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暗き光が導く先

 門から出ると、眩しい光に包まれ、思わず隼人は片腕で目を隠すようにして影を作ると、目を細めて虹彩の調節が終わるのを待ちながら、油断なく周囲へと視線を巡らせる。

 光に慣れて辺りが見えてくると、そこは門に入る前と同じ場所のようだった。とはいえ、霧のダンジョンは泥濘と霧が広がるだけの現在地の判りにくいダンジョン故に、門を出た場所が、門に入る前と同じ場所という確証はなかったが、それでも離れた場所の木の位置や、泥濘の感じから、おそらくは同じ場所だろうと、隼人は判断した。

「二人とも先に戻ってたんだね」

 光に目が慣れた隼人が周囲を見回すと、少し離れた場所に、智輝と伊織が疲れた顔で立っていた。

 隼人が二人のもとに近寄ると、それに気づいた智輝が手を挙げた。その動きで隼人の存在に気づいた伊織が、隼人の方へと顔を向けた。

「無事に戻ってこれたみたいだね」

 智輝の言葉に隼人は頷くと、戻ってきたことに気づかなかったことを不思議に思い問い掛けた。

 すると、あちらからこちらに戻ってくる際には、こちら側に門は現れずに、空間が微妙に歪むと、そこから急に戻ってきた人が現れるらしかった。

 その説明に、隼人はなるほどと納得すると、そういえば暗くはあったが、向こう側に行った時も、あちら側には門が無かったような気がしたなと思い出した。どうやら門は出入口ではなく、入り口としてだけ出現するらしかった。

「それで、門の向こう側ではどうだったの?」

 伊織の問いに、隼人は腰の小物入れから灰色の鍵を取り出すと、二人に見せるように掌の上に置いた鍵を差し出す。

「僕のところにはこの鍵があっただけだけど、二人の方はどうだったの?」

 隼人の問い掛けに、智輝がポケットから珠を一つ取り出した。

 その珠は、球状の物体の眼らしきものの色を思わせる鮮やかな赤色をしていたが、あの禍々しさは感じられなかった。

「門を潜る前のことを考えれば、その反応は理解出来るよ。だけどまぁ、綺麗ではあるんだよね……」

 隼人のなんとも言えない微妙な表情に、智輝は肩をすくめると、珠を光に透かしてその輝きを確認する。

「伊織さんの方は?」

 隼人は智輝が持つ珠から、伊織の方へと顔を向けた。

「わたしの方には二人のみたいな物は特に無かったけど……声が聞こえてきたんだよね」

「声?」

 伊織は頷くと、一度隼人と智輝が持つ鍵と珠へと視線を滑らしてから、言いづらそうに口を開く。

「えっと……『紅き魂宿る案内に導かれぬように。導かれし時は世界が黒く染まる時』とかなんとかだったと思う」

「どういう意味?」

「さぁ。ただ、あの門の先が関係しているとしたら、安直だけど、紅き魂は赤色ということで、智輝君の持つ赤い珠でしょう。ならもう片方の案内というのは隼人君が持つ鍵で、それに紅き魂宿るということは、珠と鍵は一つに出来るってことだと思うんだけど」

