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嘘つきの森3

 その日、ある話題に学園はいつもと異なる賑わいをみせていた。その話題とは一人の女性が意識不明で発見されたことだったが、隼人達は朝から学園に寄らずにダンジョンに直行していた為、この話をまだ知らなかった。


「今日は主の部屋にたどり着けるかな?」

 隼人達がマーカーを使い、嘘つきの森の途中から探索をはじめると、智輝が独り言のように呟いた。

「今日か明日にはたどり着けるんじゃない?」

 智輝の近くを歩いていた伊織がその呟きに答える。

「主は植物系ってことしか分かってないからどんな相手か楽しみだね」

 そんな智輝ののんきな発言に、伊織はこれ見よがしにため息を吐いてみせた。

「えー、強敵との戦いとか燃えるじゃん?」

「わたしはそこまで戦闘好きではないよ」

 智輝は「燃えると思うんだけどなー」と不満顔で唇を尖らせる。

 そんな智輝を伊織は横目で見ながら、しょうがないなとでも言うように微妙に口角を動かした。

 隼人は索敵に集中していて、後方の二人の様子には気づいていなかった。



 白い天井に白い壁紙に白い床と、白で統一された広い部屋にベッドが両側に六床ずつ、計一二床置かれた、保健室というよりは病室のようなおもむきのあるその部屋のベッドの一つに、鏡花は寝かされていた。

 外傷らしい外傷は無く、体内に損傷がみられるも、それも治療の甲斐あって大事には至らず、あとは放って置いても自然と治る程度の傷だった。

「とはいえ、命に別状は無いってだけで、魔法使いとしてはちょっと深刻かも知れないな」

 ベッドに横たわる鏡花の隣で、心配そうな表情を浮かべている三空学園長に、一色先生は普段のとぼけたような声ではなく、医者としての真面目な声音でそう語る。

「申し訳ないですが、医療は専門外なんですよ。一体それはどういう意味なんです?」

 一色先生に問いかける三空学園長の顔に、不安の色が濃くなる。

「魔法というのは通常の生命活動とは別に、魔法専用の回路が存在するんだが……まぁ、血管みたいに全身に行き渡る管に魔力が循環しているとでも考えてくれ。彼女はその管の欠損が激しいみたいでね、このままでは魔力の循環が上手くいかずに魔法が使えなくなる可能性がある」

「どうにかならないのですか?」

 三空学園長のすがるような目に、一色先生は首を左右に振る。

「難しいな。治癒魔法ではある程度しか効果は無いし、魔力回路は外科的手術が非常に難しい分野だ。手は尽くすが、最悪の結果も考えててくれ。なに、魔法が使えなくなっても死にはしないからそこは安心してくれ」

 三空学園長は沈痛な表情で鏡花を見る。

「………なにか、何か他に手は無いのですか?もっと可能性が高い方法などは?」

 三空学園長の言葉に、一色先生は考えるように顔を上げる。

「………一つ、私の想定が正しければ、ほぼ確実な方法が有るには有るが……」

「それは何です!?」

 飛び掛かりそうな勢いで訊いてくる三空学園長に、一色先生は言いづらそうに顔を顰めると、

「……知ってると思うが、ウチの生徒に棗隼人という少年がいる、その少年が所持しているネックレスならもしかしたら……」

「ネックレス?……って明良君のですか?」

「ええ」

「………そうか、治癒のネックレスか……」

 三空学園長は思い出したというように小さく呟いた。

「あのネックレスは魔力さえあれば死者でも蘇らせる。現在の彼女は魔力の循環が上手くいってないだけで、今ならまだ魔力自体は変わらず存在する。ようは早くネックレスを使えば間に合うかも知れないという訳だな」

