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願い潰えて

 世界がすっかり暗闇に包まれた真夜中、人々が眠りに就くなか、少女は一人とこで横になりながらも眠れずにいた。

「……………」

 少女は怯えを含んだ疲労の濃い目をしていたが、それでも漆黒に染まった虚空を鋭く睨み付ける。

 十日ほど前には夜空で爛々と輝いていた月も、今はほっそりとしていて、地上に降り注ぐ月明かりも弱々しく、部屋に居座る暗闇を完全には払拭出来ていなかったが、それ以外には虫の鳴き声さえも聴こえないほどに静寂に包まれていて、誰かが暗闇の中に居るということも、モンスターがそこらを徘徊しているということも無く、少女が睨み付けている先にはただただ闇が広がっているだけに思えた。

「なんですの、一体……」

 それでも少女は怯えたまま、何かから視線を逸らさないように必死で睨み付けていた。それはまるで、虚勢を張ることで自分を無理矢理鼓舞しているかのようでもあった。

「何故誰もこれを気に留めない、気づかない……こんなものを使う魔法って一体なんですの……」

 少女はもう長い間満足に睡眠がとれておらず、精神的にも、肉体的にも疲労の限界に達しようとしていた。

 そんな中、少女は一人決断する、全てを終わらせる為に……。

 最初からそれを成す為にこの世に生まれてきたのだろうと、少女は暗示を掛けるように何度も自分に言い聞かせた。そして、

「ごめんなさいソラ、もう貴方の傍には居られなくなってしまったみたい」

 少女は恋人への別れの言葉を虚空に告げてゆっくりと起き上がると、そのまま外へと出て行ってしまった。



 夜、風呂に入り終わり、勉強も済ました隼人は、一人ベッドに腰掛けたまま手元の鍵を見詰める。

 二日前に伊織から鍵について色々と聞かされた隼人は、手元にあるこの鍵を持ち主の元まで届けねばならないような、使命感にも似た感覚に襲われていた。

「この鍵を届けるってことは、おそらく封印を解くってことなんだよな……」

 伊織の話が全て正しいならばそういうことになるし、それは世界の終わりも意味していたが、それでも隼人達はこの鍵を使うことを決めていた。

「伊織さんは物凄く反対してたな」

 話し合いの時の様子を思い出した隼人は、申し訳なさそうに小さく苦笑めいた笑いを浮かべる。

「それでも封印を解かなければいけない気がするんだよな……この鍵の意思なのかな?」

 決めたことではあるが、隼人は不安そうに眉根を寄せた。

「……せめて小夜さんに相談出来ればな」

 隼人はベッド脇に備え付けられている小さな棚の上に置いてある短剣に目を向ける。

 鍵を使う際、つまりは封印を解く時には、隼人の持つネックレスと短剣が必要らしいこともちゃんと伊織から聞いていた隼人は、小夜にまた会えないかと魔力を供給したり、肌身離さず持ち続けたりと、この二日間思いついたことを色々と試してみたが、未だに小夜に会えずじまいであった。

「また会える時を楽しみにしている……か。その日は一体いつ来ることやら」

 隼人はひとつ息を吐き出すと、短剣の近くにある置き時計へと視線を移す。

「もうすぐ消灯時間か。明日は封印の地に行く予定だけど、無事に辿り着けるかな……」

 不安と緊張で浮かない顔をした隼人は、ここ数日ですっかり定位置と化した小物入れの収納スペースへと慣れた手つきで鍵を仕舞うと、電気を消して布団を被った。

「……………眠れないな」

 目を閉じるも、中々訪れない眠気に、隼人は明日に封印の地へと赴くこともあり、どこか焦りにも似た気持ちで目を固く瞑るが、やはりそう簡単には寝つけそうにはなかった。



 久遠魔法学園は恒久島こうきゅうじまという空に浮かぶ島、人々からは天空島と呼ばれているその恒久島のほぼ中央にぽっかりと空いている空間、通称恒久島のへそと呼ばれているその空間に、まるで恒久島に抱かれるようにして浮かんでいる浮島に建てられていた。

