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新月に嗤う影

 放課後、隼人達三人は羽山恵の教室を訪れていた。

「あら、意外と早かったですわね」

 羽山恵以外に誰も居ない教室で、羽山恵はさして驚いた様子もなく三人を出迎える。

「それで、ネックレスの価値は思い出せて?」

 三人に向けて羽山恵は試すように目を細めると、妖艶な微笑みを浮かべた。

 そんな微笑みを受けて、僅かに緊張した隼人は、遠慮がちに首を左右に振った。

「まだ思い出せてはいない。だけど、ネックレスの価値については理解出来た……と、思う」

 どこか自信なさげに話す隼人だったが、羽山恵の目だけはしっかりと見据えていた。

「では、答え合わせといきましょうか」

 羽山恵は、先を促すように隼人に向けて手を差し出す。隼人はその差し出された手を見詰めて、ごくりと喉を鳴らした。

「あのネックレスの価値は、所持者の魔力が尽きるまでの治癒、そして蘇生が可能な事…」

 隼人は言い終わると、裁定を待つ罪人のように自然と全身に力が入る。

「そう、…相変わらず貴方はわたくしの期待を裏切ってくれますわね。…勿論悪い意味で、ですけれど」

 そんな隼人に、羽山恵はつまらなさそうに息を吐くと、ひとつの小箱を鞄から取り出す。

「まぁいいですわ。満点には程遠くはありますが、その答えも正答の一部には違いありませんし……。どうぞ、これが約束の品です。この程度の小箱を開けるなど、造作もないことでしょう?」

 羽山恵は意味ありげな眼差しを隼人に向けて小箱を渡すと、用は済んだと言わんばかりに、鞄を片手にさっさと教室を出ていく。

「はぁ、やっとネックレスが戻ってきた…のかな?」

 羽山恵が教室を出ていくと、隼人は小箱を両手で大事そうに抱えたまま、緊張が解けてへなへなと力が抜けてその場に座り込む。

「お疲れ様。さぁ、早くその小箱を開けようよ」

 そんな隼人に労いの言葉をかけつつも、伊織の興味は小箱に向かっているようだった。

「そうだね」

 隼人は伊織に頷くと、立ち上がって小箱を開けようとする…のだが、

「開かない!?」

 力いっぱい小箱の蓋を開けようとするが、小箱の蓋は微動だにしなかった。

 諦めて隼人は小箱を観察するが、箱の正面に蓋が勝手に開かないようにする為の留め具がついているだけで、それ以外には別段、鍵や鍵穴らしきものも、何かしらの仕掛けっぽいものも見当たらなかった。

「あれ?やっぱり開かないな」

 留め具が外れている事を確認して力を込めるも、やはり小箱の蓋が開く様子はなかった。

「…ちょっと貸して?」

 そんな隼人の様子に焦れた伊織が、そんな言葉と一緒に隼人へと手を差し出す。

「…はい、全然開きそうにないよ」

 自分が開けたかった隼人だったが、無理と判断してか、渋々といった様子で小箱を伊織に手渡す。

 伊織はその小箱を手にすると、しげしげと観察すると、

「うーん、鍵じゃないな、仕掛け…でもないし………ああ、これは封印か!にしても、強力な封印が丁寧に掛けられてるな、まるで教本のような出来だことで」

 伊織はただただ感心するように小箱を回して確認する。

「その封印は解けないの?」

 智輝は伊織の横から小箱を覗き見ながら、伊織に話し掛ける。

「無理だね、少なくとも今のわたしの技術じゃ絶対に無理!」

 智輝の質問に即答すると、そう断言する。

「どうしよう?このままじゃネックレスが取り出せないけど…」

 そんな二人の会話を聞いた隼人は、不安そうな声を出した。

「ま、手っ取り早く封印を解くなら、解けそうな誰かに頼むしかないね。だけど、別に無理にネックレスを取り出さなくても、このまま保管してた方が安全そうではあるけどね。この箱小さいからそんなに場所取らないし」

 伊織は小箱を隼人に返すと、そう提案する。

「それは、そうかも知れないけど、やっぱりネックレスが手元にあった方が安心するし、それに一度本当に入ってるのかを確認したいからさ」

 隼人は伊織から小箱を大事そうに受け取ると、そのまま鞄の中にしまってしまう。

「まぁ、気持ちは分かるから反対はしないけどさ」

 伊織は肩をすくめると、話を続ける。

「とりあえず、その封印が解けそうな候補としては先生方か、鏡花さんだと思う。生徒で挙げるなら上級生辺りだろうけど」

「鏡花さんの居場所は分からないし、上級生に知り合い居ないからな。とりあえず松野先生……じゃなくて、河野先生に頼んでみようかな。…一色先生はちょっと危ない気がするし」