 一色先生の説明に三空学園長は頷くと、あとを一色先生に任せて保健室を後にした。


「………さて、君を治した後に私はどうしたらいいのかね?」

 三空学園長が去った保健室で、静かに眠る鏡花に向けて、一色先生は妖しくそう語りかけた。



 進めど、進めど木しかない森の中、それは突然姿を現した。

「小屋?なんでこんな場所に?」

 木を組み上げて造ったような見た目のその小屋を森の中に見つけた隼人は、訳がわからず首を傾げる。

「中に何が在るのかな?」

 その隣で智輝はわくわくと目を輝かせている。

「嬉しそうなのはいいけど、何が在るか分からないんだから、いきなり扉を開けたりしないでよ?」

 そんな智輝の様子に、伊織は不安そうに釘を刺す。

「分かってるって」

 小屋を見つめたまま返事をする智輝に、伊織は本当に大丈夫だろうかと更に不安になる。

「とりあえず、慎重に近づいてみようか」

 隼人達は周囲を警戒しながら道を少しだけ脇に逸れると、慎重に小屋へと近づいていく。

 道中特に罠やモンスターに遭遇することなく小屋に近づくことが出来た隼人達は、小屋に取り付けられた窓越しに中の様子を確認する。

「どう?何か見つけた?」

 窓の下から目だけを出して中の様子を窺っている智輝が、窓の横から半身を出して中の様子を窺っている隼人に問いかける。

「用具入れ……って感じかな?」

 誰かが使っているのだろうか、小屋の中には斧や籠などの雑多なものが積まれ、小屋の隅には椅子が一脚だけ置かれていた。

「人が居るのかな?それとも先生達がこの森の管理に来た時に使ってるとか?」

 伊織は隼人の後ろから頭だけ出して覗くと、中の様子からそう推測する。

「う~~ん、なんか漁で使いそうな網とかあるけど、何に使うんだろう……」

「大丈夫そうだし、とりあえず中に入らない?」

 考えはじめる隼人をよそに、智輝は覗くのを止めて堂々と窓の前に立つ。

「入れるかな……」

 隼人は首を擦りながら扉に近づくと、扉に付いているドアノブを回す。

「………簡単に開いたね」

 特に抵抗も無く呆気なく開いた扉に、隼人は暫し呆然と立ち尽くす。

「いいじゃん、別に」

 呆然と立ち尽くす隼人の横をすり抜けて小屋の中に入った智輝は周囲を見回すと、何かを見つけて窓の近くに駆け寄った。そして、何かを拾うようにその場にしゃがみこんだ。

「何かあったの?」

 智輝に倣って隼人の横を通り抜けた伊織が、のんびりした声で智輝に問いかける。

「ん~何かあったにはあったけど……これは何だろう?」

 智輝は立ち上がると、伊織に拾ったものを見せて首を傾げた。

「バッジ、かな?何か紋様が書かれてるけど、意味があるのかな」

 金色に輝く小さな円形の金属は、所々地金が見えているところから、どうやらメッキのようであった。その金属にはピンと留め具が付いていて、伊織が言うようにバッジのように見える。そのバッジの表面にはうずのようにぐるぐると螺旋を描く線と、その渦の周囲にはうねうねと波のように緩やかな半円をいくつも描く曲線が渦を囲むように描かれて、それは見ようによっては太陽のようにも見えた。

「他にはなかったの?」

 話は聞こえていたのだろう、我に返った隼人は、小屋に入るなりそう問い掛ける。

「他には見かけなかったよ。まぁ部屋中調べた訳じゃないから分からないけど」

「じゃあ、ちょっと調べてみようか、何か他に興味深いものが見つかるかも知れないし」

 隼人はとりあえず、籠やら箱やらが積み重なっている場所を調べはじめる。智輝は他に落ちてないか床を調べて、伊織は箱をどかしながら隼人と同じように物が積み重なっている場所を調べはじめた。

