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聖邪の魔力

 ここは地上からどれだけ離れているのだろうか、本来ならば暗い暗いその広い部屋に、沢山の魔法の明かりが灯されたおかげで、元々の住民であった闇は追い出され、まるで昼間のような明るさが場を満たしていた。

「さて、それでは……」

 久遠が辺りを見回すと、死んだように床に転がる隼人達三人の姿が目に映った。

「もう限界ですか?ここに来てまだ三日しか経ってませんよ?」

 久遠の呆れたような口振りに、隼人達は抗議したくはあったが、今はそれさえ億劫であった。そんな暇があるなら今は一秒でも休んでいたかった。

 久遠が訓練をつけると言ったあの日から三日が経った。久遠は個々の魔力量に応じた訓練を行ってはいたが、さすがにほぼ一日中魔法を使い続けていれば、いくら個々に応じた訓練といえども力尽きてしまうというものであった。

「しょうがないですね、それでは一度休憩を挟むとしますか。さぁ、そうと決まりましたら場所を移しますよ!鏡花さんに怒られたくないのでしたら急いだ方がよろしいかと」

 それだけ言うと久遠はさっさと隣の部屋へと移動する。

 ここに来てからというもの、一日の大半を訓練に費やしていたが、途中途中で挟まれる、休憩と称した鏡花を先生とした座学の授業も行われていた。

 訓練の間、学業をずっと休む訳にはいかないだろうという心遣いらしかったが、隼人達にとってはありがた迷惑とも言えた。

 因みに、訓練は主に久遠が指導しているが、鏡花による座学では、久遠も隼人達同様に生徒側であった。

「くううううっ」

 隼人は四肢に力を入れてなんとか立ち上がろうとする。

「ち、力が入らない……」

 うずくまるような格好になるも、そこからいくら四肢に力を入れても立ち上がるまでの力が入らなかった。

 横目で智輝と伊織の様子を窺うも、智輝は立ち上がろうと膝を曲げてはいるが、殆ど踞るかたちで動かなくなり、隼人と大差無かった。

 一方伊織はというと、ふらふらとしてはいたが、なんとか立ち上がっていた。

「よく立ち上がれるね、伊織さんの訓練が一番キツいはずなのに」

「まぁ、気合いかな?鏡花さんに怒られるのも嫌だし………って言っても、立ち上がるだけでいっぱいいっぱいなんだけどね」

 そう言うと伊織は、「はは」と力無く笑った。

「それじゃ、お先に行ってるよ」

 伊織はふらふらとしながらも、しっかりとした足取りで移動を開始した。

「僕も頑張らないとな……」

 そう気合いを入れるも、やはりそう簡単に立ち上がることは出来そうになかった。



「やっと来ましたね」

 鏡花は扉が開く音を耳にすると、音のした方へと顔を向ける。

「お、遅くなりました」

 そこには青い顔をした隼人と智輝が立っていた。

「授業はあと数分で終わりますが、一応出席扱いとしますので、後で配るプリントでちゃんと復習するようにしてください」

「「はぁい……」」

 鏡花の言葉に、隼人と智輝は力無く返事をした。


 それから数分後、定刻通りに授業が終わると、久遠は立ち上がって隼人達の方へと顔を向ける。

「それでは、訓練を再開致しましょうか!」

 その言葉に、隼人も智輝も顔をひきつらせる。

「久遠さん、さすがにもう魔力切れで身体が思うように動かせないので、今日はもう休ませて頂けませんか?」

 三人を代表しての伊織のその切なる願いに、久遠はやれやれと言わんばかりに息を吐き出した。

「この訓練は、それをどうにかするための訓練なのですよ?前にも申しましたが、魔力量とは、外から吸収した魔力を自分に合うように変換させられる量のことです。これは一般的には一日の変換量ですが、それは正確ではありません。実際には一日の変換量というものは更に多いのです。そして、魔力切れなどというものは、本来外に魔力がある限り存在しません」

