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一難去ってまた一難

「結構早くに主の部屋前に到着したな、近かったのか……」

「わたしには、ここんとこ何だか色々ありすぎて、やっとかって感じがするよ」

 隼人・智輝・伊織の三人は、霧のダンジョンを訪れていた。

 三人は朝から霧のダンジョンに潜り、前回の探索の続きから探索を再開すると、昼になるかならないかの頃には、霧のダンジョンの主の部屋への入り口を示す巨大な門の前に到着していた。

 探索再開地点からのその近さに、隼人は呆気ないと驚きの声をあげ、智輝は物足りなさに唸り声をあげた。

 そんな二人をよそに、伊織はここ数日の出来事を思い返して、疲れたようにそっとため息を吐いた。



 封印されていた少女を封印から解放した後のことだった、封印の扉があった地下室に、鏡花から報告を受けた三空学園長がやってきたのは。

 三空学園長は一度周囲を見渡して、その場に居合わせた人物の顔を確認すると、一部始終を観ていた鏡花に更なる報告を求めた。

 鏡花の報告を静かに聞いていた三空学園長は、報告が終わると少女の方へと歩みを進めた。

 その少女は、三空学園長が地下室に姿を現した瞬間、驚きに目を見開いたが、直ぐに首を一度振ると、哀しいような嬉しいような、寂しいような懐かしいような複雑な表情をしていた。

「お初にお目にかかります、久遠くおん様。私はここ、畏れながらも貴女のお名前を冠する、久遠魔法学園の学園長を務めさせて頂いております、三の守護者の三空兼護と申します」

 三空学園長の挨拶に、久遠と呼ばれた少女は納得したように頷いた。

「そうですか、貴方がソラの子孫ですか、……通りで彼の面影があると思いましたよ」

 久遠の昔を懐かしむような遠い言葉に、三空学園長は伝え聞く自身の祖先にして久遠の恋人であった、三空 そらのことを思い出す。

 三空天は久遠が眠りについた日、書置きだけ残して突然姿を消した久遠の痕跡を追ってこの封印の地に辿り着いたが、その時には久遠は既に自身を封印しており、天は悲しみに暮れたと聞く。

(その後、ここに学園を建設したんでしたね)

 そこで三空学園長は、隼人達に話した昔話を思い出すと、心の中で短く笑った。

(虚偽については彼らに悪いとは思いませんが、しかし出来の悪い作り話でしたね)

「それで?ソラの子孫が私に何の用でしょうか?」

 久遠の問い掛けに、三空学園長は脱線しかけていた思考を元に戻す。

「今しがた鏡花……そこに居る彼女から話は聞きました。どうでしょうか、貴女が今のこの世界を知るためにも、当面の寝床を確保するためにも、我が学園に入学してみませんか?」

 三空学園長のその突然の申し出に、隼人はその場に流れる空気が一瞬だけ時を止めたかのように感じられた。

「なるほど、それも面白そうですね。学舎まなびやなど、知ってはいても通ったことなど一度もありませんでしたからね」

 しかし、流れを再開した場の空気も、久遠のあっさりとした二つ返事に、直ぐに驚愕で固まってしまったのだった。



 その二日後には準備を調えた久遠が中途入学というかたちで入学してきた。

 後日聞いた話では、当初は適当な学園からの転入にしようとしていたらしいが、現代の知識が不足しているということで、最初から学び直すということになったらしい。

 クラスは勿論、関係者である隼人達と同じクラスであり、補佐として鏡花が就いてはいたが、表立っての補佐は隼人達に任されていた。

 そんなこんなで更に数日が経ち、今に至るが、現在久遠はダンジョン攻略はせず、鏡花の直接指導で座学をどんどん進めていて、それと同時に、現在の世界の常識や社会の成り立ち等も教えているらしかった。



「それじゃ、マーカー置いたら大分早いけど、今日のところは帰還しようか」

 隼人の言葉に、伊織は意識をそちらに戻すと、「そうだね」と頷いて同意する。

 正直、大して魔力も使用してないので、このまま主に挑んでも何の問題もなかったのだが、気力の部分では、今は休息が欲しかった。

「むー、まぁしょうがないか」

 暴れ足りないのか、不満げな智輝は、それでも帰還に賛成してくれる。

 三人は門の近くにマーカーを設置すると、そのまま帰還魔法を詠唱した。



 翌日、しっかり休んだことで心身ともに元気になった隼人達三人は、今日も霧のダンジョンを訪れていた。しかし、今日の目的はダンジョン探索ではなく、前日に辿り着いた主の部屋に入ってから攻略の証を手に入れること、つまりは主の撃破であった。