 ガサガサゴソゴソと暫くの間物を動かす音が小屋に響いたが、他のバッジや、その他のめぼしいものも見つからなかった。

「結局ただの物置小屋だったってことかな」

 動かした物を片付けながら、隼人は残念そうに呟いた。

「さ、小屋の中は調べたし、先に進もうか」

 片付けが終わり小屋でだらける二人に、隼人はそう促して外に出る。


「そういえば、小屋の外は調べなくていいの?」

 小屋の外に出て扉を閉めると、伊織はふと思い出したというように二人に問いかける。

「外ねぇ、森しか無さそうだけど……、とりあえず小屋をぐるっと一周だけしてみようか」

 先ほどの家探しと片付けですっかり疲れてしまった智輝は、気が乗らないという感じの顔をするも、それでも賛成した。

 三人はそのまま小屋の周りを歩いてみたが、特に何かがあるということも無かった。

 三人はそのまま元の道に戻ると、主の部屋を目指して歩き出す。

「そういえば、あのバッジはどうしたの?」

 先頭を歩く隼人が、肩越しに智輝へと振り返る。

「どうしたって、持ってきたよ?ほら」

 智輝はポケットから先ほど小屋で見つけた変な紋様が描かれたバッジを取り出すと、見せつけるように隼人に突きつける。

「いや、持ってきちゃダメだろ」

「えー、落ちてたからいいじゃん?」

「いや、落ちてたって……」

 金色に輝くそのバッジを持つ智輝を、隼人はどうしようかと、微妙な表情で見詰める。

「……大して高価な物でも無さそうだし、今からわざわざバッジ一つの為に小屋に戻るのもしんどいからもういいんじゃない?」

 バッジを興味深げに見詰めながら、伊織は隼人にそう提案する。

「……まぁ、二人がそれでいいなら、いいけどさ……」

 そんな二人に隼人は不承不承といった感じで納得した。

「それじゃ、もう少し先まで行こうか!」

 隼人が納得すると、智輝は用は済んだとばかりにさっさとバッジをポケットに仕舞ってしまう。そして、気合いを入れる為に元気よく拳を空に突きつけた。

 もう慣れたもので、隼人は小さく息を吐くと、それ以上何か言うことはせずに先へと進む。

 そんな隼人の後に、智輝と伊織はいつも通り続くのだった。


 小屋が在った辺りから暫く歩くと、巨木の前にまるで小さな山のような大きな岩が置いてあった。

「こんなでっかい岩、どっから来たんだろう?」

 隼人は岩の前で不思議そうに首を傾げる。嘘つきの森から離れた場所に火山は在るが、こんな巨岩をここまで飛ばすような爆発をその火山がしたという話は聞いたことも読んだことも無いし、こんな森の中に巨岩を運ぶ意味も分からなかった。それに、

「この岩、分かりづらいけど魔力を感じる……」

 岩に触れると、中から魔力の気配を感じて、隼人はもう一度不思議そうに首を傾げた。

「魔力の宿る岩………あれだね、まるでゴーレムだね。ただの岩だけど……」

 そんな隼人の後ろから智輝はうんうんと頷きながら自分の考えを口にする。

「ゴーレム、か……」

 その智輝の発言に、隼人は目の前の巨岩を見上げる。ゴーレムの生態など隼人は知らないが、あながち間違った考えでは無いような気がした。

「まぁ、これがゴーレムだろうが無かろうが動かなきゃただのでかい岩というか岩山だし、もしゴーレムなら無駄に戦わずに済むから動かない方がわたし達的には都合がいいじゃない」

 伊織は二人の後方で腕を組んで観察するように岩を見上げていた。

「それもそうだね」

 まだ巨岩が気になる隼人だったが、伊織の言葉に先へと進むことを思い出して巨岩から離れる。

「じゃ、時間も後少しだし、もうちょい先でマーカー置いて帰還しようか」

「うん」

「そうだね」

 智輝と伊織が頷くと、隼人は一度巨岩を見上げてから先へと進み、二人はその後に続く。そして、暫く歩いてマーカーを置くのに適した比較的安全そうな場所を見つけると、マーカーを置いて三人は帰還したのであった。



 隼人達がダンジョンの外へと帰還すると、意外な人物が待っていた。

「やぁ、待っていたよ。三人とも元気そうで何よりだ」

「三空学園長?なんでここに?」

 明るい金髪とは対照的な黒系のスーツに身を包んだ、実年齢は既に初老を越えているはずだが、二十代前半と言っても通用しそうな外見をしたその男性は、久遠魔法学園の学園長その人であった。

