ただいま。
「リン様、馬車の準備が整いました」
「あ、ありがとうございます」
セバスチャンさんが声をかけてくれる。
結局あの後、貧血で立てる状態ではなかったため、もう一日だけお世話になった。
コサージュも星の魔力がこめられてしまった為に危険なのでぽむとぽこに食べて貰った。
馬車での必死の事とは言え、無の魔力で編んだ糸や布に後から魔力を継ぎ足せるのは一か八かで試したけれど、上手くいった様でなによりだ。
アルカードさんからは『二度とあのような事はしてくれるな』と釘を刺されたけど。
アルカードさんと言えば、襲撃してきた人物を突き止める為に動くらしい。
館の方も襲撃されたと言われてたけれど、窓ガラスが割られた程度で済んだようだ。
襲撃されてその程度の被害で済んだっていうのも大概だと思うのだけれど……。
うん、やっぱこの屋敷に住む人たちは化け物だ。
「リン様? どうかなさいましたかな?」
玄関の前で物思いに耽っているとセバスチャンさんに声をかけられた。
「いえ、なんでも無いんです。アルカードさんにとても楽しかったですと伝えて頂けませんか?」
「ホッホッホ。勿論ですとも。リン様が楽しんで頂けたのなら使用人としても喜ばしい限りでございます。アルカード様にもお伝えしておきましょう」
お姫様を味わえた時間はもう終わり。
これからカボチャでは無いけれど、スレイプニルの馬車に乗って帰らなければいけない。
色々とあったけれど、一生忘れられないだろうな。
あ、ちなみにドレスやティアラやネックレスは貰える事になった。
……金斬虫の対価だという事と、私にしか似合わないって言われて。
……どうせ私と同じくらいの身長の子なんて居ませんよ。えぇ、それが何か?
セバスチャンさんが荷物を載せて、次は私を馬車に乗せてくれる。
私の格好はいつものローブだ。
洗濯して貰えたらしく、花の香りがふわりと香っている。
ローブは防汚の効果の魔術を縫い付けられているので、臭かったりはしない筈……。うん、たぶん。
左手にはレインを抱き、右手にはお昼に食べてくださいと、サンドイッチを館の料理人さんが詰めてくれたバスケットが入っている。
……こんなに食べきれないよ。夜の分にも回そう。
私が座り、ぽむとぽこも馬車にみょんみょんと乗り込み、私の隣に座る。
馬車の小窓を開き、セバスチャンさんに声をかけると馬車はフワリと浮き上がる。
しばらくすると、アンヘルとゼルスさん、そしてマッチョ……、いや、アポロさんが牧場で動いている。
アンヘルは気付いたようで手を大きく振っている。
私はセバスチャンさんにお願いして、牧場の周りを小さく一周してもらった。
多分これで私が帰ってくる事は伝わるだろう。
山を越え、トレントの大樹が見える。
キラキラと乱反射している球状のドームはアルカードさんがかけてくれた大晶壁だ。
音も無く、玄関の前に着地する。
「ハニッ! ハニッ!」
「ただいまゴレムス! いい子にしてた?」
「ハニッ!」
私が聞くと腰に手を当てて、得意気に返事をした。
……なんだろう、何かやったのかな?
セバスチャンさんが馬車から大きな荷物を持ってゴレムスに手渡す。
「リン様、それでは私めはこれで失礼致します。また何かありましたらいつでもお力になりますので。……と、言ってもアルカード様が通われるとは思いますが。リン様のお顔はおそらく出回ってないでしょうが、それでも襲撃の危険性がある為、すでに広域結界を張られております。悪意のある魔術を無効にし、害意のある人物が結界内に入るとリン様の家とアルカード様の寝室に付けた鈴が鳴り響くようになっております。……もし昼間に鳴り響いた場合、すぐにお屋敷においでなさいませ」
何時の間に結界を!?って昨日の夜くらいしかないよね。
アルカードさん、怪我人だったとは言え、その回復力ってどんだけなのよ。
あぁ、そういえば高位治癒術が使える人外の人居たよね。
私の首筋に痕が残ってないのはあの人のおかげかぁ。
「……解りました。もしそうなった時は全力で逃げてきますね」
「はい、お任せ下さい」
そう言うとセバスチャンさんは一礼をして御者台に乗って手綱を引き、スレイプニルの馬車を浮かび上がらせる。
傍から見ていると、サンタとトナカイが牽くソリみたいだなぁと思った。
……うん、セバスチャンさんお髭があるし、似合うかもしれない。サンタコスプレ。
冬になったら作ってみようかな。
セバスチャンさんが牽く馬車が見えなくなると、トレントが話しかけてきた。
「ほっほっほ、リン。大変だったみたいだねぇ。でもそれ以上に楽しかったみたいで良かったねぇ」
「ほっほっほじゃないよ……。楽しかったけれど、死にかけたんだから……」
そう言って、トレントの鼻に抱きつく。
「ただいま、トレント!」
「あぁ、おかえり、リン。愛しい子。樹木を通して見ていたよ。何も出来ない自分が歯がゆかったが許しておくれ」
「ううん、心配かけてごめんね、トレント。いろんな事があったよ。お土産話沢山あるんだ」
トレントの苔むした匂いを胸一杯に嗅ぐ。
久しぶりのトレントの匂いに心が落ち着く。
「ふむ、是非聞かせてもらいたいけれど、まずはその大きな鞄と抱えているバスケットを家に運んだらどうだい? それとアンヘルという少年が来るみたいだよ」
「ふぇっ!? いきなり!? ……まぁいいか。アンヘルだもんね。いつもの事だし……。そうね、荷物を片付けてくるから終わったらアンヘルが来るまで私のお話聞いてね」
「ほっほっほ。行っておいで。私の時間はたっぷりあるんだから」
その後、ゴレムスに荷物を運んでもらい、アンヘルが来るまでゆっくりとトレントと語らったのはまた別の機会があれば話そうと思う。
まったりとした時間、雲が流れるのを見つめる様な気分ですごせたのは久しぶりで、本当に心が休まった。
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