嵐が明けて
色とりどりのガラス玉が散らばる幻想的な世界で声をかけられる。ミルク色の背景の中に浮かぶ、この風景は前にも見たことがある。
「リン、起きて……。みんな心配してるよ……」
どこからか優しい声が聞こえてくる。雰囲気的に女性とも男性とも聞き分けができない中性的な声で。
「……あなたはだぁれ?」
「……私は私、誰でもない私。でも安心して、リンを害するモノじゃないから……」
どこかワンテンポ遅れて言葉が返ってくる。
まるで夢の中に居るようだと思った。
「私、はアルカードさんに血を吸われて……。ここは天国?」
「……違うよ、ここは夢の世界だよ。リンが想う夢の世界で良いんだよ……」
何か不思議な言い回しだ。
まるで複数の人が相談しながら私の声に誰か一人を介して話しているような?
私がそう考えていると、声は続けられた。
「……さぁ、もうそろそろ起きる時間だよ……。じゃあリン、忘れないで……」
「忘れないでって、だから何を……?」
私が問う声に構わず、白い糸が繭を作る。
その繭の中の温かさとまどろみに耐え切れず、私は目を閉じた。
「ここは……?」
気が付くとベッドで寝かせられていた。
何か右手が熱い……。いや、妙に温かい。そして重い。
だるい体を必死で起こそうとすると、右手の方から反応があった。
「……リン……起きたのか?」
「アルカードさん……」
アルカードさんが右手を握っていたのね。だから持ち上げようとしても持ち上がらなかったんだ。
不思議な感覚にとまどいつつも、右手を握っていた人物の名前を呼ぶ。
左手で体を起こし、起き上がろうとすると、くらりと眩暈がして、再びベッドに倒れこんでしまった。
「あぇ?」
妙な声が出てしまった。うぅ、アルカードさんの前なのに。
「無理をするな。リンは……その……ひどい貧血でな。傷は治したんだが、失った血が戻るまでもうしばらくかかる。だからもう少し寝ていてくれ」
アルカードさんがそういって私に布団を被せ、呼び鈴のベルを鳴らす。
「アルカードさんこそ、傷は大丈夫ですか? 太陽に当たって死に掛けてたじゃないですか……」
私は馬車の中での事を思い出す。
アルカードさんが一刻を争う状況だったので、星の魔力を使って、無理矢理私の血を吸わせたのだ。
「……あぁ、おかげで何ともない。だが、もう二度とあのような事はしないでくれ……。これ以上大切なものを失わせるような事は……!」
少しだけ怒気が篭る口調でアルカードさんが言う。
「……ごめんなさい。でも、居ても立っても居られなかったんです」
私がシュンとしょげている仕草を見せると、アルカードさんも慌てて謝ってくれた。
「いや、こちらこそすまない。リンが私の為にやってくれた事だ。感謝してもし足りない事だというのに、な」
あの時、アルカードさんから吸血されて伝わってきた感情は未だ私の中に残っている。
自分で暴虐の獣とか言っていた癖に、実際は『失いたくない、頼むからもう一人にしないでくれ!』と必死で自分の体を止めようとしていた事。
でも吸血衝動を理性で必死に抑えようとしてくれてたんだよね。
それがなかったら、多分私は死んでたんだろうな。
そしてアルカードさんの中に、また一生残る傷を作ってしまうところだった。
……魔力切れで頭が働かなかったとは言え、もう少し自重するべきだったなぁ。
頭を下げているアルカードさんの頭を、左手で撫でてあげる。
右手は相変わらずしっかりと握られているので、仕方ない。
……というかずっと付いててくれたのかな?
私に与えられた客間は確かにカーテンを閉めると日光が遮られているけれども、それでも日中に起きていると吸血鬼なんだから体が弱っちゃうよ?アルカードさん。
反応が無いのか、固まったままのアルカードさんの頭を撫で続けていると、ドアをノックする音が響いた。
「リン様、レイミーです。入りますね」
レイミーさんが言葉と同時に入って来た。
「レイミーさん、おはようございます?」
カーテンを閉められていて今が朝だか夜だか判らないので疑問符がついてしまった。
「はい、おはようございますなんです。リン様はあの後ほぼ一昼夜お眠りになられてたんですよ」
うわ、そんなに?……それじゃあアルカードさんも心配するはずだよね。
「アルカード様、リン様がお目覚めになられたのですから、後は私どもにお任せ下さい。……アルカード様ご自身のお仕事をなさいませ」
お仕事、という部分に妙に力が篭っていたような気がする。
「あ、あぁ……。そうだな……」
私に頭を撫でられるがままだったアルカードさんが腰を正し、ベッドから離れる。
それと同時に右手の熱も離れていった。
少しだけそれに寂しさを感じたのは吸血の後遺症か、それとも私自身の気持ちか判らないけれど。
「ふふ、リン様はまるで聖母のようだったんです。もし、治癒魔術が使えるようになれば、リン様は聖女として祭り上げられるかもしれません」
レイミーさんが嬉しそうに私に駆け寄る。
「……レイミー、それはリンとしてはあまり歓迎したくない話なのではないか? 少なくとも私がこんな事を言えた義理では無いのだが、静かに研究したいと言っていた。だからあまり焚き付けてやるな」
部屋を出て行きかけたアルカードさんが振り向いて、言葉を残し、去っていく。
それを聞いたレイミーさんは少しだけ残念そうに項垂れる
「そう……、そうでしたね。リン様、体調がよくなったらいつでも馬車をお出ししますので、私かセバスチャン様に申し付けて下さいね」
「はい、ありがとうございます。……それで、ぽむとぽこはどこですか?」
カーテンを開けられ、陽の光が差し込む部屋にくらりとしながらも聞いて見る。
「隣の部屋に居ますよ。すぐに連れてきますね」
言うが早いか、ドアを開けて二匹を抱えて戻るレイミーさん。
「ぽ、ぽー!」
「ぷ、ぷー!」
私の姿を見つけると、よじよじと身を捩ってレイミーさんの腕から逃げ出す二匹。
そしてみょんみょんと刎ねて、ベッドに飛び込んで来た。
「あはは、ちょっ! くすぐったいってば!」
ぽむは毛がチクチクするし、ぽこにいたってはベロンベロンと私の顔を嘗め回している。
ベリリと二匹を引き剥がし、撫でる。
「……ごめんね、二匹とも。心配かけたね」
「ぽ、ぽ!」
「ぷ、ぷ!」
まるでそうだそうだと言わんばかりに怒られた。
「リン様、お腹に優しそうなものを持ってまいります。もうしばらくベッドでお寛ぎください」
レイミーさんが一礼して退室する。
私はその言葉に甘える事にして、ベッドに二匹と共にポフンと倒れこむのだった。
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