 その浮島は、久遠魔法学園のみが存在していることから、人々から学園島がくえんとうと呼ばれていた。

 翌日の朝、隼人達は学園の外、より正確には学園島の外へと来ていた。

「学園の外って久しぶりだなー」

 学園島とその外環の天空島を結ぶ大橋を渡りきったところで、智輝は狭い空間から出てきたかのように両手を広げると、伸びをした。

「……まぁ、直ぐに学園に戻るんだけどね」

 智輝は息を吐き出すと、冗談めかして肩をすくめた。

 封印の地、つまりは隼人達が手に入れた鍵を使う場所は学園島の中に存在するが、高いへいに囲まれた学園の敷地内からは行くことが出来ず、一度学園の正門から大橋を渡り恒久島へと行き、そのままぐるっと回って反対側にある学園の裏門へと続いている大橋を途中まで渡り、そこから浮遊板と呼ばれる長時間の浮遊は出来ないが、替わりに小回りの利く小さな板を使って、塀で囲まれた学園の外側の学園島内に侵入する必要があった。

「裏門が開いてたら大分時間が短縮出来るんだけどね」

 隼人は愚痴るように呟きを漏らした。

 学園の裏門は非常時用らしく、普段は扉が堅く閉じられていた。

 隼人達は、学生達の間で正門側の大橋の通称、表大橋に対して使われる裏門側の裏大橋に居た。

「相変わらず、大橋の上は風が強いな」

 真下に流れる雲と、更に下に広がる大地を見下ろした智輝は、風を受けて目を細めながら呟いた。

「学園側に見張りがいなければいいけど……」

「それは大丈夫みたいだよ。学園は探知魔法とか使って警戒しているけど、直接的に監視してる訳ではないから、近づき過ぎなければ問題無いみたいだよ。それより問題は、封印の地の警備についてじゃないかな?」