 そこで一度区切ると、久遠の口調が妙に優しいものへと変わる。

「ですが、精神的・肉体的な疲労はあるでしょうから、今日の訓練はここまでと致しましょうかね」

 久遠の言葉は隼人達が待ち望んでいた言葉であったはずなのだが、三人の耳には、何故だかそれは地獄の蓋を開けてしまったかのような、そんなとてつもなく嫌な予感を覚える言葉に聞こえたのであった。



「朝ですよ、さぁ起きてください」

 翌日、鏡花の声で目を覚ました隼人は、ゆっくりと上体を起こす。

「おはようございます」

「はい、おはようございます」

 朝の挨拶を終えると、鏡花は早々に部屋から出ていく。

「ふぁ~~ぁ」

 隼人は大きな欠伸をすると、寝ぼけ眼のままベッドから降りる。

 昨夜は訓練が終わったあと、軽い食事を済ませて簡単に身体を洗い流すと、そのまま泥のように眠ったのだった。

 そのお陰か、今朝はそれなりに元気になっていた。

「ふぁぁあ、こういう時は太陽が恋しいね」

 地下に造られた部屋である以上、窓を見れば外の景色が目に映るというものではないため、飾りとして設置されている窓を眺めては、隼人は久しく見ない本物の太陽の輝きを懐かしく感じるのだった。

「さて、それじゃ次はっと」

 隼人は顔を洗って軽く気合いを入れようと、洗面所へと移動する。

「しかし、部屋数が少ないとはいえ、各部屋に風呂が併設とか、学園の寮より豪華だよな……」

 隼人は脱衣場を兼ねた洗面所へと移動すると、改めてその事実に驚きの声をあげる。

「寮でも部屋に洗面所くらい付けてくれないかな……」

 ぼやきながらも歯を磨いて顔を洗い終えると、隼人は着替えをしに元の部屋へと戻る。

「これでよしっと!」

 隼人はさっと着替えを済ませると、鏡で軽く身だしなみを整えてから部屋を後にした。



 隼人が仮設の食堂と化している部屋に着くと、既に隼人以外の全員が揃っていた。

「おはよう!」

 隼人が他のメンバーと朝の挨拶を交わしながら席に着くと、直ぐに横から朝食が目の前に置かれる。

「あ、ありがとうございます」

 隼人が礼を言うと、鏡花はにこりと、小さく微笑んだ。

 朝食はスクランブルエッグにカリカリに焼いたベーコンとソーセージ、それに食パンにヨーグルトと、それなりの量ではあったが、朝でも手軽に食べられるものばかりであった。

 好みでジャムなどを使えるように、朝食と一緒に調味料も用意されていた。

 隼人が手早く朝食を済ませていると、久遠が今日の予定について三人に告げる。

「さて、今日の予定ですが、お三方には外界からの魔力の取り込みを意識して頂こうと思っています」

 久遠の言葉に、訳がわからず隼人達は揃って首を傾げた。

 その様子を見た久遠はもう少し詳しい説明を加える。

「つまりですね、魔力の精製を意識して行って頂こうということです」

 依然として理解出来ない隼人達だったが、久遠は「やってみれば分かります」と微笑んだだけで説明を終えてしまう。

 こうして朝のゆっくり出来る僅かな時間は過ぎていった。



「肌から魔力を吸収するような感覚で!」

 久遠の言葉に隼人達は困惑しながらも集中する。

 元から世界に漂う魔力が見えている久遠と違い、隼人達にとっては外界の魔力というものは生まれた時から当たり前に存在していたもので、息を吸って酸素を体内に取り入れるように、今までその存在を意識すらしたことがなかったものであるという以上に、その存在自体をつい最近まで知らなかったのであるからして、急にそれを意識するというのは至極難しいものであった。

