ルビーの檻
「少し歩くか、リン」
「良いんですか? 他の貴族の方達に挨拶しなくても」
「あぁ、わざわざ黒き翼と仲良くなりたいヤツはおるまいよ。大体貴族なんて誰もが腹に一物を抱えてるものだからな」
アルカードさんはそう言って、王城の外、噴水がある広場に私を連れてきてくれた。
周りは低木に囲まれていて王城の明かりも少し遠くに見える様な錯覚を思い起こさせる。
噴水の淵に手を付き、その景色に感嘆の言葉が漏れる。
「……! 綺麗……!」
星と月の光を反射してキラキラと輝く噴水。
水面に映る二つの月がゆらゆらと揺れ、そこに星が映り込んでいるのだ。
まるでそれは宝石が噴水の底に沈んでいるようで手を伸ばせば届きそうだった。
「リンも綺麗だ。まるで月と星に愛された妖精のようだ。いや、女神と言っても差し支えないな」
アルカードさんが後ろから声をかける。
だから私はそんなに綺麗でもないですってばー!
恥ずかしくて、顔を伏せる。
ゆらゆらと水面に映る私はたぶん、明るい所でみたら真っ赤になっている事だろう。
その顔を見られたくなくて、そのまま言葉を紡ぐ。
「アルカードさん、ドレスとティアラ。ありがとうございます。私、こんな高価なものつけたのは初めてで……。それに王城も一生見ることは無いと思ってました。正直どうお礼を言えば良いのか解らないです」
「気にせずとも良い。第一私の為でもあったのだからな。あの王の事だ。リンを婚約者として紹介しておかねば次から次へと縁談の話を持ち込んで来ただろうからな。それに金斬虫を売っただろう? あれも結構良い値段で売れたからな。それでチャラだ」
フフとアルカードさんが笑う。
何時の間にか隣に立って、私の肩に手を置いていた。
「リンこそ嫌じゃなかったか? いきなり婚約者等と言われて。私はリンの気持ちを大事にしたい。だからリンが嫌ならいつでも解消するぞ?」
私の気持ちは……どうなんだろう。
この優しい吸血鬼の事を少なくとも嫌ってはいない。でもだからと言って結婚をしたいかと言われるとそこまででもない。
でも前に吸血されたから解る。
この人は寂しいのだ。とても。
皆が昼に出歩く中、一人で眠り、見知った人が寝静まってから起きて活動する。
私ならきっと耐えられないだろう。
「アルカードさんは……。もし私と結婚したら、私を吸血鬼にしますか?」
ポツリと呟く。
小声になってしまったのは恐怖もあるかもしれない。
「……リンが望むなら……、な」
私の感情を当てられて少なからず動揺する。
人間の一生は短い。だからアルカードさんと共に生きるならば私も吸血鬼にならなければ、この人は私が居なくなったとき、私の幻影を追い求めてしまうだろう。
それは狂おしくも愛しい感情かもしれない。
私は破滅願望はないけれど、この人は傍に置いて愛した人が居なくなれば狂うだろう。
なので努めて明るい声を出す。
「ふふ、まだ解りませんけれどね。それに私を簡単に捕まえられると思ったら大間違いです! もし私を惚れさせるなら、もっとアルカードさんの良いところを見せて下さい。……いえ、魅せて下さい! 吸血鬼にとっては得意でしょう?」
ニコリと笑って、アルカードさんを見上げる。
我ながらずるいと思う。
だってアルカードさんを破滅に導かない為とは言え、無理難題を押し付けて問題を先延ばしにしようとしているのだから。
それに14歳を超えないと結婚なんてできないしね。
それまでには、恋と言う感情が私の中でハッキリするかもしれない。
少なくとも今はアルカードさんに対しては好意は抱いているけれど、それが吸血された時の同調による同情か解らないのだ。
「そうだな、リンをまずは惚れさせないといけないな。これは難しい問題だ。それにリンの両親とトレントの許可も得ないといけないからな……。リリーの許可、か。ううむ、難しいな、そちらの方が難問かもしれないぞ」
顎に手を当て、空に浮かぶ二つの月を見上げ、悩むアルカードさんが妙に可愛く思えて吹き出してしまった。
「あれ? アルカードさん、もしかしてママに会うのが怖いんですか? 黒き翼らしくもないですね。怖いものなんて無いと思ってましたけれど」
場の雰囲気が明るくなったのを良い事におどけてみせる。
「ふふ、そうだな。怖いものなどないさ。……いや、あると言えばあるな……。それは……」
「それは?」
アルカードさんが言葉を区切ったので続きを促すように聞いてみる。
「リンが居なくなってしまう事だな。それは私が消滅するよりも怖い事だ」
紅い瞳が私の視線と交差する。
私が映ったルビー色の瞳から目を逸らせない。
まるでルビーの檻に私という存在が閉じ込められてしまった様に。
魔眼は封じられている筈なのに、何でこんなにドキドキしているんだろう……。
アルカードさんに閉じ込められた私はその瞳から目を離せない。
「月が……月が綺麗だな」
その言葉にドキリとする。
アルカードさんがついと私を通して後ろの水面に映っているだろう月を見たんだろう。
いや、なんでその言葉を知っているの!?
何故日本の文豪のプロポーズの言葉をわざわざ口に出すの!?
あわあわと心の中でパニックに陥っていると音を立てて額に唇を落とされた。
「リン、どうかしたか? ……すまないな、あまりにも動揺している姿が可愛らしくてつい、な」
いや、そんな事されたら余計動揺するでしょうがー!アルカードさんの馬鹿ー!
……口に出そうとしても動悸が激しすぎてパクパクと腹話術の人形のように口が開閉するだけだった……。
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