 伊織は封印の地がある方角を見詰めた。

「やっぱり厳重なのかな……?」

「それはそうでしょう」

 不安そうな隼人に、伊織は簡単にそう返した。

「大丈夫かな……」

「まぁ、なるようにしかならないよ」

 そんな話をしていると、目的の辺りに到着する。

「それじゃ、浮遊板に乗りますか。落ちないように浮遊板に足をくっ付けるのを忘れないようにね」

 そういうと、伊織は懐から一辺五センチ程の透明な四角い板を取り出した。

 伊織はそれに魔力を注いぐと、少し離れた場所に放った。すると、一辺五センチ程の透明な四角い板だったものが、一辺一メートル程までに大きくなる。

「先に行ってるよ」

 伊織がその板の上に乗ると、そのまま板が浮かび上がり、橋の欄干を越えて封印の地へと飛んでいった。

「相変わらず、端から見たら恐いな」

 その光景を見ながら、智輝も懐から透明な四角い板を取り出して、伊織同様に魔力を注いで放り投げた。

「じゃ、また向こうで」

 智輝は軽く手を上げて隼人にそう告げると、伊織の後を追いかけて飛んでいった。

 隼人も浮遊板を取り出してから、二人同様に魔力を注いで放ると、大きくなった浮遊板の上に乗る。

「じゃ、行こうかな」

 隼人を乗せた浮遊板も無事に浮かび上がると、二人の後を追いかけて飛んでいった。


 隼人が着地すると、乗っていた浮遊板は魔力が切れて元の手のひらサイズに戻る。

「…………」

 隼人は小さくなった浮遊板を拾うと、その浮遊板を確認する。消耗品である浮遊板には、小さなヒビが入っていた。

「あと三回くらいかな……」

 隼人は浮遊板を懐に仕舞うと、先に到着している智輝と伊織に合流する。

「どんな感じ?」

 隼人は先行して偵察を済ませていた二人に問い掛けると、二人は難しい顔をした。

「……警備している人はそんなに多くはなかったんだけど……その中に鏡花さんが居た」

 伊織の答えに、隼人も難しい顔になる。

「それは……やりにくいというのもあるけどさ、どうやって侵入しようか、難しくない?」

 何となくではあるが、鏡花が自分たちの遥か彼方の実力者であることを察していた隼人達は、どうすれば鏡花の目を欺いて侵入出来るのかに頭を悩ませる。

「……無理じゃない?せめて離れてくれれば可能性はあるけど」

 お手上げとでもいうように伊織は軽く手を上げた。

「とりあえず、遠くから観察しつつ、昼ぐらいまで待ってみる?」

「そうだね、それしかないかも」

 頷く智輝と、肩をすくめる伊織。

「……昼まで待ってどうするおつもりなのでしょうか?」

 そんな三人に、背後から冷たい声が掛けられる。

 その声に三人は肩を跳ねさせると、その聞き覚えのある声に、一瞬心臓が止まってしまったかのような錯覚を覚える。

「え、えっと……」

 隼人達が油のきれた機械のようなぎこちなさで振り返ると、そこには案の定、うっすらと笑顔を浮かべて立っている鏡花の姿があった。

「どうされましたか?お顔の色があまりよろしくないようですが」

 薄い笑いを浮かべたまま、鏡花は可愛らしく小首を傾げる。

 ただでさえ鏡花が浮かべている笑顔が怖い中、その状況に合わない可愛らしい仕草に、三人は更なる恐怖に囚われてしまう。

 恐怖や罪悪感から言葉を発せない隼人達に、鏡花は困ったように頬に手を当てた。

「質問を変えましょう。何故皆さんはここにいらっしゃるのでしょうか?この地は普通の学園生活を送っているならば、まず来ないであろう場所なのですが?」

 鏡花の質問に答えようと隼人は口を開くも、どう答えるべきか思い浮かばずに、暫くそのまま開けていた口をそっと閉じた。

「………ふぅ。答えて頂かないことには、これ以上私にはどうすることも出来ずに、強制的に学園に戻した後に、色々と厳しく問い質さなければならなくなるのですが……」

 鏡花のどこか哀れむような目に、隼人は慌てて口を開こうとするが、

「なに、君にも一応は関係あるが、しかし君には関係ないことだよ。彼らを通してくれないか?」

 横から聞こえた男性の声に、鏡花も隼人達三人も横を向いた。

 そこには青いスーツを着た、精悍な顔つきの男性が立っていた。

 その男性に隼人達三人は心当たりは無かったが、鏡花は知っているようで、一瞬で警戒の強い顔に変わった。

「貴方がここに居ることに疑問を抱きはしませんが、しかし何故貴方が彼らを庇うのでしょうか?そこは分かりかねますが」

 鏡花の問いに、男性は一度鼻で笑う。

 どうやら答える気はないようだと判断した鏡花は、男性から隼人達へと視線を動かす。

 その視線を受けて首を横に振る隼人達。どういう関係かと問われても、隼人達は男性とは初対面だという以外答えようがない。

「さ、君は帰るといい。彼らの世話は我が引き継ぐからな」

「……彼らは貴方の名前すら知らないようですが?」

「おお!これは失礼した」

 鏡花の冷ややかな言葉に、男性は態とらしく驚いてみせると、鏡花から隼人達へと向き直る。

「我は二の守護者を務める可児維と言う者だ」

 可児維は隼人達にそれだけを告げると、「さぁ、行くぞ」と背を向けて歩き出す。しかし、数歩歩いたところで隼人達が付いてきていないことに気がづくと、不思議そうな顔で振り返った。