 三空学園長は笑顔で帰還した隼人達を出迎えると、突然の珍客をチラチラと気にしている監督役の先生に隼人達が帰還報告を済ませるのを待ってから、改めて話し掛けてきた。

「もう嘘つきの森を探索してるのか、三人ともあれから順調に成長しているようだね」

 親しげな笑顔を浮かべる三空学園長に、隼人達は困惑した表情を浮かべながらも、とりあえず返事をする。

「成長出来てるかどうかは自分たちではいまいち分かりませんが、少しずつ先へは進んでいます」

「それでいい、それを人は成長と呼ぶんだよ」

 隼人の言葉に力強く頷く三空学園長に、隼人は慎重に訊ねた。

「今日はまた、三空学園長がどうしてこちらに?」

 その隼人の問いに、三空学園長はひとつ頷くと、

「隼人君に頼みがあって来たんだ」

 真剣な表情で隼人に話し掛けた。

「頼み、ですか?」

「ああ、隼人君達は学園長室で私と一緒にいた女性を覚えているか?」

「ええ、鏡花さんですよね?」

「名前も覚えていたか、それなら話は早いのだが、その鏡花が意識不明でな――」

 その話に隼人達は驚愕する。鏡花には一学期の終わり頃にお世話になったばかりだ、あれからまだ一月ぐらいしか経っていない。

「鏡花さんは大丈夫なんですか!?」

「命に別状は無い。だが、大丈夫ともいい難い」

 三空学園長は隼人達に鏡花の現状について話すと、

「――だから、隼人君のネックレスを鏡花の為に貸してはくれないだろうか?もちろん、一緒に来てくれて構わない」

 三空学園長は隼人に頭を下げる。それに隼人は慌てると、

「あ、頭を上げてください!ネックレスはお貸ししますから、早く保健室に行きましょう!」

 三空学園長は「ありがとう」と隼人に感謝すると、四人は急いで学園に戻る。

 そこでやっと蚊帳の外で呆然としていた監督役の先生は我に返ると、急いで四人の後を追って学園へと戻るのだった。



 隼人達が急いでやって来たのは、いつも来ていた保健室ではなく、ベッドが沢山置かれている別室だった。

「来たね」

 保健室の扉が開くと、その音で扉に目を向けた一色先生が短くそう呟く。

「鏡花の容態は?」

 三空学園長は一色先生の元へと早足で近づく。

「そう慌てなくても、まだ大丈夫だよ」

 一色先生はしょうがないなとばかりに小さく笑うと、隼人達の方へと目を向ける。

「いらっしゃい。わざわざ来てもらってすまないな」

「いえ。それよりも、鏡花さんは大丈夫なんですか?」

「ああ、そう心配しなくても大丈夫だよ。外傷もほとんど無いし、命に関わる怪我はどこにも無いね。ただ、魔法回路がズタズタで、魔法が使えなくなる可能性があったんだがね、それも……」

 チラリと一色先生は隼人の胸元へと目を向ける。

「君が来たからね。そのネックレスを使えばまだ彼女を救えるよ」

「……分かりました。このネックレスをどうすれば?」

「簡単さ、そのネックレスを彼女の首に掛けてくれればそれでいい」

 一色先生の言葉に隼人はしっかりと頷く。

(……………)

 そんな二人のやりとりを聞きながら、伊織は少し離れた場所から胡散臭げな、温度の低い目を一色先生に向けていた。

 隼人は自分の首からネックレスを外すと、緊張しながらも、慎重な手つきで鏡花の首にネックレスを着ける。

「これでいいのかな?」

 今までネックレスを身に着けていても、実際に使ったことがなかった隼人は、少し不安そうにそう呟くが、鏡花にネックレスを着けると直ぐにネックレスの意匠部分が淡く輝き出して、ネックレスが無事に起動したことを報せる。

「これはまた……」

 一色先生が驚愕の声を漏らす。どうやら一色先生は隼人達とは違うものを視ているようであった。

「何が起きてるのですか?私には鏡花の魔力が減った事ぐらいしか理解出来てませんが……」

 三空学園長の言葉に、一色先生は鏡花から目を話さず説明をはじめる。

「ネックレスが起動すると同時に、彼女の魔力を使っての治癒がはじまった。……見事なものだ、あれほどにズタズタになっていた魔力回路がどんどん治っていく。魔力回路だけじゃない、内外を問わず傷が全て塞がっていっている、まるで傷など存在してなかったみたいだ……」

