キスの上書き
アルカードさんにキスされた額が熱い。
あの後色々と話しかけてくれたようだけれど、正直記憶にない。
記憶に残るのはアルカードさんが近づいて、麝香の香りがして……って!そこだけ思い出したら余計顔が熱くなるじゃない!
で、今は帰りの馬車に乗っている所です。
あー、そういえば王城の料理とか食べたっけ?食べたような記憶がするけれど、正直見た目が豪華すぎて味も記憶にないや。
「アルカード様、リン様に何かなさったんですか?」
私の隣に座っているレイミーさんが何やらアルカードさんに話しかけている。
私はというとレイミーさんに抱き寄せられてもボーっとしているのでされるがままだ。
それを不審に思ったらしい。
「い、いや……。したと言えばしたが、まさかあれくらいで……」
「なーにーをーなさったんです?」
私はレイミーさんに抱き寄せられたままなので表情は伺いしれないけれど、多分レイミーさんは絶対零度の微笑みを浮かべているんだろうなヵ。
「な、何も! 強いて言うなら額にキスを落としたくらいだ」
思い出しちゃうから言わないで!
私は恥ずかしさでレイミーさんの服をギュッと握る。
レイミーさんはそれを恐怖と勘違いしたらしい。さらに温度が下がった声でアルカードさんを問い詰める。
「そうですか、リン様の了承は得られたのですか?」
「い、いや取ってない。その……良い雰囲気だったものでな。つい……」
「そうですか、リン様の了承も得ずにキスを……ふふ、ふふふふふ……」
ちょっ!?レイミーさん!怖いよ!?笑っているけれど怖いよ!?
私はと言うとレイミーさんに片腕で抱きしめられてもう片手で頭を優しく撫でられているせいで表情を窺い知る事はできないので判断するしかないけれど、対面に座るアルカードさんが小動物に見えると言えばレイミーさんの怖さが少しでも伝わるだろうか。
なんとなくアルカードさんが可哀想になったし、それに恥ずかしいけれど嫌じゃなかったので庇う事にしよう。
「あの、レイミーさん……」
「はい、なんですか? リン様」
頭を撫でる手を止められて、ようやくレイミーさんの顔を見れた。
良かった、いつもの花が咲くような笑顔だ。
これならそこまで怒ってはないんだろうな、と判断して言葉を慎重に紡ぐ。
「アルカードさんは、その……悪気があってやった事じゃないと思います。それに、ずっと私の事を心配してくれましたし、それにとても綺麗なものも見せてくれましたし。それと……その……焚き付けたのは私ですし……」
最後の方は恥ずかしさで尻すぼみになってしまったけれど、十分聞こえたと思う。
額にキスされたのはおそらくたぶん私がアルカードさんを魅せて下さい、なんて言っちゃったからだよね。
「あぁ、リン様はお気にせずとも良いんです。アルカード様の幸せを願うのは一使用人として当然なのですけれど、それ以前に私もリン様の事を愛おしく思っております」
「えっ!?」
「んなっ!?」
レイミーさんの言葉に私とアルカードさんの驚愕の叫びが重なる。
「待て、レイミー。落ち着くのだ。女同士では結婚はできぬぞ」
私より一足早く回復したらしいアルカードさんが冷静に理詰めで問い詰めているけれど、レイミーさんは何処吹く風と言った様に飄々とした態度で返す。
「あら、別に恋愛感情じゃありませんよ? アルカード様。リン様は私の可愛い『妹』ですから。あ、勿論リン様が私に恋愛感情を抱くならばそれもやぶさかではありませんが」
レイミーさんが勝ち誇ったように私を抱きしめる。
「わぷっ」
レイミーさんの柔らかな胸に押し付けられて、一瞬呼吸が止まる。
本当に『妹』だよね!?私レイミーさんに恋愛感情は抱いてないよ!?
対するアルカードさんは少しだけ悔しそうな声を搾り出す。
「レイミー、リンが苦しがっている。女同士とは言え、そこまで密着する事は止した方が良い。……私の使用人が百合趣味だと、あらぬ誤解を受けかねないのでな。私の品位を貶めてくれるなよ? レイミー」
アルカードさんの声に少しレイミーさんの腕の力が緩んだ。
そこをついて少しだけレイミーさんを押して距離を取る。
「……レイミーさんは多分私の魔力に引きずられているだけだと思うんです。星の魔力の後遺症じゃないかと……」
少しだけ言いにくい言葉を口にする。
レイミーさんを傷つけてしまうかもしれないけれど、やっぱりここはハッキリ言っておくべきだろう。
「……そうですね……。確かにリン様の傍に居ると心地よいです。おそらく私の火の魔力とリン様が使う星の魔力は相性が良すぎるくらいだと思うんです。ですが、それだけではありません。アルカード様がリン様に惹かれた様に私もリン様本人の人格に惹かれております。そして、それはセバスチャン様もです。だから……!」
「……ごめんねレイミーさん。辛い事を言って。でも私の傍が心地よいと言ってくれてありがとう。私もレイミーさん(の性格は)大好きだよ」
「リン様!」
想いがはち切れそうになったのか、レイミーさんが私の額に唇を落とす。
「んなっ!?」
アルカードさんが驚いて声を上げ、腰を浮かしたのが雰囲気で解る。
奇しくもそれはアルカードさんがキスをした場所と全く同じ場所。
……どうしてこうなった……。
宿に帰る馬車の中、私は心の中で頭を抱えるのだった……。
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