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嘘つきの森2

 久遠魔法学園には基本的に休みというものは存在しない。それはそれぞれが卒業までの授業やダンジョン探索、果ては休日までを自由に決めれる為である。それでも、卒業までにはこれだけはこなさなければならないというモノは存在していて、例えば卒業までに十五個のダンジョンを攻略するというのがそれではあるが、久遠魔法学園には留年という制度が存在しないため、あるのは卒業か退学だけである。つまりは、久遠魔法学園に在籍可能な五年以内に全てをこなす計画性も必要になってくるということである。

 久遠魔法学園の一年は一学期・二学期・三学期と三つに区切られていて、例外としてその学期と学期の間にだけは三日から五日の休みが設けられていた。

 そして現在は二学期の初日、学園側が定めた強制的な休日を終えて、三日ぶりの学校が始まっていた。


「暇だ……」

 一年三組の教室で隼人はダルそうに机に突っ伏していた。

 現在は授業の最中であり、先生が黒板の方を向いているから怒られずに済んでいるが、それもこのままではそう長くは続かないだろう。

 隼人達は一学期中に座学を二学期の半分ぐらいまで消化する予定だったのだが、途中で嘘つきの森の探索を何度も挟んだせいで予定通りにいかず、二学期になっても座学を優先していた。

「……この辺りのことを――」

 くるりと先生が振り返る一瞬前、振り返る兆候を感じ取った隼人は素早く背筋を伸ばして椅子に座り直す。

(……器用だな~)

 そんな隼人の様子を斜め後方の少し離れた席から目撃した伊織は、可笑しく思いながらもついつい感心してしまうのだった。


 授業が終わると、隼人は糸が切れたように直ぐに机に突っ伏す。

「暇そうだねー」

 そんな隼人の近くに歩いてきた伊織が、のんびりした口調で語りかけてくる。

「暇だよー、せっかく休みが終わったのに、一日中座学だなんてさ」

 隼人は机に突っ伏したまま顔だけを伊織に向けて答える。

「しょうがないでしょ、一学期の終わりにダンジョン探索したから予定より座学の課題が進んでないんだからさ」

 子どもに言い聞かせるような口調で隼人をたしなめる伊織。

「それは分かってるけどさ……ダンジョン探索だってマーカーの寿命が来ちゃって、また最初からだし」

 隼人は振り出しに戻った探索の進捗状況しんちょくじょうきょうを思い出すと、はぁと疲れたようにため息を吐き出した。

「それは整備もしないでマーカーを使い回すからでしょう?せめて前回の探索までにちゃんと整備してたらああはならなかった訳だし」

「あれは、まぁ、ちょっとした油断から……」

 なにか逃れるすべはないかと、上下左右にと目を泳がせる隼人。

「油断、ね。大事な場面じゃなかったとはいえ、油断禁物という言葉をしっかり教えないといけないのかな?」

 そんな隼人の様子に、伊織はにっこりと凄みの効いた笑みを浮かべる。その笑顔を目の当たりにした隼人は、目を逸らしてたじろぎながらも、ピンと背筋を伸ばす。

「あ、あはははははっ」

 隼人はどうにかしてごまかそうと全力で愛想笑いを浮かべると、助けを求めるように視線を教室中に巡らせる。

 そんな隼人に伊織は諦めたように小さくため息を吐くと、一つの提案をする。

「そんなに気になるなら明日はダンジョン探索でもする?」

 伊織の提案に隼人は驚きから目を丸くすると、直ぐに身を乗り出してその提案に乗ってくる。

「行こう、行こう!ちょっと許可取ってくるよ!」

 急に元気になって教室を出ていこうとする隼人に、伊織は呆れたように小さく笑うと、

「もうすぐ授業がはじまるから、昼休みになってからにしなさい」

 伊織は急いで教室を出ていこうとする隼人の首根っこを掴んで引き留めた。

「はぁい……」

 授業と聞いてまたぐったりとしだした隼人は、伊織に掴まれたままそう力なく返事したのだった。



 昼休みになると、隼人は真っ先に職員室へと直行した。提出書類の記入は慣れたもので、午前中には必要事項を全て書いて準備していた。

 そんな隼人が早々に申請書類を提出して職員室から智輝と伊織の待つ裏庭へと戻ってくる。三人は四人掛けの四角い机が置かれている休憩所に移動すると、揃って昼食を食べはじめた。