「後半の導きと黒く染まる世界は?」

「それは……分からないけど、鍵を使ったら世界が終わるよ。とか、そんなところじゃないかな?」

「はぁ」

 伊織の説明に、隼人も智輝もいまいち理解しきれないと言わんばかりに息を吐いた。

「……はぁ。まぁ、要はその鍵を使うなってことじゃないかな?あとは……その鍵と珠は合わせられるから合わせるなってことかな」

 その伊織の言葉に、隼人と智輝は、自分の掌の上にある物と相手の掌の上にある物とに交互に視線を巡らせた。

「……合わせるって、どうやって?」

「さぁ?」

 互いに首を傾げる隼人と智輝に、軽く頭痛を覚えた伊織は、額の上辺りに手を置くと、

「あ~、まぁその鍵の上部の円の中にでも珠を嵌めればいいんじゃない?」

 突き放すようにぞんざいな口調でいい放つと、伊織は疲れたようにため息を吐いた。

「ああ、なるほど」

「そこなら合いそうだね」

 そう言うと、智輝は隼人が持つ鍵の上部、円になっている部分に、手に持つ鮮やかな赤い珠を載せるようにして置いた。

「何やってるの!?」

 戯れだろうが、智輝の突然の行動に、伊織は驚きの声を出す。

 その声に反応する隼人と智輝だったが、鍵と赤い珠が白い光を放ったことで、意識がそちらの方へと向き直る。

 直ぐにその光が消えると、赤い珠は無くなり、赤い珠が置かれていた鍵の上部の円の部分には、空間を埋めるように綺麗な赤い色のものが嵌まっていた。

「……これは……宝石?」

 先ほどまであった鍵の円部分の空白を埋めているのは、とても綺麗な赤い宝石のようなもので、隼人は眉根を寄せて、それを観察するように視線を向ける。

「これがさっきの珠なのかな?」

 まるで宝石に合わせて鍵が作られたかのようにしっかりと嵌め込まれている鍵をしげしげと眺めながら、隼人は首を傾げた。

「……この後はどうなるんだろう?」

「……案内が導くらしいけど……何も起こらないね」

 辺りを警戒しながら発せられた伊織の声は、どこかホッとしたものだった。

「…………う~ん……とりあえず、この鍵どうしようか?」

 隼人は困ったように鍵を持ち上げると、智輝と伊織の顔を問い掛けるように見詰める。

「持って帰れば?どこかで使えるかも知れないし」

 そんな気楽な智輝とは対照的に、伊織は深刻な顔で考え込むと、

「……そうだね、一応持って帰った方がいいかもね」

「え?いいの?」

 意外そうな顔をする隼人に、伊織は僅かに肩をすくめて答えた。

「持ってきちゃったものはしょうがないじゃない。門の向こうへの行き方も、門の向こうの場所も分からないから戻すに戻せないし。かといって、そこまでしてしまった以上、鍵をそこら辺に捨てる訳にもいかないしね」

 伊織は鍵を見ると、そのまま隼人と智輝へと非難めいた視線を向ける。

「……という訳で現状、預かってくれるような人が居ない状態では、責任もって持って帰るしかないんじゃないかな?ということだよ」

「……な、なるほど」

 悪乗りが過ぎたと理解したのだろう、隼人と智輝は居心地悪く視線をさ迷わせた。

「さ、分かったなら今日はさっさとマーカーを設置して戻ろうか。……まぁその前に、これからどうするかを考えた方がいいかも知れないけどさ」

「考えるたって何から考えるの?」

「何からって、そうだな……鍵は隼人君が保管するとして、まずは―――」

「え?」

 伊織の言葉に驚きの声を出した隼人に、伊織は何を驚いているんだといった顔を向ける。

「そりゃ、鍵を持ってきた、もとい選ばれたのは隼人君何だから、隼人君が保管するのが当たり前なんじゃない?嫌なら智輝君と相談してね。鍵と珠を合わせた鍵を保管するなんて、わたしは嫌だよ」

「……ま、まぁ保管は隼人でいいんじゃない」

「いや、それは……どうだろうかと……」

 隼人が鍵を保管することが決定事項として話を進める智輝と伊織に、一応は鍵を持ってきたことに負い目を感じている隼人は、弱々しい声で抗議した。

「保管と言っても、この鍵の存在を知っているのは今のところわたし達三人だけだからね。まぁ、そもそもその鍵の使用場所が判らない以上、危険かどうかも判らないんだけど……、それでも保管してるだけならそこまで危険なことにはならないと思うよ」