「まぁ、その辺りが無難じゃない?」

「だよね。なら明日、河野先生に封印が解けるか訊きにいこう!」

 伊織の同意の言葉に、隼人は元気よくそう宣言した。



「ほう、なんと美しい封印でしょうか」

 翌日、隼人は休み時間に廊下を歩いていた河野先生に封印の小箱の件で話し掛けていた。

 河野先生は隼人から小箱を受け取り、観察するように小箱を回すと、その封印の出来に「美しい」と、感嘆の声を漏らした。

「確かに強い封印のようですが、解けないことはないでしょう。しかし、この封印を解くのは惜しく感じますね。どなたがこの封印を?」

 河野先生の疑問に、

「分かりませんが、おそらくは羽山恵さんかと」

 と、隼人は答えた。

「そうでしたか、恵さんが……」

 河野先生は隼人の答えに納得するように二、三度大きく頷く。

「それで、その小箱の封印を解いてはもらえないでしょうか?」

「分かりました、良いでしょう。しかし、解くのには時間が掛かりますので、今すぐに、というのは無理ですね」

 河野先生は小箱を隼人に返すと、そう告げる。

「どれぐらい掛かりますか?」

「封印自体は強力ですが、それほど複雑なものでもありませんし、どうやら罠などが仕掛けられている様子もないようなので、その封印の美しさに対して申し訳なくもありますが、少し乱暴に解いたとしても昼休みを丸々使って解けるかどうか、といったところでしょう」

「では、今日の昼休みにお願い出来ませんか?」

 隼人の願いに、河野先生は首を左右に振る。

「教職というものは、生徒が休みの時にも色々とやることがあるのですよ。ですから、時間を空けておきますので、昼休みではなく今日の放課後に職員室に来なさい」

「分かりました」

 河野先生は隼人が頷いたのを確認すると、廊下を歩いていく。どこかのクラスで授業でもあるのだろう。

「放課後、か」

 隼人は河野先生の背中から手元の小箱に視線を移すと、逸るようにそう呟いた。



 放課後になり、隼人が職員室へと足を運ぶと、待っていた河野先生に場所を変えると言われて、裏庭に来ていた。

「ここならば静かですし、邪魔も入らないでしょう。封印を解くには、集中出来る環境が望ましいですから」

 裏庭に設けられた休憩所の隅で、周囲を確認した河野先生が椅子に腰を下ろすと、隼人もそれに続いて河野先生の向かい側の席に座る。

「それでは始めましょう。隼人君はそこで静かに大人しく待っているか、それが無理そうなら少しどこかで時間を潰して来てはもらえませんか?」

 隼人から預かった小箱を机の上に置いた河野先生が、隼人に向かってそう告げる。

「いえ、河野先生さえよければ、大人しくしてますので、ここで見学させてください」

 隼人は神妙な顔で河野先生に頭を下げる。

「分かりました、お好きになさい」

 そう言うと、河野先生は小箱の封印を解きにかかる。

 そんな河野先生に、隼人は感謝を込めて会釈するように静かに頭を下げた。



「フフフフフ、あんなところで無防備に封印の解除を試みるとはな」

 小箱の封印を解いている河野先生と、それを見学する隼人の様子を、離れたところから観察する白衣を羽織った綺麗な女性がいた。

「もうすぐ例のネックレスと対面か、ちゃんと見届けないとな」

 その女性は見せ物でも楽しむように微笑むと、手に持つコップを傾けて中に入っていた黒い液体を一口飲むと、妖しく呟いた。

「…さて、あの結果がどうでるのやら」



「……………」

 河野先生は慎重な手つきで小箱の側面を撫でるように指を動かす。

 その様子を緊張しながらも、真剣な眼差しで見詰める隼人。

「………後はここを」

 封印の解除をしていた河野先生がぽつりとそう呟くと、パキッという薄氷を踏み割ったような小さな音が鳴る。

「……ふぅ。なんとか無事に封印を解くことが出来ました。これでこの小箱は簡単に開くでしょう」

 河野先生が差し出した小箱を隼人は丁寧な手つきで受け取ると、その小箱へと視線を向ける。

「………」

 ごくりと唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえながらも、隼人は硬い動きで留め具を外すと、小箱の蓋を慎重に開ける。

「……ネックレスだ…、やっと戻ってきた」

 隼人は小箱から五角形の盾と六枚花弁の花の意匠が付いたネックレスを取り出すと、河野先生に向けてしっかり頭を下げて礼を述べた。

「河野先生ありがとうございます。おかげさまで探していたネックレスがこの通り戻ってきました!」

 今にも泣き出しそうに喜ぶ隼人に、河野先生は一度優しく微笑むと、席を立った。

「それはよかったですね。それでは私は仕事がありますので職員室に戻ります」

 そう言って校舎の方へと歩いていく河野先生の背中へ向けて、隼人は席を立つと感謝を込めて深々と頭を下げるのだった。



 一通り隼人が喜びを噛み締めた後、寮へといつもより大分遅く帰ってきた隼人は、着替えた後にがらがらの食堂で食事を摂ってから部屋へと戻ると、改めてネックレスを確認する。