「嘘つきの森の探索か、あそこのゴーレムとはまだ戦ってなかったからなー」

 食べ物を口に運ぶ合間に智輝が嬉しそうに呟く。その呟きに隼人は頷いて口を開く。

「ゴーレムが来る直前に帰還してたからね。ゴーレムの足が遅いから近づいてきた時には大分消耗してたし」

 肩をすくめて話す隼人は、どこか残念そうであった。

「そうそう、もう少し距離縮めないとゴーレムと戦えないよね。主並みに強いらしいし、消耗したままだとつらいだろうからね」

 智輝はコクコクと頷いて隼人に同意する。

「あの森の幻覚が厄介だからね、あれがなければ魔力の消耗も抑えられるのに……」

 伊織は自分の弁当箱に視線を落とすと、なにかを考えるように動きを止める。

「あれね、意外と強力だから局所的でも解除で割りと魔力使うもんね」

 智輝は面倒くさそうに息を吐き出した。

「あの幻覚ってさ、どこから発生してるんだろう?」

 伊織は顔を上げると、首を傾げて二人に問いかけた。

「どこからって……どこだろ?」

「普通に考えれば森全体か主辺りだと思うんだけど……」

 智輝と隼人はうーんと、唸って考えだす。

「その辺りも調べながら進むと案外上手くいくかもね」

 名案とばかりに明るく語る伊織に、

「まぁ、幻覚がどうにか出来るなら、あそこもただの森のダンジョンだからね」

「なんにせよ、慎重に進まざるを得ないんだからちょうどいいかもね」

 智輝と隼人は揃って頷き返した。

「あとはゴーレムをどうにか出来れば主だけだけど……。両方の情報って新しく何かないの?」

 伊織は隼人に視線を向けて質問する。隼人は記憶を漁るように小さく唸ると、

「そういえば、ゴーレムは石に魔力を付与して造り上げたモンスターで、石を砕けるような攻撃じゃなきゃ効果はないけど、身体のどこかにある魔力を付与しているいんを消せれば簡単に倒せるらしいよ」

 隼人はそこで一旦言葉を区切ると、言葉を整理するように沈黙する。しかし、その沈黙もそう長くは続かず、隼人は口を開いた。

「嘘つきの森の主の方は、植物系だという以外には詳しくは分からなかったよ」

 肩をすくめる隼人。主の情報は欲しかったが、それでもゴーレムの情報が詳しく知れただけでも大きな収穫だった。

「なるほどね、主に関しては相変わらずか。でも、これでゴーレムに関してはなんとかなりそうだね」

「まぁだけど、ゴーレムの弱点は判っても、面倒くさそうな相手なのは変わらないけどね」

 伊織の言葉に、智輝は少し皮肉っぽく話すと、肩をすくめた。

「それでも弱点が判ってるだけマシだよ、手探りで強敵と当たるのは勘弁してほしいもん」

 何かを思い出したのか、げんなりしたように語る伊織。

「まぁでも、多分明日する探索では、嘘つきの森の入り口からだから、ゴーレムとは戦わないと思うけどねー」

 そんな二人を気にせず軽い調子で隼人はそう締めくくると、弁当の残りをゆっくりと楽しむのだった。



 一日の授業が終わり、学園から見える空が茜色に染まりだした頃、隼人は職員室を後にする。明日のダンジョン探索の許可と、ダンジョンに向かう時間についての連絡を受けてきた隼人は、本日の授業も終わり、学校に残る理由も特に無かったので、そのまま帰るつもりで職員室にまで一緒に持ってきた鞄を片手に寮へと戻る。

 寮の自室に着いて制服から私服へと着替えると、そのままもはや習慣と呼べるほどに自然と食堂へと足が向かう。

 食堂に着くと、こちらも恒例となった智輝と伊織の三人で食事を摂る。作戦会議などをする場合もあるが、親睦を深めるという意味合いが強く、食堂を軽く見回しただけでも、パーティーで食事を摂る人が沢山確認出来た。

「それでね、一組の友達から聞いたんだけどね―――」

「へぇーそうなんだ、知らなかった―――」

「でもそれってさ―――」

 と、周りから聴こえてくる話し声同様に、隼人達も攻略会議ばかりではなく、終始他愛もない雑談に花が咲くことも暫しあった。

 歓談しながらの食事を終えて食堂を出ると、隼人は自室に戻って宿題がある場合はまず宿題を、無い場合はそのまま教科書や参考書を広げての予習・復習をはじめる。魔力の少ない隼人にとって、知識や情報は大事な武器になるので、人知れず行う知の研鑽のこの時間を欠かすことはできなかった。