「どうした?行かないのか?」

 その問い掛けに、隼人達は困ったような顔をする。

 正直、今すぐに封印の地へと入れるのは有り難いのだが、その先導役があのニの守護者である可児維だということが隼人達の足を重くさせていた。

 それは、はじまりのダンジョンで遭遇した黒い人は二の守護者、つまりは目の前の可児維その人であるという話を聞いていたからである。

 とはいえ、ついて行かなければ鏡花に捕まっている現状、封印の地へと辿り着くことは非常に難しいことだろう。

「…………」

 隼人達はどうしたものかと顔を見合わせるが、結局鍵を使うには可児維についていくしか道はないという結論に達する。

 隼人達がそう結論を出したタイミングを見計らったように、可児維が三人に声を掛けた。

「さぁ、行こうか。三空殿のところの彼女のことなら心配は要らないよ」

 可児維は警戒しながらも動けずにいる鏡花の方へと一度視線だけを動かす。

「ッ!」

 その視線に、鏡花は悔しそうに奥歯を噛み締めるが、実力が離れすぎていて鏡花は手出しが出来なかった。実際、つい最近手も足も出せずに敗けたばかりであった。

「さぁ、封印の元まで行こうか」

 可児維の言葉に、隼人は鏡花の方へと目を向けて、申し訳なさそうな顔をするも、それでも可児維の方へと足を踏み出した。



 力が無いというのは、弱いというのは惨めなことだと思う。

 遠くを歩く少年少女の背中を見詰めながら、鏡花は自分の不甲斐なさに血が出そうなほどに強く拳を握る。

 学園島のこの場所は、塀で囲まれ、魔法的な守りも施された、外観からは学園の一部にしか見えず、学園内からは簡単には入れない、少なくとも誤って入ることはあり得ない造りになっていた。

 そういう偽装などがあるお陰で、普通ならば入るどころか気づくことも無いはずの場所であるここに、何故彼らが辿り着けたのかは分からないが、可児維が関係しているというのならば、少なくとも自分にとってはろくなことではないだろうと、鏡花は考えた。それも、自らが率先して封印の地へと案内しているところからして、封印に関することなのはほぼ間違いないだろう。

「とりあえず兼護様には報告しなければいけませんね」

 鏡花は隼人達の後を追いながらも、途中に居た警備の者に三空学園長への言伝てを頼むと、そのまま隼人達から距離を取りながら封印の地への入り口に入っていった。



 封印の地への入り口は地面に埋まるようにして設置されていた。

 可児維は入り口の扉の上に敷かれた偽装用の土を魔法を使って取り除くと、次は扉に施されている幻覚の魔法と結界の魔法を解除してから扉を持ち上げる。

 重厚な鉄の扉が、ギギギギギというやけに周囲に響く大きな音とともに持ち上がると、その下には地下へと続く階段が延びていた。

「暗いなー」

 智輝の言葉通り、外の光が届かない場所には闇が満ちていて、隼人達にはそのままでは何も見えなかった。

「では行くぞ、離れないように」

 可児維は階段を降りはじめると、大きめの魔法の光を複数出現させる。

「これで足元は見えるだろう」

 前を向いたままの可児維の言葉に、僅かに意外感を覚えた隼人は、眉を少しだけ持ち上げた。

(先入観で人を見たら危ない、ということかな……)

 心のメモ帳にそう記しながらも、隼人は可児維の後に続いて階段を降りて行く。その後に智輝と伊織も続いた。


 どれぐらい降りただろうか、壁に沿うようにぐるぐると何段も何段も階段を降り続けて、足がくたくたになってきた頃に、やっと最下部へと辿り着いた。

 そこにもまた、入り口同様に頑丈そうな鉄扉てっぴがあったが、こちらは入り口の扉とは違って、上部に覗き窓のような空間が作られ、その空間を埋めるように格子が嵌め込まれていた。