 その後も久遠から色々と説明を受けるも、やはり一朝一夕では習得出来そうにはなかった。



「可視化出来れば楽なのですけれどね」

 クタクタになった隼人達を見ながら、久遠は困ったように呟いた。

「感覚ではなく、学問的な知識としての理解からはじめた方がいいのでしょうか?それともイラストにでもすれば、擬似的な可視化が可能になるのでしょうかね?」

 久遠は頬に手を添えると、う~んと悩む仕草をみせる。

「もしくは、一度昨日よりも魔力を限界まで絞り出してみるとかはいかがでしょうか………?カラカラになれば、満たされる感覚というのが実感出来るのではないでしょうか?」

 フラフラの隼人達ではあったが、久遠のその呟きだけは聞き逃せなかった。

「いえ!そこまでしなくても、今日ので大分近づけたと思いますので、あとはこれを繰り返すか、学問的な方で試した方がよろしいかと存じますが……」

 妙な言葉遣いになりつつも、必死な形相で懇願する隼人達。

 冗談抜きで生死に関わりそうな話になりそうであったから当然の反応ではあったが。

「そうですか?ではそういう方向で検討してみましょうか。なにせ私も、人に外界の魔力について理解して頂けるようにここまで努力するのははじめてなもので、中々に難しいものですね」

 恥ずかしそうにそう言うと、久遠は手を合わせる。

「それでは、今日の訓練はこの辺りで終わりましょうか!明日からの訓練メニューも考えないといけませんし。皆さんは今日の訓練を思い出して、各自復習されますようお願い致します。それでは、残りの時間は鏡花さんによる座学としますので、皆さん部屋の移動を開始してください」

 そう告げると、久遠は座学を行う際に使用している部屋へと移動をはじめた。

「わかりました」

 隼人達はクタクタの身体を引きずるようにしながらも、久遠のあとに続くのであった。



 今まで当たり前に存在していたものを改めて意識するというのは意外と難しいもので、それが当たり前であればあるほどに難易度も高くなっていく。

「一時的にならなんとかなりそうなんだけどね……」

 隼人は息を吐くと肩をすくめた。

「無意識に意識し続ける必要があるらしいからね……やっぱり時間が掛かりそうだね」

 伊織は困ったように頭をかく。

 現在、久遠は少し席をはずしていて、その間は自主練習ということだったが、答えを手探りで探しているなかでの自主練習というものに意味があるのかないのかは微妙なところであった。

「魔力は自前、という以前の考えから改めないといけないからなー」

 智輝は魔力を練ることに意識を向けることで、まずは魔力というものを感じようとしていた。

「そもそも魔法を使うってことから意識しないとだしね」

 伊織は手元に小さな魔法光を出したり消したりを繰り返している。

「この世は魔力に溢れてるってことはさ、魔力を視認出来るってのは視界を確保するのも大変そうだよね」

 隼人は手元に置いた短剣をじっと見詰める。魔力を吸収したり譲渡したり出来るらしいこの短剣なら何か分かるかも知れないという淡い期待を抱いて……。

 それに、久遠によれば、短剣の製作者である明良は、魔力を視ることが出来たらしいという話なので、もしかしたらこの短剣に何かしらのヒントが隠されているかも知れないという期待もあった。