 予習・復習が終わると、隼人は風呂場へと向かう。寮は食堂を挟んで片側が男子寮、反対側が女子寮と分かれていて、隼人が居るのは当然ながら男子寮で、男子寮なので入り口で男女に分かれているということもなくそのまま風呂場へと入ると、まずは大人数が使用可能な脱衣場があり、その先には広々とした大浴場と、その片隅には個別に仕切られたシャワー室があった。隼人はその日の気分次第で大浴場もシャワー室も使うが、今日はシャワー室を使って手早く身体を洗い流すと、身体を拭いて着替えて自室へと戻ってしまう。

 夜も更けると、消灯時間とともに隼人は眠りにつく。部屋には静かに響く寝息以外には音も無く、静寂が守られていた。普段なら何事も無くこの静寂は日が昇りはじめて人が起き出す頃まで続くのだが、今回はいつもと少し違っていた。

 隼人の部屋の中央付近に、煙のように立ち昇る黒い靄があった。暗い室内でその黒い煙は更に黒く、目を凝らすと動きが見えるほどだった。

 その煙は静かに形を変えていく、まるで暑い日の雲のような形をしたかと思うと、その煙はみるみるうちに形を変えて、ついには人の形へと変化した。

 人の形をとったそれは静かに手足の挙動を確かめると、ゆっくりとした足取りで、壁際に設置しているベッドに横たわる隼人へと近づいていく。

「う、うう……」

 隼人は一瞬むずがるように顔をしかめるも、直ぐに静かな寝息をたてはじめる。人の形をしたそれは、ゆったりとした動作で隼人に手を伸ばすと、胸元の辺りに触れる。そこには硬質な何かが服の下にあり、人の形をしたそれはそれに触れると、確かめるように僅かに指先を動かした。

 人に形をしたそれは隼人の胸元にある硬質なものを確認すると、伸ばした時同様にゆったりとした動作で手を退いた。

「……………」

 人の形をしたそれは、黒一色で付いてないはずの目を指先に向けると、付いてないはずの口を満足そうな形に歪めた。ような気がした。

 人の形をしたそれは、出てきた場所に戻ると、床に染みていくように消えていく。

 隼人が早朝に目を覚ますと、そこには何の痕跡も無くなっていた。



 木々が鬱蒼と生い茂り、うっすらと白い靄が立ち込める森というのはそれだけでも迷いそうになるものではあるが、それに更に幻覚の魔法まで追加された嘘つきの森は、ただそれだけで侵入者を防ぐ防壁になり得た。

「相変わらずどっち見ても木しかないな」

 周囲を見渡した智輝は、うんざりしたような口調で言葉を口にする。

 隼人達三人は現在、嘘つきの森を探索している最中であった。

「その木でさえ、モンスターが混ざってて油断は出来ないんだけどねぇ」

 幻覚を打ち消す魔法を周囲に展開している伊織は、面倒くさそうに呟いた。

「まぁ、モンスターだった場合にそれを倒したら、その分その場所に隙間が出来るから、一時的な目印代わりにはなるんだけどね」

 先頭を警戒しながら歩く隼人が、一応と言った感じでそう利点を付け加える。

「でも、直ぐに通り過ぎるからあんまり意味無いけどね。戻る時は帰還魔法使うしさ」

「違いない」

 伊織の言葉に隼人は肩をすくめた。

 そのまま三人は主の部屋目指して真っ直ぐ歩みを進める。

「あっ、あれモンスターだ」

 隼人が目の前の木を指差すも、

「うーむ、相変わらずパッと見じゃ分からんな」

 智輝は腕を組むと、難しそうな顔で隼人が指差した木を観察する。

「ま、これは慣れだね。魔力が周りを漂ってるから分かりにくいし、モンスター自体も隠そうとしてる感じだから分かりにくいけど、僅かに魔力が滲み出てるから、見極めは可能だよ。でもまぁ、これも確実じゃないんだけどね」

 木から目を逸らさずに、隼人は肩越しに智輝に答える。

「どうする?迂回する?」

「この辺りには……うん、離れたところにモンスターがいるけど、近くには確認出来ないから迂回する分には大丈夫そうだね。迷う可能性もあるけど、魔力と時間を消費するよりは迂回してモンスターを避けたほうがいいかもね。智輝はどう?」