「さて、それじゃ入ろうか!」

 隼人の言葉に、緊張で僅かに固くなった表情で智輝と伊織は揃って頷いた。

 それを確認した隼人は、門を潜って主の部屋へと足を踏み入れた。


 そこは今までの霧のダンジョン同様に、泥濘が一面に広がるだけで何もない湿地のような場所であった。

 違いと言えば、先ほどまでのダンジョン内よりも、霧が薄いということぐらいだろうか。

「……主はどこだろう?」

 辺りを見渡した隼人は、泥濘以外何もないその空間に、首を傾げる。

「他のモンスター同様に、泥濘から出てくるんじゃない?それか空からとか」

 伊織の言葉に、隼人は納得したように首を上下に動かした。

「霧のダンジョンの主はどんな主なのかな?」

 智輝はべちゃべちゃと音をたてながらも、ゆっくりと歩みを進める。

「う~ん、今までからいくと、系統的には同じなんじゃないかな?」

「系統的には?」

「前回の嘘つきの森のように植物系とかさ」

「廻廊は?」

「妖怪系?さすがにあの子が普通の人間な訳はないだろうしさ」

「じゃあここは……魚人系?」

「魚人ってよりも、魚類とかの水棲生物関係じゃないかな……多分」

「ふーん」

 と、隼人と智輝がそんな話をしていると、ぼこぼこと前方から泥濘が泡立つ音が鳴り響く。

「きたかな!?」

 それに智輝は嬉しそうに反応する。しかし、ぼこぼこと音が鳴り響くだけで、一向に何かが姿を現す気配はなかった。

「どういうこと?」

 その状態に、智輝は不思議そうに首を傾げる。

「罠か囮か……」

 嘘つきの森での主戦の経験からか、隼人は前方の泡立つ泥濘だけではなく、周囲も忘れずに警戒する。

「なら近づいてみる?罠なら発動させれば主が姿を現すかも!」

 前方の泡立つ泥濘を注視したまま、智輝はそう提案した。

「それは危ないからやめておこう」

 それを隼人は、首を横に振って却下した。さすがに情報のない場所での無茶は避けたかった。

「じゃあどうする?」

「魔法でも当ててみようか?」

 伊織は拳より一回りほど小さい魔力の弾を一つ創ると、それを未だにぼこぼこと泡立つ泥濘目掛けて射ち放った。

 伊織が放った魔力の弾が泥濘に着弾すると、熱源に水をかけた時の水蒸気のような勢いで、泥濘から霧が噴き出す。

 その霧は瞬く間に隼人達を呑み込み、周囲に濃い霧の壁が出来上がり、一気に視界が悪くなった。

「これじゃ視認での索敵は難しいかな……」

 隼人の呟きに、伊織は申し訳なさそうに「ごめん」と謝った。

「これで主が出てくるかな!?」

 智輝はそれを気にするどころか、逆にワクワクとしだした。

「それは分からないけど、警戒だけは強めておこう!」

 隼人は肉眼での索敵よりも魔力での索敵を強化する。

「!!」

 すると、隼人は自分達の近くの泥濘からモンスターの魔力が溢れてくるのを感じとった。

「敵か!?」

 隼人のその一言で、智輝と伊織も隼人が顔を向けている方向を特に警戒する。

 しかし、そこからは魔力が溢れてくるだけでモンスターの姿は確認出来なかった。

「?」

 それに隼人が眉をしかめた時、隼人達が向いている方向とは別の方向に微かな魔力を感知した。

「智輝、危ない!」

 そちらに顔を向けた隼人は、そこに智輝に向けて腕を降り下ろそうとしているモンスターの姿を確認する。

「ッ!!」

 隼人の警告で即座にモンスターの存在に気づいた智輝は、モンスターの方向へと身体を捻り、咄嗟に待機させていた防御魔法を発動させながら、後方へと跳び退いた。

「ふぅー、危機一髪」

 モンスターの攻撃を魔法障壁で何とか受け止められた智輝は、弾かれるようにしてモンスターとの距離を取ると、すぐさま攻撃態勢へと移行する。

「あれが主なのかな?」

 姿を現したモンスターを伊織は観察する。

 そのモンスターは、霧のダンジョン内での他のモンスター同様に二足歩行で、顔は魚のように横に広がっていたが、背中にあった鰭のようなものは無く、手足は枯れ枝のように細く、しかしその手足の先端に見える十センチほどの爪は恐ろしく鋭かった。