「根拠は?」

「勘」

「…………」

 隼人は話が進まないというよりも、このままごねたところで結果は変わらないとさとり、嫌々ながらも分かったと頷いた。

「それじゃあ、保管場所も決まったということで、次にこの鍵をどうするか、だけど……」

「鍵穴を探すんじゃないの?」

「手掛かりも無しにどうやって?」

「それは………どうしよう?」

「それよりも、どうやってこの鍵を封印するかを考えた方がいいと思うけど?」

「えー」

「案内に導かれるなって警告されたって言ったでしょう?」

「でも、案内が鍵のことを指すってのは推測でしょう?」

「それはそうだけど……」

 困ったように頭をかく伊織に、智輝は得意気に語り続ける。

「封印するにしても、オレ達じゃ大した封印は施せないから、代わりに封印してくれそうな人を捜す必要があるし、それに、鍵穴の場所を把握してた方が今後の行動もやり易いんじゃない?」

「むぅ、智輝君にしては珍しくまともなことを……」

「普段から割りとまともなつもりなんだけど……」

 衝撃を受けた伊織の言葉に、智輝は伊織とは別の衝撃を受ける。

「それじゃ、封印を代行してくれる人を捜しつつ、鍵穴を探すってことでいいかな?細かいことはまた後で話し合おうか」

「そうだね、なんだか疲れたし」

 その言葉に三人は力なく頷いた。

 その後は、マーカーを設置する場所を探して辺りを散策すると、手頃な場所にマーカーを設置して帰還したのだった。



「…………鍵?」

 隼人達三人から離れた場所で、霧化して無形の男は無い顔をしかめる。

「あの鍵は………可能性はあるが、あの物体やそこから現れた門はなんだ?」

 男は隼人達が帰還した後も一人黙考する。様々な可能性に思い至りながらも、その悉くが決定打に欠けていて、男は一度苛立ちげに息を吐き出した。

「少し調べてみるか……その間は監視が緩むが仕方がないか」

 そう言うと、男はそのまま何処かへと消えていった。



 白昼光に照らす室内で、隼人は一人ベッドに横になっていた。

「綺麗なんだけどな……」

 キラキラと輝く宝石の嵌め込まれた鍵に光を反射させて、隼人は難しい顔をする。

「う~ん、綺麗過ぎるってことなのかな……?」

 光を取り込み鮮やかに煌めく赤い宝石は美しいのだが、隼人にはその赤色が不吉なものにしか見えなかった。

「まぁいいけど。それにしても、一体何処の鍵なのやら」

 霧のダンジョンから帰還後、隼人達三人は恒例の食堂での会議を開き、今後のことを話し合った。

 色々なことを話し合いはしたが、肝心なところは要検討ということで終わってしまった。

 隼人がその時のことを思い出してながら、何とはなしに鍵の上部の宝石を室内灯に透かして見ていると、

「!?」

 気づけば隼人は、手に持っていた鍵を床に放り投げていた。

「な、なんだ今の……気のせい……か?」

 隼人は恐る恐る先ほど放り投げた鍵に近づくと、暫く観察してから慎重に手を伸ばす。そして、数度人差し指で鍵をつついて異常がないことを確認してから拾った。

「……………」

 隼人は腕を目一杯伸ばして出来るだけ身体から離してから、一度盗み見るように宝石を目の端で捉えると、恐々(こわごわ)と目の中心で捉えた。

「何も変わらない?……さっき一瞬だけ宝石の中が揺らいだ気がしたんだけど……やっぱり気のせいだったのかな……?」

 先ほどの一瞬、隼人が宝石を光に透かして眺めていると、宝石の赤色が、僅かだがまるで鼓動したかのように揺らいだように見えたのだ。

 そんな宝石を眺めながら、隼人は不思議そうに顔をしかめて首を傾げると、いつも身に付けている小物入れの中に、どこか気味の悪いものを扱うような手つきで、放るようにして鍵をしまうのであった。



