哀する鐘は愛が為に
「アルカード様!」
レイミーさんが窓枠にコートを固定し、助け起こす。
私もそれに従い、同じように窓枠にコートを引っ掛ける。身長が足りないので四苦八苦しながらもようやく窓枠に固定できたので近寄る。
「アルカードさん……!」
見ると相当のダメージを食らったのだろう。未だに背中からはシュウシュウと言う音と共に白煙が出ている。
「ぐぅっ……! レイミー、リン……。はは、すまないな。助けに来たつもりがこのザマだ。無様だな」
アルカードさんがレイミーさんに上半身だけ抱き起こされながら自嘲する。
「そんな事ありません! アルカードさんは日中に出歩けない筈なのに……」
曇天だったと言う理由でここまで助けに来てくれた。……私の目にはまるでお話に出てくる勇者みたいに思えたし
「ふふ……。厭われる筈の吸血鬼で黒き翼がな……。それはとても結構な皮肉だな……」
アルカードさんが力なく哂う。
「皮肉なんかじゃ……っ!」
言いかけて、止める。
そうだった。この人はずっと表に出ることも無く、評価される事も無く、闇に潜み、影として同じような闇を狩り続けていたのだ。
恨まれる事こそすれ、表立って感謝される事は無い。
夜会で王様しか声をかけてこなかったのがその証拠では無いのか。
ダンス中にも遠巻きに見守る貴族達、アルカードさんには近寄ろうともしなかった人達の事を思い出す。
あの時、私に向けられたのは好意的な視線ばかりでは無かった。
奇異の視線も混じっていた。
アルカードさんを見る目には怨念らしき視線も……。
もしかしてアルカードさんをこんな目に合わせたのはそんな人たちでは無かったのかと嫌な想像が頭をよぎる。
王都を守ったり、悪い人たちを討伐したからこそ黒き翼という名誉な称号を与えられたんじゃないの!?
アルカードさんが恨まれるなんてそんなの絶対許せない!
「アルカードさん……」
私はアルカードさんに近づくと、なけなしの魔力を振り絞って詠唱する。
ウンディーネが唱えていた水属性の高位治癒魔術だ。
「我、水の精霊に頼まん! 清爽の水、生命の根源を我が手に! 生命の水!」
……しかし何も起こらなかった……。
どうして!?
私が必死になって何度も詠唱をしても水の一滴もでる様子は無い。
焦り、そして諦めの感情と共に視界がじわりと歪む。
「リン様、今はおそらくその魔術は使えません。魔力切れの御様子ですから。それに……」
レイミーさんが悲しそうに首を振り、最後まで言うのを遮る様に言葉を紡ぐ。
「じゃあレイミーさんやセバスチャンさんは!?」
何とかならないかと思い、口を開く。
その言葉にもレイミーさんは首を振り、答える。
「アルカード様は太陽に当たり、火傷の症状を起こしています。私は火属性の治癒魔術ならば使えますが、小さな傷を塞いだりする程度のものなので、今のアルカード様には向きません。セバスチャン様は風と土なので治癒系統は不得手としています」
そして、とレイミーさんは続ける。
「一刻を争う状況ですが、屋敷まで戻れば、治癒術師が居ます。そうすれば私達が身を切って血を与える事もできます。アルカード様には少しの間だけ御辛抱願いますけれど。そもそも今はアルカード様の魔法によって全ての魔術を掻き消されています」
「そんな……! 今血をあげればアルカードさんはここまで苦しい思いをする事も無いんでしょう!? なら私が!」
そういえばぽむを魔眼で視た時にも太陽の魔力で倒れてしまったんだっけ。あの時は私の血を吸ったから、冷静に戻った様な気がする。
なら、吸血鬼にとって人間の血は傷を癒す効果があるんじゃないかなと推論づけた。
「「だめだ(です)……!」」
レイミーさんとアルカードさんの声が同時に馬車の中に響く。
「どうしてですか!?」
私の悲痛な声が馬車に響く。
感情的になっているのは魔力切れのせいもあるだろう。声に驚いたセバスチャンさんが振り向いている。
