歪んだ鏡
宿に帰り一夜明けて、1階のホールで軽食を取る。
今日は移動があるので小さめのサンドイッチを何切れかほどだ。
「レイミーさんもセバスチャンさんも一緒に食べたらいいのに……」
「「そういう訳には参りません」」
二人の声が綺麗にハモった。
何でも使用人としての矜持があるとかだそうで……。
「あの、アルカードさんは?」
話を変えたくて今ここに居ない人の話題を出す。
「アルカード様は昨夜のうちにここを発たれました。今頃はお屋敷でリン様が帰ってくるのを待っているか、お眠りになられているかどちらかでしょう」
セバスチャンさんが答えてくれた。
うん、紫外線はお肌と吸血鬼に大敵だからゆっくり休んでくれてるといいな。
アルカードさんを思い出し、キスされた額がじんわりと熱くなる錯覚を覚えて、紅茶を飲んでごまかす。
「準備が整い次第出発いたしましょう。レイミー、リン様を手伝って差し上げて下さい」
「はい、畏まりました」
2階に戻り、手際良く荷物の準備を纏める。
セバスチャンさんが用意してくれているであろうスレイプニルの馬車へ向かう為だ。
今日は髪を下ろし、サイドを三つ編にして後ろで結わえ、そこに昨日着けていた布製のレインリリーのコサージュを髪につける。
ふわりとネクタルの香りがした。うん、やっぱりこの香りは落ち着くなぁと思っていたら、レイミーさんから声がかかる。
「うふふ、リン様がまるでネクタルと化したみたいに、とても美味しそうなんです」
「……食べないで下さいね?」
気付かれないようにため息を漏らしながら鏡に映るレイミーさんを見た。
「さ、行きましょうか。セバスチャンさんが待っているでしょうし」
「そうですね。それでは向かいましょうか」
席を立ち、レインを抱き上げ、部屋を後にする。
……と、なにか部屋から見られているような錯覚に陥った。
「ッ!?」
振り向いて見たけれど何も無い。
「どうかされましたか? リン様」
レイミーさんが怪訝な顔をしている。
「いえ……。何でもないです」
レイミーさんが気付かなかったのなら私の気のせいなんだろう。
でも私は入って確かめるべきだったのだ。
何故なら平面である筈のガラス張りの鏡が少し歪んでいたのだから……。
「セバスチャンさん、お待たせしました」
「ホッホッホ、待ってなどおりませんよ。それでは行きましょうか」
セバスチャンさんが手を引き、スレイプニルが牽く馬車に乗せてくれる。
続いてレイミーさんが大きい鞄を持っていることを物ともせず乗ってくる。
細い腕なのに、どこにそんな筋力があるんだろう……。不思議だ。あ、もしかして風魔術でも使っているのかな?レイミーさんならありえそうだ。今度聞く機会があったら教えてもらおう。
「それでは出発いたします」
セバスチャンさんの声が御者台側に開いた小窓から聞こえてくる。
「はい!」
ようやくトレントに会えるんだ。いっぱいお土産話聞かせてあげる約束したけど、何から話せばいいかな。
スレイプニルの馬車はゆっくりと進みだす。
門まで行くと、昨日と同じ衛兵さんが居たので、手を振ると敬礼を返してくれた。
馬車は門を超えると空に浮かび上がると同時に加速しだした。
王都からウェンデルの街、郊外へと繋がれる転移門を目指すのだ。
昨日と同じように転移門の衛兵さんに硬貨の入った皮袋を渡すセバスチャンさん。
けれど何か話し込んでいるようだ。
セバスチャンさんは話が終わった後、ツカツカと馬車に近づき、ノックをする。
「レイミー、どうやらあちらは嵐が来ているようです。外套を取ってくれませんか?」
セバスチャンさんの声に、馬車の中に掛けてある黒い外套を取ったレイミーさんはドアを開けて手渡す。
「ありがとうございます。では少し揺れるかもしれませんがご容赦を」
「あ、待って! 待って下さい! 向こうが嵐ならせめて雷避けの魔術を!」
「それもそうですな、ではリン様。お願いできますか?」
「はい!」
私は馬車の外に出て、馬車とセバスチャンさん、スレイプニルを覆うようにイメージをして雷避けの魔術を行使する。
「歓天よ喜地よ、雷の赫怒を隠し、我が宝物を護り闊達であれ!」
馬車とスレイプニルとセバスチャンさんが緑色の光に包まれる。
「ホッホッホ。宝物とは……。嬉しい限りですな」
あうう、だって三つを護る良いイメージが浮かばなかったんだもん……。
セバスチャンさんの言葉に赤くなる。
「さて、それでは行きますか」
……あれ?そういえばセバスチャンさんってこの間、金斬虫を運ぶとき風と土属性の魔術を無詠唱で使ってなかったっけ……?
余計なお世話だったかな。まぁいっか。
レイミーさんが「リン様の宝物……。えへへ、リン様の宝物……」と息を荒くしているのが気になるけど……。
そうして馬車は転移門をくぐった。
相変わらずの気持ち悪さに頭を抱える。
「大丈夫ですか? リン様」
「は、はい。大丈夫です」
レイミーさんが心配してくれたけど、それどころじゃない。いきなり変わった外の様子に驚愕した。
外はまるで狼が何十匹も遠吠えをするような風の唸る音が聞こえているし、馬車をバチバチと雨が叩いている。
「これは……! 雷避けの魔術をかけていて正解だったかもしれませんな! 雨が吹き込みますので小窓を閉めさせて頂きます!」
セバスチャンさんが珍しく大声で、風の唸りにかき消されないようにと声を上げる。
レイミーさんが御者台へと開く小窓をパタリと閉めると、吹き込む風と雨は無くなったけれど、それが気に障ったかのように馬車の窓をガタガタと音を立てて揺らす風。
トレントやぽむとぽこ、大丈夫かな。
嵐で心細くなったりしてないかな。
後、セバスチャンさんも外に居て大丈夫かな。
「リン様。セバスチャン様は大丈夫ですよ。なにせアルカード様に仕える執事ですから」
「……そう……ですね」
レイミーさんが力強く言ってくれるけれど、何故か私の胸には言い様の無い不安が渦巻くのだった……。
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