 少女は虫の知らせとでも言えばいいのか、突然の嫌な予感に目を覚ます。

 焦燥感に駆られた少女は、慌てて辺りを警戒するが、見渡す限り白一色の世界には、幸いと言えばいいのか、少女以外何も存在していなかった。

 それでも、油断すると今にも息の止まりそうになる危機感は少女から消えてはくれず、全てを拒絶するように強く目を閉じると、ドクンドクンという鼓動がやけに大きく耳に響き、段々とうるさくなるその心音は、まるで恐怖の元凶が少女の元に近づいてくる足音のようにも思えてきた。

 少女は鼓動を鎮めようとするかのように、思わず服の上から胸の辺りをおもいっきり掴んだ。

 そこで少女はふと我に返ると、今の一連の自分の行動に、心臓を鷲掴みにされたかのような怖気おぞけを感じ、思考が白く染まる。

 暫くしてやっと頭の片隅だけが動きを再開すると、少女は動揺したまま、思わず心の声が漏れでてしまったかのように、囁くような極々小さな声で呟いた。

「何故、私が動いているのです」

 その自分の呟きに、少女の時が完全に停止した。

 それはまるで、決定的な終わりを迎えたことを知ってしまったかのような、深く絶望した者のようであった。

「……このままでは……助けて、ソラ」

 少女の絞り出すような悲痛な叫びは誰の耳にも届かず、ただ少女以外には誰も存在しない白一色の世界に、静かに響くだけであった。



 隼人達が鍵を手に入れた翌日も、よく晴れた日だった。

 本日の隼人達は、丸一日を霧のダンジョンの探索ではなく、鍵や禍々しい魔力を放っていた敵、突然現れた巨大な門などについて調べることに当てていた。

 隼人と智輝は図書館に資料を漁りに行っていたが、伊織は別の情報源を当たるべく、二人とは別行動をとっていた。

「さてと……」

 伊織は眼前の小さめの屋敷を見上げると、気合いを入れるように短く息を吐いて、屋敷の敷地へと足を踏み出した。

「ようこそいらっしゃいました、伊織さん」

 伊織が屋敷を訪ねると、感じがよく、身綺麗な召し使いの老女が丁寧に出迎える。

「あの―――」

 伊織が老女に屋敷の主について訊ねようと口を開くと、

「当主様がお待ちです。どうぞこちらへ」

 老女は伊織の先を制して言葉を掛けると、背中をみせて案内を開始する。

(わたしが訪ねてくるのは知っていたようですね……相変わらず恐ろしい方だ)

 老女の後についていきながら、伊織はこれから対面する人物に改めて畏怖の念を抱いた。

「当主様はこちらの部屋です」

 老女は目的の部屋の前で停まると、扉を三回叩いてから一拍置いて、更に二回叩いてから老女は両開きの扉の片側を開き、一度頭を深々と下げてから伊織の来訪を主に告げた。

「そうですか、ご苦労様でした。伊織さんを中に入れてください」

 耳心地の良い美しいあるじの声に、老女は「畏まりました」と深々と頭を下げてから一歩下がると、伊織の方へと向いて、「どうぞ伊織さん、当主様がお待ちです」と告げながら、部屋の中へと入るよう手で促した。