「魔力を意識出来たら次はどうするのかな?」

 そこで隼人はふと疑問に思ったことを口にする。

 訓練と言う以上強くする為なのだろうが、それが何のためなのかまでは聞かされてはいなかった。

「さぁね、それは分からないけど、もしかしたらこの訓練は魔力量の上昇に繋がるのかもしれないよ?」

 伊織は小さな魔法光の他にも、小さな火球や小さな水球などを現出させたり消滅させたりを繰り返す。

「魔力量の上昇ねぇ。久遠さんに言わせれば魔力精製量だったっけ?確かにそういう狙いの可能性もあるな」

「それが事実だったら、魔法使いの世界の勢力図が変わりそうな話ではあるよね!」

 智輝の呟きに、伊織は愉しそうにいたずらっ子のような笑みを浮かべる。

「まぁ、魔力量が物を言う部分が結構ある世界だからね」

 その二人のやり取りを聞いた隼人はしみじみそう呟いた。

「魔力主義とでも言えばいいのか……何なのかね、あれ。守護者と呼ばれる人達の方では違うみたいだったけどさ」

 そう言って智輝が肩をすくめると、ちょうど久遠が戻ってきた。

「しっかりと各自で訓練をしていましたか?」

 久遠は隼人達の前に立つと、一人ひとりの顔を確認するように見ていく。

「……なるほど、大丈夫そうですね。それで、成果の方はどうでしたか?」

 久遠の問い掛けに、隼人達は少しばつの悪そうな顔をする。

「……なるほど、まだ時間が掛かりそうですね。やはりこの感覚の取得は簡単ではありませんね」

 そう言うと、どうしたものかと久遠は頭をかいた。

「久遠さん、質問してもいいですか?」

 隼人はしっかりと手を挙げる。

「はい、私に答えられることでしたらどうぞ」

 それに久遠は柔らかく微笑んで応える。

「この訓練は何のための訓練なのでしょうか?」

「魔力を感じることが出来るようにする訓練ですけれど?」

 ちゃんと伝わってなかったのだろうかと、久遠は不思議そうに首を傾げた。

「そうではなくてですね……えっと、この訓練を終えた先と言いますか、何のために魔力を感じられるように訓練しているのか、ということです」

「……なるほど、そうお考えになるのも理解出来ます。まだそれについては説明してませんでしたからね」

 久遠はひとつ頷くと、小さく息を吐き出す。

「勿論、強くなるためというのもありますが、皆さんには魔神との戦闘に協力して頂けないかと思っております」

 久遠の言葉に三人は怪訝な顔をする。

「弱まっているとはいえ、魔人は封印されているのでは?それに戦闘とは……」

「確かに魔神は封印されています。ですが、それはそう遠くない未来には魔神に耐えきれなくなり消滅するでしょう。ですから、私はこちらから封印を解いて再度封印するか、魔神を倒してしまおうと考えています。その際にもし戦闘になるようならば、皆さんにも手を貸して頂きたいと考えているのです」

「魔人は魔力の塊だと言ったのは久遠さんではありませんでしたか?それとどうやって戦うのですか?」

 伊織の質問に、久遠は鷹揚に頷いた。

「そのためのこの訓練です。魔力というものを理解し、それを操るための」

「いまいち意味が理解出来ないのですが……」

「魔力というものは大まかに分けてですが、二つに分けられます。一つは悪意の塊のような魔力、もう一つは聖なる力のような魔力です。この二つが混在して漂っている状態が、この世界の魔力なのですが、魔神に関しては、悪意のみで創られた存在と言えるほどに、悪しき魔力の集合体なのです」

 そこで久遠は一度言葉を切って隼人達の顔を確認すると、話を続けた。

「この悪しき魔力というものは、体内に取り込むと、人間の身体を内部から蝕み寿命を縮めてしまいます。ですから、何も知らずに魔法を使い続ければそれだけ短命になってしまいます。では、何も対策を施さずにその悪しき魔力の塊と言える魔神に近づけばどうなるか、ですが……棗隼人君でしたか、君は分かりますか?」

「……死んでしまう……ですか?」

 少し考えた隼人のその窺うような答えに、久遠は満足げに頷いた。

「その通りです。普通の人では死んでしまいます。それも即死でしょう。ですから、この訓練は魔神と対峙するために持っていなければならない基本的なスキルを皆さんに習得して頂くための訓練なのです。それに、例え魔神に相対さなくても、このスキルは長寿や治療にも役立ちますので、会得していて損はありませんよ!」

「治療にも、ですか?」

 久遠の説明に、伊織は首を傾げた。

「悪意は害を及ぼしますが、神聖なる魔力には修復……治療をすることが可能なのです。ですから、聖なる魔力のみをより集めて他人に与えると、病気や怪我を治癒させることも可能になるのです。ただし、聖なる魔力も決して万能ではないことだけは忘れないでください」

「へぇー、それはスゴい!」

 驚く智輝と伊織を横目に、隼人はそっと視線を腰に差してある短剣に落とす。

(小夜さんが言っていた毒や治癒ってもしかして……?)

