空気の壁を創り出すと、それを勢いよくモンスターにぶつける。

 隼人たちに突進していたことも手伝い、その空気の壁に頭から凄い勢いでぶつかったモンスターは、その衝撃で遠くに飛ばされる。

「………ふむ?動かないけど……倒せたのかな?」

 モンスターを追尾していた魔法光の淡い明かりが照らすモンスターは、飛ばされたままでピクリとも動く様子は感じられなかった。

 それから暫くすると、動かなくなっていたモンスターは、どろどろと溶けていくようにして消滅していった。

「これでここの初戦闘は終わりかな?」

 キョロキョロと周囲を警戒した伊織は、小さく息を吐く。

「……何だったんだ、あのモンスターは……」

 まだモンスターが消えた場所を眺めていた隼人は、理解出来ないと言わんばかりに茫然と呟いた。

「さぁね。最初に言ったけど、それは学園に戻った時に調べればいいことで、今は現状の把握に努めましょう」

 伊織の言葉に、隼人は顔を伊織の方に向けると、無言で頷いた。

「ほら、智輝君も行くよ!」

 隼人達は魔法光を周囲に飛ばしながら慎重に前進するも、先ほどから最後尾で動きの鈍い智輝に、伊織は声を掛ける。

「う、うん。分かってるよ」

 智輝はぎこちなく頷くと、歩く速度を上げる。

 そのまま周囲を調べながら進む隼人達の耳に、カチャリ、カチャリという何かが歩く音が聞こえてくる。

「新手か!?」

 その音がする方へと魔法光を飛ばしてみると、そこには狭い牢屋の中をひたすら歩き回る骸骨の姿があった。

「閉じ込められてるのかな?」

 その様子に、伊織は首を傾げる。

 モンスターは魔法光で照らしても、隼人達が近づいてみても、気づいていないのか、行動を一切変えることはなかった。

「ふーむ?」

 どこか可笑しなその光景に、隼人は何かを感じたのか、不思議そうな顔をする。

「襲ってこないなら先に進んだ方がいいんじゃない?時間もそんなに無いしさ」

 智輝の言葉に、隼人も伊織も驚いて時間を確認する。

「もうこんな時間なのか……」

 夕方になった頃を示す時計に、隼人はどこか呆けたような声を出した。

「だからさっさと進もう!それとももう戻る?昼飯食べ損ねたからか、急にお腹空いてきたし……」

 お腹を擦りながら智輝は力無く二人に問い掛けた。

「うーん、わたしはマーカーを置くついでにでも、もう少しこの辺りを調べてから戻る方がいいかな。この先が安全かどうか分からないし」

 智輝と伊織の視線を受けて、隼人はひとつ頷く。

「じゃ、マーカー設置したら戻ろうか。時間を確認したら僕もお腹が空いてきたしね!」

 三人は同じ意見であることを確認すると、魔法光を辺りに飛ばしてマーカーの設置場所を探しはじめた。

 安全確認を兼ねて暫く辺りを探索した隼人達は無事にマーカーを設置すると、帰還の魔法を詠唱して、そのままダンジョンの外へと帰還したのだった。


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