 途中から説明ではなく一色先生の感想みたいになっていたが、それでも隼人達は何が起こっているかの大体の事は理解出来た。

「これで、鏡花は大丈夫か……」

 三空学園長はホッと安堵の息を吐く。

「まだ治癒は続いてますか?」

「いや、もう終わったよ。しかしこれは治癒というよりは修復だな、怪我が綺麗に治ったよ」

「では、ネックレスはもう外してもいいですか?」

「……ああ、治療は終わってるから大丈夫だと思うよ」

 一色先生の了承を得ると、隼人は鏡花からネックレスを慎重に取り外して自分の首に戻す。

「それにしても、そのネックレスって本物だったんだね」

 智輝はまじまじと隼人の胸元で鈍く光るネックレスを見詰める。

「疑ってたのかよ」

 隼人は少しムッとした表情でネックレスを服の中に入れると、智輝の視線から隔離する。

「いやまぁ、あんなの簡単に信じられない話だからさ、半信半疑だったかな」

 智輝はネックレスが視界から消えたことで視線を隼人の顔に向けると、どこか決まり悪げにそう呟いた。

「まぁ、気持ちは分かるけどね」

 隼人はそんな智輝に冗談っぽく笑うと、態とらしく肩をすくめた。

 二人がそうやってじゃれあっていると、鏡花が小さく顔をしかめて目を覚ました。

「……ここは?」

 気だるげに辺りを見回す鏡花を、三空学園長は勢い込んで覗きこむ。

「鏡花!目を覚ましたのか!よかった……」

 目の前で安堵する三空学園長の顔を訳もわからずに目を丸めて見詰めていた鏡花だったが、直ぐに気を失う前の自分を思い出したのだろう、申し訳なさそうな顔になった。

「……私は、無事だったのですね」

「ああ、ああ!隼人君……いや、ここに居るみんなのおかげでな」

 三空学園長の言葉を聞いた鏡花は、改めて周りに居る人たちの顔を一人ひとり確認するように見回す。

「……そうでしたか、それはとんだご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありません」

 弱々しい鏡花の声に、三空学園長は首を左右に振ると、

「そんなに畏まらなくてもいいよ、みんな迷惑だなんて思ってないから」

 三空学園長の言葉に同意するように、鏡花を囲むようにして様子を窺っていた全員は頷く。

「人徳だな。表には出ないが、君は陰ながら皆を助けてたからな、その結果だろうよ」

 鏡花の容態が安定しているのを確認した一色先生は、そう言って保健室を後にする。

「どこに行くのです?」

 扉を潜ろうとする一色先生の背中に、三空学園長が問いかける。

「保健室……普段使ってる方の保健室へ戻るんだよ。朝から動いてたら眠たくてね。放課後も近いし、少し仮眠を取るよ。少し寝るだけでも違うからさ」

 そう言うと、一色先生は片手を上げて保健室を出ていってしまう。

「相変わらずのようですね」

 三空学園長はどこか呆れたような、嬉しいような笑みを浮かべてその背中を見送った。

「……さて、昨夜の出来事について聞きたいのだが?」

 顔を鏡花の方へと戻すと、三空学園長は真面目な顔でそう問いかけた。

「はい。……ですが、よろしいので?」

 隼人達が居る状況での説明に、鏡花は三空学園長に「彼らに聞かせてもいいのか?」という意味の問いかけをする。

「ああ、構わないよ」

 今までと違い、隼人達にも聞かせるという返答に、鏡花は多少の違和感を覚えながらも、自分もこの前彼らに話しをしたし今更かと言い聞かせて話をはじめた。

 鏡花が昨夜にニの守護者、あるいは黒い影こと可児維を見つけて話し掛けた事から、戦闘の結果気を失うまでの話をすると、三空学園長は一度小さく頷くと、その後、意識不明の鏡花が発見された時から今に至るまでの話を鏡花に語って聞かせた。