 もしそうだとするならば、小夜は久遠が今話していたことを知っていたうえに使いこなせる、ということになるのだろう。

「それで、次に魔神との戦闘についてですが……」

 そこで久遠は口を閉じる。

「?」

 その様子に、隼人達は眉根をよせて不審そうに首を傾げた。

「聖なる魔力のみを使って戦うのですが、詳しくはまた後日お話しましょう。まずは魔力を意識出来るようになってから、悪しき魔力と聖なる魔力を選別出来るようになるところからはじめましょう」

 そこで久遠は一度隼人達から視線を外すと、何かを思案するように顎に手を添えた。

「皆さんは魔力の探知はお得意ですか?」

 隼人達の方へと視線を戻すと、久遠は真剣な表情で三人に問い掛けた。

「僕は得意です」

「オレはそんなに……」

「わたしは人並みよりは上って感じです」

「なるほど」

 三人の答えに、久遠は頷くと、隼人へと目を向ける。

「では棗隼人君、君は魔力の質というものが分かりますか?……悪意や神聖ではなく個体差と言いますか、違いというものが」

 久遠の問い掛けに、隼人は探知時の感覚を思い出すような間を少し挟むと、口を開いた。

「……正確ではありませんが、なんとなくであれば、それは分かります」

「お二方は?」

 久遠の視線に、智輝は顔を横に振った。

「それならわたしもなんとなくですが……」

 伊織は久遠のその視線に自信なさげにそう答える。

「そうですか、それならば話は早いかも知れませんね。では、魔力の質を探知する感じで、体内に魔力を取り込んでみてください。得意でなくても、橘智輝君もやってみてくださいね、何か気づくきっかけになるかも知れませんから」

 久遠に名前を呼ばれて少し驚きつつも、智輝も二人に倣って魔力探知での魔力の取り込みに挑戦する。

 しかし、そもそも魔力を取り込むという感覚事態、最近少し分かるようになってきたばかりの感覚であった三人には、それで簡単に魔力の違いを理解することは出来なかった。

 それでも、何も収穫がなかった訳ではなかった。

「ちょっとだけだけど、色の違いというか、高さの違いというか、魔力の質感が微妙に異なるのを知覚出来たような気がする」

 隼人は説明が難しいその感覚に頭を悩ませながらも、なんとか知覚出来た感じがしたことを久遠に伝える。

「わたしはもう少し曖昧な感じでしたが、何か違いがある感じがしました」

「……オレは全く分からなかったな」

 続く伊織の感想に、智輝は居心地悪そうに呟いた。

「なるほど、この訓練が良いようですね。では、皆さんにはこの訓練を続けてもらうとしましょう。橘智輝君にも、いつかは理解出来る日が訪れるでしょう。最初は皆さんそんなものですよ」

