天使の焼き餅
太陽が中天に差し掛かるころ、アンヘルがやって来た。
「よぅ、おかえり、リン」
「アンヘル! えーと、ただいま、でいいのかな? 一応ここは私の家だけれど」
「あぁ、それで良いんじゃねーか? 帰ってきたわけだしな」
アンヘルがバスケットを片手に持って訪ねてきてくれた。
「その手に持っているものはなぁに?」
コテンと首をかしげて人差し指を唇に当てて聞いて見る。
「あぁ、帰って来てすぐだから食べ物が無いかと思ってな、アデラおばさんとこのパンをいくつかと、うちで取れた牛乳とバターとチーズ持ってきた」
「あ、ありがとう! ……でもごめんね、サンドイッチをアルカードさんの所の料理人さんが作ってくれたの。昼はそれで賄おうかと」
そう言うとアンヘルは少し不機嫌になったようだ。
「そっか、じゃあこれはいらないな?」
バスケットを後ろに隠そうとするアンヘル。
「要る! 要るってば! ごめんねアンヘル! もうすぐお昼だし、一緒にサンドイッチ食べよう?」
「しょうがねーな。まぁ貴族様の料理なんて食べたことないし、俺も少し興味あったんだ」
ヘヘ、と笑うアンヘル。
おのれ、確信犯ね?
「ハニッ! ハニッ!」
私がどうやって仕返ししてやろうかと考えていると、ゴレムスが氷冷箱から何かの瓶を取ってきた。
「これはなぁに?」
「ハニッ!」
いいから開けてみろと急かされる。
蓋を開けると濃密な果実の香りが漂った。
「わっ……! なにこれ、ジュース? ……ネクタルとりんごの香りがするね。もしかしてゴレムスが作ったの? そういえば熟しそうなのがいくつかあったわね。もしかして腐る前に捥いで加工してくれたの?」
「ハニ!」
私の言葉に肯定をするように頷くゴレムス。
「ありがとうゴレムス。あ、そうだ! アンヘル、牛乳持ってきたって言ったよね? それをちょうだい!」
「お、おう」
ゴレムスの頭を撫でながらアンヘルに牛乳の瓶を貰う。氷冷箱で冷やしていたのか、牛乳もほんのり冷たい。ありがたいわね。
コップに半分ほど注いで、もう半分はネクタルのとりんごのミックスジュースを作る。
マドラーで掻き混ぜて、アンヘルに出す。
もう一つ同じものを作った。これは自分用だ。
「はい、どうぞ、アンヘル」
「お、おう?」
なによ、さっきからオットセイみたいな声上げて。
私がセバスチャンさんから持たされたサンドイッチが詰まったバスケットを開き、フルーツオレを一口飲む。
「んー! おいしー! でもこれはお風呂上りに飲みたいなぁ……。いや、いつでも美味しいけれど」
私の声にアンヘルもおそるおそる一口飲む。
「んめぇぇええ!」
山羊だ、山羊がいる。
フルーツオレってこの世界に無いのかな?
そういえばママとパパと暮らして居る時も果実水はあったけれど牛乳割は出てこなかった記憶がある。
「リン、すげぇよ! これ売れる! 絶対売れる!」
「あ、うん……。せっかくだし、サンドイッチも食べよう?」
「おう!? そ、そうだな」
そういってアンヘルはソースをたっぷり吸ったローストビーフとレタスとトマトを挟んだサンドイッチを一口齧る。
「ううぅんめぇぇぇえええ!」
……山羊復活……。
「貴族ってこんな美味しいもの喰ってんのか、くぅ! 羨ましいぜ!」
そういって二つ目のサンドイッチ、今度は玉子サンドに手をのばす。
……私の分も残しておいてね、アンヘル。
「くぅ、こっちもうめぇ。玉子とマヨネーズと、マスタードと胡椒か? やっぱ調味料や香辛料が違うとここまで美味くなるもんなんだな。なぁ、リン。領主様の館でどんな事してたのか教えてくれよ」
私もサンドイッチを摘まみながらもむもむと咀嚼する。
ゴクンと飲み込んでから話す。
「あぁ、うん。良いよ。じゃあ何から話そうかな。まずは貴族の勉強が大変だったんだよ。本を頭の上に乗せて落とさないように歩くとか、少しでも姿勢が悪いと定規を背中に差されたりしたんだよ。今のアンヘルだったら絶対定規をグサッと差されているね」
「ははは、俺は平民だからな。そんなの関係ないな」
「むぅ、それからねー。夜会に行った時、王城で王様と王子様に会ったんだよ。シャンデリアがキラキラしていてね。周りもキラキラしててね。でも王様が一番キラキラしてたなー。王冠とかすごかったよ!」
少し興が乗った私の口はいろんな事を喋りだす。
アンヘルも興味があるようで聞いてくれた。
「そりゃ王城の王様だもんなぁ、キラキラしてない方がおかしいな。ていうか俺なんかじゃ一生王様には会えないだろうな。転移門の料金も高いし、船で行くにしてもそんなに家を空けると家族に迷惑がかかっちまう」
「転移門は通ったけれど、慣れないと酔うよー。行き帰りは大変だったんだから」
帰りに吸血鬼に襲われた話は伏せておいた。楽しい話をアンヘルの悲しい過去で塗りつぶすわけにはいかないし、ね……。
アンヘルに変な事を感づかせる訳にはいかないので、続けて話す。
「それでね! それでね! ダンスの練習とかは大変だったんだけれど、王城の時は上手く踊れてね! 周りの貴族様達の視線を一点に浴びたんだよ! それと噴水が綺麗だったなぁ」
まぁ主に魔力を込めて編んだコサージュのせいだと思うけれど……。良いよね、楽しかった事は楽しかったんだし。
「へぇ……。そうなんだ。……俺はダンスなんてできないからなぁ。それに村は女神像くらいしかないし……」
あれ?アンヘルの様子が何かおかしい?
なんでだろ、聞きたがっていたのはアンヘルなのに。
よーし、じゃあ取っておきのものを見せてあげようかな。
私は鞄に近寄ると、ティアラの入った小箱を取り出す。
「じゃーん! これを作って貰ったの! これは白銀で出来ていてね! 髪をアップにした時に付けられる様にって加工してもらったんだよ。何でも王都からも注文が来るとか言うすごい職人さんの工房でね!」
「……そっか、よかったな」
あれ?なんだか余計にアンヘルがそっけなくなったような。
それにサンドイッチを摘まむ手も止まっているし……。
「どうしたの? アンヘル。もしかしてお腹痛い?」
正面に座るアンヘルが心配になってどうしても上目使いになる。もしかして食べなれない物を食べて胃痙攣起こしたとか……。
「な! ……いや、何でもないよ。今日は帰るわ。リン、話聞かせてくれてありがとうな」
「う、うん。どういたしまして?」
空のバスケットを掴み、どこか不機嫌そうなアンヘルを私は見送るのだった。
読んで頂いてありがとうございます。
誤字・脱字・文法の誤りなどありましたらお知らせくださいませ、勉強させていただきます。
感想などもお待ちしております。
ブクマ・お気に入り等もありがとうございます。