 老女に従って伊織が室内に入ると、そこには美しい声に相応しい白銀の髪の美女が笑顔で出迎えてくれた。

「よく来ましたね。さぁ、座ってください」

 背後で老女が頭を下げてから扉を閉めて立ち去るのを気配で感じながら、伊織は部屋の主に示された、来客用に置かれた質素な見た目のソファーに腰を下ろした。

 腰掛けてみると、ソファーは適度に柔らかくて座り心地がよく、長時間座っていても苦にならないだろうなと伊織に思わせるものであった。

 それは、見た目よりも実用性に重点を置く、部屋の主の性格の一端を表しているようでもあった。

 伊織が腰掛けたのを確認した部屋の主は、伊織の対面のソファーに美しい所作で腰を下ろした。

「お久しぶりです、理納さん」

 部屋の主、理納が腰掛けたのを待ってから、伊織は頭を下げた。

 伊織の挨拶に理納は、

「ええ、そうですね。ですが、伊織さんの学園生活の報告はちゃんと受けてますよ」

 と、優しい声音で伊織に語りかけると、理納はにこりと優雅に笑った。

 それを見た伊織は、一瞬だけ表情を固くしてしまう。

「それで、今回はどんな御用件で?」

 可愛らしく小首を傾げる理納に、伊織は緊張から唾を飲み込んだ。

 それを見た理納は、僅かに眉を上げると、

「あら、お客様にお茶をお出しするのを忘れていたわね」

 理納が手元に置いてあったベルを一度だけ鳴らすと、直ぐに扉に控えめなノックがされる音が響いてから、扉が音もなく開くと、先ほど伊織を案内した老女がするりと室内に入ってきて頭を下げた。

「御呼びでしょうか、当主様」

「お客様にお茶をお出ししてくださいますか?」

「これは大変失礼な事を致しました、申し訳ございません。直ぐにお持ちいたします」

 そう言うと、老女は頭を下げて出ていった。

「すいませんね伊織さん。ここにはあまりお客様がお見えにならないものですから、彼女もその辺りのもてなしについてつい失念してしまったようでして」

 申し訳なさそうな理納に、伊織は「いえ、おきになさらずに」と返したが、

(そんなはずないでしょうからね。……全く、それが真実ならばどれだけ楽なことか)

 その見え透いた茶番に、伊織は心の中でそっとため息を吐いた。

 理納は人を試して観察するという悪癖が在り、無闇やたらとそうする訳ではないのだが、ある程度親しい相手には、小さいながらも、そういうことを仕掛けることが多いと知っている程度には親しい伊織は、油断なく気にしてませんよ、という風な微笑みを浮かべてみせる。

「お茶菓子も一緒に頼めばよかったかしら」

 理納は頬に片手を当てると、僅かに首を傾げた。

 そのタイミングで扉が軽く叩かれると、老女がお茶とお茶請けをトレーに載せて持ってきた。

「あら、丁度良かったわ、気が利くわね」

 二人の前にお茶とお茶請けが置かれると、理納は老女に微笑みかけた。

「ありがとうございます。それではわたくしはこれで失礼致します」

 老女は二人に頭を下げると、静かに部屋を出ていった。

「うーん、やはり甘いわね。お茶が美味しいわ」

 理納は御茶菓子を一口食べてからお茶を一口飲むと、同じぐらいにお茶を手にした伊織がお茶を飲むのを待ってから、先ほどの話の続きを促した。

「……はい、それでは」

 伊織は慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと話はじめた。

「本日は理納さんにお訊ねしたい事がありまして御伺いさせていただきました。先日のことなのですが、わたしのパーティーが霧のダンジョンを探索していると、禍々しい魔力を持った敵と遭遇しまして、その敵はなんとか倒すことに成功したのですが、今度はその敵が居た場所から突然門が現れました。その門の先は完全な暗闇で、その中からパーティーメンバーが灰色の鍵を持ちかえったのですが、その鍵とわたし達が遭遇した敵について理納さんなら何かご存知ではないかと思いまして、こうしてお訊ねした次第でございます」

 所々簡単な手振りを交えながらの伊織の説明を、理納は静かに聞き終わると、

「なるほど、それは少々興味深いわね」

 理納はひとつ頷くと、顎に手を置き、少しの間考えるような仕草をした。

「その鍵に思い当たる節は無い…………こともないわね。その敵とやらには覚えがないけれど」

「本当ですか!それはどんな!?」

 理納の言葉に、伊織は身を乗り出さんばかりの勢いで訊ねた。

「……ふむ。昔ね、久遠魔法学園に眠る封印について明良が話していた事があるのよ。その話の中で、悪意で創られた鍵というものが登場するのだけれど、あれは確か……私たち守護者の先輩の封印を解除する為の鍵だったかしら」