「ん?オレは別にどっちでもいいよ、二人の方針に従うわ」

 智輝は退屈そうにあくびをする。

「じゃ、迂回しようか」

 隼人の言葉に「うん」と、伊織は同意の返事をする。隼人はそれを確認すると、横へとずれてから、モンスターを避けるに移動する。モンスターのいる辺りを通り過ぎると、そのまま元の道へと戻っていく。

「あのモンスターって追ってきたりはしないのかな?」

 智輝は後方に顔を向けて確認する。

「刺激しなければ木に擬態し続けるから大丈夫だと思うよ。ま、後方にも索敵範囲を拡げてるから、追ってきた場合は気がつくから大丈夫だよ」

 隼人は顔だけで振り返ると、安心させるように微笑む。

「それなら大丈夫か」

 智輝は納得したように小さく頷くと、

「伊織ちゃん、まだ大丈夫?代わろうか?」

 数歩前を歩く伊織に心配そうに話しかける。

「まだまだ大丈夫だよ。戦闘も回避してるからね」

「そっか。キツかったら言ってね」

 隼人達は慎重に前に進む。擬態したモンスターが奇襲を仕掛けてくるのもあるが、やはり繁雑と木々が生い茂っている森の中というものは方向感覚を少しずつ狂わせていくようで、一応道しるべとして通った道にある木に目印をつけるなどして迷わないように、というより方向感覚が狂わないように複数の目印を残してはいるのだが……。

「今どこ?」

 智輝が隼人に問いかける。一学期から地図も見てるし、探索もしているのだが、全然頭に入ってなかった。

 智輝の問いかけに、隼人はまだそんなに進んでないことを伝える。隼人はこういう探索での地理には強く、頭の中で嘘つきの森の地図を展開していて、それに今まで探索した足跡を同時に書き記しているので、智輝と違い、ある程度の方角さえ確認出来ていれば迷うことはなかった。

「相変わらずよく分かるな」

 簡単に答えを返す隼人に、智輝は心底感心して声を出す。智輝はこういう時の地理には弱かった。

「伊織ちゃんは分かる?」

「う~ん、あんまり分からないな。ちゃんと場所を把握出来る道具を揃えて、それを使えば大丈夫だけどね。だけどここ、色々と計器も狂わすみたいだからね……」

 一学期に方位が分かるようにと色々持ち込んだが、どれも上手く機能せず、ならばと持ってきた他の場所を把握する為の計器も、ことごとく上手く機能しなかった。

「だから、まだ見習いとはいえダンジョン探索をしている身としては、隼人君のその能力は正直羨ましいよ」

 羨望の中に僅かな嫉妬が混ざった声で語る伊織。

「だねー、索敵能力も高いし」

 智輝と伊織の称賛の言葉に、

「だけど魔力量が少ないからね。地理の把握はともかく、索敵もそう長くは続かないし、僕としては戦闘能力の高い智輝と伊織さんの方が羨ましいよ」

 隼人のどこか悟ったような声に、二人は何故だか寂寥感に襲われ黙ってしまう。

「ん?どうしたの?疲れた?」

 急に黙り込んだ二人に、隼人は気遣うように声を掛ける。

「……ううん、大丈夫だよ」

 妙に優しい響きの伊織の言葉に首を傾げながらも、大丈夫だと言うならと、歩みを進める隼人。

「それにしても、相変わらずゴーレム来ないな。別に来てほしい訳ではないけど、今回も遭遇せずに帰還かな」

 索敵をしつつ慎重に歩みを進めていた隼人は、思い出したようにそう口にする。

「今遭遇しても帰還するしかないだろうけどね」

 少し疲労の色がみえはじめた伊織が、隼人の言葉に肩をすくめる。

「そうだねー、戦闘はしてないけど、警戒し過ぎて精神的にキツいからね」

 智輝は疲れたように息を吐いた。

「二人ともお疲れだね。……じゃあ、今日はこの辺りで一旦帰還しようか?」

 隼人の言葉に智輝と伊織は少しの間逡巡するも、頷いて大人しく隼人の言葉に従うのだった。



 隼人が整備不良で壊したマーカーに替わって新しく用意したマーカーを嘘つきの森の中に設置すると、三人はダンジョンの外へと帰還する。

「ふぅ、疲れた」

「到着っと」

 智輝と伊織は帰還すると直ぐに休憩に入る。

「報告してくるよ」

 そんな二人を置いて、隼人は監督役の先生に帰還の報告をする。

「はい、確かに報告を受けました。それでは戻りますが、直ぐに動けますか?」

 探索は自由なので、少し先へと進むと、一緒に探索するというパーティーや個人というのは意外と少なくなり、探索に来たのが一つのパーティーのみということもそれほど珍しいことではなかった。そして、今回の探索は隼人達三人のみだったので、そのまま学園に戻ることになるのだが、先生は帰還して直ぐの生徒が動けるかの確認をとる。