 その鉄扉を可児維は懐から取り出した鍵で開けると、躊躇することなく中へと入っていった。

 隼人達は魔法光の照らす室内を、一度入り口から確認するように見渡すと、慎重な足取りで中へと入っていく。

 その頃には、可児維は壁に短剣を挿していて、その短剣の柄をドアノブのように捻っていた。

「隠し扉!?」

 そうして可児維の近くの壁が少しだけ動くと、隼人は驚きの声をあげた。

 隼人の声など気にせずに可児維は隠し扉を開けて先へと進んでいく。

 そんな可児維の後を、隼人達は慌てて追い掛ける。

「うわぁー」

「スゴいな」

「…………」

 隼人達が隠し扉を潜ると、その先には隼人達の数倍の高さがある天井と、その高い天井に届いている巨大な壁が、部屋の中を幾重にも囲むように存在していて、その巨大な壁の圧倒的な威圧感に、隼人と智輝は驚きの声をあげるが、伊織だけは静かに部屋中を観察していた。

「………迷路……なのかな?」

 伊織の疑問に答える者は存在しなかったが、可児維の後に続くと、直ぐに答えが出た。

「巨大迷路……迷いそうだな」

 伊織は部屋の正体を確信すると、途中で迷うことが無いようにと、先行する可児維を見失わないように注視しながら慎重に後に続く。

 先行する可児維は、やはり下調べが済んでいるのだろう、迷いのない足取りで迷路の奥へ奥へと進んでいく。

 暫く可児維の後に続いて迷路を歩くと、また鉄で出来た扉が現れる。

「直っているな。さて、どうするか」

 その扉の前ではじめて可児維が僅かに迷ったような素振りをみせる。

「?」

 そんな可児維に、どうかしたのかと隼人が先を覗き見ようとすると、ちょうど可児維が鉄の扉についているドアノブへと手を伸ばした。

「御待ちください」

 可児維がドアノブに触れる直前、背後から既に聞き慣れた感のある女性の声が掛けられる。

「鏡花さん……」

 隼人達が声がした方へと振り返ると、そこには鋭い表情で可児維を見詰める鏡花の姿があった。

「どうかしたか?ずっと後をついてくるだけだと思っていたが、ここで我を止めるつもりか?」

 可児維の言葉に鏡花は首を横に振ると、自嘲気味に言葉を返す。

「私の力ではそれは叶いません、出来て数秒程度の時間稼ぎくらいでしょう」

「なら?」

「そこの扉の鍵を開けようと思いましてね、僅かでも損害は減らしたいのですよ。それに、ここまで辿り着いたのです、最後ぐらい近くで見届けさせてください」

 鏡花は可児維に近づいて、鋭い目で一瞥だけくれると、そのまま鉄の扉に向かい合うと、ポケットから鍵の束を取り出して、慣れた手つきで扉の鍵を解錠した。

「どうぞ中へ」

 鏡花は扉を開けると、中へと入るよう手で促した。

 鏡花に促されるままに中へと入ると、その部屋の中央には小さな台座のようなものがあり、その台座の上には白色の扉が鎮座していた。

「さぁ、君の短剣を使ってあの結界を解いてくれたまえ」

 可児維が示した場所には小さな箱のようなものがあり、それが中央の台座の四隅に一つずつ設置されていた。

「結界を解くと言われても……」

 隼人は腰に差している短剣へと目を向けと、小夜も結界を解くのに必要だと言っていたことを思い出す。

 しかし、隼人はどうやってこの短剣で結界を解くのかは聞いてないし、知らなかった。

(どうすれば?翳せばいいのか?短剣だから斬ればいいのか?それとも短剣の何かしらの能力を使うとか?)