 モンスターは智輝を攻撃すると、そのまま霧の中へと姿を消した。

「やりにくいな」

 隼人は苦々しく呟く。

 周囲の泥濘から魔力が溢れているせいでモンスターの存在が感知しにくく、霧が邪魔して姿も視認しづらかった。

「ここはそういうタイプってことね……それなら」

 何かを考えついた伊織は、魔法の詠唱をはじめる。

「今度はヘマをしないように……」

 祈るように伊織は呟くと、

「《魔円輪まえんりん!!》」

 伊織が魔法を発動させると、隼人達三人を囲むようなかたちで魔法の輪が創られ、それが急激に膨張するように外側へと広がっていった。

「ギウゥゥウゥ」

 魔法を発動し終えると、霧の中から押し殺したような悲鳴が聴こえてきた。

「会心の当たりとまではいかなかったか」

 その結果に、伊織は残念そうに口を尖らした。

「なるほど、全方位攻撃か……」

 智輝は伊織のその攻撃を見て、何かを思案しだす。

「傷を負っただろうけど、まだ安心は出来ないか」

 パチャ、パチャ、と霧の中で反響するように聴こえてくる泥濘を移動する音に、隼人は精神を集中する。

 その音を辿れば、もしかしたらモンスターの存在を捉えられるかも知れないと考えての行動だった。

「むぅ、音が響いてて上手く捉えきれないな……相変わらず、魔力が微か過ぎてぼんやりとしか分からないし」

 困ったように呻く隼人の耳に、智輝の声が聴こえてくる。

「よし、これならどうだろう」

 そう言うと、智輝は魔法の詠唱を開始した。

「何する気だろう?」

 隼人は気にしながらも、いつ襲ってくるか分からないモンスターに備えて警戒する。

「来たれ風よ!その力を以て、全てのものを吹き飛ばせ!」

 智輝の叫びに応えるかのように、突風が辺りに吹き荒れる。

 その風によって見事に霧が吹き飛ばされるが、隼人達は智輝が同時に発動していた風の護りによって、突風から身を守っていた。

「み~~っけ!」

 霧が取り払われると、霧の中に隠れていたモンスターが姿を現す。

 直ぐに隼人達は攻撃に移るが、智輝が起こした風が吹き止むと、瞬く間に何処からか現れた霧が辺りを包み込んでしまった。

「チッ!」

 僅かな間の攻撃でモンスターにダメージは与えられたものの、決定打には欠けていて、モンスターとの間を遮る目の前の霧を見ながら、隼人は思わず舌打ちをしてしまう。

「まぁ、悪くはなかったかな」

 智輝はその結果に、満足したように数度頷くと、次の手段について思考を巡らせる。

「霧の発生源はどこだ!?」

 隼人は辺りに視線を巡らすも、辺りは霧で真っ白で、近くに居る智輝と伊織以外は何も見えず、魔力の発生源も複数存在していて、隼人にもどうにか特定出来るものではなかった。

「クソッ!」

 そんな状況についつい悪態をついてしまう隼人だったが、

「ッ!!」

 急に足元に現れた微量な魔力の存在に、隼人は数歩分後方に跳び退いた。すると、先ほどまで隼人が立っていた場所に、何かを掴むように鋭い爪を持つ手が泥濘から現れる。

「下も自由自在に移動可能か!」

 隼人は泥濘を泳いで移動していたモンスターを思い出して再度舌打ちしそうになる。相変わらず、泥濘の中はモンスターの勢力圏らしかった。

「周囲に何も無い換わりに、面倒なモンスターが出現すると……」

 伊織は泥濘から現れた手目掛けて魔法の矢を撃ち込む。しかし、手には矢が一本かすっただけで直ぐに泥濘の中へと引っ込んでしまった。

「さて、次はどうでてくるのやら」

 伊織は警戒しながらも、次の手を考える。相手が奇襲を得意とするタイプである以上、守勢に回るのは分が悪いということぐらいは目にみえていた。

(ま、分かっていてもどうしようもないんだけど)

 それでも、攻勢にでたくとも、相手の居場所が分からない以上やりようがなかった。

(また全方位攻撃かな?だけどあれも泥濘に隠れられたらどうしようもないし……もっと派手にいくべきかな?)

