大きな栗の木の下で
少なくともトレントは人を食べない筈。
いくら口が大きくとも聞いた事が無いので、そこまで不安視はしていないのだけれど。
文献でしか見た事の無い、神代から続く存在トレント。
一説によると世界中の植物と繋がっているとか精霊に近い存在とか……。
「そこまで大した存在では無いよ。せいぜい人より少しだけ物知りで人より少しだけ大きくて人より少しだけ長生きなだけだ」
……その少しだけ、の意味が少しでは無いんですが……。
葉に覆われててっぺんが全くみえないほど育ってしまった大木を仰ぐ。
それよりも、今私言葉喋って無かったような?
もしかして私の考えている事が読めるのかなぁ……。
そんな事を考えていたらトレントの言葉で遮られた。
「小さなお嬢さんは土の魔力を持っているからねぇ。私と相性が良いのだろう、もう一つの方もとても心地よい魔力だ。……他にも色々と混じっているようだがねぇ。ただ全部読めるわけではないよ、できれば言葉で言ってくれた方が私も助かるなぁ」
あぁ、やっぱり分かるんだ。言葉にした方が良いって事は寝起きだからかな?
読心の魔術は人間もそれなりの魔力を使うし。トレントがそれを使っているかどうかは分からないけれど、出来る限り私も言葉にしよう。
「えっと、私の名前は小さなお嬢さんじゃなくてリンです。それと、一緒に居た動物……というかぽむとぽこがトレント……さんの天辺辺りに居るかもしれないんですが」
何千年も生きているだろうトレントを流石に呼び捨てにするのはどうかと思い、さん付けで呼んでみたが特に気にしていないようだ。
「ほっほっほ。言葉にしてくれてありがとう。トレントで良いよ、リン。しかし、あれはぽむとぽこか……随分懐かしい存在だねぇ……」
「知っているんですか!?」
トレントの言葉に驚いて聞き返す。
文献にも出てこないぽむとぽこの事をトレントが知っているなら色々と教えてもらえるかもしれない。
「ふぅむ、話してもいいが、まずはそのお友達を降ろしてあげよう……」
そう言うとトレントが目を瞑り、上の方からわさわさと葉擦れの音が聞こえる。
しばらくするとぽむとぽこが昇って行ったのと反対の声を立てて落ちてきた。
「ぽーーーー!」
「ぷーーーー!」
みょんみょんと二匹が着地する。あ、やっぱり高いところから落ちても大丈夫なんだ。
無事に二匹が帰って来た事に安堵する。
ぽむとぽこはトレントの根元にスリスリと体を擦り付けて遊んでいた。
一方のトレントは体を擦りつけられてくすっぐったそうにしている。
……触覚とかあるのかしら。
「ほっほっほ……さて、何から話そうか……。そうだな……。ぽむとぽこという生物は私に意識というものが根付いてから何回か降りて来たんだよ」
トレントがぽむとぽこに視線を合わせながら教えてくれる。
「え……? じゃあほぼ世界の始まりからって事?」
トレントが意識を持つ。つまり樹木が世界に根付いた時というのはそういう事だ。
「そうだなぁ。しかし、魔力が切れるとすぐに世界に溶け込んでいったようだなぁ……まるでたんぽぽの綿毛のようにねぇ」
みょんみょんと飛び跳ねるぽむとぽこを珍しそうに見つめるトレントの眼には何となく哀愁が漂っている気がする。
「魔力が切れると居なくなっちゃうのね……。じゃあ私が魔力をあげて、このまま世界に顕在し続けたらどうなるの?」
「それは分からんなぁ……。今までリンのようなヘンテコな魔力を持った人間がぽむとぽこに出会った記憶が無いからなぁ」
「……そうですか、私ヘンテコですか……」
トレントにヘンテコ呼ばわりされ、ほんの少しだけへこんだ。
「ほっほっほ。まぁこの子達には私も興味があるからねぇ。何かあればいつでも声をかけておいで」
「はい、ありがとうございます! でもまずは種を植えないと」
まだ陽が高いうちに野菜や果物の種を植えておきたい。
「おや、もしかして植えるつもりなのかい? 私がいるのに?」
トレントに妙な事を言われた。……なんだろう。食べるために植物を植えるって事を暗に咎めているのかな?
