其れは天使の羽根か悪魔の槍か
「あぁ、ああアルカードさん!?」
私が願ったのに居る筈もない人物を目の前にして声が上擦る。
信じられない、今は嵐で日光が遮られているとは言え、こんな時間に外にでるなんて自殺行為だ……。
「私の名はそんなオペラのようなビブラートを利かせて発音する名前ではないのだがな。……闇の精霊の名の下に、掻き消せ口閉ざされた闇」
アルカードさんが苦笑しながらも、簡素に詠唱し、腕を振ると馬車を攻撃していた魔術もろとも、私の張っていた防御用魔術が掻き消された。
その代わり、薄暗いもやが馬車の周りを覆っている。
雹や火の玉、雷はそれに当たると何事も無かったように掻き消されている。
嘘でしょ……。これを防ぐ為にどれだけ私やレイミーさんやセバスチャンさんが苦労したと……。
「さて、私は下の馬鹿な奴等を始末してくるとしよう。館にも同時に襲ってきたのでな。それで助けにくるのが遅くなった。人の眠りを邪魔した罪は重いぞ」
ニイィと笑うアルカードさんはかなり不機嫌そうで黒いオーラを纏っているような気がした。
いや、気がするんじゃなくて実際に黒いもやが立ち込めている。
「フフ、闇の精霊も大層お冠らしい。手足の4、5本は覚悟してもらわねばな」
いや、人間は手足合わせても4本しかありませんよ。アルカードさん。
魔力切れでボーっとする頭の中で少しだけ冷静になれた自分が突っ込みを入れる。
「レイミー、リンを頼む」
「畏まりました」
そう言うや否やアルカードさんは後部にある馬車のドアを開け、ふわりと飛び出した。ってここ空中を走っている馬車なのに!?
……あー、うん。今更だよね、コウモリにもなれるし。アルカードさんなら何をやったって不思議じゃないか。
一瞬驚いたけれど、あの人は人外の力を持つ吸血鬼なのだ。
どちらかと言うと、この場を押さえてくれた安心感の方が強い。
それに自分で願った人だもの……。
セバスチャンさんは馬車を停め、空中で待機するつもりのようだ。
レイミーさんもドアを閉め、代わりに窓を開ける。
風も雨も魔術で作られたせいなのか、アルカードさんの張ってくれた防御魔法のせいなのかは解らないけれど馬車の中まで吹き込んでくる事は無いようだ。
下からは悲鳴が聞こえている。
「げうっ!」とか「ぎゃあああーー!」とか……。
まるで一方的に蹂躙されているようだ。
外を覗こうとするとニコリと微笑んだレイミーさんに止められてしまった。
「リン様は見ない方が良いんです」
そう言われては窓から離れるしか無い。おそらく血生臭い現場を見せまいとするレイミーさんなりの配慮なんだろう。
スゴスゴとドアと窓から離れた馬車の隅っこに座る。
御者台側なので小窓からセバスチャンさんの姿が良く見える。
セバスチャンさんもどこかホッとしている様子で、スレイプニルを落ち着かせるために声をかけている。
「リン様、どうやら静かになったみたいです。アルカード様がお戻りになられますのでそこで座っていて下さいね」
え、もう!?
……早すぎるでしょう。魔術師が何人いたかは解らないけれど、最低でも5人以上は居た筈……。
属性の数だけ魔術師が居たと私は思っている。
火に雨に風に、それを氷にしたり、それを補助する人間。
魔法使いの可能性も考えたけれど、それならもっと凄い戦闘音が聞こえるはず。
アルカードさんも超一流の魔法使いだしね。
いや、瞬殺してしまった可能性も無きにしも非ずだけれど。
パタパタとコウモリがレイミーさんが開けた窓から入り込み、一瞬、闇が増大したかと思うとそれはすぐに人の姿になった。
「終わったぞ。襲ってきた奴等の意図も解った。どうやら吸血鬼になりたいが為に私や有能な執事、メイドや……リン……いや、つまりは私の大切なものを狙ったらしい。そこまで黒き翼が疎ましいのだな」
「え、吸血鬼って……。アルカードさん眷属を増やしたいんですか?」
ボーっとする頭でそのまま考えたことを口に出してしまった。
「何故、私が自分で自分を襲うような事をせねばならん。おそらく何処ぞの吸血鬼だろうな。嫌な香りがする。館を襲った連中も大分血を分け与えられていたようだがな。日中に動けるかどうかという瀬戸際だった。あそこまで血を分け与えられていたら、教会で死ぬ方がマシと言った浄化の儀式をせねば人にはもう戻れまいよ。……せめてもの慈悲で首を刎ねてやったがな」
アルカードさんは不機嫌そうに苦笑する。最後の方は憐憫を含めた感情が篭っているのが見て取れた。
「さて、セバスチャン。この嵐の中を利用して帰るぞ。いつ晴れないとも限らないのでな」
「かしこまりました……ッ!?」
セバスチャンさんが驚愕した様な声をあげる。
それは轟という音と共に打ち上げられた大出力の火の玉。
「何ッ!? まだ居たのか!?」
アルカードさんも驚き馬車スレスレに空に飛んで行った火の玉を見送る。
馬車に当たらなかった事をホッと安堵しつつも、冷や汗がたらりと背中を伝うのが判った。
……アルカードさんでも知覚できない凄腕の使い手がまだ居たって事!?
「まさか……! 日光の中歩く者かっ!? 不味い! レイミー! コートをっ!」
アルカードさんが慌てた声でレイミーさんに指示を飛ばす。
……が、空に放たれた火の玉の方が早かった。
それは空を覆う暗雲を切り取り、青い空と太陽をポッカリと映し出す。
馬車の窓から一筋の光が射し、身を翻し、窓から離れようとしたアルカードさんの背中に当たる。
あぁ……それはまるでアルカードさんの背中から生える天使の羽根の様に見えて……。
このままアルカードさんが天に飛び立つのではないかと錯覚するほどに。 不覚にも綺麗だと思ってしまい、涙が出そうになる。
しかし、それは吸血鬼に取っては心臓を貫く槍にも等しい。
「ぐうあああぁぁぁあ!!!!! あぁぁっ!!」
ジュウジュウと音がし、白煙と共に肉が焦げる様な嫌な匂いが馬車に充満する。悲鳴と共に床に倒れ付すアルカードさん。
「アルカードさん!」
誰よりも早く動いたのは私だった。
咄嗟の判断とは言え、魔術切れ特有の働かない頭で本能にしたがったのが結果的に良い方向へと働いた。
馬車に掛けてあるコートを取り、窓に押し当てる。
レイミーさんもハッとしたように、もう一着のコートを取り、反対側の窓に押し当てた。
「ぐぅっ!!! ぐうううあああ!!」
苦しそうに自分の体を腕で掻き抱き、悲鳴をあげ続けるアルカードさんを見て、私はこの日、初めて太陽とこの状況を引き起こした人物を憎いと思った。
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