 そうやって伊織が次の手を考えていると、先ほどから思案していた智輝が声をあげた。

「よし、これならどうだろう」

 そう言うと、智輝は魔法を発動させた。

「?……少しだけ霧が晴れた?」

 自分たちの周りの霧が晴れた以外には変化のない結果に、隼人はいまいち理解出来ずに首をひねった。

「オレ達各自の周囲にだけ風の結界を張ってみた。三人を囲むようにしようかとも考えたけどさ、この方が動きやすいでしょ?これで突撃しても大丈夫!」

 隼人は智輝の説明で理解するも、個々を中心に半径二メートル程度の結界で突撃は難しいのではと考えるも、三人で陣形を組めば何とかなるかも知れないと思い直す。

「それじゃあ、もう少し間隔の広い円陣でも組もうか!」

 隼人の言葉で三人は迅速に間隔を広めに陣形を整える。

 隼人を先頭に左後方に智輝が、右後方には伊織が陣取る。

 上からみると三角形のようなその陣形で、隼人が僅かな魔力の反応を感知した方へと突撃するのだが。

「遭遇しないね」

 隼人達は魔力を追いかけながら移動するも、中々モンスターを捉えることが出来ずにいた。

「泥濘の中かな?」

 視線を下に向ける伊織。

「魔力は泥濘の上、前方に捉えてはいるはずなんだけどな……」

 隼人は困ったように前を凝視する。

「なら攻撃してみる?」

 智輝の提案に、隼人は頷いた。

 それを確認した智輝は、前方へと風の弾を発射させる。

「居ない……?」

 風の弾は不発に終わり、風の弾により一瞬だけかき消された霧の先には何も視認することが出来なかった。

 隼人は困惑しながらも移動速度を少し緩めて更に集中すると、範囲は狭くなるが、その分感度を上げた魔力探知を開始する。

「……あっちだ!門の方角!ただ、間に罠っぽい魔力反応もあるから足元に気をつけて!」

 隼人の指差す方角を見据えると、智輝も伊織も気を引き締めた顔で移動をはじめた。

「ここの主は奇襲やら罠やら陰湿だねぇ」

 罠らしき魔力反応を回避しながら進んでいると、智輝が残念そうに呟いた。

「まぁ、智輝君みたいに真正面から戦うのが好きな人には相性悪いだろうね」

 伊織が肩をすくめると、隼人達が向かう方角から灰色や茶色をした何かが飛来する。

「敵さんの遠距離攻撃か!」

 それを回避しながら隼人達は前へと進む。

「つまりは今回は前方にちゃんと敵が居るということだね」

 伊織が軽く前へ手を突き出すと、遠距離攻撃が飛来する方角へと数十本の氷の矢が飛んでいく。

「グゥウゥアァッア!!!」

 霧の奥から悲鳴が聞こえてくると、先ほどから続いていた遠距離攻撃が止んだ。

「やったか!?」

「やったか?じゃなくてやったの!とはいえ、弱らせただけでまだ倒しきれてはいないでしょうから、逃げられる前に急ぎましょう!」

 伊織の言葉に、隼人達は罠に注意しながらも、可能な限り移動速度を一気に上げる。

「グゥゥゥゥゥ」

 霧の中から聞こえる唸るような声が近くなってくる。

「そろそろかな」

 短剣を構えた隼人は、その苦しそうな声の発生源に向けて突撃する。

 智輝と伊織も戦闘態勢のまま、陣形を崩さないように隼人の後に続く。

 隼人達が声の発生源であるモンスターに近づくと、左腕の無くなったズタボロの状態のモンスターと遭遇する。

 モンスターはそんな状態でも、接近してきた隼人達を鋭く睨み付けてきた。

「もはや逃げる余裕もないのかな」

 隼人はモンスターの左側から近づくと、首筋を狙って短剣で斬りつける。

「グウウゥアァァ!!」

 モンスターはそれを何とか防ごうと短剣目掛けて右手を振るった。

 思わず隼人がモンスターのその手を避けたことで、短剣の軌道が変わり、首筋ではなく肩口付近を下から上へと斬りつけただけに終わってしまう。

「クッ!」

 そのまま隼人が横にずれると、そのタイミングを見計らった智輝が、無数の風の刃をモンスターに浴びせかける。

「グワァアアァ!!」

 モンスターはその無数の風の刃から頭を守るように右手を構えるも、そのせいでがら空きになった首から下が、通り過ぎる無数の風の刃でズタズタに切り裂かれて、モンスターは悲痛な叫びをあげた。