小窓から見える風景がかなりの速さで動いているのはセバスチャンさんも一刻も早く屋敷へと戻ろうとしてくれているんだろう。
アルカードさんがレイミーさんに起こされたまま、膝をつく私に優しい声色で諭すように話しかける。
「……今の私は生存本能によって、一度血を吸うと獣に成りかねない。……それこそ愛情表現では無く、奪うだけの暴虐の獣になってしまう。……もう、……もう嫌なのだよ、リン。好きな相手に避けられ、逃げられて行くのはな……。優しいお前が私を癒そうと自分の血を分け与えようとしてくれているのは解る。だが、私は怖いのだ……。もし何かの手違いで血を吸い尽くしてしまったら? そして吸血の暴力によって、お前が私に恐怖感を抱いてしまったら? とな」
「私は逃げたりしません。アルカードさんが来てくれた時、自分の身も省みずに助けてくれた勇者だと思ったんです。……それに、物語ではお姫様のキスは悪い魔法使いを退治した勇者に与えられるものなんですよ?」
私は少しおどけてアルカードさんを抱きしめる。
勿論私はお姫様なんかじゃない。でもお姫様に憧れたタイムは終わり。私は屋敷に帰れば、また魔術師見習いに戻る。
だから夢を見させてくれた王子様にお返しをしないとね。
私はドレスのボタンを外し、襟を広げ、肩口まで露出させる。今日着せられているドレスは比較的動きやすくて脱ぎやすいドレスで良かったな、なんて考えながら。
「だめだ……! リン! 私は、お前からもう吸うまいと……! お願いだ、止めてくれ……! うぐっ!」
アルカードさんの頭を掻き抱き、口を私の首筋に当てると吸血衝動が切羽詰っている状況が見て取れた。
……ここまでしても吸わないなんて凄い理性だな、なんて思いながら。
なので私は最後の手段を取る事にした。
「……レイミーさん、限界だと思ったら止めて下さいね」
「リン様? 何を……?」
レイミーさんが不審気な声をあげる。
対するアルカードさんは私が何をするつもりか解ったようだ。悲痛な声をあげる。
「やめろ……。止めてくれ、リン……」
そう、今のアルカードさんは私の魔力が具現化したコサージュが見えている筈。
そうして私は自分流にアレンジした魔術を構成する。
私の魔力で編んだコサージュはアルカードさんの魔法の中でも打ち消されていない。
つまり、どういう事かと言うと、無の魔力で編んだ花弁に星の魔力を流し込む……!
「意想の意図、愛しみ息吹け、慈しみ色をなせ……! 我が意に満ちて綻びよ!」
「リン、止めろおおおおおおおお!」
アルカードさんの制止の声も空しく、視線は私のコサージュに縫いとめられている。白い花弁がおそらく銀に染まっているんだろう。星の魔力に当てられたアルカードさんの犬歯が首筋に当たる。
「良いんです、アルカードさん。もう我慢しなくても。一刻を争うんでしょう? 私は逃げませんから、安心して吸って下さい」
言い終わるが早いか、首筋に牙が付き立てられる。
「んぐっ……!」
その痛みに悲鳴が漏れた。何これ痛い!この間はなんだか気持ちよかったのに。……これが暴虐な獣って事なのかな。
ゴクリ、ゴクリと私の血を嚥下する音が耳元で聞こえる。
そして透明な液体が肩口を濡らしていく。
……胸元まで広がったそれは、アルカードさんの涙だと気付いた。
「泣い……てるの……? アルカード……さん……」
不味い、魔力切れな上に貧血に近い。
声がまるで自分の声じゃないみたいに聞こえる。
その私の声に後押しされたかのように更に液体がドレスに染み込んでいく。
動かすのもだるくなった腕で、アルカードさんの蜂蜜に濡れたような月の色をした頭をぎゅうと抱きしめた。
……良いんですよ、アルカードさん。……ママが言ってました。哀を埋める為に愛があるんだって……。
「レイミー……さん、後は……お願い……し」
……それだけを言うと私は意識を手放した……。
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