「そうでしたか、兼護様には多大な御心配と御迷惑を御掛けしてしまいました。隼人さまに智輝さま、伊織さまも御忙しい中態々(わざわざ)御足労いただき申し訳無く―――」

「だから、そういう堅苦しいのは要らないって。ただ一言『ありがとう』とだけ言えば十分さ」

 三空学園長はやれやれと言った感じで息を吐くと、言い聞かせるように鏡花にそう話す。

「……そんなものですか?では……」

 鏡花はコホンと小さく咳をして仕切り直すと、

「隼人さま、智輝さま、伊織さま、兼護様、助けていただきありがとうございました」

 ベッドの上で上体を起こしている状態のまま、鏡花は四人に向けて深々と頭を下げた。

「まだ硬いけど、まぁいいか」

 それを見た三空学園長は気が抜けた声を出す。

 隼人達は鏡花に笑顔で気にしないでくださいと、首を左右に振って応えた。

「さて、それじゃ私は仕事に戻ろうかね。鏡花は治ったばかりなんだから、今日はもう休んでていいから」

 三空学園長はベッドから出ようとする鏡花を手で制止ながらそう言うと、隼人達に礼を言ってから保健室を出ていった。

 それを確認した隼人達は、目でもう寮へと帰ることを確認し合うと、

「それじゃ僕達もこの辺で失礼します。大丈夫だと思いますが、三空学園長が仰ったとおり、今日ぐらいはちゃんと休んでくださいね」

 そう鏡花に釘を刺すと、隼人達は保健室を出ていった。

 鏡花は三空学園長の時同様に、何か言いたそうにしていたが、結局は隼人達の背中に「……本日はありがとうございました」と言って頭を下げるだけに留めた。



「よかったね、鏡花さんが無事で」

 保健室から寮への帰り道、伊織は笑顔で隼人と智輝に話し掛ける。

「そうだね、三空学園長から鏡花さんを助けるためにネックレスを貸してほしいと言われた時は心配だったけど」

「それは鏡花さんが?それともネックレスがちゃんと機能するのか?」

「両方だよ、ネックレスの機能なんて一学期に知ったばかりで使ったことなんてなかったし」

 隼人は胸元に手を置いてネックレスの感触を確かめながら、どこか沈んだような声を出した。

「まぁ、結果としては話通りだった訳だし、それが確認出来てよかったじゃん。ね?」

 伊織は隼人の背中を軽く叩くと、覗き込むようにして首を傾げた。

「まぁ……そうだけどさ。正直ホッとはしてる」

 隼人の言葉に、伊織は満足そうに笑顔で頷いたが、直ぐに真顔になると、伊織は少し声を抑えて二人にひとつの疑問を口にした。

「でもさ、何で一色先生はネックレスの機能について知ってたんだろうね?前に訊いた時は価値は分からないと言っていたけどさ……?それに、鏡花さんとわたし達が知り合いってことも知っていたようだし?」

 伊織の言葉に、二人は今日一日を頭の中で振り返る。

「言われてみればそうだね、何でだろう?鏡花さん本人か三空学園長にでも聞いたのかな」

 隼人と智輝は揃って首を傾げる。

「……ま、そのうち分かるかも知れないけどさ。……それよりもさ、明日の探索の申請出さなくていいの?」

 玄関を出たところでの、ふと思い出したような伊織の発言で、ダンジョン帰りに直接来たことを思い出したのだろう、隼人は「あっ!」という言葉を漏らすと、その場で立ち止まってしまう。

「………今からでも間に合う……かな?」

 智輝と伊織の顔を交互に見比べると、おそるおそるというように訊いてくる隼人に、伊織は空を見上げる。そこに広がる空は茜色から藍色になろうとしていた。

「まぁ……今から行けばギリ間に合うとは思うけど、無理ならわたしは明後日でもいいけど?」

「オレも無理だったら明後日でもいいよー」

「分かった、とりあえず行ってくるよ」

 二人の返事を聞くと、隼人は急いで職員室へと向かっていった。



 職員室で急いで申請書類に必要事項を記入して、先生に探索許可願を申請出来たのはすっかり夜の帳が下りた頃だった。

「申請するならばもう少し早く持ってきてほしいものです」

 職員室にまだ残っていた河野先生はそう小言を言いながらも、申請書類の作成から協力してくれた。

「時間的に言えば、今から受理しても早くて夜半過ぎですが、先生方のご都合を伺わなければならないので、さすがにそれは難しいでしょうね。しかし、先生方が出勤してからでは許可が下りるのは朝が過ぎるか過ぎないかぐらいの時間になってしまいますね。明日の探索が希望なのですよね?昼からでも構いませんか?」

「ええっと、はい……朝からが難しいなら昼からでも大丈夫です」

「ふむ……」

 隼人の少し落ち込んでいる声を敏感に感じ取った河野先生は、指で顎を擦りながら考え事をはじめる。

「そうですね、では今、許可を出しておきましょうか」

「え?」

 河野先生の唐突な発言に、隼人は目を丸くして河野先生を見詰める。

「色々手順は在りますが、要は監督役の先生を探すのが一番時間を使うので、ちょうど私は明日の担当授業が無いので、明日の隼人君達の監督役を私にしておけば、後は早く受理されるはずですよ」

 そう言うと河野先生は書類に自分の名前とサインを書いた。

「これで後は印を貰うだけなので、許可証の発行は明日の朝になりますが、私が持っていくので朝に現地集合ということにしましょう」

「えっ、あ、はい。分かりました」

 隼人は呆気に取られながらも、河野先生の言葉にしっかりと頷く。

「では、もう遅い時間ですので、気をつけて寮に帰りなさい」

 河野先生は隼人の申請書類を含む紙の束をまとめると、それを持って立ち上がる。

「あとは私がこれを提出しておきますので、それではおやすみなさい」

「はい、今日はありがとうございました。明日もよろしくお願いします。おやすみなさい」

 隼人は河野先生に礼を述べて頭を下げると、職員室を後にした。

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