 久遠は智輝に優しく声を掛けた。

「それでは、もう少しこの訓練を続けましたら、今日の訓練は終わりにしましょうか」

 久遠の掛け声に三人は頷くと、各自訓練を開始した。



 その日の夜、隼人は夢をみた、いつぞやみた草原の夢を。

「また会えましたね」

 聞き覚えのあるその声に振り返ると、案の定そこには小夜が立っていた。

「色々と訊きたいことがありますが、とりあえずお久しぶりです……でいいのかな?あれから今か今かと待ちくたびれましたよ」

 そう言うと、隼人は疲れたように肩をすくめた。

「それは申し訳ありませんでした。状況は理解してましたが、中々夢の中に入るのに手間取りまして」

 申し訳なさそうに頭を下げた小夜に、隼人は慌てて手でそれを止める。

「冗談ですよ!確かに訊きたいことはありましたが、怒ってはいませんので!」

 その隼人の慌てように、頭を上げた小夜はクスリと笑みを溢した。

「それにしましても、あれから色々となさりましたね。まさかこんなに早く結界を解いてしまわれるとは、さすがに予想外でした」

 小夜のその言葉に、隼人は前回夢の中で小夜と話した内容と、久遠のことを頭に思い浮かべる。

「あれは色々大変でした。それこそ小夜さんに訊きたいことがあったんですけれども……」

「今更ではありますが、何でしょうか?私に答えられることでしたら何でも訊いてください」

「じゃあ……」

 隼人は小夜から視線を逸らすと、何から訊くべきかと頭を回転させる。

「あの鍵とその時に遭遇した敵はなんだったか分かりますか?悪意の塊がどうとかとは聞きましたが、いまいちよく分からなくて」

 恥ずかしそうに首を竦めた隼人に、小夜は僅かに笑みを浮かべつつ、口を開いた。

「少し長くなりますが、あの鍵と敵について説明するには、まずは彼女が籠っていた封印について説明しなければなりませんね。あの封印は、世界に漂う悪意のみを外に追い出して創りだされたもので、彼女の魔神の悪意に受容性の高い身体から悪意を遠ざける目的で創られた封印です。その際、封印内から追い出された悪意が集まって誕生したのがあの鍵です。しかし、当たり前ですが、鍵を使う者が現れない限り、鍵単体では何も出来ません。そんな鍵が長い時間を経た結果、鍵の力が増大し、隼人君が探索したあの闇の別世界を創るまでに至った訳です。その闇の別世界と、元々存在していたこちらの世界とを繋ぐ役目として生まれたのが、あの敵だったのです」

「では、あの敵は鍵の一部ということですか?それと、何故鍵と珠は分離していたのでしょうか?」

「そうですね、そういう解釈で合っていると思います。そして、鍵と珠についてですが、あれは昔明良様が分離させたからです。まだ封印の地について判明する前の出来事でした」

 小夜の話に、隼人は驚愕する。

「では、明良さんはあの敵とも遭遇していたのですか!?」

「ええ、あの敵は神出鬼没でしたから、封印を解けそうな人物の前に現れていたようです。あの敵は鍵が存在する限り不滅の存在のようですし」

「そうだったんだ!」

 隼人はただただ驚くばかりであった。

「他には何かご質問はありませんでしたか?」

「えっとですね……」

 隼人は顎に手を当て思案する。

 鍵のこと、鍵へと続く門を開いた敵のこと、久遠の封印のことと、訊きたいことは全て訊いたような気がしたが、そこではたと、隼人は訊きたいことが新しく今日出来たことを思い出した。

「小夜さんは、悪意の魔力と聖なる魔力について知っていますか?」

「久遠さんが話していたことですね。はい、勿論知っていますよ」

「では、毒や治療というのは……?」

「久遠さんのお話の通り、治療は聖なる魔力を用いていますが、毒に関しては悪意の魔力だけではありませんね」

 小夜の回答に、隼人は目を見開いて小夜を凝視する。

「他に毒になるものが?」

「魔法というものは便利なものなのですよ」

 そう言うと、小夜は意味深な微笑みを浮かべる。

「それと、本日の訓練で魔力の性質に大分敏感になられたようですが、魔力の感知・選別・分離には、私の能力向上をお使いになれば、一助になると思いますよ」

「本当ですか!」

「ええ」

 隼人は驚きながらも、智輝と伊織の顔が脳裏に過る。これで大分楽になりそうだと。

「他には何か御座いますか?」

「……魔人には勝てるのでしょうか?」

「それは勝てないと思います。本当の意味であの存在に勝てるのは明良様ぐらいでしょうから。ですが、古の守護者がそうであったように、封印することは可能でしょう」

 小夜の言葉に驚きも絶望も悲観も無かった。ただそれはそうかという納得だけが心の中には存在していた。それと同時に。

「本当の意味で?」

 隼人のその疑問に、小夜は「ふふ」と笑みを返すだけであった。

「……まぁしかし、それでも、封印は容易くはないですよ?」

「分かっています」

「そうですか、覚悟が在るのは良いことです。ですが、無茶だけはされませんように」

「はい!」

 心配そうな小夜の言葉に、隼人はしっかりと返事をする。それはまるで生還の誓いのようでもあった。



 隼人が去った草原に、小夜は独り立ったまま空を眺めると、どこか懐かしげに、それでいて僅かな哀愁を感じさせる声で呟いた。

「本当に、世界の流れは早いですね……」

 そこで小夜は諦めにも似たため息を吐くと。

「もうじきここも終わり、ですかね……」

 そうして視線を空から一面に広がる草原へと下げると、小夜は全てを記憶に焼きつけようとするかのようにゆっくりと周囲を見回した。

「………あれから貴方の身になにがあったのかは存じ上げませんが、私を創造された時に託されたこの想いだけは、私がこの身に代えても叶えてみせましょう。わが創造主よ……」

 そう呟くと、小夜はどこか遠くを見詰めて笑みを浮かべる。

 その笑みは、悲壮な覚悟のようなものをにじませているようであった。

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