「あの、もしかして食べるために育てるのが駄目なら出来るだけ遠くの見えない所でやりますけど……」
「あぁ、違う違う。勘違いをしているようだねぇ、リン。私に種をくれたらそれを実らせてあげると言う事だよ」
ほっほっほと笑われ、自分の勘違いが恥ずかしくなった。
そうだよね、トレントって世界中の植物と繋がっているし、何処で育てようが同じだよね。
「それにだねぇ、人間や動物は植物を増やしてくれる者達もいる。根が増える事は私にとっても嬉しい事なのだよ。だから実がなったらどこかに種を植えておくれ」
なるほど……根さえ繋がっていればトレントは意識をそちらに向ける事ができる。つまり世界を識る事ができるんだ。
「じゃ、じゃあお願いしても良いでしょうか?」
重たいリュックを降ろし、種を纏めて入れてある袋からリンゴの種と栗を取り出す。
でもどうするんだろう?トレントの根元に植えればいいのかな?
「良い種だね、じゃあそれを私の口に入れてくれるかい」
あーとトレントが口を開ける。中がどうなっているか少し興味があったけど、もし足を滑らせて口の中に落っこちてしまったら、と思うと怖い。
もしそうなったら、私の形をしたリンの実とかマンドラゴラになったりするんだろうか。
おそるおそるトレントの口の中に種を投げ入れた。
「ふむ……良い種だねぇ。しばらく時間がかかるから荷物を家に置いてきてはどうかなぁ?」
モグモグと種を咀嚼しているような仕草をするトレントに礼を言い、出来たばかりの家に入った。
「うわぁ……! これが私の家なんだ……!」
まず目に入ったのは大きなテーブルだった。6人くらいは余裕で座れそう。
……今は招く人も居ないのが残念だけれど。
ぽむとぽこも家の中でみょんみょんと跳ね回っている。
左手にキッチン、右手はお風呂かな?
奥に階段が見えるのでたぶんそちらが寝室に続く部屋への階段だろう。
試しに階段をリュックを背負って上がる。
もちろん箒は引っかかるので置いてきた。
手すりにつかまりなが一段一段階段を上る。
「これで、最後!」
リュックの重さにゼイハアと肩で息をしながら階段を上りきった。
2階は部屋が4つあって、それぞれにドアがついていた。
外から見た時にベランダがある部屋があったので、おそらくそれだと思われるドアを開ける。
明るい陽に照らされた木の匂いが香り、思わず肺の奥まで吸い込んでしまった。
「素敵すぎるね、うん! ここにしよう」
リュックを床に降ろして、ベッドに腰を下ろす。
ベッドシーツを指でなぞると木綿のような手触りがする。
「ぷ!」
「ぽ!」
みょんっとジャンプしてぽむとぽこもベッドに登ってきた。
……少し毛がつかないか心配になったけど。
ぽむとぽこの頭を左手と右手で撫でる。
しばらく足をブラブラさせて部屋を見まわした。
ドレッサー、机、キャビネットとクローゼット。うん、必要最低限は整っている。
足りないものがあれば街まで買い物に行こう。
……後で地図を出しておかないとね。
リュックを背負って階段を登った足が回復してきたので、足元のリュックからドールとハンドルを取り出し、抱いて立ち上がる。
「……そういえば箒でベランダから入ればよかったんじゃ……」
……いいや、考えないようにしよう。
ほら、体力作りは重要だし!
そろそろ種をあげたトレントの様子も気になるし、下に降りよう。
玄関に着き、ドアを開けるとリンゴの香りがどこからか漂ってきた。
「おや、リン。ちょうど実がなったところだよ」
トレントが話しかけてくれて、少し高い所にある枝を見るとリンゴと栗がたわわに実っていた。
「なんぞこれ……」
「んん、気に入らなかったかい?」
しょんぼりしたトレントの声が聞こえるが、こちらはそれどころじゃない。
ありえない事には慣れているつもりだったけれど、頭の上の状態は常軌を逸している。
リンゴと栗が枝に一緒に生っているのだ。
もう一度いうけれど、たわわに。
「あぁ、そうか……。リンの背が小さいのを忘れていたよ。今落としてあげようかねぇ……」
そう言うとトレントは目を閉じ、同時に上からわさわさと聞こえて来た。
……は?落とす?何を?