「あ、はい。大丈夫です」

 座っていた伊織が返事をして立ち上がると、休憩していた二人が隼人と先生の傍に近づいてくる。

「それでは学園に戻りますが、そこまで離れてないとはいえ、キツくなったらちゃんと言うのですよ」

 心配そうに先生はそう言うと、先生を先頭に隼人達は学園に向けて歩き出した。



 次の日、昨日の内に許可を取った隼人達は、今日も嘘つきの森に探索に来ていた。

 嘘つきの森の中は木が密集していて、地面も湿り気を帯びて柔らかく、足場があまりよくなかった。隼人達は転ばないように気をつけながら森の中を突き進んでいた。

「うわっと」

 隼人は横薙ぎの攻撃を身体を反らすことでなんとか回避する。

 隼人達は進行上に擬態していた木の姿をしたモンスターを発見したが、少し離れた場所にも擬態したモンスターを確認した隼人達は、大きく迂回しなければ迂回してもどちらにせよ戦闘になると判断して、迂回よりも直進しての戦闘を選んだのだった。

剪定せんていしてあげようねッ」

 隼人を攻撃して隙だらけのモンスター目掛けて智輝は風の刃を飛ばす。

 智輝の風の刃は一学期の頃よりも鋭さを増し、威力も上がっていて、バサバサと大量の葉が擦れる音を立てて木のモンスターの枝が地面に落ちていく。

「はっ!」

 隼人は枝の数が一気に減った木のモンスター目掛けてうっすらと魔力を纏わせた短剣の刃で斬りつける。

「……クッ」

 モンスターに一応は傷をつけれたが、それでもやはり浅く、隼人は悔しげに唇を噛む。

「核はそこかな?」

 隼人に気を向けているモンスターに、智輝は伐採するかのように大きな風の刃でモンスターの根っこに近い部分の幹を攻撃する。

 風の刃が当たったモンスターだったが、完全には伐ることは出来なかった。

「一回でダメなら二回、三回と同じ場所を攻撃するのみ!」

 智輝は先ほどと同じ大きな風の刃を出現させては、先ほどと同じ場所を攻撃する。それを一回、二回と立て続けに行うと、さすがにモンスターも耐えられなかったようで、幹の根元から折れるようにして倒れると、残った根元共々靄に紛れるようにして消えていった。