「三空学園長が話していた封印の少女ですか?」

「ええ、多分それね。そして、通常の手順でその少女の封印を完全に解くと、世界は終わってしまうらしいわよ」

「世界の終わりですか……通常ではない方法はあるんですか?」

「さぁ?あるとは思うけれど、方法までは知らないわ」

「そうですか」

 残念そうな顔をする伊織に、理納は静かな目を向ける。

「それで、鍵を使って封印を解除するのかしら?」

「それは……」

 言い淀む伊織を、理納は黙って見詰める。

 伊織としては、最初からそんな物騒な鍵は、今まで通り使わずに封印しておきたいのだが、隼人と智輝は言う事を聞かないだろう。

「……わたしとしましては、鍵を使わずに済むならそうしたいのですが」

「ならそうされれば?」

「それは……」

「………そうね、もう少し正確な情報があれば対策も思い浮かぶかも知れないのだけれど」

「正確な情報、ですか?」

「ええ。例えば、伊織さんが意図的に報告しないで隠している部分とか……」

「!!」

「もしかして分からないとでも?」

「そ、それは……」

「ま、いいですけれどね、伊織さんのお好きなようにされれば」

「………」

 伊織は意を決すると、昨日の出来事を事細かに理納に話した。

「はぁ、なるほど。それにしても、警告されていて宝珠をいきなり鍵に嵌めるとは、さすがに呆れてしまいますわね」

 理納は肩をすくめると、話を続ける。

「しかし、宝珠と鍵をひとつにしたのは不味かったですわね……」

「それはどういう?」

「その宝珠はですね、何と表現すればいいかしら……先ほど話した悪意で創られた鍵の大本、つまりは悪意の塊とでも言える代物なのですよ」

「悪意の塊……」

「先ほどの封印の解除についての話ですけれど、実はその鍵単品なら、時間は掛かりますけれど、比較的安全に封印を解く方法は存在したのですよ」

「え?」

「しかし、悪意の塊である宝珠と合わせてしまったせいで、他の方法を考えなければならないでしょうね」

「そんな方法があるんですか?」

「ある……らしいですが、詳しくは分かりません。ただ、その際はネックレスが必要らしいですよ」

「ネックレス……」

 伊織は考えるように黙り込む。

「ネックレスというのは隼人君の……?」

 伊織の窺うような問い掛けに、理納は頷く。

「そうです、明良の作ったネックレスこそが必要みたいですよ」

「ネックレスをどうすれば?」

 ふるふると頭を左右に振る理納。

「それは分かりません。先ほど言いましたが、私も詳しくは知りませんので」

「そうですか……」

「ですが、ネックレスは首に掛ける意外に使い道があるのでしょうかね?」

「それは!」

 理納の呟きに、伊織が腰を浮かせかけると、

「……それで、他に聞きたいことは?」

「え?えっと……」

 その、この話はここで終わりとばかりの静かな理納の言葉に、伊織は思はず言葉を呑みこむと、何か他に質問はないかと思考を巡らす。

「……封印の場所を知りたくはないのですか?」

 そんな伊織に投げ掛けられた理納の言葉に、伊織は驚いたように理納の顔を見詰める。

「封印の場所を知っているのですか!?」

「何故知らないと思ったのですか?」

「それは……」

 そこで伊織は言葉に詰まる。

 三空学園長自身も知らないと言っていたが、あれは嘘だろう。しかし、そこまでして隠しているということは、そう簡単には知ることが出来ないだろう―――。

 そこまで考えた伊織は、目の前に居る人物について改めて思い出して、先ほどの考えに至った自分を笑いそうになった。

「封印の場所について教えて頂けますか?」

 伊織の言葉に、理納はゆっくりと頷いた。



「本日は色々と教えて頂きありがとうございました」

