天使の嫉妬の行き先は
「でー、アンタさん……。コホン、リンさんは何をしようとしてたんです?」
「あ、はい。剣を直そうかと」
アンネローゼさんの前に折れた剣を見せる。
「あー、こりゃ繋ぐより一から打った方が丈夫だし見た目も良いと思いますよー」
「え、そうなんですか?」
「えー、ちょーどいーです。私は火属性が得意なので、チャチャっと直してあげましょー」
あ、やっぱり青色のローブ着てるから火属性得意なんだ。その代わり水属性苦手なんだね。
でも意外だな、ゆるゆるな喋り方しているから火属性じゃないと思っていたのに。
「私がこんな喋り方なのが気になりますかー?」
「うぇっ!? いや、そんな事は!」
折れた剣を手に取り、背を向けた少女の金髪に目を奪われていると、突然そんな事を告げられた。
慌てて否定するが、声が裏返ってしまい、その通りだと肯定しているようにしか聞こえないだろう。
「ま、いーんですがね。こういう喋り方だと誰もが油断するんですよ。そこをパクリとやっちゃうってわけでごぜーます」
「そ、そうなんですか……」
あれ?この子、実は腹黒い?
「腹黒でけっこー。ま、アンヘルが素直すぎるからアンタさんにはちょーど良いでしょ」
リンさんからまたアンタさんになった。アンタさんって呼ぶのがこの人の素なのかもしれない。
当のアンネローゼさんはと言えば、魔方陣を喋りながら地面に描いて、その上に折れた剣を乗せている。
「じゃー、いきますよー。炎よ踊れ、囲みの中で、我が意に従い形を成せ!」
アンネローゼさんの詠唱と共に、ツインテールとローブがフワリと浮き上がる。
剣がであったものがドロリと溶け、熱せられた鉄の塊になり、そして再び剣の形を取る。
「そこのゴーレムさん、井戸から水を汲んできてくだせー」
「ハニッ!」
ゴレムスがアンネローゼさんの声で手桶に井戸の水を汲んでくる。
その中にまだ熱いであろう剣を浮かせたまま、手桶に突っ込むような仕草で入れるとジュウッ!と言う音と共に急速に冷やされる。
ツンツンと柄を人差し指で突き温度を確かめているアンネローゼさん。
持てそうだと判断したらしく、手桶の中からザバリと剣を取り出した。
私が作る剣より刃紋もしっかりと出ており、明らかに切れ味が良さそうだ。
あれ、レインも心なしか嬉しそうにしてない?トレントの横に座らせているけれど、なんだかガラス玉の目がキラキラしているように見えるよ?
「はい、どーぞ。ふぅ、疲れました」
アンネローゼさんが私に剣を寄越してくる。この世界の剣は押して切る系統の所謂ソードと言われる分類だ。日本刀みたいな切れ味より耐久性重視だ。
それがここまで切れ味良さそうな剣を作れるなんて……。
少しショックを受けたけれど、ここはお礼を言っておこう。
「ありがとうございます、アンネローゼさん」
「アンネ、でいーですよ。それよりも冷たいものがほしーです。それが御代ということで」
ローブの胸元をパタパタと広げて扇いでいるアンネ。私より膨らみがある……。う、羨ましくなんかないもん。私だってこれから成長するもん。
「解りました、ではアンネ。私の家にどうぞ。すぐに用意しますね」
レインに魔力を通し、剣を渡す。
嬉しいようで、ヒュンヒュンと素振りを二、三回すると鞘にしまった。
「へぇ、滑らかな動きしてますねー。これは、人間に近いような間接があるんですねー」
球体間接って所が解ったらしい。
すごいな、服で隠れていて見えないのに。
私はアンネをテーブルに着かせると、氷冷箱から昨日アンヘルが持って来てくれた牛乳と、ゴレムスが絞ったフルーツでフルーツ牛乳を作る。
「どうぞ」
コップが外気に触れ、雫をつけている。
「材料を言わないって事は当てて見ろって事でごぜーますね」
ニヤリと笑うアンネ。
けれど一口飲んで、それは固まった。
「……美味しい……」
そりゃそうだよ、普通の人は滅多に食べられないネクタル入れてあるんだもの。
神々の食べ物であるネクタルをフルーツオレなんかに使った魔術師見習いは私だけだと思いたい。
主にウンディーネとトレントのおかげだけれど。
今度ネクタルが収穫できたら生クリームを使ってネクタルアイスでも作ろうかな。
「……これ、材料はなんですか?」
「え、ネクタルとリンゴですけど」
「ネクタル!? ってアンタさん! 一介の魔術師見習いが口にできる様なもんじゃねーんですよ!? リンはどこぞの貴族様でごぜーますか!?」
サラリと答えた私に驚愕しているようだ。まぁ確かに……。ネクタルなんて普通は冒険者雇って霊峰の奥に入ってやっと取ってこれるようなものだしね。
一個につき金貨50枚は下らないと言われている。
まぁ私の場合ゴレムスとトレントが腐らせるよりは、と思ってジュースに加工してくれたんだろうけれど。
「私は普通の魔術師見習いですよ。ちょっとコネがあるだけで。それは剣のお礼ですから」
ニコリと笑うとアンネも落ちついたのかチビチビと飲んでいる。
「あ、お代わりありますからね」
「お腹がたぷんたぷんになるじゃねーですか。それにこんな貴重で美味しいものを一気に飲み干す馬鹿がどこに居るって言うんです?」
……主にアナタの従兄妹が飲み干してましたが……。
と思ったけれど言わないでおいた。
と、その時、ドアノッカーが叩かれ、来客を告げる。
誰だろうと思い、玄関に出るとアンヘルが居た。
「あれ? アンヘル? どうしたの?」
アンヘルは何かモジモジしている。
「アンヘルじゃねーですか。久しぶりでごぜーます」
「うぇっ!? アンネ! お前リンと知り合いだったのか!?」
アンネの座った場所から玄関はよく見える。
アンヘルへと声をかけたアンネは相変わらずチビチビとジュースを飲んでいる。
「つい先ほど知り合ってお友達から始めましょーって事になったんで」
……あれ? いつのまにお友達に格上げ?