「よしっ!伐採完了!」

 智輝は思わず拳を握って喜んでいた。

「お疲れ様ー」

 戦闘中も後方で幻覚を打ち消していた伊織は、隼人と智輝に労りの言葉を掛ける。

「………」

 そんな二人を他所に、隼人は手に持つ短剣を見詰める。

 この短剣は明良がネックレスをくれるより前に隼人にくれた物で、魔法道具でもあるはずなのだが……。

「未だに使い方がほとんど分からない……」

 渡された時は隼人も幼くて、説明もいまいち覚えてなかった。……というより、そこまで詳しく説明されてなかった気もするのだが。

 隼人はしばらくの間短剣を眺めていたが、智輝と伊織が声を掛けてきたことで我に返り、探索を再開した。


「そ、そろそろ半分くらいは行ったんじゃないかな?」

 戦闘の直前まで幻覚を打ち消していたからだろうか、疲れた顔をした智輝が隼人に問い掛けてくる。

「いや、まだあの地図の半分いかないぐらいだよ。とりあえず今日は地図の半分までは行きたいところだけど……」

 隼人はそこまで口にして、智輝に困ったような気遣うような顔を向ける。

「無理そう?キツいならここらで一度帰還するけど?」

 その言葉に智輝は首を左右に振ると、

「いや、大丈夫。もう少しなら頑張れるよ。戦闘になっても後一戦ぐらいならいけそうだからさ」

 智輝の言葉に、隼人はどうしようかと伊織に目を向ける。

「んー、本人もこう言ってるし、後少しなら大丈夫じゃない?わたしも幻覚打消しながらでも一戦くらいはいけそうだし」

 伊織の言葉に「そうか」と呟いた隼人は、前を向いて歩きだす。

 森の中は木々が生い茂り、足元も木の根っこが所々飛び出して危なかったが、さすがに慣れたようで難なく地図の半分まで踏破する。

「さ、半分まで着いたよ。ここら辺にマーカー置いて帰還しようか」

 隼人の言葉に頷いた二人は、そのままダンジョンの外に帰還した。



「結局今回もゴーレムに会わなかったね」

 ダンジョンの外に帰還して先生に報告を済ませた隼人達は、一緒に来たもう一組の帰還を待っていた。

「まぁ、帰還直前くらいには遠くで反応は確認出来たから、もう地図の半分まで来た訳だし、そろそろ遭遇しそうではあるけどね」

 智輝の残念そうな言葉に、隼人は励ますようにそう言葉を返す。

「……一応言っておくけど、強敵に遭遇しないなら遭遇しない方がいいんだからね」

 そんな男二人に、伊織は疲れたように注意する。

「分かってるって」

 にこやかに語る智輝と、微笑を浮かべてうん、うんと頷く隼人に伊織は不安を覚えるも、ゴーレム戦は避けては通れない道だろうことも理解していた。



 翌日も隼人達は嘘つきの森の探索に来ていた。

「相変わらずどこ見ても木ばっかりだね~」

 周囲を見回した智輝がそう呟く。

「森の中だしね」

 変わり映えのしない景色に飽きてきた智輝に、隼人は肩をすくめる。

「ゴーレムはまだかなー」

「さすがにまだだと思うよ」

 そんな智輝と隼人の会話を聞いていた伊織は、ふと視線を感じて周囲に目をやる。

(?……気のせいかしら……?)

 ただ自分たち三人を囲むように木があるだけで、人や動物、モンスターの気配も感じられず、伊織は勘違いかと首を傾げる。

「どうしたの?」

 突如周囲を警戒しだした伊織に、隼人は若干の緊張を帯びた声で問い掛ける。

「ううん、なんでもない」

 そんな隼人に、伊織は首を横に振ると、安心させるように笑顔を見せる。

「そう?ならいいけど」

 隼人は肩すかしをくらったような顔をしながらも一応は納得したようで、そこで会話は終了するが、

(う~ん。なんだろうこのムズムズする感じ、見られてるような気がするけど、でも誰も居ないようだし……)

 伊織はなおも続く得たいの知れない感覚に戸惑いを覚えつつも、森の中を進むのであった。



 隼人達から離れた暗い森の中、それは靄に紛れて隼人達を観察していた。

「ふむ、さすがに気づかれたか?未熟者にしては鋭いようだが、それだけだな。視線は感じたがこちらにまでは気づかないようだ」

 それは静かにそう評すると、

「しかし、このままではネックレスが活躍する機会は中々訪れぬな……」

 それは小さく息を吐くと思案する、どうすればネックレスの真価を拝めるかを……。



「……来たね」

 隼人達が嘘つきの森を探索していると、隼人が急にそう呟く。

「来たって何が?」

「ゴーレムが来たようだよ。といってもまだ遠くにいるんだけどさ」

「お!」

 智輝は嬉しそうな声をあげるが、

「今回はゴーレムと戦う前に帰還した方がいいんじゃない?さすがに主並みの強さが相手じゃキツいと思うけど?」

 伊織の意見に、智輝は少し考える仕草をする。

「……オレは相手の強さを知るために一度戦ってみた方がいいと思うんだよ。だから、接触前にどこかにマーカー置いてから戦えば、途中で帰還しても大丈夫じゃない?」

「まぁ……戦闘中に帰還魔法を唱えるだけの時間が確保出来るなら大丈夫だけど……」

 智輝の意見にあまり乗り気ではない伊織だったが、隼人も智輝に同意しそうな雰囲気だと感じると、諦めたように息を吐いた。

「分かった。じゃ、さっさとマーカーを事前にどこかに置いときましょう」

 伊織の言葉に隼人と智輝は頷くと、三人は急いでマーカーを設置する場所を探す。

 無事にマーカーを置いた時にはゴーレムとの距離も大分縮んでいた。

「来るよ!」

 隼人が緊迫した声を出すと、森の中から石を積み重ねて人の形を模した巨大なモンスターが姿を現す。

「でかっ!」

 周りの樹齢数百年から数千年はありそうな巨木ほどではなかったが、普通の人間にとっては見上げなければ頭の部分が見えないような高さに、片足が両手を広げても届かないほどの幅がある存在を巨大と称しても何ら差し支えはないことだろう。