 隼人がどうすればいいのかと悩んでいると、短剣がカタカタと音をたてて勝手に動き出す。

 驚いた隼人が短剣を鞘ごと腰から引き抜くと、短剣が光を放ちだす。

 そして、その光が結界へと伸びていくと、結界の内側に幼げな顔立ちの優しそうな一人の男性の姿が現れる。その男性に見覚えがあった隼人は、驚きとともにその名を呼んだ。

「明良さん?!」

 予想外の人物の出現に、隼人だけではなく、鏡花も、可児維ですら驚いたような顔をしていた。

「あれが……」

 明良に会ったことがなかった智輝と伊織は、その現れた男性をじっと見詰める。

 そんな驚愕が場を包むなか、結界内に現れた明良が口を開いた。

『短剣の所持者、おそらく隼人君かな?が無事にここに辿り着けたようですね、それにネックレスも揃っているようだ、封印を解いたらそれを彼女に渡してほしい。これは事前に記録された映像なので、残念ながらこの場にどれだけの人が居るのかまでは分からないけれど、この先に起こる出来事をしかと記憶に留めておいて欲しい。願わくば、この世界がこの世界のままであるように……』

 そこで明良の姿が消えると、同時に結界もその機能を停止した。

 隼人は先ほどまで明良が映っていた空間と、光がすっかり収まってしまった短剣とを交互に見詰める。

「……さて、それでは封印を解こうか」

 気持ちを落ち着かせる為か、少し間を置いて言葉を発した可児維の視線が、自分に向いていることに遅れて気づいた隼人は、その意味が分からずに、僅かに首を傾げた。

「君が所持しているあの扉の鍵だ、あれを使ってはくれないか?」

 可児維のその言葉で鍵の存在を思い出した隼人に、驚いたような表情で鏡花が顔を向けた。

「鍵を……持っているのですか?」

 感情を無理やり抑えているような震える声で問い掛ける鏡花に、困惑した隼人は、「え、ええ」と、ぎこちなく頷きを返した。

「なんてことを……」

 その答えを聞いて絶句した鏡花は、しかしそれで可児維の行動に納得がいった。隼人が鍵を持っているのなら、可児維自らが率先してこの場所に案内したのも当然だろう。しかも結界を解くのに必要だったらしい短剣まで持っていたのだ、なおのこと丁寧に扱うだろうと。

 そのことに思い至り、苦虫を噛み潰したような表情になった鏡花に、隼人が戸惑っていると、可児維が近づいてきて、扉を手のひらで指し示した。

「さぁ、君が持つ鍵を使って彼女を解放してくれないか?」

 隼人が可児維を見上げると、可児維は僅かに笑っていた。それは相手を落ち着かせるような、親しみのある微笑みに思えた。

 隼人は鏡花のことが気になりはしたが、元々鍵を使う為にここまで来たこともあり、一度首を横に振って鏡花のことを一旦頭から追い出すと、正面の扉へと近づいていく。

 扉へと続く数段の階段を登ると、高さ二メートルほどの白い扉の前に辿り着いた。

「えっと……」

 隼人は腰につけている小物入れの中から綺麗な赤い宝石のついた灰色の鍵を取り出すと、それを緊張した面持ちで鍵穴へと差し込んだ。

「…………」

 隼人は一度喉を鳴らすと、鍵を掴む指に力を入れる。

「やめ……!」

 背後から鏡花の声が聞こえ来るが、時すでに遅し、隼人は鍵を回してしまい、鍵を開けてしまっていた。

 ガチャリと、扉の鍵が外れる感覚が鍵を通して隼人の指先に伝わると同時に、先ほどまで真っ白だった扉が、鍵穴から何かが急速に滲み出たように真っ黒へと染まっていく。

 その光景を見た隼人は、まるで鍵から悪意が漏れでてしまったかのように感じられた。

 そして扉が白から黒へとすっかり変わってしまうと、カチャッと音が鳴り、勝手に扉が僅かに開いた。

「ッ」

 その扉の隙間を見て隼人は息を呑む。それは封印は解除されてしまったのだと、今更ながらに理解させられたから。

「さぁ、扉を開こう!」

 そう言うと、動く気配の無い隼人に焦れた可児維が、扉へと近づいていく。

 そして扉に手を当てると、そのまま向こう側へと扉を押し開いた。


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