「……ちゃんと戻ってきたんだ」

 その事実に安堵すると、隼人は涙が出そうになる。

「このネックレスに恥じないように努力しないと、明良さんにも羽山恵さんにも悪いからな」

 隼人はネックレスを大切に包み込むと、目を瞑ってそう誓うのだった。



「小箱は開き、ネックレスは無事に彼の元へ戻ったのでした。めでたしめでたし……と、なればよかったですがね」

 少女はベッド脇の小さな棚に目をやると、どこか寂しげに引き出しの一つに指先を触れる。

「……影の目が彼を、あのネックレスを捉えました、後は近いうちに影が動くことでしょう」

 少女は引き出しに触れていた指先を離すと、そのまま自分の唇に押しつける。

「さて、闇夜は濃くなるばかりですが、彼はどう動くのでしょうか。これは見物ですわね」

 少女は独り静かに笑う、暗い暗い笑みを浮かべる少女のその姿を知る者は、もうこの世には存在しない。



「おはよう!」

 元気よく挨拶をして教室に入ってくる隼人。そんな隼人に「おはよう」と教室の各所から挨拶が返ってくる。

「おはよう隼人。どうした?今日はやけに元気だけど」

 隼人が自分の席に到着すると、先に教室に来ていた智輝が挨拶をしながら近づいてくる。

「おお、智輝おはよう!なんと!ネックレスが無事に返って来たんだよ!」

 隼人は興奮したように智輝に語りかける。

「ああなるほど、どうりで元気な訳だ」

 そんな隼人に、横から伊織が話し掛けてくる。

「伊織さんもおはよう!色々心配かけたけど、ようやく戻ってきたよ!」

「おはよう。それは良かったね」

 ニコニコしながら語る隼人に、伊織もつられて嬉しそうに微笑み返す。

「それで、そのネックレスってどんなのなの?」

 実物を見たことが無かった智輝がそう問いかける。伊織も興味深そうに隼人を見ている。

「ああ、これだよ」

「どれどれ」

 隼人は鎖を引っ張って胸元から五角形の盾と六枚花弁の花の意匠のネックレスを取り出すと、そんな智輝に見せるようにそれを掌に載せる。伊織はそれを横から覗き込むようなかたちでネックレスに視線を落とす。

「へぇー、綺麗な細工だね」

「隼人君、触ってみてもいい?」

「いいよ」

 隼人が了承すると、伊織は慎重な手つきでつまむと、角度を変えて確認する。

「うわー、この花作りが細かいな、色塗ってないから金属の花って感じだけど、これちゃんと色塗れば本物に見えそうだね」

 暫く目をキラキラと輝かせて、楽しそうにネックレスを見ていた伊織だったが、ふと隼人と智輝の存在を思い出したのか、はっとして「ありがとう」と言ってネックレスから手を離した。


 隼人はネックレスを制服の内側に戻すと、

「色々迷惑かけたけど、こうして無事にネックレスも戻ってきたし、二人とも本当にありがとう」

 軽く頭を下げる隼人に二人は「いいよいいよ」「気にするな」と、声をかける。

「それにしても、やっぱり先生ってスゴいんだね、あの封印解いたの河野先生でしょ?」

 隼人が「そうだよ」と頷くと、伊織は「はー」と感嘆ともため息ともつかない息を吐いた。

「僕達も頑張らないとね」

 隼人が気合いを入れてそう言うと「うん、そうだね」と、伊織も同意する。

「オレも最近いいところ無しだから、頑張らないとなー」

 その智輝の言葉に、

「え?智輝の見せ場って今までにあったっけ?」

 隼人が驚いたというふうに伊織にそう問いかける。

「あったかな~?逃げ足だけはスゴかったけど」

 伊織はとぼけたようにそう答えた。

「おいおい。オレにだって見せ場の一つや二つはあったって、多分だけどさ……」

 そんな二人に智輝は目線を逸らして頬をかくと、自信なさげにそう反論する。隼人と伊織はそんな智輝の様子に楽しそうに笑うと、その二人の様子に、智輝もつられて笑顔になるのだった。



 久遠魔法学園の外に広がる広大な闇の中、それは静かに動き出す。

 目的地など特に無く、昔からやりたいことも大して無かったが、彼に光を、道を見た気がした。

「しかし、その光も見失ってしまった……」

 あれほどまでに強烈な光だったのに、それでも見失ってしまった。

 『為すべき事を為せばいい』何故彼がそう言ったのかまでは覚えてないが、今は彼のその言葉だけを道しるべに、光が消えた闇夜を歩んでいる。

「我の為すべき事……」

 闇夜を蠢くそれは、迷子のようにたださ迷う。ただ新たな光を求めて、ただかつて失った光を幻視して……。

 今回の更新はここまでです。

 これからは、月に3~4本を目安に更新したいと思っています。

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