 そんな巨大なモンスターに驚く智輝を他所に、早くも弱点の魔力付与の印を探しながらゴーレムの背後に回り込もうとしている隼人と、距離を取って幻覚を打ち消しながらも、攻撃魔法の準備をする伊織。

「侵入者、確認!コレヨリ排除スル!」

 ゴーレムは丸太よりも太い腕を振り上げると、大きさに驚いてゴーレムを見上げていた智輝目掛けて振り下ろす。

「ちょっ!危なッ!」

 智輝は振り下ろされる腕に驚くと、風の力を借りて転がるように前方へと回避する。

「うわー」

 回避後に振り返って先ほどまで自分がいた場所を確認した智輝は、そこに出来たクレーターに嫌な汗が背中を伝うのを感じる。確かめるまでもなく、まともに喰らったら一発で即死である。もしかしたらミンチどころか染みしか残らないかも知れない。

「って、驚いてる場合じゃないね」

 ブオンという音にゴーレムの方に視線を向ければ、今度は反対の手を振り上げているゴーレムがそこにはいた。

「懐に潜ればッ」

 智輝は転がるようにそのままゴーレムの足元へと移動する。そして目の前のゴーレムの巨大な足を確認すると、自分の失策とともに背筋に悪寒が走るのを感じた。

「クソッ!」

 智輝がすぐさま転がるように真横へと大きく飛び退くと、智輝が居た場所へと巨大な足が蹴りあげるように持ち上げられた。ゴーレムは持ち上げた足をそのまま横へと逃げた智輝目掛けて踏みつけようと振り下ろす。

 それを智輝はギリギリでなんとか避けると、目の前の足へと飛びつく。

 ゴーレムは智輝を叩き潰そうと手を動かすが、智輝はそのまま踵の方へと逃げていってしまい、ゴーレムは智輝を上手く攻撃出来ずに今度は振り落とそうと足を激しく振りだす。智輝は風の力で風圧は大幅に軽減出来たが、遠心力には勝てずにゴーレムが足の動きを変える一瞬の隙をついて落ちるように地面に着地する。

 少し遅れて自分足から智輝が居なくなったことに気がついたゴーレムは、そのまま足を下ろして足元を確認する。

「侵入者、捜索中」

 もう片方の脚の裏側に移動した智輝を見失ったゴーレムは、三人の姿を探しだすが、隼人と伊織は森の中に移動することで、背の高いゴーレムから姿を隠していた。

「侵入者、所在不明」

 しばらく探していたゴーレムは、諦めたように踵を返す。

「………見つけた」

 そんなゴーレムの首の裏側、首と背中の境界辺りに小さく光る印を発見した隼人は、ゴーレムに気づかれないようにゴーレムの背後の木へと登り、目の高さを印のある位置に合わせる。

「僕にも魔法は使えるんですよ」

 隼人が手をつき出すと氷の槍が出現し、ゴーレムの印目掛けて氷の槍が飛んでいく。

「魔力供給印ニ異常発生」

 印に氷の槍が当たると、ゴーレムは一瞬ピタリと動きを止めて振り返ろうと身体を捻る。

「活動…停止……シマ、ス」

 振り返る途中で崩れはじめたゴーレムは、そのまま石の山が出来る前に消えていった。

「ゴーレム倒せた」

 それを確認した隼人は、枝の上でホッと安堵の息を吐くと、そのまま勢いよく飛び降りる。風の力を使って無事に着地に成功するが、さすがに魔力を使いすぎて蹈鞴たたらを踏む。

「おっと、大丈夫か?」

 そんな隼人を支えるように近くに居た智輝が手を貸すと、そのまま伊織の居る方へと移動する。

「お疲れ様。意外と倒せるもんだね」

 攻撃魔法を解除して近寄ってきた伊織は、驚いたように二人に声を掛ける。

「なー。まぁ、何度か死にかけたけどさ」

 智輝は疲れた顔で伊織の意見に同意する。

「マーカー設置してるしそろそろ帰還しようか、さすがに魔力使いすぎて疲れた」

 今にも倒れそうな隼人の言葉に頷くと、一同は帰還魔法を唱えて帰還するのであった。


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