狙われた雛
「少し揺れるかもしれません。リン様、隣に座らせていただきますね」
「は、はい」
言うが早いかレイミーさんが私の隣に座ってくる。
腰に手を回し、固定してくれた。
多少の気恥ずかしさと安心感に包まれる。
レイミーさんはと言えば、いつもの笑顔を浮かべているけれど、どことなく緊張している。
見上げてみればそんな表情をしていた。
窓の外は相変わらずバチバチと雨が叩いて、よくは見えないけれど、いつもよりずっと低空を飛んでいるのが解った。
と、その時稲光と同時に雷鳴が轟く。
近くの木に雷が落ちたのだ。
轟音を立て、青白い雷が木を割り、消し炭となる。
雷避けの魔術を使ってなければ、馬車に落ちたかもしれないと少しだけ青ざめる。
「大丈夫です。リン様が使った雷避けの魔術は一級品なんです。この馬車に落ちることはまずありえません」
レイミーさんがぎゅっと抱きしめてくれた。
と、再び雷が落ちる。
それはやはり馬車には当たらず、辺りに生えていた樹木を消し炭にした。
「……これはっ!」
流石に2回も続くとおかしいと思ったのかレイミーさんが慌てて御者台に通じる小窓を開く。
風雨が吹き込むのも構わずに。
「セバスチャン様!」
「ええ、判っています! レイミー! 狙われています!」
セバスチャンさんの声に今度は下から雷光が走る。
雷避けの魔術のおかげでそれは当たることは無かったけれど、スレイプニルが驚いて馬車を大きく揺らした。
「きゃあっ!」
「リン様!?」
馬車のいきなりの振動に耐え切れず、私の体は床に叩きつけられた。
「カッ!……ハッ!」
肺から空気が抜け、ゴホゴホと咳き込む。
「リン様! 大丈夫ですか! リン様!」
レイミーさんがすぐに抱き起こしてくれた。
「だ、大丈夫です……」
心配をかけるわけにはいかないので、何とか平静を装って返しておいた。
「下に降りるわけには……いきませんよね……」
「えぇ、敵の規模がわからない以上はこのまま森を突っ切るしかありません。しかし、これだけの魔術を行使するとなると……。いえ、天候も操って……? まさか魔法使いと複数の魔術師が居る!?」
レイミーさんの驚愕した様子を肯定するように外を叩く雨の音が一瞬止み、続いてバキバキと嫌な音が鳴り響く。
「ッ! レイミー! 雨が雹に変わりました! 炎熱の壁を!」
セバスチャンさんが切羽詰った声を上げている。どうやらスレイプニルはセバスチャンさんの風魔術で雹の嵐から守られているらしい。
けれどそれはセバスチャンさんでも手一杯と言う事だ。
「厭悪の壁、炎熱となりて、凍てつくものより婉麗に護り給え! 炎熱の壁!」
レイミーさんが詠唱を終わらせると共に、少しむわっとした夏の暑さに似た空気が馬車を取り囲むのが解った。
「……ふぅ……。なんとか間に合ったんです。さすがに丈夫に作られているとは言っても雹の嵐の中を進むのは自殺行為ですからね。リン様、少し暑くなるかとは思いますが、少々我慢してくださいませ」
「わ、わかりました」
「レイミー! まだ来ます! 気を抜かないで下さい!」
セバスチャンさんの声が響く。慌ててレイミーさんが窓に近寄ると、今度は拳大の火の玉が下から何発も打ち込まれている様子で、それを通り過ぎるのが窓を覗くレイミーさん越しに見えた。
「……一体何属性持ちなんですか! 下の魔術師も何人いるか判らないのが頭にきますね!」
レイミーさんがギリと歯軋りをする。
その間にもドゴンと馬車に火の玉が当たったらしい音がする。
セバスチャンさんも右に左に回避していてくれているけれど、スレイプニルの手綱を握るのと、スレイプニルを保護する風の魔術で一杯一杯なんだろう。
その間にも馬車が被弾し、パチパチと音を立て、炎に包まれるのが解る。
いくら魔術的に馬車の防御が強化されているとは言え、炎に包まれ、中の酸素が無くなれば一酸化炭素中毒で死んでしまう。
レイミーさんは火属性だから火を打ち消す水の魔術とは相性が悪い。それにすでに炎熱の壁を使い続けている。おそらくそれ以外は集中できないだろう。セバスチャンさんはさっきも言ったとおり手一杯だ。
私がやるしか……!
ウンディーネに水の魔術と私は相性が悪いと言われたけれど、今使わなくてどうするの!
この間心臓に流されたウンディーネの魔力を辿る。
青い水晶を彷彿とさせる何かが体の中で灯った様な気がした。よし、これならいける!
「……清廉なる水よ、清浄なりて鮮麗であれ、清新なる子供達を護れ! 聖人の加護をここに! 蜃気楼の水壁!」
私が詠唱すると、ウンディーネの腕に抱かれていた時のような、優しいけれど、どこか冷たい空気にスレイプニルごと馬車が包まれる。
「うっ……!」
魔力が切れそうな為、がくりと膝を付く。
「リン様!?」
レイミーさんが慌ててかけよるけれど、今気を失う訳にはいかない。
これは魔法では無く魔術なのだ。アルカードさんが使うような永続的に世界の断りを改編するものではない。
つまり私の魔力を消費し続けて、水壁を作り上げているのだ。
でもおかげで馬車を包む火は消し止めれたようだ。
まだ……まだ持って……!お願い、意識をまだ刈り取らないで!
だれか……誰か……!アルカードさん!
「よくやった、リン。すまないな。助けに来るのが遅くなった」
心の中で願った人が小窓からコウモリの姿で入って来て闇を具現化したように佇んだ。
私の目の前に颯爽と現れたのは昼間には出歩けない筈の吸血鬼だった……。
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