「あー……。その、久しぶりだな。使い魔越しにしか会えなかったけれど、元気そうで何よりだ」
……そっか、アンネは修行中だから実家とアンヘルの生家があるフィネ村には行けないんだっけか。
「ま、とりあえずアンヘルも入りなよ。昨日の、飲む?」
「あぁ、くれ。今日は結構暑くて汗だくなんだ」
私がフルーツオレをコップに入れてアンヘルに渡すと、それは見事に腰に手を当ててゴキュゴキュと飲み干した。
アンネが驚きで目を見開いている。……いや、だからアナタの従兄妹ってこんなんなんですってば。
「ぷはー! うめぇ! もう一杯! って違う! あー……その、さ。今日来たのは理由があって」
アンヘルにもう一杯注ごうとしたのを手で制された。
「理由?」
人差し指を唇に当てて、コテンと首をかしげる。
「くっ……! かわいぃ……じゃなくて! その、お前が考えてくれたパンケーキなんだけれどあれから売り上げが凄まじくてな。父さんから適当に何か買えって小遣い貰ったんだよ」
アンヘルの顔が赤くなってブツブツと呟いている。最初の方は聞こえなかったけれどどうやら屋台の売り上げが右肩上がりらしい。
「わ、お好み焼きの事? それはおめでとう! 良かったね! アンヘル!」
アンヘルにまでお小遣いをくれるなんてアポロさん太っ腹なんだなぁ。
「それで……その……な。リンが髪飾りつけてたのを嬉しそうに話していたから、俺もプレ……プレゼントをしようと……」
「馬鹿アンヘル。それじゃ聞こえねーですよ」
「おわぁ!?」
何時の間にか後ろに居たアンネにアンヘルが押され、私に一歩近づく。
「……あー……。つまりだな! お前に一番似合うと思ったものを買いたくって、色々探してたんだ。その……これ、受け取ってくれないか!」
アンヘルがポケットから太陽の色をした花をあしらったバレッタを取り出す。
そしてそのまま私の手に押し付けた。
「これ……。鼈甲? すごく綺麗だけれど、ここまで透明度が高いのは値段も相当したでしょう。大丈夫なの? 嬉しいけれど……」
「あぁ、良いんだよ。それにギリギリ小遣いの中で足りたし。それよりも、受け取ってくれると嬉しい」
「うん、ありがとう。大切にするね!」
アンヘルの言葉に、髪結い紐を解き、髪を纏めてサイドをバレッタで留める。そして再び髪結い紐を毛先で結ぶ。
「似合う……かな?」
「お、おう……。似合ってる、ぞ」
身長差の為にどうしてもアンヘルを見上げる格好になってしまう。
対するアンヘルも顔を真っ赤にして私のバレッタに釘付けになっている。
「あーもー、めんどくせー二人ですね」
何時の間に後ろに廻ったのだろうか。アンネがトンと私を押して来た。
「きゃっ!?」
「おっと!」
そのまま私はアンヘルの胸にストンと嵌まった。
「アンネ! 何すんだ! あぶねえじゃねーか!」
アンヘルが私を抱いたまま怒鳴る。
「ご両人がいつまでもくっつかねーからです。見ててイライラしたのでとっととくっつけと思ったんでごぜーます」
く、くっつけってそんな!アンヘルは確かに大型のわんこみたいに可愛いとこもあるし、歳の割りにしっかりしてるけれど……。
そういえばアンヘルが髪飾りくれたのって夜会で作ったもらったティアラに焼き餅妬いてくれたから?そういえばなんだか様子がおかしかったよね……。
うわ、意識したら顔が熱い!ていうかアンヘルの鼓動聞こえる!凄く早い!
アンヘルに抱きしめられた格好のまま、私は真っ赤になる自分の顔をどうにかしようと四苦八苦するのだった……。
これにて第一章が終了となります。
リアルでは寒い日が続きますが、小説の中では初夏です。
皆様お風邪など召されませんよう。
第二章からは少し変わった展開になると思います。