 ソファーから立ち上がった伊織は、感謝の気持ちを込めて理納に深々と頭を下げた。

「いえ、お役に立てたのならよかったです」

 笑顔を浮かべた理納は、机に置いてあったベルを鳴らす。

 直ぐにやってきた老女に、理納は伊織が帰ることを伝えて、玄関までの見送りを頼む。

「それでは、本日はこれにて失礼致します」

 そう言って老女に先導されて出ていった伊織の気配が完全に無くなると、理納は最初からずっと部屋の片隅で気配を消していた人物に問い掛ける。

「貴女は先ほどの彼女のことをどう評するのかしら?」

 部屋の片隅で静かに立ち尽くすその人物は、気配を消したまま口を開いた。

「そうだな、情が湧いた、というべきか……いや、普通に友達……仲間になったと表現すべきなのかな」

 僅かに軽蔑のようなものの混じった声音のその答えに、理納は肩をすくめた。

「そういうことなのでしょうね。やはりこれからも、伊織さんの報告は参考程度に留めておいた方がよさそうですね」

「それが無難だろうな」

「……やはり、伊織さんの態度は、貴女には許せないかしら?」

「……許せない訳ではない、ただ理解出来ないだけだ」

「理解ね、境遇的には貴女と伊織さんは似てると思うのですけれどね」

「似てる?何処が?はじまりだけは近いだろうが、そのあとは違うだろうよ」

 理納の言葉に、部屋の片隅に立つ人物は嘲笑するようにそう返した。

「相変わらずですね、貴女のように一途な人間もそうは居ないことでしょう」

「それを貴女が言うか、未だに同じ背中を追いかけ続けている貴女が」

「ふふふ、お互い苦労するわね」

「私はあの方に忠を尽くすことを苦労だ、などと思ったことは一度もないよ」

 そう言い残すと、気配を消していた人物は何処かへと行ってしまう。

「ま、それは私もなんですがね。ただ、彼の真意は知りたいと思ってますけどね……」

 虚空に語りかけた理納の言葉は、誰の耳に届くこともなく、静かに霧散する。

「とはいえ、彼は嘘つきですからね、それを知ろうとすることだけは苦労してますけれどね」

 そう言うと、理納は誰にも見せない、少女のような無邪気な笑顔を浮かべるのであった。



「よりにもよって、と言えばいいのかしらね」

 理納の元を訪ねた帰り道、学園への帰路に着きながら、伊織は重たい息を吐き出す。

 理納から得た情報は、それだけ伊織にとっては重荷だった。

「世界の終わりだなんて、話が大きすぎるよ……」

 今にも泣き出してしまいそうな声を出した伊織は、これからの展開を思って再度重々しげにため息を吐いた。

「それにしても、揃い過ぎている気がするのは気のせいかしら……?」

 ネックレス、短剣、鍵と、理納の話を聞く限り、封印を解くのに必要なものが不自然なまでに揃っている気がするのだ、それも隼人一人に集中して。

 ネックレスや短剣は元から隼人が持っていたとしても、ここまでくると、嫌でも作為的なものを勘繰りたくなるというものであった。

「明良という人の仕業なのでしょうけど……」

 明良に会ったことの無い伊織は、見たことも無いその相手を想像して、勘弁してくれと言わんばかりにため息を吐いた。

「とりあえず、分かったことを二人にも話すとして……どこまで話そう……」

 理納のことは秘密にするにしても、他には封印の場所や宝珠のこと、どこのどういう鍵かなどなど、理納から得られた情報は多く、伊織はその中から伝えても大丈夫そうな内容のものを選別する。

「……まぁ色々考えたところで結局、理納さんのこと以外は全て話すことになりそうだけど」

 その場面があまりにも容易に想像が出来た伊織は、本日何度目かのため息を吐いたのであった。


 今回の更新はここまでです。

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