「守るということは、頭部は君の急所のひとつということかな?」

 伊織は自分と同じぐらいの大きさの巨大な氷槍を現出させる。

「今これで楽にさせてあげるよ」

 伊織が軽く手を降り下ろしたのを合図に、その巨大な氷槍はモンスターの頭部目掛けて動きだした。

 その巨大な氷槍がモンスターにぶつかると、モンスターは叫ぶ間もなく、泥濘の中へと溶けるようにして消えていった。

「………はずれ?」

 モンスターが消えると霧が急に薄くなるも、モンスターが居た場所に攻略の証の本は無く、先ほどのモンスターが主だと思っていた智輝は不思議そうに首を傾げる。

「………いや、さっきのモンスターが主で合ってたみたいだよ」

 隼人はモンスターが消えた場所で屈むと、浮いてくるようにして泥濘の中から現れた本を手に取った。

「……これじゃ見えないなっと」

 泥だらけで表紙が読めないその本を、隼人は魔法で出現させた水で洗い流す。

 魔法で創られたその本は水を弾き、表面に付着していた泥だけを洗い流した。

「えっと……ちゃんと『霧のダンジョン』って書いてあるね。中身は……」

 表紙の文字を確認すると、隼人は慎重な手つきで本を開いた。

「……………問題無し、かな」

 中身の確認も済ませ、罠ではないことを確認した隼人は、ホッと一息吐いた。

「じゃあさっきのモンスターが主で間違いなかったのか」

 智輝は隼人の横から本を覗き込む。

「さ、とりあえずここでの用も済んだことだし、さっさとその本を持って帰還しようよ」

 伊織の言葉に、隼人と智輝は頷くと、三人は帰還魔法の詠唱を開始した。



 隼人達三人がダンジョンの外へと帰還すると、そこには何故か鏡花を伴った久遠の姿があった。

 久遠は帰還した隼人達三人の姿を確認すると、獲物を見つけたかのようににやりと口角を上げる。

「……………」

 それを目撃した隼人達は、それが不吉なものの前兆のように感じられて無意識に足を止めた。

「どうかされましたか?お顔の色があまりよろしくありませんけれど……」

 久遠は心配しているような顔と声を出すも、一瞬だったとはいえ、先ほどの笑みを目撃してしまった隼人達には、それがひどく白々しい演技にしかみえなかった。

「い、いえ、大丈夫です!お気づかいなく!」

 ひきつりそうな顔を抑えながらも、「お帰りください!」という言葉を咄嗟に呑み込んで隼人がそう返すと、久遠はホッとした表情をする。

「それは良かったです。実は本日は皆様にご提案があって参った次第でございまして」

 あれから割りとくだけたしゃべり方をするようになったはずの久遠の、その今まで以上に丁寧な口調に、隼人達は今すぐにここから逃げ出したい衝動に駆られる。

「それは……皆様に訓練をつけさせていただけないかとの提案でございます」

「……訓練?」

 どんな無理難題を吹っ掛けられるのかとびくびくしていた隼人達は、その提案に少し拍子抜けする。

「はい、訓練です。皆様も今よりもお強くなりたいのではありませんか?」

「それは……まぁ……」

「では、参りましょう!」

 久遠は隼人達へと近づくと、隼人の手を掴んで歩き出す。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「どうかされましたか?」

「いや、ダンジョン探索の結果を報告しないといけないので……」

「あら、そういえばそういう規則があるのでしたわね」

 久遠が隼人の手を離すと、隼人はこちらを困ったように見ていた監督役の先生の元まで移動する。

「霧のダンジョンの攻略が終わりました」

 そう言って先生に攻略の証の本を差し出すと、先生はそれをしっかりと確認する。

「確かに攻略の証で間違いありませんね。では、棗隼人・橘智輝・妹尾伊織の三名の霧のダンジョンの攻略が完了したことをここに認めます!」

 先生のその宣言で、隼人達の霧のダンジョンの攻略が終了した。

「さぁ、報告が済んだのでしたら訓練に向かいましょう」

 こちらに歩いてきていた久遠はそれを確認すると、隼人達の横から声を掛けてから手を差し出した。

 隼人達はその手を一度見てから、三人で顔を見合わせて頷く。

「分かりました。では、行きましょう!」

「それでは改めて参りましょうか」

 隼人達が頷いたのを確認すると、久遠は鏡花を伴って学園とは別方向へと歩きだした。

「それで、訓練は何処でするんですか?」

 隼人達は先生に一礼してから久遠の後に続く。

「私が眠っていた場所ですよ。現在は色々と手を加えてありますから、ちょっとした訓練なら可能ですので」

「ちょっとした、ですか?」

「ええ、ちょっとした、ですわ」

 前を向いているために、後ろを歩く隼人達には久遠の表情を見ることは出来なかったが、それでも久遠が隼人達にとっては嫌な予感しかしないような微笑みを浮かべていることは、想像に難くはなかった。


 今回の更新はここまでです。

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