「わー! 待って待って! 箒で取りに行くから落とすのは待って!」
意味に気付いて慌てて止めた。
こちらが絶句しているのを背が低い為に取れないと勘違いされたようだ。
思考が全く働いてないのもあったかもしれない。
さっきトレントはこちらの思考をある程度読んでいたのだから。
少なくとも一番低い枝まで5メートルはある。
あんなに生っているリンゴや栗が一斉に落ちてきたら大惨事だ。
少なくとも栗は痛いと思う……。
それともドールを使って収穫しようかな。
……ドールは止めよう、ワンピースのロングスカートを着せているので枝 に引っかかったら大変だし。剪定用のドールを作ろうかな。シザーハンズ、なんて名前で。
「ぷ! ぷ!」
ぽこが何やら白い毛をもさもささせて自己主張し始めた。
「ぽこ、もしかしてあの果物取れるの?」
「ぷ!」
任せて!と言わんばかりに頷くぽこ。
……そういえばぽこは瞬間移動してたっけ……。
どうなるのかちょっと見てみたい気がして、ぽむと少し後ろに下がった。
「ぷ! ぷ! ぷぷー!」
みょんみょんと跳ねて円を描いているように見えた。
「ぷっ! ぷぷぷー!」
一際大きく鳴いて、みょんっと跳ぶとぽこが円を描いていた場所光が集まり、リンゴと栗の……果物の山が出来た。しかもリンゴと栗を別々にしてくれている。
「うわぁ……すごい、すごいよ! ぽこ!」
「ぷ! ぷ!」
少し誇らしげに近づいてくるぽこにぽむは何だか拗ねていた。
「ぽ、ぽぇ」
……何となく言葉が通じるような気がしているのは気のせいかな?
「ほほう、これは驚いた……。魔力の流れが根本的に違うようだの」
ご褒美代わりにぽこの頭をわしゃわしゃと撫でているとトレントが驚嘆したような声をあげた。
「どういう事?」
「ふむ……。おそらくだが、ぽこという生物はこの世界とは別の空間を通じさせる能力があるみたいだねぇ」
別の世界と聞いて一番最初に地球を思い浮かべたが、すぐにトレントに否定された。
「リンが思っている世界とは少し違うなぁ。この世界より少しだけズレている世界があるんだよ。合わせ鏡のようにね」
「合わせ鏡……」
紡時代によく合わせ鏡をして遊んでいた記憶が蘇る。トレントの言葉を信じるなら地球には帰れないか、やっぱりそう上手くは行かないよね。
まぁ、もう吹っ切れているから良いのだけど、ね。
「そう、おそらくはその世界。しかも少し過去を通っているようだ。もしかしたらぽこは過去にも未来にも行けるかもしれないねぇ」
「未来……」
いきなり言われたって理解できないけれど、その言葉に何か惹かれた。
「どうして過去だって分かったの?」
単純な疑問が頭をよぎったので聞いてみた。
「当然の事だよ。植物が木から離れても、わずかな間は私は意識を飛ばすことができるからねぇ。種や実のような生命力に溢れたモノなら尚更だねぇ」
……なるほど、そういう事かぁ。
少し過去を通る理由は、移動先に危険な存在が無い事を今の世界で確認しているからかな?
未来視の魔術はかなり集中力も魔力も使うし。
「そうだねぇ、たぶんリンの考えで合っているよ。それはそうと……」
トレントが何か聞き耳を立てるように目を閉じた。
……なんだろう。
「ふむ……。たくさんの動物がこちらに来るねぇ。どうやら羊飼いの様だ。こんな大きな木がイキナリ生えたから驚いて見に来たのかもしれないねぇ…
…ほっほっほ」
トレントが事も無げに笑った。
いや、アナタほっほっほじゃないって。
読んで頂いてありがとうございます。
誤字・脱字・文法の誤りなどありましたらお知らせくださいませ、勉強させていただきます。
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